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【50万PV突破】 戦国の世の銃使い《ガンマスター》  作者: じょん兵衛
第三部 1章 『信長のいない世界』

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第263話 服部さくら

「徳川殿、此度は大変な失礼を……」

「いえ、彦三郎殿が謝ることではありません。突然勝手に領地に入ったこちらが悪い。何分、時間も余裕も無かったもので」


 申し訳ない、と頭を下げる家康に対しさらに深く頭を下げる彦三郎。事前に連絡がなかったとはいえ主君信長と形式上同等の相手に刃を向けその部下を殺したとなると普通は許されざる行為だ。家康と伊賀衆がもめていると報告が来たとき、彦三郎の焦りようはすごいものだった。

 それがお互い様、などという甘い対応で許されたのは家康の人徳に加え、彦三郎の主君である坂井大助と家康が親密な関係であったこと。そして仲裁に現れた彦三郎が長篠の合戦の際に鉄砲隊を率い徳川の勝利に一役買った家康の恩人であったことも要因の一つかもしれない。


「それより、伊賀忍者たちに連れていかれた半蔵は?」


 そう問われた彦三郎が渋い顔をする。

 半蔵はさくらたち伊賀忍者たちによって連れていかれた。親戚同士積もる話があるという話だったがとてもそんな雰囲気ではなかった。ここ1年弱で伊賀のことに多少詳しくなった彦三郎には半蔵が抜忍であるという事は察しがつく。ただ家康の配下を殺させるわけにはいかないので危害を加えることを厳禁としたうえで見張りをつけて許可した。というより断れなかった。


「彼らには隊でも有数の実力者を見張りにつけました。心配でしたら確認しに行きましょうか?」

「……いや、僕は共有したい話がたくさんある。数正、代わりに行ってきてくれ」

「ハ!」


 彦三郎の部下に連れられ石川数正が退室する。これで部屋に残ったのは徳川家康と彦三郎のみ。


「僕らの争いなんて今の状況では些細な問題に過ぎない。……信長様が京で討たれた」

「何!? それは真ですか?」

「僕もその場面を見たわけじゃない。でも恐らく本当だ。討ったのは明智光秀、道中明智の兵士を何人も見た」


 事実だと断言した家康に彦三郎は言葉が出ない。信長が死んだ? 今や日本の中心人物である織田信長が死んだら日本中に影響がどれだけ出るかわからない。領国、敵国、家中、頭に浮かぶことは五万とあるが何から口に出せばわからない。思考がぐるぐると周り、ようやく最初に出た言葉は。


「我が、主……大助様も京都に居られました。その……」

「ごめん。大助の安否はわからない」


 個人的な事で彦三郎が言い淀んだ言葉をくみ取った家康。だがその答えは彦三郎の望んでいたものではなかった。表情が淀む彦三郎に家康は声のトーンを上げて彦三郎の肩に手を置いた。


「でも、僕も彦三郎さんもわかっていることがある。間違いなく、日本で一番強い武士は大助だ。大助を殺せる奴なんていない。そうだろう、彦三郎さん」

「……その通り、ですね。申し訳ありません、取り乱しました」


 彦三郎の謝罪を笑って受け入れた家康がわざわざ伊賀越えをすることになった経緯を話す。途中で手に入れた情報も全て。


「我が主は、この事を予期していたのかもしれません。そして我が主はまだ生きているのでしょう。もしかしたら、信長様も」


 家康の話を全て聞き終えた彦三郎が最初に発したのはそんな言葉だった。思い返せば京の屋敷の戦力は護衛にしては過剰だった。にも拘らず愛妻家のあの主が奥方と御子息を京都へ迎えようとはしなかった。


 そして徳川家康の伊賀越えに明智兵が何度も出没するのはおかしい。明智が今警戒すべきは近江方面と大坂だ。なのに数回も明智兵と出くわすほど伊賀側に兵を放つ余裕があるとは思えない。にも拘らず伊賀側に兵を送る理由は、


「大助が信長様を救出していた場合、逃げるの先は伊賀の可能性が最も高い……!」

「えぇ、その通りです。もちろん憶測にすぎませんが……」

「いや、十分に可能性はある! もしそうならすぐに明智討伐の兵を集めるはずだ! 僕らはすぐに三河へ戻り信長様の一助になるぞ!」


 意気込んだ家康が立ち上がり、主の生存の可能性が高いと考えた彦三郎も表情が明るい。家康は三河に帰った後の行動を具体的に練り始め、彦三郎も大助帰還後に大助がすぐに動けるようにすべく準備を始めようと……


「家康様! 彦三郎殿! すぐに半蔵のいる部屋に!」


 半蔵の様子を見に行った石川数正がそう飛び込んでくる。彦三郎が焦って立ち上がり、家康も厳しい顔をして2人で石川数正を押しのけるように部屋を飛び出した。


「誰のために父が死んだと思ってる! 誰のせいで兄さんが罪人のように扱われながら重責を背負い血反吐を吐いて戦ったと思ってる!! 死ね!! お前なんか死んで当然だ!! 父も兄も罪人じゃない! 罪人なのはお前たちだろ!!」


 半蔵の上に馬乗りになり、涙を流しながらひたすらに拳を振るうさくら。その周りにはさくらを止めようとしてぶっ飛ばされた彦三郎の配下が。


「やめろ! 落ち着け!」


 彦三郎がさくらを背後から羽交い絞めにして止めようとするが怒り狂ったさくらは止められない。騒ぎを聞きつけた何人もの武士でようやくさくらの動きを止めることに成功する。

 

「やめろ! 大方の事情は察しているが……この方は徳川殿の配下。危害を加えてはならぬ!」

「罪人を裁くだけ。誰の配下でも関係ない」


 数人の武士に取り押さえられて力比べで勝てない事は明確。にも関わらず拘束に抗うさくらは半蔵に対する強い殺意の視線を向け続ける。


「そもそも伊賀を抜けたのは半蔵殿の御父上である正種殿、半蔵は罪人ではない」

「さくらの父は服部正種のヤロぉの連座で腹を切った。なのに本人とその息子はのうのうと生きてる。んな事さくらにとって到底許せる事じゃねぇよなぁ。そもそも里抜けは一族郎党皆殺しになってもおかしくねぇ大罪なんだよ。石川数正殿、だったか? 伊賀の事情にあんま口出しすんなやぁ」


 数正の指摘をそう厳しい言葉で否定したのは清広。騒ぎを聞きつけて駆けつけたがさくらを止める素振りは一切見せなかった事からも分かる通り、さくらの肩を持つつもりらしい。

 そして今の言葉でさくらと半蔵の関係を理解した多くの者たち。事情を理解した上でさくらを止める言葉がすぐに出てくる者はいなかった。


「皆、彼女を放して」

 

 誰もが一瞬、家康が放ったその言葉の意味を理解出来なかった。家康は取り押さえられているさくらと倒れている半蔵の間に座ると、取り押さえている武士たちに視線と首肯でもう一度さくらを放すように促した。それを理解した武士たちが恐る恐るといった感じでさくらの拘束にかける力を抜いていく。

 自由になったさくらはすぐに家康の後ろにいる半蔵に目掛けて飛び出そうとーー、


「なんの、つもり、ですか?」


 家康の前でピタッと足を止めた。家康がさくらに向かって頭を深く下げていたから。三国を治め、官位も持っている家康が、伊賀の一忍者にすぎないさくらに、頭を床につけるほど深く下げていた。

 それにはさすがのさくらもたじろいでいた。


「申し訳ない。全て君が正しいよ。半蔵の父が大罪を犯し、その罰を君の父親が受けたにも関わらず半蔵と半蔵の父が受けないのは道理に敵わない」

「じゃあー」

「でも」


 さくらの言葉を遮りながら、家康は後ろの半蔵を庇うように手を伸ばす。


「本当に身勝手だけど、半蔵を殺されるわけにはいかないんだ。彼は僕の大事な仲間だから。だから、ごめん。君の苦しみも怒りも全て理解できる。君が正しい。でも僕たちもこれは曲げられない。本当にごめん。どうか、僕のこの謝罪を受け入れてほしい。どうか、半蔵の事を許してほしい」


 家康の言葉にさくらは歯軋りし、怒りを露わにする。本当に自分勝手。さくらの怒りのまま、拳を振り上げーーーその腕が空中で固定された。さくらの理性で止まったわけではない。そのあり得ない現象に痛みに備え目を瞑ってしまっていた家康が数度瞬き。

 何が起きたか、最初に察したのは清広。


「っテメェ! 今更出てきてなんのつもーー」

「相変わらずのその口の悪さ、全く、嘆かわしい。私が出てくる理由はただ一つ、伊賀を守るため、ですよ」


 さくらの拳を空中に固定し、己への文句を叫んだ清広の言葉を途中で強制的に中断させた黒装束の男。伊賀の悪鬼、音羽半六。


「なんのつもり?」


 片腕を固定されたまま、半六に冷たい声色で質問を投げかけるさくら。


「あれ程の誠意ある謝罪を受けたにも関わらず、謝罪を受け入れるどころか殴りかかる。しかも殺す気でやったでしょう? そんな事はあってはなりません」


 半六の指に食い込む糸、それでさくらがどれほどの威力を込めた拳だったかよく分かる。


「無論、貴女の事情は存じています。ですが三河守殿を殺せば伊賀はたちまち徳川と織田の報復を受け、滅ぶ。貴女の兄が命をかけて守った伊賀を、貴女はその憎しみにかられたまま、滅ぼすのです」


 半六の言葉にハッとした顔をしたさくらが背後の清広や他の伊賀忍者たちの顔を振り返る。そして正面の家康、そして半蔵を見比べ…………


「離して」


 そう半六に一言。腕を解放されたさくらは何も言わず、家康と半蔵に背を向ける。そのまま半六と彦三郎の間を抜け、部屋の外へ。


「さくら殿」


 部屋を出るその背中に声をかけたのは、服部半蔵。彼の目に浮かぶのは深い謝意と罪悪感、そして結果的に復讐心を収めたさくらへの感謝。

 だが、その彼が何か言葉を発する機会は与えられなかった。


「二度とその面を見せるな。声も。さっさと伊賀から消えろ」


 そう吐き捨てさくらはその場から姿を消した。さくらがいなくなり、誰も言葉を発さなかった。全員、最後のさくらの強い憎悪が籠った言葉とそれを堪えた背中を見て言葉を発せなかった。静まり返ったら、聞こえてしまった。


「父さんっ……兄さんっ……」


 嗚咽混じりの泣き声で家族を呼ぶ、復讐心をなんとか堪えた、1人の女の子の苦しみが。


 


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