第248話 唐突の来訪
第二次天正伊賀の乱は織田軍の勝利で終結した。伊賀国は坂井大助の下、織田領として新たな段階に突入する。そんな中唐突に織田信長が伊賀国に来訪する。
「おう、久しいな大助。此度は伊賀国の占領、よくやってくれた」
「お久しぶりです。といっても2週間ぶりですけどね……労いはありがたいですが、事前に連絡もせずにいきなり来るのやめてくださいよ……こっちにだって事情というものが……」
「事前に利家を送っただろう?」
「30分前ですけどね」
俺の歓迎していない雰囲気に怪訝な顔をする信長。信長に振り回されるのはいつものことだが、少しは部下の気持ちも考えて欲しい。信長を招けるような立派な屋敷はないのだ。本来その役割を果たす平楽寺も今は工事中だ。そう告げると信長は快活に笑い、
「そんな事はどうでもいい。俺は伊賀国を見に来たのだ。屋敷に押し込められてたまるものか。さっさと行くぞ、ついて来い! 大助!」
俺の腕を引っ張り、走り出した。利家も呆れたように「いつものことだ」と呟きついてくる。そうして俺たちはたった3人で伊賀国内部へと踏み出した。
まず訪れたのは伊賀北の里。今は藤林保正が治めるこの地に俺たちは足を踏み入れた。
「信長様、紹介いたします。こちらが北の里長・藤林保正です」
「は、初めまして。伊賀の上忍にして北の里長を務めております。藤林保正と申します」
保正がわかりやすく緊張している。その緊張が俺にも少しだけわかる。信長は出会った頃と比べて随分と大きくなった。もちろん体格だけの話ではない、オーラ、覇気、かつて俺が武田信玄に感じたような威圧感を今の信長は纏っている。まさに天下人たる器だとそう思わせる存在感だ。
「うむ、これからは大助の下で励め」
「は、ハハッ!」
信長の言葉に保正が平伏する。信長はそれに満足そうにうなずくと、さあ次だと俺と利家の背をたたく。軽く北の里を一周し、俺たちはすぐに南の里に向けて駆けだした。当然ながら軍の移動速度より俺たち3人で馬で走った方が早い。軍の移動で数日かかった北の里から南の里への道も半日ほどで走破できた。
あと少しで里というところで丹波が俺たちを出迎えた。
「ようこそ、おいでくださいました」
「ここが伊賀南の里、つまり大助が修行した地か」
「はい、そしてこいつが今の南の里の里長にして俺の親友でもある百地丹波です」
「ご紹介に預かりました、百地丹波と申します。伊賀の代表として改めて宣言いたします。今後伊賀国は信長様に忠誠を誓いまする」
「うむ、大助の下で励め。大助はこう見えてかなりの気分屋だ、苦労も多いだろうが……」
「十分、存じております……」
「そうか……、貴様も振り回されてきた側か……」
何故か初対面なのに変な方向で意気投合する丹波と信長。むしろ俺を振り回しているのは信長の方だと思うのだが。あまりにも不本意な方向で意見が合致する2人に俺は思わず「そんなに迷惑をかけたつもりはありませんよ、失礼な……」と苦言を呈す。すると2人はバッと俺の方を振り返り「正気か?」と言わんばかりの表情をする。
「そうか、ではお前が持ち込んだ最新兵器とやらが那古野城の一室を吹き飛ばしたことは、俺の思い違いであったか」
「あぁ、お前の作った”地雷”とやらの実験で里の試合会場の地面に大穴が空いたこともあったな。あとは……」
「ぐう……」
ぐうの音しか出ない。確かに信長には俺が新しいものを作ったら見せに来るように言われていてそのうちの何個かが失敗作だったこともあった。伊賀にいた時は丹波は常に俺の最新兵器の餌食になっていたし、地雷に関しては本当に危ないと思ったから広い場所、つまり試合会場で実験したらものすごく怒られた。
「で、でもそれくらいでしょ? それに俺は十分に貢献もしてるはず……」
「ただ迷惑な奴じゃないから厄介なのだ。それなりに実績もあるからほかの家臣団だって大助の言うことになら従ってしまうだろう? しかも真面目なことのような顔をして突飛なことをするから付き合いの短い者はすぐに騙されてしまう」
「俺はいつも真面目ですが!」
「確かに普段はそうだな。だがたまにふざけたことを真面目なことに混ぜてくるから余計厄介なんだ!」
「利家まで……?」
あまりの言われように俺はショックを受けていた。そんなトラブルメイカーのような扱いをされていたとは。思い当たる節はない、とも言いきれない。信忠様ら弟子たちに剣術を教えている時に前世のアニメで見た剣技を教えてみたり。利家には南蛮から入ってきた整髪剤を使ってベートーヴェンみたいな髪形にしてみたり……。
あれ? 俺って結構ろくでもない事してる?
いや、でも大ごとになるようなやらかしはしていないはず。明らかに信長の役に立ったことの方が多い。っていうかそもそも俺がふざけている時は大抵信長様も一緒になってやっているか、面白がっているかだろ!
そう俺が憤慨していると、丹波が口を挟む。
「学校にいた時、もみじとかをけしかけて俺に醜態をさらさせたことは絶対に忘れない」
「あっ……」
ぐうの音も出ない。色仕掛けに弱い丹波にもみじとかの里の女の子を嗾けて、その中に女装した俺も交じってイタズラをしたことがあった。あれの主犯は半分はもみじなのだが……とにかく翌日俺がひどい目にあったことは間違いない。あの時の丹波は怖かった、一時期トラウマになっていたほどに。あんなに面白い事件だったのに俺はそのトラウマのせいで丹波をからかったりできなかったのだ。ま、あの事件が公になっていたら里中で笑われて丹波が闇落ちしていたかもしれないから、これでよかったのだが。……もみじはその後も性懲り無く色仕掛けで丹波をからかっていたが。
信長・利家と丹波。この3人が揃ってしまえば俺の幼少期の出来事はほぼすべて網羅されている。そもそも今までの俺の人生でこの3人の誰かといた時間が多すぎる。あまりにも分が悪い。動く思い出のアルバムとでもいえば聞こえはいいが、今の3人は俺の悪事と黒歴史を共有する悪魔の会合を行っている。これ以上恥をさらしてたまるかという思いで俺は3人に移動を促し強引に会話を終わらせる。
「ま、里の前で話すことでもないか。信長様、この話の続きは夜の食事の時にでも」
「うむ、面白い話が聞けそうだ。楽しみしている」
「続きなんてしなくていい! 楽しみにするな! ほら、行きますよ」
里に先導する俺が文句を言いながら後ろに続く、信長たちを見る。その後方に木々や葉の合間から延び出る銀色の違和感。それが何か、俺にはすぐに分かった。俺は馬を反転させると同時に刀を抜く。それとほぼ同時に見覚えのある銀色の筒が発光し、周囲に爆音を放つ。
狙いは、信長様……!
俺は信長様を突き飛ばし落馬させる。そして飛来する弾丸を刀で受ける。両断された弾丸の片方が俺の頬をなでた。
伊賀の森林に潜む狙撃者が俺と信長に牙をむく。




