第247話 織田領としての伊賀
柏原城内でついに実権を掌握した百地丹波は織田に降伏することを決意した。坂井大助と2人で話し合った末、柏原城は開城し天正伊賀の乱は織田方の勝利で幕を閉じた。しかしこの戦を終わらせるにあたり伊賀衆の責任者を処刑すると織田軍総大将・織田信雄が主張する。伊賀は頂点が居らず、十二人衆による合議で治めていた国。十二人衆が全員処刑という最悪の事態を防いだのは城内では丹波と争った元里長・百地政永だった。
「父上」
丹波が政永と接触できたのは政永が切腹する30分前になるころだった。俺はなんとか信雄から丹波が政永と面会する許可をもぎ取り、丹波とともに政永が拘束されている牢に訪れていた。
「おう、丹波に……千代松」
「もう千代松じゃありませんよ……」
「いいんだよ……そっちの方が楽に話せるじゃねぇか」
政永にとって「坂井大助」は伊賀を滅ぼした怨敵、だが「千代松」は自分が育てた数多の弟子のひとり、ということらしい。そういうことならと、幼名呼びも許すことにする。
「つっても千代松に俺から話すことなんてねぇけどな」
「成長した愛弟子にお褒めの言葉はないんですか?」
「その力で国ごと滅ぼされちまったら世話ねぇな……お前は橋本一巴に連れられて伊賀に初めて来たときから異常だった。ガキのくせに相手の戦い方を見抜きすぐに対応する洞察力と対応力。丹波と戦ったときにすぐにわかったのよ、こいつは異常だってな。そんなお前をさらに育てちまったのが俺の人生最大の失敗だな」
そう言う政永だが口元には若干の笑みが浮かんでいる。その笑みは己の見る目の良さに対してか、成長した愛弟子に対するものか。
「お世話になりました、師範」
そう最後に頭を下げ、俺はその場から立ち去った。丹波と政永の親子の会話は俺が割り込んでいいことじゃない。最後の親子の会話は何人たりとも邪魔することは許されないのだ。
日が沈むと同時に、百地政永は切腹した。丹波は泣かなかった。その様子を目に焼き付けるかのように、ただ父の最期を見届けた。
翌日には信雄をはじめとする大半の織田軍は伊賀から引き揚げた。安土の信長への報告も信雄に任せ、俺は伊賀に残った。俺は伊賀でやらないといけない事があるのだ。あれは出陣の前、信長と話した時の事。俺は信長様にお願いをしたのだ。
「信長様、お願いがあります」
「ん? なんだ?」
「俺が今回、伊賀国を無事に平定した暁には伊賀国を俺に下さいませんか?」
「開戦前から報酬の話とは、相当自信があるな……こういう時のお前はかなり不安なのだが……」
「4万も軍をつけていただいたのですから決して失敗は致しません」
そういった俺に信長はさらに面倒くさそうな表情をする。だがどこか諦めた表情になって俺の肩の手を置いた。
「……頼むぞ、本当に。それで伊賀国を下さい、だと?」
「はい」
「……褒美として伊賀国を大助に任せるのは構わん。だが他に従軍してる武将の褒美もあるのだぞ?」
「美濃の土岐、それから尾張にある俺の領土の一部を返上します。それでなんとかならないでしょうか」
俺は現在、美濃国土岐と尾張国の清洲より西に広大な土地を持っている。清洲は父上が治めた大事な土地だから手放したくないが、清洲を除けば俺はこの土地に強い執着があるわけではない。もちろん今まで統治した思い入れはあるけども。
「ふむ……そこまでするか。大助、どうしてそこまで伊賀を欲しがる?」
「伊賀は尾張から離れて俺が育った第二の故郷とも言うべき場所です。古い友人がたくさんいます。そこをこれから攻め滅ぼす、その責任は自分で取りたいんです。これは他の誰にも譲れない」
「……わかった。伊賀は大助に任せる。だからくれぐれも戦でしくじるなよ」
「ハ、かしこまりました。では行ってまいります!」
俺の意志は固いと信長は理解したようだ。そして伊賀を平定すればその土地は全て俺に任せると約束してくれた。
俺は伊賀の十二人衆と丹波、さくらを平楽寺に招集した。
今後、織田領として歩む伊賀国とその民との最初の会談が始まる。
「今後伊賀を支配する、織田家家臣・坂井大助である。知っている者もいるかもしれないが昔、大忍術体育祭を優勝した特別上忍でもある。よろしくな」
俺のあいさつに丹波、保正が頭を下げる。その様子を見て他の伊賀衆も次々と頭を下げた。
「まず最初に今後の伊賀国の統治についての方針をざっくりとだが話そうと思う。基本的にはこれまでの合議制に俺の配下も加えて、最上位に俺がいる体制だな。今まで通り伊賀の北半分は服部家・藤林家、南半分は百地家が統治してもらう。ただし南北の里にそれぞれ監査の立場で俺の配下を置かせてもらう」
ちなみに北は彦三郎、南は氏郷。旧体制をそのまま残す形になるのでは平定した意味がない、織田の支配体制の一部であることを明確にするのだ。
「そういえば北の里長は誰になるんだ?」
俺は保正とさくらの2人を見てそう尋ねる。どちらが里長になるのだろうか。
さくらは俺と目を合わせようとしない。当然か。俺は保朝を、さくらの兄を討った張本人だ。顔も見たくないだろうし、なんなら殺されてもおかしくない。それをしないのは保朝が俺に伊賀を託したから。
今は仕方がない、これから少しずつ関係を修復していこう。これも俺が伊賀を攻めた結果だ、すべて受け入れていく。
「次の里長は俺だ。改めてよろしくな、大助、様」
「お前に様呼びされるのはなんかムズムズするわ。重要な場以外は今まで通り適当に呼んでくれていいよ。頼りにしてるぞ、保正」
丹波と保正、この2人が俺の伊賀支配の要だ。幸いにして2人とも一応俺に協力的。攻め滅ぼされた伊賀国には織田や俺に敵意を抱いている者が少なくないからな。この2人のどちらかでも俺に対して敵対的な様子を見せたら最後、大きな反乱になりうる。
「攻め滅ぼした俺がいうのもあれだが……これから伊賀を再建していく。だが俺の国を丸ごと治めた経験はない。至らないところもあると思うが、よろしく頼む。これからの伊賀のために、皆の力を貸してくれ」
こうして新体制の伊賀国は動き出した。
伊賀の中心地は平楽寺、ここに城を築き伊賀全体の統治と防衛の拠点にする。続いて南北の里とそこに隣接する比自山城、柏原城。戦で壊れてしまった場所を修復しつつ、何かあれば城に住民が逃げ込めるように以前よりやや広くする。里の内部に関しては特に手を加えない。戦で壊れた箇所もほぼないし、いきなり住民の居住区に手を加えれば民も不安になるだろう。忍者学校もそのまま存続だ。
「そういえば丹波、音羽半六はどうした?」
俺が平楽寺で打ち破り、柏原城に逃げたと思っていた音羽半六だったが丹波が言うには柏原城には来ていなかったらしい。先程の会議に当たって伊賀全土にいる十二人衆を呼びに行かせたのだが半六が戦前に治めていた村にもいなかった。
「伊賀が滅ぶと思ってどこかに逃げた、のかな。半六は伊賀に対しての忠誠だけは確かだと思ってたんだが……」
丹波にも半六の居場所はわからないらしい。確かに以前見た時も丹波は半六の手綱をちゃんと握れていなかった印象だった。
「どっかで死んでるってことはないだろうし……ま、そのうち戻ってくるんじゃないか?」
丹波は大した問題じゃないかのようにそう言ってその場を立ち去った。俺もどこかで死んでいるだなんて思っていない。丹波の言う通り気長に待つしかないか。半六には返してもらわないといけないものがあるから、早く出てきて欲しいものだ。
伊賀の今後を決める会議から一週間、伊賀はだんだんと活気を取り戻し始めていた。建築資材を運ぶ人の姿には織田の兵士と伊賀の民が混じっている様子が見える。そんな中俺のもとに一報の知らせが届く。
「大助!」
「利家!? なんでお前が伊賀に……」
「そんな事はどうでもいい! 信長様がもうすぐここに来る!」
「はぁ!?」
「すまん、いつもの信長様の気まぐれだ。俺は止められなかった……」
信長様が思い突きで行動するのはいつものこと。新しい領土を見に来るという理由ならばそこまで変な事ではない。急すぎるという一点を除けば。いきなり来られる方の身にもなってほしい。復興が始まってるとはいえまだ主人を呼べるほどではないというのに。
「で、いつだ?」
「もうあと半刻もせずに到着する!」
「馬鹿か! 今伝えられて何の準備が出来るんだ!」
信長到着まですでに1時間を切っていた。




