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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
邪教の虜
13/36

聖騎士

 きな臭い。フェリックスは街に繰り出してすぐにそう思った。普通、魔剣に乗った二人の女性が都市にやってきたら、大きな騒ぎになりそうだ。それが全く騒ぎになっていない。道を歩いている男女に訊ねたが、そういった騒ぎは起きていないし、空飛ぶ少女なんて見ていないと言う。


 コーラが魔剣グリニスの制御を誤り、グラント市まで辿り着けなかったということか。あるいはここに着く前に敵に捕まったか……。だが空を飛ぶコーラを捕まえられる人間などいるだろうか。いるとしたら強力な魔物の形質エキスを宿した魔人トレイターだけ。となるとギボンズ兄弟の兄がこの近くにいるということになりそうだが。


 フェリックスは虱潰しに街を探索する気になれなかった。グラント市防壁に張り巡らされている巡視路に向かい、そこで見回りを続けている衛兵たちから話を聞いた。


「空を飛ぶ魔剣ですか? そんなものは見ておりませんが」


 衛兵たちは口を揃えてそう言った。フェリックスは彼らの言葉を信じた。もしかすると地上の様子を気にするあまり、空を飛ぶコーラの存在に気付かなかっただけかもしれないが、その可能性は敢えて排除する。


 コーラはグラント市に辿り着いていない。パメラもろとも、いったいどこに向かったというのか……。


「そうだ、ついでに聞いておこう。お前ら、フィスという18歳の同僚を知らないか」

「フィスですか? ああ、最近行方不明になった」


 衛兵たちはパメラの弟であるフィスの存在を知っているようだった。


「行方不明?」

「はい。ある日突然姿を見せなくなって……。フィスの美人のおねーさんも事情を聞きにきましたけどね、うちらもさっぱりで」


 衛兵たちはフィスがサツメ教に入信したことを知らないようだった。フェリックスはそれを話すべきか迷ったが、やめておいた。パメラが詳しく話さなかったことをフェリックスが話してしまうのもおかしなことだ。


「フィスというのはどんな奴だったんだ」

「人懐こくて、きつい仕事も進んでやる良い奴でしたよ。槍もなかなか上手かった。まあ、フェリックスさんみたいな魔人トレイターとまともにやり合えるほどじゃありませんけど、強い部類だと思います」

「精神的に未熟だったり、不安定だと感じるようなことは?」

「へっ? どうしてそんなことを聞くんです?」

「いや……」

「まあ、年相応の言動って感じですけどね。18歳。子供っぽいところが残っているのが普通でしょう」

「だな。……悪かったな、仕事の邪魔をして」

「いえいえ! フェリックスさんならいつでも歓迎しますよ」


 フェリックスは衛兵たちと別れ、再び大通りに繰り出した。すぐに都市を出るつもりだった。いったいどこでコーラが迷子になっているのか。はたまた敵に捕まったのか。痕跡が残されているといいのだが。


 門の前まで向かったフェリックスだったが、門前に人だかりができていた。通行の妨げになるほどの騒ぎが起こっていて、フェリックスは足止めされた。


 ざっと数百人の群衆が集まって熱心に声援を送っている。それを一身に浴びている馬上の男は、全身を甲冑に包み、得意げに手を振っていた。


「やあやあ! みなさん、ありがとう! 不肖ディール、ただいま帰還致しました! お出迎えご苦労様です!」


 フェリックスは葦毛の馬に跨るその男を知らなかった。最後列でぴょんぴょん跳ねながら手を振って自分の存在を報せようとしている小柄な女に声をかける。


「おい、なんだあいつは。有名人なのか?」

「はあ!? あんたディール様を知らないの!? グラント市の英雄よ!」

「英雄……?」

魔人トレイター狩りのディール様よ! この世から魔人トレイターを撲滅すべく活動なさっている救世主! あんたも覚えておくといいわ」


 フェリックスは何も言えなかった。魔人トレイターを排斥しようとする国や街は無数にあるが、ここ(ガノク)では比較的魔人トレイターに寛容だったはず。撲滅の機運がグラント市では高まっているのだろうか。


 群衆たちはディールに声を上げ続けている。ディールの馬がなかなか前に進めないので苛立っているのか、鼻を鳴らした。そして猛烈な勢いで突進を始めた。ディールはそれを御することができず、手綱にしがみ付いて振り落とされまいとした。だが甲冑の重みとその勢いに負けて地面に投げ出された。


 暴走した馬が群衆に突っ込む。意外と機敏な反応を見せた群衆たちと違って、先ほどまでフェリックスに講釈を垂れていた女性は、その場に立ち尽くすのみだった。


「危ない!」


 地面に寝転がったディールが叫ぶが、彼は甲冑装備の宿命と言うべきか、立ち上がろうとして失敗し、尻餅をついた。フェリックスは一旦馬の進行方向からいち早く回避していたが、馬に轢かれかかっている女の無防備さに呆れ、前に飛び出した。


 女を抱き上げて退避しても良かった。しかし暴走を始めた馬が都市の大通りを疾駆し、通行人を撥ねる可能性がある。ならばここで対処するのが正しいだろう。


「悪く思うなよ」


 フェリックスは突進してくる馬に正面から立ち向かった。完全に動きを見切り、十分引きつけてから、その横っ面に蹴りを繰り出す。


 その勢いのままフェリックスの脇を駆け抜け、胴から地面に倒れた馬は、涎を垂らしながら嘶いた。群衆たちがフェリックスの超人的な技に呆気に取られている。


「おお……、おお! なんということだ、セイバー!」


 ディールが喚きながら馬に駆け寄る。群衆たちも衝撃から回復すると、大騒ぎだった。フェリックスを責めるわけではないが、ディールの愛馬が負傷したことが彼らにとっては一大事のようだった。


 フェリックスに助けられた女も、セイバーという名前の馬に駆け寄った。誰も彼もが、もはやフェリックスに関心を持っていないようだ。別にそれはそれで構わないのだが、馬を暴走させてしまったディールを誰も責めないのが奇妙に思えた。


「また馬鹿騒ぎしてるよ、ディールとその取り巻きが」


 フェリックスの近くにいる中年男性がぼやいた。彼はディールの狂信者ファンというわけではなさそうだった。


「ディールってのは、何者なんだ」


 フェリックスの質問に男性は意地汚く笑う。


「そんなことを聞くってことは、あんた、余所者ヨソモノだろうね? ラグトの聖騎士隊の切り込み隊長ディールといえば、特に既婚女性からの人気凄まじく、凱旋の度にちょっとした騒ぎになるのに」

「聖騎士なのか……」

「事なかれ主義の聖騎士の中にあって、ディールは異質なんだ。悪さをしている魔人トレイターが現れたと聞くと、単身飛び出して行っちまう。その好戦的な性格を利用されて、魔人トレイター排斥運動にも担ぎ出されてはいるが、本人は魔人トレイターの犯罪者が憎いのであって、魔人トレイターそのものに偏見があるわけではなさそうなんだがね」

「そうか……」


 魔人トレイターばかりと戦っているのなら、相当に腕が立つはずだが、見たところディール本人は魔人トレイターではなさそうだし、身のこなしは凡人のそれだし、どうも評判と実力に乖離があるように見える。もちろん、実際に戦ってみないと本当のところは分からないが……。


「きみ」


 ディールがフェリックスのところまで歩み寄ってきた。フェリックスは冷たい眼差しを向ける。


「すまんな、お前の愛馬を蹴り飛ばしてしまった。下手したら死んでいたかもしれん」

「心配は無用だ。セイバーは普通の馬ではない。鈍足で怠け者だが比類なく丈夫なのだ。それより、きみは魔人トレイターか?」


 フェリックスは一瞬躊躇したが頷いた。


「……ああ。だが、人様に迷惑をかけるようなことは極力避けるように生活をしているが」

「ああ、いやいや、咎めるつもりはないのだ。ただ、見事な動きだと思ってね。普通の人間にあのようなことはできないだろうと」

「……そうだ、ディール、たった今都市に帰還したところなんだろう。空飛ぶ少女を見なかったか?」

「空飛ぶ少女? いや……、何かの暗喩か?」

「見なかったのならいいんだ。ちょっと人探しをしていてね」

「私が見たのは、サツメ教徒の人々だけだよ。他には誰も見なかった」


 フェリックスは目を見開いた。そして少し口早になるのを自覚しながら、


「どんな奴らだった? サツメ教徒以外の人間もいなかったか?」

「いや……、全員黒い道衣を着ていたし、教徒だったのではないのかな」

「そうか……、いや、ありがとう」


 フェリックスは嫌な予感がしていた。群衆たちを掻き分けて都市の外に出る。


 それから森への道を駆け足で進んだ。サツメ教徒の姿を探したがどこにも見当たらない。代わり映えのしない丘陵が広がるのみで、誰かの姿もない。


「師匠―!」


 声が上空からした。フェリックスはさすがにぎょっとした。見れば魔剣の柄に跨ったコーラが垂直に落下してくるところだった。


 地面に切っ先が突き刺さる。コーラがぽーんと飛び、フェリックスがそれを受け止めた。コーラは涙ぐんでいた。


「すみません、師匠! ぱ、パメラさんを途中で落としてしまいましたー!」

「はあ!? お前……」


 まさかそんなことになっているとは思わなかった。なるほど、その可能性は考えていなかった。フェリックスは暗鬱な気持ちになった。


「で、でも! パメラさんが悪いです! 危ないですよって言ったのに、身を乗り出して……」

「なんだと?」

「地上にサツメ教の人たちがいたんです! それを見たパメラさんが血相を変えて、フィス、フィスって……」


 地上に弟の姿を見つけて、思わず躰を乗り出してしまったのか。空中で無茶をする。


「……しかしこれで分かったな。魔剣に乗って空を飛ぶのは危険過ぎる。お前だけならまだしも、誰かを載せて移動するのには向いていない」

「うう……、グリニスちゃんはか弱いけど、でも二人くらいなら……」

「落ちたパメラはどうだったんだ。無事なのか」

「サツメ教の人が上手く受け止めて――随分びっくりしてたみたいですけど」

「結局、捕まったのか。その場で殺されてなんかいないよな?」

「ええ、それはもう! 私はとにかく師匠を探し回って、空をぶんぶん飛んでたんですけど、もう、どこに行ってたですか! 急いでパメラさんを取り戻しに行かないと」


 確かに放っておける状況ではない。フェリックスはサツメ教の拠点を記した地図を取り出した。


「この地図をお前にやる。先にその便利な魔剣に乗って拠点を強襲してこい。きっと儀式どころではなくなる」

「えええ……? 私一人に行かせるですかぁ……?」

「パメラを落としたお前の責任だ。俺も徒歩で向かうから、安心して暴れてこい」

「……わっかりました! 師匠の顔に泥を塗らないよう、教えられたことを忠実に守って、闘ってきますね!」

「いや、俺はまだお前に何も教えていないが……」

「いってきまーす!」


 コーラが魔剣に飛び乗り、勢い良く空を飛んでいった。フェリックスはそれを見届けると、森に向かって走り出した。


 コーラの魔剣ならば、大抵の敵は一掃できる。しかしギボンズ兄弟だけが問題だ。あいつらの相手はフェリックスが務める必要があるだろう。


 フェリックスの頭には例の地図が既に焼き付いている。一番近くにある拠点からはそう離れていない。森の中に入り、道なき道を枝葉を掻き分けながら進む。


 するとサツメ教徒の黒い道衣をちらりと見た気がした。フェリックスは速度を緩めなかった。そのままその一団に近付き、剣を抜き放った。









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