第245話 丹波と政永
前里長・百地政永は坂井大助を倒す為に伊賀の最高戦力である服部保朝・植田光次・福喜多将監の3人の上忍を投入する。だが3人は圧倒的な実力を持つ坂井大助の前に返り討ちにあい、全員が討ち死に。戦況は一気に織田に傾いた。一方、城内で監禁されている百地丹波は今……
「……さ殿、里長殿!」
誰かに呼びかけられて百地丹波は目を覚ました。硬い床に倒れていたからか、体の所々が痛い。って何故俺は座敷牢の床で倒れている?
そこで何があったかを思い出した。父親と意見が割れ、実力行使に出た父親に敗れたのだ。
「やっと目ぇ覚ましたか、里長殿よぉ」
「清広! 今は何時だ? 戦は!?」
「里長殿はまるっと半日寝てたぜ。ま、日頃の疲れが取れてよかったんじゃねぇかぁ? ……戦の方はよくねぇ。いや、良くねぇなんてもんじゃねぇな。最悪っつって差し支えない状況になってるぜ」
生憎、最悪な形で気を失った為、疲れが取れているわけもない。いや、今はそんな事より……
「今日の戦は、どうなったんだ?」
清広は険しい表情で今日起きた事を語りだす。
「前の里長殿が坂井大助を討つって意気込んで見事に失敗しやがった。こっちは上忍を3人失う大損害だぁ。他の戦況も良くねぇ、今日はさくらが大奮戦したから何とか堪えたが明日は無理だろぉな」
「上忍が3人も? 誰が死んだ?」
「序列一位の光次、福喜多のジジィ、そして……」
清広が一瞬言い淀む。深呼吸をし、丹波にも心して聞けよと前置きする。
「北の里長・服部保朝」
「……は?」
嘘だろ、という言葉を丹波は飲み込んだ。この状況で清広が嘘なんてつくわけない。だが信じられない、この里で唯一丹波が自分より上だと認める相手が。
「んであんたはどうすんだ?」
「え?」
「このままこの座敷牢に閉じこもってるのかぁ?」
「そんなわけがないだろう。出せ。俺が父上と話をして、止める」
その言葉を待ってましたとばかりに清広が座敷牢のカギを解錠する。丹波は座敷牢を出ると真っ直ぐに父がいる広間に向けて歩き出した。
「全滅、だとォ!?」
広間はひどい有様だった。北の里長を亡くし戦意を喪失した者。今日死んだ者の仇を取ると刀を抜いて叫ぶ者。部屋の隅で涙を流す者。そしてその中で明日は俺が出る、坂井大助をぶっ殺すと怒鳴る父。
「もうやめましょう、父上」
部屋に入るなり、そう言った。丹波の姿を確認し、睨みつける父。
「今日の結果でもうわかったでしょう。我らに勝ち目はない、父上は本当に伊賀の民を全滅させる気ですか?」
「勝つっつってんだろォが!」
「いつまでそんな戯言を! 無駄に民を殺す父上に指揮は任せられない」
「丹波、テメェ誰に向かって口を聞いてんだ?」
実の父親であり、忍術を教えた師匠である百地政永の強い圧に今日の丹波は屈しない。むしろ強気に睨み返す。その様子に政永はため息を一つつき、ついに刀に手をかける。
「こんな時に息子を折檻しねぇといけねぇとは、残念だぜ」
「父上、俺にもう脅しは通用しない。俺は里長として伊賀の民を守る義務がある」
丹波も刀を抜いた。広間が静まり、周りの忍者たちが息をのむ。
丹波は父と戦いたいわけではない。そしてそれは政永もきっと同じだ。だが丹波はもう覚悟を決めたのだ。例え父を斬ってでも、伊賀の民を守る。
部屋の隅で力無く壁に寄りかかるさくらを見る。今日一日、織田軍を跳ね除ける大活躍を見せ、城に戻れば兄の戦死を聞かされた。
ーーもうこれ以上、誰にもあんな思いはさせない。
「丹波、本気なんだな?」
丹波は無言で頷いた。ここで譲って欲しかった。だが政永は刀を構える。丹波も大きく深呼吸をし、構えた。
親子の殺し合いが始まった。
政永も丹波も忍びとしては最上位の実力者。親子であり師弟。お互いの動きは手に取るようにわかる。互いに決め手にかける長丁場。
丹波は里長になった日の事を思い出していた。学校を卒業してから5年くらい経った頃、任務から戻った丹波に久しぶりに父上が立ち合いの勝負を申し込んできたのだ。
誰のいない放課後の校庭。大忍術体育祭の試合でも使った思い出の場所だ。そこで2人は向かい合った。
あの時もとんでもない長丁場だった。最後は体力的に衰えた父上の動きが精彩を欠き、丹波が勝利したのだ。それまではお互い隙を見せないいい勝負だった。
「丹波、これからはお前が伊賀国を守れ。伊賀者の誇りを守れ。南の里はお前に任せる」
父上は勘違いしている。戦い抜き、玉砕しても誇りは守られない。誇りというのは生きているからこそ輝くのだ。父上のやり方では国も誇りも守れない。
丹波の刀が政永の刀を弾き飛ばす。クルクルと周り、刀が床に突き刺さる。丹波は刀を政永の首に突きつける。
「俺の勝ちだ、父上。諦めてください」
「……甘いんだよ、お前は」
政永の左肘が丹波の刀を叩き折った。慌てて距離をとる丹波。互いに刀を捨て、2人とも次の武器を出す。政永は手裏剣、丹波は……
「へ、お前……千代松みたいな構えしやがって」
銃を構えた丹波に政永はそんな感想を漏らす。丹波が握るのはもう20年以上前に坂井千代松が伊賀から去る時に丹波に手渡した装弾数6発のリボルバー。最初は戸惑ったものの最近ではかなり手に馴染んできている。
「銃の当て方?」
あれは大助が才蔵を伊賀に連れてきた時だったか。大助に丹波は銃の当て方を尋ねたのだ。大助は丹波が狙い撃った的を見て怪訝な顔をする。
「当たってるじゃん」
「的には当たるんだ、でも実戦だと的と同じ距離でも上手く当たらねぇ」
「うーん、じゃあ的と人の違いは何だ?」
「動くか、動かないかだろ」
「その通り、動く敵に当たらない理由は大きく分けて2つだ。1つはエイム、もっと言うと追いエイムだな」
「何だ、それ?」
「あ、悪い。えーっと……例えば俺がここで一歩動くのとあの的の位置で一歩動くのだと銃を動かす距離が全然違うだろ?」
大助の言う通り、近くで動かれたらこっちは大きく銃を動かさないといけない。逆に遠ければわずかに動かせば敵を狙い続けられる。
「つまり敵との正確な距離を掴めないと狙いが定まらないってことか?」
「そうだ。実戦だと動き続ける敵に当てないといけない。距離がわからないと敵に狙いを定めようとして腕を動かしすぎたり、逆に敵の動きに追いつけなかったりする。追いエイムが出来ない奴の特徴は敵との距離が把握できていないか、弾がどう飛ぶかわかってないかのどっちかのパターンが多い」
「弾がどう飛ぶか?」
「あぁ。これは当たらない理由その2にも繋がる話なんだが、自分の銃から放たれた弾丸がどういう軌道で着弾するかわかっていない」
そう言うと大助は自分の銃を抜いて、一番遠くの的に向かって一発撃つ。見事に的の中央に命中する。
「今俺が撃った弾は真っ直ぐ的に飛んだわけじゃない。僅かだけど弾は落ちてるし風にも流された。その弾丸の軌道がわかってないと正確に当てられない」
大助の話は言われてみれば尤もな話だ。だが今まで丹波は正確な弾道を理解できていなかった。
「んじゃ、その2な。敵に弾丸が当たらない理由その2は偏差撃ちが出来ない、もしくは下手、ってことだ」
「偏差撃ち? どういうことだ?」
「敵の動きを予測して撃つってことだ。今エイムが敵に合っていてもお前が引き金を引くまで、そして弾丸が敵に届くまでには僅かな時間があるだろ? その間にも敵は動いているわけだ。だから敵の動きを予想して撃つ」
丹波は脳内で走っている敵を自分が狙うところを想像して、大助の話に納得した。確かに若干敵の前を狙う、今までも何度かそういう経験はあった。
「これは自分の弾道がわかっていないとまず当たらない。その上敵との距離、敵の速度などなどいろんな要素があるけど……」
「いや、ここから先は自分で身に付けるよ。大助もきっと長い時間練習して身に付けた技術だろうし、それを教えて貰うだけっていうのはよくない気がする。俺も練習して身に付けるよ。ありがとう、大助」
「確かに自分で身に付けるのが一番だ。頑張れよ」
あれから5年、丹波は銃の技術を身に付け、ついに大助が手渡したリボルバーは丹波の刀に次ぐメイン武器になっていた。そしてその銃口を今、実の父に向け引き金に指をかける。
丹波に向かって飛来する2つの手裏剣。狙いがずれないように最小限の動作で回避、しきれず片方は頬を掠め、もう片方は足に突き刺さる。だが丹波は痛みをこらえて再度狙いを定める。その様子を見た政永が回避行動に移る。一瞬、右に消えたように見えた。だが父上のこの動きは知っている。父上が馬鹿正直に右に見えるように逃げて右にいる訳がないのだ。こういう時は大抵、
「上だ」
丹波の放った弾丸が空中で政永の肩を撃ち抜く。父の呻き声、若干遅れて父の血を浴びた。さらに一瞬遅れて父が地面に落下する。
「強くなりやがって……」
「……この国は俺が守る。父上は寝て傷を癒してください。その間に、終わらせますから」
「偉そうにも、なりやがって……」
こうして柏原城内の内輪もめは最終的に政永と丹波の直接対決に寄って終わりを迎えた。これによって天正伊賀の乱は急速に終戦へ向かっていくことになる。




