第251話 元服名と武田の滅亡
「おっ! 見ろ大助! 富士山だ!」
山の合間に見えた富士山を指さし、そう声を上げる信長。行軍中にもかかわらず甲冑を身に付けていない信長の様子は数年前までは手も足もでなかった武田を滅ぼしに行くものとはとても思えない。
「ふむ、だが頭しか見えぬな。よし、帰りは駿河を通り富士を見ながら酒でも飲むぞ!」
「信長様、一応これから戦ですよ。少しでいいので緊張感を持ってください」
「よいではないか、もうほとんどの武田の要所を落としたと報告が入っている」
信長の言う通り、武田の城が落ちたという報告が行軍中の俺たちのもとへ続々と入ってきていた。
俺の隊の中で伊賀からいち早く戻った森長可は信忠軍の一員として参戦し、大島城を落とすという武功を上げた。
武田勝頼の弟が守る信濃の要所で名城と名高い高遠城も信忠軍の攻撃で落城し武田勝頼の弟は討たれた。
俺が長篠の戦で討ち取った馬場信春の嫡男・馬場昌房が守る深志城も降伏し城を明け渡した。
そして当主武田勝頼も新府城での籠城は厳しいと考えたようで新府城を焼き払い岩殿城へ向かったらしい。
川中島の戦いと三方ヶ原の戦いでの武田軍を知っている俺からすれば信じられない事だが、あれだけ統率がとれていた武田軍も今は脱走者が多く出て、軍の規模はどんどん小さくなっているらしい。武田領内で土地を持つ元国衆たちも次々と織田への臣従を申し出てきている。また信玄時代からの重臣で武田の駿河侵攻の主たる武将だった穴山信君が徳川家に寝返るなど、重要な家臣の離反も相次いでいる。
そんな状態の武田には信忠軍を撃退する力など残っていないのだろう。
「今回の俺たちの役割は戦じゃないってことだ。大助も鎧なんて着ていても疲れるだけだぞ?」
そう言う利家も簡易的な甲冑しか身に付けていない。そんな中ほぼフル装備の俺は目立っていた。普段の戦なら俺の方が正しいはずなのだが。
「息子の初陣だからな、一応武将らしい姿を見せておこうかと……」
「あぁ、お前が頑なに鎧を脱がない理由はそれか」
「大助の息子? もうそんな年か?」
信長が葵丸と顔を会わせたことはほとんどない。生まれた時に挨拶に行ったがその後は城での稽古の時にたまに顔を会わせるくらいだったはず。
ここで改めて挨拶させておくか。
「葵丸、信長様に挨拶を」
「は、はい! 坂井葵丸と申します! 年は十三です!」
緊張しながらも元気よく名乗った葵丸に信長は満足そうにうなずき、声をかける。
「うむ、大助のような活躍を期待しているぞ。……そうだ、初陣ならこれを機に俺が名をくれてやろう」
主君直々に名を賜ることが出来るのは名誉なことだ。名誉なことではあるのだが「奇妙丸」に代表されるように信長のネーミングセンスはひどい。でもこの坂井大助の名も信長に付けてもらったし、信忠・信雄・信孝もまともな名前だ。きっと大丈夫。もしとんでもない名前にされそうになったら全力で止めようと心の中で決意しつつ、俺は信長の様子を窺う。そこで信長と視線がぶつかった。
「大助、お前の大の字は確か坂井大膳からとったな。その字を受け継いでいく予定はあるのか?」
「もちろん大切な字ではありますが……」
この時代では親から一字貰うのは普通のこと。俺も前々から葵丸の元服名に大の字を入れて考えていた、のだが全く決まらなかった。大の字を入れた名前って難しいのだ。「大輝」なんかは少し現代っぽすぎるし、などいろんな候補を出しては消しを繰り返していた。
「では助の字の方はどうだ? お前の代から受け継いでいけば良いだろう」
「はい、信長様からいただいた名前なのでそれでも良いかと思います」
「よし。なら、葵丸よ。そなたの名は俺から「信」の字、大助から「助」の字をとり信助だ。これからは坂井信助と名乗れ」
「よろしいのですか、信長様?」
主君から名の一字を貰うというのは大変名誉なことだ。大戦で武功を上げるなどの大手柄を挙げるなどしないと本来は得られない。それを元服名から与えられるなど前代未聞だ。
「この字は俺からお前たち坂井家への信頼の証だ。親子とも、頼りにしているぞ」
「ハ! よかったな、信助」
「はい! 誠心誠意お支え致します、信長様!」
葵丸、改め信助はそう元気な声で信長様に頭を下げた。その様子に信長は満足そうにうなずくと信助と俺の初陣の事なんかを話し始めた。どうやら信長は相当信助のことが気に入ったらしい。
行軍は順調そのものだった。もうすぐ信濃に入るというのにそれまでただの一人の敵も見なかったどころか、敗報すら全く聞こえてこなかった。そして俺たちが信濃国に入るのとほぼ同時に俺たちに報告が入った。
「申し上げます。小山田信茂の裏切りにより武田勝頼は行くあてを無くし、天目山に退避。滝川一益殿の攻撃により天目山にて武田勝頼が討ち取られたと!」
武田勝頼が死んだ。三方ヶ原の時、あれだけ強かった武田がこんなにあっさりと滅びた。信玄に関しては言うまでもないが、俺の認識では武田勝頼も紛れもなく良将の類だった。長篠以降、徳川・北条と長い間戦い続けていた武田は弱体化していた、この結果は当然の事なのかもしれないが、それでもあの武田がここまで呆気なく……敵ではあるが残念とすら感じる。
だがそんな感想を抱いたのは俺だけのようで信長は当然だと言わんばかりに頷き、利家も特に驚いたりはしていない。長秀殿や光秀殿は既に戦後の武田領の処理について考えているようで誰にどの領地を与えるかなど話し合っていた。
「信忠と一益によくやったと伝えておけ。全軍、行軍を少し緩めろ。ゆっくり行けばいい。信忠には躑躅ヶ崎館で俺たちを出迎える準備をしておくように伝えておけ」
そう信長は使者に命令すると俺と利家に、
「大助、利家。少し共をせよ、話がある」
そう命令し、軍とは別の方向へ馬を走らせた。




