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【50万PV突破】 戦国の世の銃使い《ガンマスター》  作者: じょん兵衛
第二部 5章 『天下覇道』

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第246話 天正伊賀の乱 終

 服部保朝を含めた上忍3人が坂井大助に敗れた。もはや織田軍の勝利は揺らがない。柏原城内ではついに百地丹波が継戦を主張する父・百地政永を下し、実権を掌握する。伊賀衆はついに降伏の意思を固め、百地丹波は坂井大助と交渉のために城を出た。



「大助様」


 朝目覚め、今日の軍議に向かおうと天幕を出た俺に静かな声がかかった。声をかけるまで一切の気配を感じさせないその少年は黙って俺に手紙を差し出した。


「……これは?」

「里長・百地丹波様より坂井大助様へのお手紙です。伊賀の今後について、直接話がしたいと、その場所と時間が書かれています」

「そうか、わかった」

「では」

「待て」


 任務を達成し、立ち去ろうとする少年を呼び止める。先ほどから頭を下げ、俺に顔を見せないようにしていても、俺にはわかる。そこまで気配を消せる人はそういない。


「才蔵」


 そう名を呼びかけると才蔵は気まずそうに俺と目を合わせた。昨日の事を気にしているんだろう。だが俺は才蔵が昨日俺を襲った事を根に持ったりはしない。旧知の中の者と刀を交える事などこの戦乱の世では珍しいことではない。全然見つけられなくてすっごい怖かったけど、気にしていない。そんなことよりだ。


「強くなったな」


 俺は跪く才蔵の頭を軽く撫でてやる。俺に弟子入り志願してきた時は確かに気配を消すのは上手かったけど肝心の攻撃が弱っちかった。それがたった数年で弱点だった攻撃力不足を克服し、気配は全く気付かれないほどにまで成長した。昨日の戦いは本当に凄かった。


「これからも励め」

「はい、……師匠」

「俺はお前の師匠になったつもりはないぞ?」

「僕の憧れなので、師匠です」


 そう言われるともう何も言い返せない。苦笑し、もう行けと手を振った。才蔵は嬉しそうに、だが音もなく織田の陣から離れていった。


 丹波が指定した地点は柏原城の南東、戦場になっていない山の中だった。俺は全軍に今日はあまり積極的に攻めないようにと命令し単独で丹波の待つ山中へ向かった。


 約束の場所で丹波は遠くの空を眺め静かに待っていた。あえて足音を立てて近づいた俺に気が付くと昔のように笑い、


「来たか、大助」


 そう穏やかな声で俺を迎えた。恨まれていてもおかしくないと思っていただけに俺は少々の戸惑いすら感じた。

 遠くから戦の喚声が聞こえる。どこかからか煙も上がっているようだ。俺が丹波と出会い共に育った伊賀の地が炎と伊賀衆の血に呑まれる。その様子を俺と丹波は山の上から眺めていた。


「丹波……すまない……」

「お前が謝ることじゃない。お前は何度も伊賀を救う道を示してくれていた。すべては俺の判断の遅さが招いたことだ」


 丹波は悔しそうに拳を握る。俺だって伊賀国を滅ぼしたかったわけじゃない。伊賀は俺にとっても特別な場所だ。そこを実質的な総大将として攻め滅ぼした、やらないといけなかった。数年前の第一次侵攻が起きた時からこうなることは必定だった。いうなれば時代の流れに逆らえなかった。

 俺が丹波に示した伊賀を救う道というのは「被害が出る前に降伏しろ」という事だけ。それですんなりと降伏できる者がどれだけいるだろうか。俺の言葉に丹波はどれだけ迷っただろう。仮に丹波が降伏の判断をしたとしてもほかの伊賀衆がそう簡単にそれを認めるとは思えない。俺はどれだけ丹波に重荷を背負わせたのか。


「俺はどんどん判断を先送りにした。お前の良心を無下にした。そのせいでどれだけの同胞が死んだかわからない。里長失格だ。そして最後は自分の手で自らの父を撃った」

「は? 今、なんて?」

「あ、殺してはないよ。でも結局俺は武力でしか城内をまとめられなかった。不甲斐ねぇ」


 百地政永、つまり丹波の父は最後まで降伏に反対したのか……。それを丹波は武力で黙らせてここに来た。それがどれだけ辛かったか、俺にはわからない。


「……すまない」

「お前の謝ることじゃない。全て俺が里長として力不足だったから起きたことだ。……でも、お前には俺に、俺がこの判断をしたことが決して間違いじゃなかったと思わせてくれ」


 伊賀国を伊賀衆の自治で治める時代は終わる。伊賀はこれから織田の統治下になる。伊賀衆が織田軍として戦うこともあるだろう。自分たちの国を滅ぼした織田と肩を並べて戦う、それがどれだけ辛いことか、それは伊賀衆の皆にしかわからない。いっそこの戦いで死んだ方がよかったと思う人もいるかもしれない。


 俺が決してそんな事にはさせない。


 丹波は伊賀衆の命、誇り、未来すべてを背負って、この場に来た。城内で反対する父たちを押し切って、自身もたくさん不安を抱えながら。保朝は最期に俺に伊賀を頼むと言い遺した。あの言葉は国の統治なんて話じゃない、保朝が守りたかった民、誇り、想い、そのすべてを俺に託したのだ。


「約束する。これからは俺が伊賀を守る。土地と命だけじゃない、民の誇りも想いもすべて命を懸けて俺が守るよ。それが伊賀を滅ぼした俺の、償いだ」


 丹波はその言葉に驚いたように、数瞬固まった。涙を流し、覚悟を決めたように拳を握り、姿勢を正した。そこから丁寧に膝を地面に着いた。


「伊賀国は織田家に降伏する。大変遅くなったが、何卒、受け容れてくださいますよう、坂井大助様」


 そう丹波は頭を深く下げた。平伏する丹波に一瞬たじろぐ、だがこれは敵と味方としての儀礼。けじめだ。


「相分かった、伊賀衆棟梁・百地丹波の降伏の申し入れ、織田軍総司令・坂井大助が受け入れよう。これよりお互いに軍に戻り次第、全軍戦いをやめるように命令を。全ての戦闘行為が停止され次第、伊賀衆は柏原城を開城せよ。その後、織田の陣にて降伏の話し合いを行う」

「かしこまりました」


 それよりおよそ30分後、織田軍と伊賀衆の両軍に退却の銅鑼が響いた。戦闘行為は速やかに停止される。柏原城は開城され、籠城していた兵や民が城を出た。


 こうして第二次天正伊賀の乱はついに終戦を迎えたのである。



「師匠! 何故降伏を受け入れたのですか!? あの城はあと半日もあれば落とせた! 今更降伏など……!」


 そう俺に食って掛かる織田信雄。第一次侵攻の事もあり、信雄はあまり伊賀衆に好意的ではないらしい。


「まぁ、落ち着け。無理に落として犠牲を増やす必要はないだろ?」

「いえ、降伏を認めれば伊賀衆に多少の影響力が残る。今後伊賀を平和に統治するためにもここで伊賀衆を根絶やしにしておくべきだ! 今からでも遅くない、むしろ城の外に出た今なら簡単に伊賀衆を滅ぼせましょう!」

「やめろ! そんな事をすればまた織田の悪評が各国に広まるぞ」

「師匠は伊賀の者に甘すぎる! この軍の総大将はこの織田信雄です!」


 信雄の言うことは確かに一理あるのだ。例えば越前一揆は朝倉家旧臣が上に立ち反乱を起こした。旧体制を半端に残すとかえって反乱の芽になることもある。それに俺が伊賀に甘いというのも否定できない。

 総大将が信雄であるのも事実だ。俺はあくまでも軍総司令、いわば総大将代理。信雄がまだ戦の経験不足、しかも伊賀は俺がよく知る場所ということで信長の命令により全軍の指揮を俺が信雄に代わって行っていたものの、形式上は信雄が大将だ。


 俺が言いよどむ。そんな言い争いの最中、最悪のタイミングで来客が。


「伊賀衆の棟梁の父子、百地丹波とその父・政永が参りました。入れてもよろしいですか?」


 今はまずい、今ここから降伏の話し合いが行われたらおそらく話の主導権を信雄に持っていかれる。最悪、丹波たちが処刑となってもおかしくない。


「待っ―」

「入れ」


 俺の静止と同時に信雄の許可が出る。丹波たちが入ってくる。そのまま伊賀の存亡を決める会談が始まってしまった。


 まずい状況になった。伊賀を守るとさっき誓ったばかりなのにもかかわらず早速大ピンチだ。

 信雄は伊賀勢が俺の度重なる降伏勧告を無視し、織田軍を相手に抵抗に出たことを咎める。ここにきて俺が何度も丹波に降伏を勧める手紙を出していたことを皆に明かしていたことが裏目に出た。開戦前の軍議で伊賀が降伏すれば受け容れるという事を説明する中で話してしまったのだ。


 伊賀衆は抵抗し続け、最後の最後命が惜しくなったから降伏するという、織田の厚意を利用する形で戦を終わらせ卑劣だと信雄が攻め立てる。それを丹波と政永は否定せず黙って聞いている。


「このような卑劣な行為を織田は断じて許さぬ。伊賀の十二人衆と里長の一族の全員の切腹を命じる」

「待て! 降伏した相手にそんな事は許されない!」

「何を言うのですか師匠、戦の責任を取って大将が切腹するのは当然。里長と十二人衆の合議で成り立つ伊賀国の責任者の全員が切腹する事の何がおかしいのですか? 師匠は伊賀に甘い、黙ってみていてください!」

「く……」


 確かに戦の責任を取って大将が切腹することは珍しくない。特に籠城戦では兵の命を助けることの引換に切腹などよくある話だ。信雄の話は筋が通っているともいえる。だが伊賀国は合議制、その全員が切腹というのは流石に……。

 だが俺は脳内で信雄を言いくるめられる理論を組み立てられない。信雄の話は基本的には間違っていないからだ。


 丹波が不安そうに俺を見る。俺はなんて情けないんだ。伊賀を守るってさっき誓ったばかりだろう。頭を働かせろ、思考をやめるな。情けないなんて考えている場合じゃない、今は丹波たちを助けることだけを……


「ったく、黙って聞いてりゃ合議合議って……伊賀の本当の様子も知らねぇで」


 突如、百地政永の声が静まり返った本陣に響く。


「なんだと?」

「十二人衆なんて自分勝手な奴らの集まりだぜ? あんな奴らが合議なんか出来っこねぇ」

「では伊賀はどう統治されていたのか、言ってみよ」

「全部、俺と北の里長だった保朝がやってたのよ。こいつはいつまで経ってもガキだからな、里長の座は譲っても任せられることなんて全然ねぇ。戦の最中に織田に降伏しようとか城内で騒ぐ大馬鹿野郎だ」


 ここまで聞いて俺は悟った。百地政永は自分で全ての罪を被るつもりなのだ。そうして丹波と十二人衆を守るつもりなのだ。

 俺の知る限り丹波はちゃんと里長をしていた。政永に実権を奪われたのはこの1週間くらいだろう。だがこの1週間実権を奪っていたという事実が政永の嘘に真実味を持たせている。加えて保朝の名を出すことで伊賀は合議ではなく南北の里長による独裁だったとアピールしている。


「それは誠か、百地丹波? 其方は実権はなく、しかも織田に降伏を主張していたのか?」


 信雄が丹波に問う。丹波は迷っていた。ここで肯定すれば父が全責任を取って切腹となるだろう、息子としてそれは断じて認められることではない。だがこの言葉を否定すれば丹波も父も含めた伊賀の主要人物が全滅するのだ。それは絶対に避けなければならない。冷静に考えれば頷くのが正解だとわかる。それでも丹波は固まったまま動けない。


 百地政永が丹波を睨む。ただ肯定しろと。

 そして丹波は悔しそうに表情を歪め、答える。


「……はい、その通りです」

「そうか。師匠に降伏を申し出たのも其方であると聞いている。其方は織田に従うべきと考え、今もその考えに変わりはないか?」

「はい、変わりありません」

「ならば其方は許す。今後は織田家に仕えよ。……伊賀の指導者は百地政永と服部保朝、この2人。師匠、そういう事であっていますか?」


 今度は俺に質問が飛んでくる。おそらくこれが政永を救う最後のチャンス。丹波が俺を見ている、父上を救ってくれとその視線が訴えかけてきている。


 すまない、誰かがこの戦の責任を取らなくちゃいけないんだ。本当に、すまない。


「……あぁ。伊賀の指導者はその2人で間違いない。保朝はすでに俺が討った、残ったのはそこにいる百地政永だけだ」


 政永はそれでいいと小さく呟く。丹波は悔しさで地につく手に自然と力を込める。


「よし。百地政永は今日の夕刻に切腹。百地丹波は新たな伊賀忍者衆の棟梁として我らとともに安土に参り、父上に謁見せよ」

「「……ハ」」


 伊賀忍者衆は許された。戦の全責任は百地政永が背負うことでこの戦は決着がついた。伊賀衆を守ったのは結局、俺ではなく政永だった。

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