第258話 業火の中で
ガトリングで道を塞いでいた明智軍を一掃した。だが明智軍は1万以上、空けた穴はすぐに塞がれる。そうなったら今度は最終兵器はない中で力技で突破する必要がある。そうなる前にどれだけ本能寺に近づけられるかが信長救出成功のカギだ。
「走るぞ! 敵がいない今が好機だ!」
そう叫んだ俺に「おう!」と頼もしい声を返してくれる部下たち。だがその数は30名ほどまで減っていた。鉄砲隊の10名が全員離脱しその前後の戦闘でさらに次々と。
もう本能寺は目の前、だが本能寺を囲んでいる明智軍をこの30人で突破しなくてはならない。幸いにして敵は炎が上がる本能寺の方にばかり意識を向けている。背後から突入する形、これならこの数でも一時的に風穴を開けるくらいなら。
「突撃だ!」
俺の言葉と同時に氷雨がリボルバーの引き金を引いた。さらに保正が周辺の敵の動きを封じる。僅か30人の突撃だが意識外からの急襲に周辺の敵軍は大混乱に陥った。
だが敵は明智軍、明智光秀は織田政権でナンバー2にまで上り詰めるほど優秀な男、その軍は普通の軍ではない。
「後ろに向けて防陣を敷け! 慌てるな、敵の数は多くない!」
「1人ずつ確実に仕留めていけ!」
明智軍の立て直しは早かった。近くにいた部隊長の指示に兵たちは即座に従い、各々の役割を全うする。奇襲による敵の混乱は思った以上に早く収まり、今度はこちらが敵の大軍に着々と包囲されていく。
「大助、これは無理だ! 一度下がるぞ!」
「駄目だ! もう本能寺はいつ落ちてもおかしくない! 今行かないと間に合わない!」
「このまま行っても本能寺にたどり着く前に全滅するって言ってんだよ!」
保正は戦況を冷静に分析し俺に撤退を進言する。だがここで退いたらもう信長様は助けられない。ここで退くという選択肢は俺にはない。
……だが、ここで俺の無謀な作戦につき合って部下たちに死を強要する事は俺の本意ではない。
「保正、お前がここに居る兵を率いて引き揚げろ。さっきやられた天弥達も回収してすぐに京から離れるんだ」
「何を!?」
「ここからは俺一人で行く。ここまで来れば俺は1人でも本能寺まで到達できる。お前たちまで付き合う必要はない」
俺のその言葉に保正が言葉を失った。その無言を勝手に了承と解釈し、俺は一歩前に出る。その袖を誰かが掴んだ。
「……氷雨?」
「ダメ。あるじ様なら確かに信長様の所まで行けるかもしれない。でも、出てこれない。死んじゃう」
確かに氷雨の言うことはわかる。入るより出るほうが難しい。寺の壁の上から鉄砲や弓で狙い撃ちにされる。それがあるから信長様も脱出できないのだ。弓はなんとか防げても鉄砲の方は難しい。
「あるじ様死んだら、嫌」
昔は殆ど「ん」しか喋らなかった氷雨がここまで自分の思いを口に出せるようになったことと、純粋に俺を慮るその言葉に少し覚悟が揺らぐ。だが、
「大丈夫。俺は死なないよ。必ず信長様を助けて戻ってくる。だから氷雨たちも俺が戻ってきた時に悲しくならないように、無事に生き延びてくれ」
「…………ん。あるじ様、ご武運を」
「おう!」
長い葛藤の後に氷雨はついに首を縦に振った。氷雨は来た方向に、俺は本能寺の方向へそれぞれ前進を始める。氷雨たちが無事に脱出できるように、俺はこの周辺の敵を俺のもとに集めることにする。
「俺は織田家家臣・坂井大助。伊賀の上忍にして、織田家最強。謀反人の明智軍の者どもかかって来い、死にたい奴からな!!」
そう叫ぶと俺は迫り来る敵を次から次へと斬り捨てていく。もちろんこの数に囲まれれば流石に無傷という訳にはいかない。だがこの程度の傷は敵に与えた損害と比べれば微々たるものだ。
そうしてしばらく暴れていたら来た方向から煙が一筋、氷雨たちが脱出した合図。憂いは無くなった。
「なら、後はもう前進するのみ。遊びは終わりだ、雑兵ども」
俺は足に力を入れると高く跳躍する。それを見た明智軍の兵士たちは次々と槍を空中の俺に向けて突きあげる。ただの武士ならこれで槍に貫かれて終わりだ、だが俺は違う。
「火遁」
俺の呟きと同時に足元の敵が炎に包まれる。動揺する兵士たちの頭を足場に俺は一気に本能寺の門まで……そう思い再び足に力を入れた途端のことだった。
突如、本能寺から轟音が上がる。
人一人分高い視線で見えた衝撃の光景。本能寺の離れが炎に包まれ崩壊する。そして信長がいるであろう本能寺の本殿も今にも崩れ落ちてしまいそうなほど炎を上げていた。
「ッ!! どけぇ!!」
俺は足元の敵を一気に薙ぎ払い着地、そのまま駆け出した。本能寺の門まではあと数メートル。だがそこまでには明智兵が4列。数にすれば20人ほど。俺は背中に装備していた最後の手札を切る。ショットガン、以前ユナの協力で完成した本当の未来の銃。
レバーを引き、躊躇いなく発砲。散弾が飛び散り、目の前の兵士が爆散する。さらに近くの数人の兵士が苦悶の声を上げる。だが憎しみの目で俺を睨む、まだ戦意は残っている、まだ倒れていないぞとばかりに。
「どけよ! 頼むから、どいてくれよ!!」
見上げれば赤い炎と黒い煙、そして本能寺から聞こえる喚声が俺の心を焦らせる。ショットガンを撃ち、敵が倒れる。ついに本能寺の門までの道が開けた。
「その男を通すなァ!!」
「どけぇぇ!!」
俺の道を阻もうとした兵士にショットガンを撃ちこみ、弾が切れたショットガンをその場に放り捨てる。そしてついに俺は本能寺の境内へ。
境内ではまだ一部で織田軍と明智軍の戦いが続いていた。だがそれも数か所、炎を上げる本能寺の中に明智軍を入れるまいと奮闘するが圧倒的な数を前に侵入許してしまっている。倒れている信長の近臣の中には何度も俺と顔を会わせ言葉を交わした者も多数いる。
「蘭丸、弥助……クソッ!!」
顔見知りの死体がいくつも転がっている。だがその中に信長の姿はない。明智軍が中に入って行っていることから考えても信長はまだ中で存命という事だろう。急げ、急がないと信長様が討たれる。
炎に包まれる本能寺の中で明智軍が信長を探し回っている。本殿の中もそこら中に明智軍の兵士と信長の近臣の死体が。俺がもっと早く着いていれば助けられたかもしれない顔見知りの死体を見て、歯噛みする。
本能寺内にいる明智兵を切り倒しつつ、信長の姿を探す。煙のせいか、あるいは焦りのせいか胸が詰まる。
そして本能寺の最奥の部屋の襖の前で俺が探し求めていた主の声が俺の耳に飛び込んできた。
「人間五十年、下天のうちを比ぶれば……」
襖を両手で開け放つ。その奥の人物と視線が交わる。ところどころ血で汚れる寝間着で扇子を振り、舞を舞うその姿は……
「夢、幻の如くなり」
まさに俺が一生支えると誓った未来の天下人に相応しい気品に溢れていた。




