第250話 半六の処遇と息子の初陣
「大助、半六をどうするんだ?」
伊賀柏原城、その地下で何重にも縛られて監禁されている音羽半六を見つめ、丹波は俺にそう尋ねた。このグルグル巻きは俺と丹波共通での音羽半六という伊賀の黒き悪鬼に対する警戒心の表れだ。俺はというと半六から取り戻したスナイパーに壊れたところがないかをくまなく観察している真っ最中。スナイパーから目を離すことなく俺は丹波の問いに答える。
「ま、信長様を殺そうとしたんだから普通は処刑だな。一族郎党皆殺しでも文句は言えないほどの大罪だ。でも伊賀の乱の降伏条件は師範以外誰も殺さないっていうのが定められてる」
「今回のは戦後の事件だから関係ないんじゃ?」
「……半六は戦が終わったことを知らなかった、そういう事にして助ける事も出来なくもないって話だ」
「大助……助けたいのか? お前は信長様に歯向かう者には容赦せず、っていうかと思った」
結果論だが信長様は怪我もすることなく無事だった。なら俺は無理に半六を殺そうとは思わない。半六は丹波を制圧できるほどの実力者、あまりにも捨てるには惜しい才能だ。きっと今後の伊賀の役に立つ。
「まぁ、かなり無理な理論だし、信長様には殺したってことにして隠しておくのが一番簡単か」
「……正気、ですか? 私を生かしておくのはきっとあなたの為になりませんよ」
「半六……目が覚めていたのか」
いつの間にか目を覚ました半六がこちらのいつもの鋭い目で見つめている。自分を処刑しない俺の考えを読み取ろうとしているらしい。だが別に裏の目的なんてない、深読みするだけ無駄だ。今更駆け引きなんてしても仕方ない、正面から話し合うのが手っ取り早い。
「俺が半六を処刑しない理由はただ単にお前が優秀な忍びだから殺すのは勿体ないと思ったからだ。きっとこれから俺が治める新しい伊賀に役に立つ」
「私を買って下さるのはありがたいですが、私がこの力をあなたの為に使うと考えているのなら見当違いも甚だしい。人を見る目がなさすぎます、全く、嘆かわしい」
「伊賀が独立状態に戻ることは決してない。伊賀のためにその力を振るわないのなら、お前は何のためにその力を使う?」
半六は黙っていた。音羽半六をこれまで動かしてきたのは伊賀国への強すぎるほどの思い。伊賀という国を守るためなら時には里長である丹波にも歯向かい、他の全員が降伏してもたった一人の部下と共に潜伏し状況打開の機会を窺った。
そして今、守るべきものを無くした半六は1人この地下牢で朽ちていこうとしている。そんな半六に俺は示さなくてはならない。伊賀が独立国家ではなくなったとしても、お前が守るべき伊賀はまだここにあると。
「俺は伊賀を征服はしたが、滅ぼしたつもりはない。伊賀は俺にとっても大切な場所だ。俺は俺が愛した伊賀の人たちと新しい伊賀を作っていく。お前も手伝え、半六」
「……」
「お前の愛した伊賀を俺はもっといい国に作り替える。保朝や師範のためにもな」
半六は長い長い沈黙の後、一度強く目を瞑る。再び開かれたその瞳に宿した思いは何だっただろう。
「……この伊賀をあなたがより良い国にするというのなら、やってみるがいい。手伝いなどするものか。……私はあなたを見張ることにする。あなたの作るより良い伊賀とやらを見届け、もししくじる様なことがあれば必ずこの手であなたを殺す」
半六はそう答え、鋭い眼光で俺を睨みつける。
……なんて頑固な奴だ。だが、今はこれでいい。
「いいぜ。一瞬たりとも見逃すなよ、ここから新しい伊賀が始まるんだ」
丹波が静かな笑みを浮かべた。そして俺に目配せした後、半六を縛る縄を解いていく。解放された半六は縛られていた手の動きを確認し、静かに俺に告げた。
「後々この判断を嘆くことにならぬよう、精々励むことですね。私は決してあなたの失敗も、甘えも、諦めも、決して許さない」
その言葉に俺は深く頷いた。
こうして、天正伊賀の乱は本当に終わりを告げたのだ。
伊賀の内情がいったん安定し、俺は久しぶりに安土へ帰還した。家族との再会もほどほどに俺は安土城へ呼びだされた。
「大助、出陣の用意をしろ」
音羽半六の件かと思ったが信長はそんなこと気にしていないらしい。だが何を言われるかと思ったら出陣の準備? 俺は戦が終わって帰ってきたばっかりなんですけど? 俺の扱いがあまりにもひどくないか?
「あの、信長様……? 俺の隊は今……」
「皆まで言うな、わかってる。お前の隊は伊賀から戻ってきたばかりで疲れが癒えてないというのだろう? だが心配するな、大助が連れて行くのは最低限の兵だけでいい」
「いや、俺も昨日帰ってきたばっかり……」
「気にするな、行くぞ!」
押し切られた。押し切られてしまった。この強引さは昔ながらのことだがいつも本当に勘弁してほしい。
「で、どこに出陣ですか?」
「甲斐と信濃だ」
「甲斐と信濃? ってことは……」
「あぁ、武田だ。機が熟した、武田を滅ぼす。既に信忠と一益が出陣している。俺たちは後軍だ、おそらく俺たちが戦になることはないだろう」
それなら俺はいらないんじゃ、なんて考えが一瞬頭をよぎるがそれを言ってもどうせ強引に連れていかれるだけだ。しぶしぶ出陣に了解する。その後正式に俺に伊賀の乱の功績として伊賀国を任すと命じられ、俺は安土城を後にした。
「というわけで明日出陣することになった。急ですまない」
「そうですか……帰ってきたばかりだというのに。……信長様は旦那様への扱いがいつも雑ではないですか?」
そう不満を漏らす祈に俺は苦笑し、同意する。
「まぁ、今回はあんまり危ないことにはならないと思う。相手は大大名だからすぐには帰ってこれないだろうが……」
「いえ、仕方ありませぬ。それだけ旦那様が信長様に頼りにされているという事でしょうし」
ご飯をよそういながらそう言った祈はまだ不満気だ。そのまま食事中も日頃の信長様から俺への扱いについての文句を話していた。基本的には同意ではあるが信長様の天下取りは俺が望んで協力してることだという事は主張しておく。
「あの、父上……」
「ん? どうした?」
食事の最中、珍しくずっと黙っていた葵丸が真剣な表情で口を開く。
「僕も戦に連れて行って」
「「えっ?」」
俺と祈の驚きの声が重なった。戦に出る? 葵丸が? 危ないからダメだ、という言葉がもう喉元まで出たところで思いとどまる。葵丸はもう13歳、少し早いかもしれないがこの時代ではそこまで珍しい事でもない。まして今回の戦は俺たちは後軍で危険も少ない。初陣には丁度いいかもしれない。
「いいよ。明日でるから準備しておけ」
「! はい! 父上!」
「!? ちょっと待ってください旦那様!」
俺の返事に対する葵丸と祈の反応は対極だった。
葵丸は喜びの声を上げ、「ごちそうさま!」と叫ぶと自分の部屋に急いで戻っていった。祈は驚きの声を上げ目を見開いて俺の方を見る。
「本気ですか? 危険です」
「もちろんその気持ちもわかる。でも葵丸もいずれは戦に出ることになる。そう考えれば危険の少ない今回の戦は初陣には丁度いいと思う。もちろん、葵丸に危険が及ぶことはないようにするつもりだ」
「でも……」
俺がどんな言葉で祈を説得しようとも祈の不安は取り除けない。戦場は確かに危ない所だし、俺がいくら守ると言ったって100%死なない保証はない。でも戦場での経験の積み重ねは絶対に将来の葵丸のためになる。最初は見ているだけでいいのだ。
「俺から言えることは1つだけだ。葵丸は俺が必ず守る」
「……わかりました。旦那様を信じます」
織田信忠の出陣から遅れる事3週間。1582年3月、織田信長は坂井大助・前田利家らを伴い安土城より甲斐国に向けて出陣。だがこの頃には武田の領内は織田・徳川・北条の攻撃によりほとんどが制圧されていた。武田氏の滅亡がもう間近に迫っていた。




