淫祠邪教
ギボンズが引き出した得物は斧だった。刃と槌が一体となった戦斧を改造したもので、先端に相手の武器を絡め取る為と思われる太い鉄鉤がついている。フェリックスの抜き放った剣を見て、ギボンズは下品に笑った。
「そんなちゃちな武器でおでを止められるかぁー!」
「止める必要はないな。そのまま地獄まで突っ走るといい」
ギボンズが振りかぶった斧の圧倒的な質量は迫力十分だった。大量の空気を巻き込みながら振り下ろされたそれは、標準的な体型の人間なら一撃でぺしゃんこにするだけの威力を秘めていた。
しかしフェリックスには通用しない。剣で軽く受け止めてその軌道を僅かに逸らし、そのまま受け流した。脇にちょっと避けるようにしてギボンズの後背を取る。ギボンズは勢いを殺しきれずにつんのめり、慌ててフェリックスに向き直った。
「よっ、避けんじゃねえぇー! それでも男か! おでとぶつかってこい! ひょろひょろのミジンコがあ!」
「無理するな。今ので何となく悟ったはずだ。お前は俺に勝てない」
「ぬかせ!」
ギボンズが再び突進してくる。その斧の先端にある鉄鉤でフェリックスの剣を搦め取ろうとしてくるが、まさかそんなものに引っ掛かるほど未熟ではない。フェリックスが隙を突いて斧の柄を叩くと、衝撃でギボンズは斧を手放してしまった。
ギボンズは茫然としていた。
「馬鹿な! 何者だてめぇー!」
「別に名乗ってもいいが、お前、記憶できるか? 勉強ができるって感じの顔じゃないがな」
「ばっ、馬鹿にするなぁ!」
ギボンズが三度突進してくる。今度は素手だ。得物を叩いて衝撃を与え怯ませることもできない。
「仕方ない。痛くても泣き叫ぶんじゃないぞ」
ギボンズの動きを完全に見切ったフェリックスは宙高く跳躍した。ギボンズは突然腕から炎を生み出し、投げつけてきた。それが炎蜥の能力なのか。だがお粗末な攻撃であり、避けるのは造作もなかった。
「ちくしょお!」
ギボンズが喚きながら腕を振り回す。フェリックスはギボンズの方に剣を振り下ろした。肩から腹にかけて鉄製の防具を道衣の中に仕込んでいると看破しての攻撃だった。衝撃で膝から崩れ落ちたギボンズは、骨が折れた、骨が、と泣き叫びながら都市とは違うほうへ走り去っていった。
ギボンズの部下と思われる数人のサツメ教徒が、フェリックスを目にしてヒィと悲鳴を上げる。
「おい……、別にお前らを殺すつもりはないが、質問に答えてもらう。口を噤んでもいいが、そのときは痛い目に遭うことを忘れずにな。今無様に逃げた男がギボンズでいいのか?」
フェリックスの質問に、教徒らはあっさり頷いた。こいつらは教団への忠誠心をほとんど持ち合わせていないようだった。
「ふうん……、あんな半端な魔人が賞金首か。ギボンズ兄弟とかいっていたが、二人兄弟か? 今のは兄か、弟?」
教徒たちが言うには、ギボンズ兄弟は二人兄弟で、今逃げ去ったのは弟のほうだという。
「しかしですね、剣士様……。ギボンズの弟は大した奴じゃありません。劣悪な形質を掴まされて、炎蜥の能力をまるで引き出せていない。兄のほうはとんでもない遣い手ですが……」
「お前らみたいな雑魚の言う『とんでもない遣い手』がどれだけの強さかは知らんがな。お前ら、パメラを探しているんだろ? 捕まえてどうするつもりだ」
教徒たちは返答に窮した。こいつらは信仰心が薄いのか、サツメ教が異常な活動をしていることをきちんと認識しているようだった。
「いえ、その……」
「俺もサツメ教の蛮行については重々承知している。遠慮なく言えよ、ただし嘘をついたら生爪剥がしてやる」
もちろんただの脅しだったが、教徒たちはよほどそういう拷問風景を見慣れているのか、鮮明にその光景をイメージしてしまったようだった。フェリックスが面食らうほど震え上がった。
「ぱ、パメラ……、さんを捕まえたら、即刻儀式場まで連れ戻すように言われておりました!」
「儀式場では何をするんだ」
「神への供物として――」
「殺すんだな? しかしそれはサツメ教徒にとって最大の栄誉であるはず。入信して間もない彼女がどうして生贄に選ばれる?」
「最大の栄誉ですって!? そりゃあ、信心深い連中にとってはそうかもしれませんが、一般教徒にとっては恐怖でしかありませんよ。そして、それを幹部どもは分かっているのです」
「と言うと?」
教徒たちは言い難そうにしたが、互いに言葉を補い、助け合いながら何とか説明した。
「若くて美人の女はよく狙われるんです。生贄にされることが決まった人間は森深くにある聖なる泉で身を清めるのですが、人目がほとんどありません。つまりそこで、幹部たちが吟味を」
「ああ、分かった。もう言わないでいい」
「自分たちの楽しみ以外にも、気に喰わない奴を殺す為に生贄として任命したり、儀式なんて関係なく人を殺して、その後に泉に放り投げて生贄としての体裁を整えるなんてこともあります」
ただの異常者どもじゃないか。フェリックスはうんざりした。
「サツメ教は殺人を是としていると聞いているが」
「はい。ただしサツメ教徒同士の殺しは禁じられています。その規則が破られているくらいですからね。ギボンズ兄弟が来てから、ウチはますますおかしくなって……」
「ほう?」
「昔は、確かに狂人どもの集まりではありましたが、その日を楽しく過ごせればいい、なんてお気楽な雰囲気だったのですよ。それが、ギボンズ兄弟がやってきて、原理主義を唱えて、初代教祖の説話集だの何だのと言って勝手に教典をこしらえて、一気に教団内の空気が殺伐としました」
ギボンズ兄弟というのが、思ったよりもサツメ教の内部で力を持っているようだ。しかし教典をこしらえるとなると、相当に頭がキレなければできそうにない。あの間抜けそうなギボンズ弟がそんなことできるか。
きっとギボンズ兄のほうが、サツメ教をより暴力的な方向に導いているのだろう。フェリックスは見当をつけた。
「大体事情は分かった。最後の質問だ。お前らの本拠の位置を教えろ」
「はっ!? いえ、さすがにそれは」
どもる教徒たちに、フェリックスは近付いた。そして剣の柄で一人の頭を殴りつける。
「ぐえっ!?」
「素直に答えろ。次は剣で斬るぞ。最初は指一本で済ましてやるが、次は腕を、その次は足を切り離す」
「わ、私たちの拠点は森の中に七つありますぅ! 毎日移動しているのです!」
「そうか。紙に地図を書け」
フェリックスの冷たい眼差しに、教徒たちはそれに応じるしかなかった。たまたま一人が紙切れを持っていたのでそれに地図が書く。フェリックスはそれを眺めた。
「絵が下手だな……。まあ、いい。よし、お前ら、そろそろグラント市の牢獄に行こうか」
「は!? 見逃してくださるのでは!?」
「誰がそんなこと言った。抵抗すると斬るぞ」
ひいぃと悲鳴を上げた一人が猛然と走り始めた。フェリックスは一瞬で間合いを詰め、その背中に容赦なく剣撃を浴びせた。
顔を青褪めた教徒たちはフェリックスの血に濡れた剣を見ていた。
「殺してはいない。ちょっと薄皮を切っただけだ。大袈裟な奴だ、お前らもそう思うだろ」
フェリックスの言葉に、教徒たちは曖昧に笑ったが、すぐに強張った顔つきになった。フェリックスは歩き出す。
「じゃ、行くか。さっさとついてこい。衛兵に引き渡すまで大人しくしてろよ。次は薄皮では済まない。肉を断つ。骨を砕く。下手したら殺しちまうかも」
こうしてフェリックスはサツメ教徒をグラント市の衛兵に引き渡した。引き渡されたサツメ教徒たちが、衛兵に抵抗することもなく、むしろ彼らに縋りついたのだから、衛兵たちはさぞや疑問に思ったことだろう。フェリックスはろくに説明をせずに、都市に辿り着いているはずのコーラとパメラを探しに、大通りに繰り出した。




