第254話 備えよ
武田氏が滅びた後、武田氏の居城であった躑躅ヶ崎館に入った織田信長は家臣たちの今回の功績を称え、滝川一益に上野国、森長可には北信濃、徳川家康には駿河国、河尻秀隆には甲斐国とそれぞれに武田の旧領を褒美として与えた。この中で滝川一益は信長に臣従した北条氏の治める相模・武蔵等を含める関東八州の警固を命じられた。これは以前上杉謙信が就いていた関東管領とほぼ同等の立ち位置だ。
旧武田領の分配が済むと信長は家康と共に駿河を通り東海道から帰路についた。宣言通り富士見の酒を楽しみ、家康の領内を家康の家臣たちからの手厚い歓迎を受けながらゆっくりと安土城へ戻った。
俺は安土に戻る途中に少し寄り道をした。岐阜の以前俺が済んでいた屋敷、今は鍛冶師の顕蔵が使っている屋敷に顔を出したのだ。以前は位の高い武士(俺)が住んでいたという事もありなかなかに立派な屋敷だったのだが、すごいリフォーム?の影響で完全に鍛冶工房へと変貌していた。元の屋敷の様子が見る影もない。そんな俺の驚き具合など気づかずに顕蔵はにこやかに俺を出迎える。
「お久しぶりでさぁ、旦那」
「おう、なかなか顔を出せなくて悪かったな。……それにしても随分と変わったな。本当に同じ家か?」
「あぁ……火花が飛び散って危ないんで障子と襖、それに畳は全て取り除かせてもらいやした。せっかく頂いた屋敷を燃やしちまったら悪いですからな」
「まぁ好きに使ってくれって言ったしな……」
「あ、そうだ旦那! 出来ましたぜ、例のブツ」
「お! もう出来たのか、早かったな!」
「構造自体はそこまで難しくありませんでしたからな。少々お待ちいただけますか、持って参ります」
そう言って足早に屋敷の奥に行った顕蔵が戻ってきたときに抱えていた大物。布がかけられているがその隙間から見え隠れする銀色の輝きが俺の鼓動を早くする。
顕蔵が布を取り払うと今まで俺が扱ってきた銃とは一線を画す重々しさの銃身が姿を現した。しばらく感動で言葉を失っていたがようやく平静を取り戻すと、改めてその銃、というより兵器をじっくりと見つめる。
「やっぱり、かなりデカくなったな。持ち上げてみていいか?」
「もちろん。ですが相当重いですぜ。普段は2人がかりで運んでたんで」
顕蔵の注意を受け、丁寧に持ち上げる。ずっしり、という表現でもまだ足りない程の重さが腕に伝わる。まるで鋼鉄の塊を持ち上げたような。……鋼鉄の塊っていうのも間違っていないが。
「腕の力だけじゃ長時間持ち上げるのはしんどそうだ。撃つ時の反動も考慮して何か支えるものがいるな、紐か何かあるか?」
「へい」
顕蔵が手渡してきた紐を肩からかけて銃を装備する。これなら安定しそうだ。
撃てる状態となった途端、早く撃ちたいと俺の本能が訴えかけてくる。そのワクワクをなるべく隠しつつ、俺は屋敷の出口の方へ歩き出す。
「実際にまだ使った事はないんだろ? よし、実験だ。広いところに行こう」
ズーンという低音とキーンという高音がようやく収まり、俺は耳栓を外す。
実験に使った草原は酷い状態へと変貌していた。俺が設置した的は一つ残らず砕け、ところどころ白い煙が上がっている。まるで戦場の跡のようだ。
これが銃一丁をたった一回試しただけの結果と誰が思うだろう。
「威力は十分以上、反動は大きいし狙いを定めるのは難しいが目の前に大量の敵がいる戦場なら全く問題ない。敵の鉄砲隊の的になるかもと思ったが、これなら敵に撃ち返す余裕などないだろう。でもリロードは時間がかかりすぎるから一つの戦で一回しか使えないだろうな。……まさに俺の切り札にして最終兵器だ」
顕蔵はこの光景を見て目を見開いていた。俺が「よくやってくれた」と肩に手を置くと思い出したかのようにようやく耳栓を外す。
「とんでもねぇ…………これなら百の敵が襲ってきても千の敵が襲ってきても旦那には敵わねぇ」
「流石に……いや、そうかもな……」
流石にないと、そう言い切れない。目の前の光景にはそうさせるほどのインパクトがあった。最終兵器を顕蔵から受け取り、褒美を手渡して俺は岐阜を後にした。
安土に戻って休む間もなく、俺は単独で京都へ向かった。任務ではない。信長様の計らいで俺や長秀殿は甲州征伐の後に休暇を頂いたのだ。その休みを使って俺は下準備をしておく事にした。
「うん、ここでいい。金は言い値で払うよ」
俺は京都に一軒の屋敷を購入した。現代で言えば東京の一等地ということもあり岐阜や安土とは比べ物にならないほどのお値段だ。そんな値段でも躊躇いなく払えたのはひとえに俺の信長様への忠誠心の深さ故。そうは言っても財布に大ダメージだ、経費で落ちないかな、落ちないよね。この屋敷のおかげで信長様が助かった暁には信長様にこの屋敷は買い取って貰おう。
俺はその屋敷から少し歩くことにする。わずか数分である場所に辿り着いた。
「ここが、本能寺か」
俺が買った屋敷は本能寺から徒歩数分の位置にある。俺はしばらくここに滞在し、本能寺の変が起きた時に信長様を守るのだ。信長様に付きっきりで守るという手もあったのだが各方面軍で織田の武将たちが忙しすぎる中、信長につきまとえばまず間違いなく「働け」と言われどこかへ送られてしまう。
そこで思いついたのは仮病大作戦だ。平安時代の藤原基経から現代の悪ガキまでが使うサボりの常套手段。病気という事にして京都に滞在し、本能寺で何かあればすぐに助けに向かう。ここに少数精鋭の隊員を常駐させ、顕蔵の作った銃も用意する。備えは完璧だ。
もちろん備えだけでなく起こさせないための行動も欠かさない。明智光秀が現状信長様に謀反する気がないだろうとは思う。でもその家臣まではわからない。
「頼む。明智の軍内に潜入し軍内で信長様に敵意を持つ者がいるか探ってきてくれ。お前にしか頼めない。……頼む、才蔵」
そう俺が頼み込んだのは才蔵。伊賀忍者随一の隠密技術を持つ才蔵に明智の内情を探ってきてもらう。
「お任せを、師匠。というか今や師匠は伊賀の領主でしょう。頭なんて下げなくていいのです」
「だから師匠になったつもりは……危険な仕事だからな。気を付けてくれ」
「はい。僕は弁丸様の下に戻るまで死ぬわけにはまいりません」
そうはっきりと答えた才蔵の言葉から出た名前。弁丸という才蔵の主君と離れてからもう6年以上が経過している。突発的に弟子入りしてきたんだから親ともいきなり離れてそれっきりのはず。この年齢の子供がそんな決断をして弱音も吐かず特訓しているすごさを改めて感じた。




