便色の客観性
友人から色見本帳を渡されてから、三日が経った。
私はまだ、新しい色の実験を始めていなかった。
その前に、やるべきことがあった。
これまでの研究方法を見直す必要がある。
私は色見本帳を机の上に置いた。
ページをめくる。
青。
赤。
緑。
茶色。
同じ色の中にも、細かな違いがある。
明るい青。
暗い青。
緑に近い青。
灰色に近い青。
私はこれまで、それらをすべて「青」と呼んでいた。
あまりにも雑だった。
研究者として、恥ずべきことだ。
私はノートを開いた。
『便色判定方法の標準化』
そう書いて、下に必要なものを並べた。
・色見本帳
・スマートフォン
・照明
・撮影位置の固定
・観察時間の統一
書き終えたところで、私は手を止めた。
照明。
今まで意識したことがなかった。
朝の自然光。
夜の蛍光灯。
電球色。
昼白色。
光が違えば、色の見え方も変わる。
つまり、これまで私が成功だと思っていた青は、照明によって青く見えていただけかもしれない。
私は急に不安になった。
研究ノートを開く。
『青 成功』
その二文字を見つめる。
本当に成功だったのだろうか。
私は友人に連絡した。
『照明条件について相談がある。』
返信はすぐに来た。
『ようやく気づいたか。』
私は少し腹が立った。
だが、正しかった。
私は近所の家電量販店へ向かった。
照明売り場には、色温度の異なる電球が並んでいた。
電球色。
温白色。
昼白色。
昼光色。
私はその場でしばらく考えた。
便の観察に最適な照明とは何か。
店員が近づいてきた。
「何かお探しですか」
私は答えた。
「色を正確に確認できる照明を探しています」
「絵や写真用ですか」
一瞬、迷った。
「観察用です」
店員は頷いた。
「なるべく自然光に近いものがいいと思います」
自然光。
やはり、そうなる。
私は昼白色の電球を購入した。
ついでに、スマートフォンを固定するための小型三脚も買った。
帰宅後、すぐに設置を始めた。
まず、トイレの電球を交換する。
次に、三脚を置く位置を決める。
便器からの距離を測る。
角度を調整する。
スマートフォンのカメラを起動する。
画面には、便器が映った。
少し引いた。
近すぎた。
もう少し引いた。
今度は遠い。
十五分ほど調整した結果、ようやく位置が決まった。
私は床に小さな印を付けた。
『三脚設置位置』
完璧だった。
次に、色見本帳を便器の横へ置いてみた。
比較対象として、一緒に撮影するためだ。
しかし、問題があった。
色見本帳が大きすぎる。
便器の中と同時に写そうとすると、角度が不自然になる。
私は色見本帳を少し曲げた。
駄目だった。
洗濯ばさみで固定した。
落ちた。
養生テープで壁に貼った。
少し傾いた。
私は剥がして、貼り直した。
今度は真っすぐになった。
壁に貼られた色見本帳。
床に置かれた三脚。
昼白色の照明。
私は少し離れた場所から、その光景を見た。
研究室に近づいていた。
私は満足した。
しかし、まだ実物がない。
撮影条件を確認するには、何かを便器の中へ置く必要がある。
私は台所へ向かった。
冷蔵庫を開く。
食材を眺める。
赤いパプリカがあった。
私はそれを一切れだけ切り、トイレへ運んだ。
便器の中へ入れる。
三脚を設置する。
照明をつける。
色見本帳と見比べる。
写真を撮る。
画面を確認する。
実物より、少し暗く見えた。
カメラの自動補正が原因かもしれない。
私は設定を変えた。
もう一度撮る。
今度は明るすぎた。
私は露出を少し下げた。
再び撮る。
実物に近づいた。
ノートへ記録する。
『撮影条件』
『照明 昼白色』
『三脚位置 床の印に合わせる』
『カメラ倍率 1.0』
『露出 マイナス0.3』
『色見本を同一画面内に入れる』
私はパプリカを見つめた。
色見本帳をめくる。
赤。
朱色。
赤橙。
深紅。
何度も見比べた。
最も近い色を探す。
五分ほど悩んだ末、一つに決めた。
『赤橙に近い』
書いたあと、私は首を振った。
「近い」では客観性が足りない。
色見本には番号が振られている。
私は書き直した。
『No.38』
これなら曖昧さがない。
私は小さく頷いた。
その日の夜、友人に写真を送った。
『撮影環境を整えた。』
数分後、返信が来た。
『色見本が傾いている。』
私は写真を拡大した。
確かに、わずかに傾いていた。
『誤差の範囲だ。』
『その考え方が誤差を生む。』
私はトイレへ向かった。
色見本帳を剥がす。
定規を使い、壁からの距離を測る。
水平器のアプリを開く。
角度を確認する。
貼り直す。
今度こそ、完全に水平だった。
私はもう一度写真を送り直した。
『修正した。』
返信が来た。
『合格。』
私はスマートフォンを置いた。
ようやく準備が整った。
これで次の実験からは、色を主観ではなく記録できる。
私は研究ノートの新しいページを開いた。
そこに書く。
『便色評価基準 完成』
少し考えて、その下へ付け足した。
『ただし、撮影前に便器を清掃すること』
白い陶器に汚れが残っていれば、色判定へ影響する可能性がある。
私はトイレ用洗剤を取り出した。
実験は、すでに始まっていた。




