共同研究者
赤色便実験から数日後。
私は研究ノートを閉じた。
『黒 成功』
『青 成功』
『赤 成功』
ページは確実に埋まり始めていた。
順調だった。
だが、一つだけ問題がある。
私以外に、この研究を評価できる人間がいない。
私はスマホを開き、一人の男へ連絡した。
『時間あるか。相談したい研究がある。』
返信は三分後だった。
『研究内容による。』
私は正直に送った。
『便の色について。』
既読。
五秒。
十秒。
返信が来た。
『面白い。』
翌日。
私は喫茶店で友人と向かい合っていた。
大学時代からの付き合いだ。
変人だった。
だから今でも付き合いが続いている。
私は研究ノートを机に置いた。
友人は静かにページをめくる。
「黒、青、赤……」
小さく頷く。
「順番は悪くない。」
私は少し安心した。
理解者はいた。
「どう思う。」
そう聞くと、友人はノートを閉じた。
「データ不足。」
私は固まった。
「色の判定基準が主観だ。」
「……。」
「照明条件も一定じゃない。」
「……。」
「観察時間も書いてない。」
私は何も言えなかった。
友人は続ける。
「研究として成立させるなら、再現性が必要だ。」
「再現性。」
「同じ条件で同じ色が出るか。」
私はゆっくり頷いた。
その発想は、なかった。
「あと。」
友人はバッグから一冊の本を取り出した。
色見本帳だった。
何百色もの色が整然と並んでいる。
「これを使え。」
「色見本……?」
「"青かった"では駄目だ。」
友人はページを開く。
「青にも何十種類もある。」
「……。」
「赤もそうだ。」
「……。」
「研究とは、言葉を減らす作業だ。」
私は色見本を受け取った。
思ったより重かった。
「ちなみに。」
友人がコーヒーを飲みながら言う。
「写真は?」
私は目を逸らした。
「撮っていない。」
「毎回?」
「毎回。」
友人は天井を見上げた。
「もったいない。」
怒ってはいなかった。
本気で惜しんでいた。
「写真があれば、時系列で比較できる。」
「確かに。」
「RGB値も取れる。」
私は思わずメモ帳を開いた。
『写真撮影』
『色見本導入』
『照明条件統一』
書きながら、胸が少し高鳴った。
研究は、まだまだ進化できる。
帰り際、友人が言った。
「ところで。」
「なんだ。」
「次は何色だ。」
私は少しだけ考えた。
「まだ決めていない。」
友人は静かに頷いた。
「銀だけは最後にしろ。」
「なぜ。」
「ラスボスだからだ。」
私は初めて、この研究で誰かと笑った。




