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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
邪教の虜
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ギボンズ弟

「お前ら、どうしたんだ、そんな物騒な顔して」


 フェリックス、コーラ、パメラが話しているところに現れたのは、馬に跨ったヤングだった。馬の背に大工道具と思われる一式を括りつけている。フェリックスは片手を上げて挨拶した。


「ああ、ヤングか。道具の代金は……」

「いいさ。立て替えておく。お前にはたくさん借りがあるからな。しかしこの美人さんは何者だ? いつからお前は複数の女を侍らせるようになった」


 ヤングは軽口を叩いたが、どうもそんな雰囲気ではないと察したか、すぐに口を噤んだ。そして馬の背から下りて道具を下ろした。黙々と荷を下ろしていたが、やがて沈黙が耐えられなくなったのか、肩を竦める。


「フェリックス、正気かよ、軽い仕事もそう簡単には請け負わないお前が、こんな賞金首を養うなんて」


 コーラを指差して言ったヤングの言葉に、パメラがぎょっとした。


「賞金首……?」


 フェリックスは首を振った。


「余計なことを……」

「厄介事を嫌うお前らしくもない。どうした?」

「……俺は魔物を呼び寄せる躰を持ってる。俺自身が災厄みたいなものだ。しかしコーラはそれにも優る天災の種だな。だから一緒にしても気遣うことが少ないのかもしれん」

「へええ。意外だな、お前もそういうのを気にしてたのか」


 フェリックスはふんと鼻を鳴らした。ヤングが面白そうにコーラを見やるが、今のコーラは機嫌が悪い。魔剣をぶんぶん振り回したのでヤングは肝を冷やしたようだ。


「し、しかしだな、こちらのお嬢さんは誰だい? 育ちの良さそうな顔をしているが」

「パメラというらしい。サツメ教に目をつけられ、逃げていたところだ」

「サツメ教だと!?」


 ヤングが大声を発した。彼の顔は血の気が引けていた。


「どうした。大袈裟な奴だな、そんなに有名な宗教なのか」

「ば、馬鹿な、知らんのかフェリックス。サツメ教といったら、狂人の集まりだぞ。関わらないほうがいい。連中に目をつけられたら最後、死ぬまで追いかけられる」

「ほう……」


 パメラは瞼を固く閉じて黙っていた。ヤングが大騒ぎするほどだ、サツメ教というのはそこそこ知られた存在なのだろう。パメラもそういう危険な集団だと理解した上で彼らの懐に潜り込んだ。生半可な覚悟ではとてもできないことだ。ヤングの今の態度を見ればそれも大体分かる。


「もうちょっと詳しく、サツメ教のやばさについて知りたいもんだが」

「いいか、フェリックス、サツメ教というのは人殺しを是とする宗教だ。いや、世界中にそういう過激な教義の宗教は幾らでもあるかもしれんがな、サツメ教は特殊なんだ。殺しそのものを目的化している宗教なんだ」


 ヤングの言葉には熱がこもる。


「殺人そのものを目的化?」

「そうだよ。連中にとって人を殺すのは美徳なんだ。普通の人間が花を愛でたり、年寄りに親切にしたり、親孝行したり、そういうのと同じ感覚で人を殺すんだ。刹那的な生き方を推奨していて、殺しの他にも推奨していることがあるが、それのどれもこれもが、世間一般では悪徳、あるいは犯罪とされていることばかり」

「なんというか、とことんひねくれた宗教だな」

「当たり前だ。ラグト教の教えに反発した狂人どもが立ち上げた新興宗教だからな。とことんラグトの精神に反した教義になっている」


 ヤングはうんざりしたように言う。


「半分ヤケみたいな感じで設立したと聞くぜ。事実、初代教祖は神になんか祈らずに服毒自殺してる。だが教義をまともに受け止めた本物の狂人どもが、教祖の血肉を神に捧げ、これこそが信徒のあるべき姿だと触れ回った」

「なるほど……、しかし詳しいな、ヤング。頽廃的な生き方に関心でもあるのか」

「冗談言うな。異常な奴らだからこそよく知る必要がある。忌避するだけじゃあ、有事に適切な対処ができないからな」


 ヤングはふうと一息つき、


「これで大体分かっただろ。サツメ教のやばさがな。特に今の教祖は宗教の勢力拡大に関心があるらしく、過激な行動が耐えない狂人中の狂人だ。関わらないほうがいい」

「ばかー!」


 突然、コーラが叫んだ。ヤングはびくりとして後退し、半ばフェリックスを盾にしながら、


「な、なんだよ、賞金首!」

「パメラさんの弟さんがサツメ教に入っちゃったの! 関わらないなんてできるわけないじゃん!」

「はあ?」


 フェリックスはざっと事情を話した。ヤングは呆れた様子で、


「おいおいフェリックス、余計なことに首を突っ込みやがって。しかも一銭にもならないじゃないか」

「俺は別に関わりたいとは思ってないさ。だが、この女を都市まで送ってやろうかと」

「それくらいならいいかもしれないがな。いいか、これは友人としての忠告だ。あまり深入りしないほうが身の為だ。サツメ教徒の大半は、ただのならず者だが、中には社会に適合できずにその身を邪教に置くことになった、山賊だとか犯罪者だとかがいる。そしてこれは噂だが、ギボンズ兄弟がサツメ教に潜り込んでいるらしい」

「ギボンズ兄弟?」

「この前、お前に渡した手配書の束の中にあったぞ。殺人、強盗、放火、強姦、何でもやる連中だ。話によれば炎蜥サラマンダー形質エキスを刻み込んでいるらしい。そいつらが潜伏先にサツメ教を選んだんだとよ」


 ただの小悪党だろう。フェリックスはさして気にしなかった。ヤングは馬にまたがり、パメラをちらりと見た。


「気の毒だと思うがな。お嬢さん、弟さんの安否が気になるのは分かるが、自分の身を守ることに専心したほうがいいぜ。連中は人目があろうと気にせずにナイフを振り回すだろう。用心棒でも雇ったらどうだ。見た感じ、結構裕福そうだしな……」


 しかしヤングは、用心棒の手配をしてやろうか、などと言うことはなかった。この男が商機を見逃すほど、サツメ教というのは厄介な連中らしい。フェリックスはどんな言葉より、ヤングの態度でその事実を思い知った。


 ヤングが馬を走らせてその場を去る。コーラはまだ不機嫌そうだったが今は放置しておく。

 

 パメラが不安からなのか、今にも倒れそうだった。


「……ヤングに送っていってもらえば良かったな。馬に乗ればあっという間だったのに」

「いえ。御迷惑はかけられませんので」

「都市まで俺が送ろう。その様子じゃ一人では動けないだろう」

「申し訳ございません……」


 パメラは強く拒絶はしなかった。そうだ、それくらいは甘えていい。だがそれ以上は難しい。パメラを助けようと思うなら、サツメ教と正面からやり合うか、この地から逃げ去るしかない。だが、サツメ教と戦うことはつまり、多くの教徒を傷つけることに繋がる。たった一人の女性を救う為に大勢の邪教徒を傷つけ、殺す――たとえ相手が悪いとしても、あまり乗り気にはなれない。


 フェリックスはパメラを支えながら歩き出した。コーラもついてくるが、ふと思いついて、


「おい、コーラ、その魔剣に載せて都市まで運べないのか。それ、空を飛べるんだろ」


 コーラはかぶりを振った。


「ムリですよ、師匠。グリニスちゃんはこう見えてか弱いんです。人を載せて飛ぶなんて、そうそう簡単にできないですよ!」

「か弱い……? いや、まあ、いいが」


 三人は都市までの道をのんびりと歩いていた。その間にもフェリックスはサツメ教徒に見つからないかとひやひやしていた。連中は今頃、パメラを探して人を動員しているはずだ。できるだけ早く移動しなければならない。


 だが、そういった祈りが成就することはなく、都市の方角から数人の男が現れるのを見た。その黒い道衣は間違いない。


「まずいな。サツメ教徒に見つかったか……」


 サツメ教徒たちはすぐにパメラの存在に気付いた。すぐに何人かが駆け寄ってこようとする。だが、それを一人の男が制した。


「慌てるなよ。おでが殺す……!」


 その男はとんでもない偉丈夫だった。長身のフェリックスより、頭二つ分はでかい。褐色の肌に分厚い筋肉の鎧を纏い、剥き出しの腕には血管が浮き出ている。醜悪な顔には無数のニキビがあり、黄色い歯をしている。


 何より特徴的なのはその橙色の瞳だ。ちらちらと炎が揺れているかのように色彩が変化する。


 直感した。こいつがギボンズ兄弟の一人か。炎蜥サラマンダー形質エキスを持っているという。話してどうにかなる相手にはどうしても見えなかった。


「おいコーラ、パメラを見てろ。こいつらは俺が片付ける」

「師匠! 先に都市に行って待ってますからね!」


 そう言ってコーラはパメラの手を引っ張り、魔剣の上に載せた。そして二人して勢い良く空を飛んで行った。フェリックス含め、一同はそれをぽかんと口を開けて見送った。


「……飛べるんじゃねえか……。くそっ、だったら最初からやれ。最初からそれで移動してたら、こいつらと戦う必要もなかっただろうに」


 ギボンズ兄弟とその取り巻きたちは、すぐに都市のほうへと駆けだそうとする。だがフェリックスがそれをさせなかった。


「待てよ、ならずもん。悪いがお前らはしばらく眠っててもらう。パメラが安全な場所へ移動するまでな……」


 ギボンズが振り返り、睨む。口の端から涎が垂れ、ぐふふふと笑う。


「おでを眠らすぅ? 子守唄でも歌ってくれんのかぁ?」

「おう、寝かしつけてやるよ。一生耳鳴りが止まらなくしてやる。上等な睡眠にありつけるだろうよ」


 フェリックスは抜剣した。その動作だけで一般教徒たちは怖気付いたようだった。ギボンズは下品な笑みを浮かべる。


「おでは魔人トレイターだぞ? 死ぬぞおめぇ……!」

「俺も魔人トレイターだよ。遠慮しないでいいぞ」


 ギボンズが奇声を上げながら突進してくる。フェリックスは目を見開き、それに応じた。






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