第257話 宿命の夜
「大助様! 起きてくださいっす! 緊急事態っす!」
普段はまだ静かな時間帯。にもかかわらずあり得ないほどの喧騒。天弥が詳細を話す前にすべてが分かった。その日が来たのだと。
枕元の刀とリボルバーを即座に手に取り、事前に準備されていた軽めの鎧に手を伸ばす。
「ここも囲まれてる! あるじ様、急いで!」
「わかってる! 信長様を助けに行くぞ! 氷雨、才蔵から報告はなかったよな?」
「ん。何も来てない」
ということは才蔵はやられたか。すまない、才蔵。俺が危険な任務に送り出したばっかりに。必ず仇は取る。
俺が窓から外の様子をうかがうと屋敷の壁を挟んだ反対側に大量の旗が見える。旗印は水色に桔梗。思った通り、明智光秀だ。
結局俺は本能寺の変を阻止できなかった……だがせめて信長様だけは救出する。そのための準備はしてきた。
「行くぞ! 本能寺へ行き、信長様を救出する! 全員準備はできてるな?」
俺は屋敷に滞在している50名の部下の顔を見渡す。敵は万の軍勢、寡兵もいいところだ。だがここには保正をはじめとする伊賀の精鋭、隊から厳選した精兵、そして俺の最終兵器もある。俺が徒歩数分の本能寺に到達することは可能だろう。
「いざ、出陣! まずは屋敷の周りの敵を蹴散らすぞ!」
坂井大助隊51名が織田信長を救うために立ち上がる。それは本能寺の変という歴史の宿命に対しての宣戦布告であった。
屋敷の外は明智軍で埋め尽くされていた。だがこうなることは想定済み。もちろんその対策も完璧だ。
「保正、あれをやる。ありったけもってこい!」
「京の町が半壊するかもしれないぜ?」
「それで信長様が救えるのなら安いもんだ! いいからやるぞ!」
「無茶苦茶言いやがるな! 了解した!」
俺の命令通り、保正は本当にありったけ持ってきた。そしてそれを明智軍の海に放り込んでいく。そうした直後、轟音が連続して明け方前の京の町に響き渡る。明智の兵がまとめて吹き飛んでいく。
「焙烙、たくさん用意しといてよかったな」
忍者の爆弾、焙烙火矢。伊賀でありったけ買い集めておいたのが功を奏した。現状こちらの被害者は0、向こうは死傷者多数。敵はとにかく数が多いから爆弾を避けられない。
「焙烙は投げ続けろ! こっちに向かってくる敵は鉄砲隊で迎え撃て! 誰も近づけるなよ!」
ひとまずこの屋敷周辺の敵をまとめて葬る。本能寺に向かうのはその後だ。この辺にいる敵を本能寺の方に引き付けるのはよくないだろうし、そもそもここの敵を減らさずに突破は不可能だ。
……それまで本能寺で信長様が堪えてくれるのが前提になるが。
それから俺たちは1人の犠牲も出すことなく寄ってくる敵を撃退し、焙烙で敵をまとめて爆破し続けた。もう敵の死者は200人を超えているだろう。最初に屋敷を囲んでいたやつらはあらかた片付け、本能寺方向以外の道にいた敵もかなり削った。
だが本能寺の方は次から次へと敵が増える。だがそれもかなり削った。そして焙烙が9割無くなった時点で俺は決断する。
「行くぞ、屋敷を捨てる! 全軍本能寺に向けて前進だ!」
満を持して本能寺方向へ前進を開始する。先陣を切るのは俺と保正。俺たちが道を切り開き、その道を後ろの奴らが通り俺たちの後ろを守る。
「”乱之太刀”!」
そこらの雑兵など相手にならない。この京都の地で剣聖に学んだ究極の剣技を明智兵を相手に存分に振るう。保正も圧倒的な強さで俺の援護をする。
「天弥、鉄砲隊10を率いて屋根の上に登れ! そこから明智軍を撃ちまくれ!」
「了解っす! 行くっすよ、お前たち!」
明智軍の展開、包囲は早かったがそれは道に限った話だ。屋敷が立ち並ぶ京の町で抑えるべきは屋根の上だ。
天弥が率いる鉄砲隊が屋根の上を抑えるとぐっと進みやすくなった。俺が刀を振るい、その後を精兵たちが続く。
「大助様、大変っす!」
歓声でうるさい中、それに負けない大声で屋根の上で鉄砲隊の指揮をする天弥が俺に向けて叫ぶ。
「本能寺の門が破られたっす! 寺の中に明智軍がどんどん……」
「っ……わかった! 急ぐぞ、お前たち!」
おぉ、と頼もしい声を返してくれる精兵たち。士気は十分。さすが万の隊から選抜した精兵たち、まだ一人の犠牲も出ていない。これならいける。助けられる。
「突き進めェ!」
俺の一声に50人が呼応する。俺の一振りで数人の明智兵の首を刎ね、俺達は確実に本能寺へ一歩ずつ近づいていく。
「天弥、本能寺の様子は!」
「なんとか凌いでるっす! でも急いだほうが――うッ!?」
天弥の言葉が銃声でかき消される。さらに銃声が連続で鳴り響く。天弥が率いていた俺たちの鉄砲隊が次々とやられ、屋根から落ちていく。
「敵の鉄砲隊……!」
ここよりさらに前方の屋根の上に敵の鉄砲隊が見える。少なくとも数十人、これからさらに増えるだろう。もともと数が少ないこちらの鉄砲隊では撃ち合いに勝てそうにないか。
「天弥! 大丈夫か! 天弥!」
「なんとか、っす」
屋根の上から顔を出した天弥は左腕を右腕で押さえている。夜の闇に紛れていたはずだが運悪く当たったか。
「怪我人は離脱していい! 銃撃戦の基礎は教えたな? 出来るだけ顔は出すな! 銃の性能はこっちが上だ、焦らず丁寧に狙え! むやみに撃つと発砲時の発光で位置がバレる!」
「了解、っす」
「天弥、お前は離脱してろ!」
「指揮くらいはできるっす! 大助様をお支えするっす!」
強情な奴だ。だが指揮してくれるのはありがたい。
「危ないと思ったら迷わず退け! いいな?」
「はいっす!」
こちらの鉄砲隊は敵の鉄砲隊との撃ち合いで手一杯。地上を走るこちらは戦いにくくなった。
味方の精兵が一人、また一人と倒れていく。敵に与えている被害の方がはるかに大きいがそもそも人数が少ない俺たちは1人やられるだけで戦力が大きく落ちる。
「あるじ様! あれ!」
突然氷雨が声を上げた。氷雨は俺たちが進む道の正面をまっすぐ指差している。
「まさか…‥」
煙が上がっている。細いがあれは確かに本能寺に火の手が上がった証拠だ。タイムリミットが迫っている。
「大助様! もう限界っす!」
屋根の上で敵の鉄砲隊との銃撃戦を指揮していた天弥がそう叫んだ。数倍の差の敵との撃ち合いだ、もった方だろう。俺はよくやった、と叫ぶと天弥に戦場を離脱するように命令する。
俺たちの鉄砲隊が居なくなると敵の鉄砲隊の標的は地上を突き進む俺たちだ。
「もう手段は選んでいられない! 氷雨、あれを!」
「ん!」
氷雨は大きく飛び上がると一時戦線を離脱する。そしてわずか数分後、氷雨が俺の切り札を抱えて戻ってくる。
「ん、用意は出来てる」
「助かる。保正、30秒下がる。出来るだけ周りの敵を片付けてくれ!」
「無茶言ってくれるぜ! 領主様!」
文句は言いつつ保正は俺の命令を完遂してくれた。俺が最終兵器を手に最前線に戻ったときには敵の最前線との距離が数メートル空いている。
「保正、他の奴らも聞け。今から俺は切り札を使う。俺の横を全力で守れ、正面は気にしなくていい。あ、耳は塞いでいた方がいいかもな」
「大助、何をするつもりだ?」
「説明してる暇はない。刮目せよ。俺の決戦兵器、ガトリングだ」
肩からかけて腰の横辺りに装備されたガトリングは月明りを反射し黒く光っている。
トミーガンの制作の挫折。どうしても連射の技術が解き明かせなかった俺が思いついた脳筋な解決法。弾を連続で装填できないなら銃身を増やせばいいのだ。あらかじめ一本の銃身につき一発装填しておいた。あとは引き金をひき、無数の銃身を回転させることで連続して弾丸に着火し大量の弾丸がばら撒ける。俺が思い描いていた圧倒的な破壊力を実現した。
「ぶち抜けェ!!」
絶叫と共に引き金を引いた。回転した銃身から放たれた弾丸の雨が明智の大軍に降り注ぐ。俺はかつてない反動を左腕で何とか抑え込み、ゆっくりと左前方から右前方、屋根の上の鉄砲隊と順々に敵に銃口を向けていく。するといとも簡単に生きた人間がぐちゃぐちゃの肉塊に変わる。
「うおおおおおおお!!」
ガトリングが鳴らすけたたましい銃声に俺の叫び声はかき消された。
耳の奥に響いていた高音と低音がようやく鳴りやんだ。反動を抑え込んでいた左腕はプルプルと振るえている。
先程まで敵が群がっていた本能寺に向かう道の様子は惨状という他になかった。赤に染まった道と散らばる肉塊に一瞬吐き気を催すが何とか抑え込んだ。
誰も言葉を発しなかった。発せなかった。戦でもこんなひどい光景はないだろう。
その惨状を引き起こした俺の最終兵器だけが「シュー」という音を立てている。
俺は赤い道に一歩を踏み出した。
「行くぞ」
その言葉に我を取り戻した精兵たちが動き出す。
まだ何も達していない。信長様を救っていない。
俺はガトリングを肩から外し、その場に置いた。これを持っていたら走れないからな。
本能寺は目の前、だが煙は先ほどより確実に太くなっている。時間がない。俺は目の前の光景から目を逸らすように煙を見上げ足早に本能寺へ向けて歩き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回からストーリーが分岐するifルートをカクヨムで投稿中です。そちらもよろしくお願いします。




