第9話_再びの侵入者
二十日が過ぎていた。シアがこの洞穴に来てから、もうそれだけ経つ。念話の精度は上がり、権能も日々精確になってきている。
今回は珍しく、俺の方から先に動いた。
『ゴブリンを二体、強化する』
シアが訓練の途中で顔を上げた。「今日は何もなかったの?」
『今のところは。だが先手を打っておく必要はある。最後に来た連中の規模を考えると、そのうちまた来る』
「まだ来るの、あの人たち」
『あの一団が来るとは限らない。ただ、奴隷狩りというのは組織でやっている。ここにエルフがいると一度知られたなら、諦める前に別の連中が試しに来ることはある』
シアが少し考える様子を見せてから、「わかった」と言った。
ゴブリンを二体選んで強化した。40P消費。DP残高:11,400P。
強化したゴブリンは一回り大きくなり、腕の力が増した。攻撃の重さが変わる。これまでは盾を持った人間相手に弾かれていたが、強化個体なら多少の押し合いに耐えられる。
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昼過ぎだった。
シアが落とし穴の開閉訓練をしている最中に、ふと動きを止めた。
「……ケンジ」
『わかっている』
シアが先に感知した。俺が告げる前に。
入口の方向から、複数の気配が近づいていた。五人か六人。それほど大きな集団ではない。動きは慎重だが、洞穴に慣れた者の動きではない。装備の音から、武器は持っているが軽装だ。
外套の男の気配はなかった。干渉師の気配もない。あの独特の「曇り」が、今日はどこにもない。
『別の連中だ』
「あの人たちじゃない?」
『違う。もっと素直な構成だ』
シアが短く息を吐いた。安堵と緊張が混ざったような、判断しにくい吐き方だった。
『シア、今日はお前に役割を一つ頼む』
シアが岩壁の方を向いた。訓練のときの顔になった。
『奥の空間の落とし穴を任せる。通路の防衛が崩れて奥まで侵入者が来たとき、お前が開く。俺の指示を待たずに、自分で判断して動いていい』
「一人で判断する?」
『この空間の感知はお前もできる。奥の空間に誰かが入ってきたら、お前が開く。それだけだ』
「……やる」
シアの念話に迷いはなかった。
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六人だった。
入口から入ってくる様子を感知しながら、俺は改めて確認した。外套の男の組織ではない。装備も連携の取り方も、素人に毛が生えた程度だ。おそらく別の奴隷狩りの一団で、エルフの逃亡情報だけを頼りに来た連中だろう。この洞穴の現状を正確に知っているとは思えない。
知っていれば六人で来るはずがない。
「いるはずだよな、ここに」
「小屋もないのにエルフが生き残ってるって話、ほんとか?」
「洞穴に隠れてんだろ。ここしか選択肢ねぇんだから」
入口付近で小声の相談が聞こえた。洞穴の内部が暗くて見通せないことに戸惑っている。松明を持ってきていない。見当たらない。
俺はゴブリンたちに指示を出した。通路の一番手前に二体。二番の落とし穴の奥側に強化ゴブリンを含む三体。奥の空間との境に残り二体を待機させる。
六人が入ってきた。
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暗闇の中での戦闘は、慣れている方が圧倒的に有利だ。
六人は入口を抜けた直後から足元が定まらなかった。砂利の感触に戸惑い、天井の低さに肩をすくめ、どこに何があるかを手探りで確認しながら進もうとした。その間も洞穴全体を感知している俺には、六人全員の動きがリアルタイムでわかる。
一番の落とし穴に最初の二人が近づいた瞬間に開いた。
一人が落ちた。もう一人は間一髪で止まった。後ろから押される形で三人目も落ちかけたが、壁を掴んで踏みとどまった。
その混乱の中に、前衛のゴブリン二体が飛びかかった。
「なんだ、ゴブリンか!」
「数は!?」
「わからん、暗くて!」
叫び声が通路に反響した。外套の男がいたときのような、静かで精確な連携はない。六人がそれぞれ別々に反応している。統率されていない集団は、暗い通路でのゴブリンの奇襲に対して脆かった。
一番の穴に落ちた一人は這い出せずにいる。残る五人のうち、ゴブリンと組み合った二人が通路の手前で止まっている。強化ゴブリンが二番の落とし穴を挟んで正面に現れた。
それを見て、三人が引き返そうとした。
残る二人が、引き返す仲間に構わず奥へ走り込んだ。
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まずいか、と思ったがそれほどの危機感ではなかった。
二人が通路の奥へ突っ込んできた。三番の落とし穴の手前まで来て止まった。暗闇の中、床の変化に気づいたのかもしれない。あるいは単に慎重になっただけか。一人が松明代わりらしい小さな魔道具を取り出して光を灯した。
光の中に、三番の落とし穴が見えた。
「穴がある。回り込め」
二人が壁沿いに進もうとした。
三番の穴の横を通り抜けた。通路の突き当たりに来た。奥の空間への入口だ。
『シア』
俺が念話を送るより半拍速く、低い音がした。
どぼり。
奥の空間の床に開いた穴が、通路から飛び込んできた一人目の足元で口を開けた。一人目が落ちた。二人目が急停止した。前に進めない。後ろではゴブリンが追いついてくる。
二人目が叫んだ。「退け!退け!」
来た道を走って戻り始めた。追いかけるゴブリン一体。
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三分もかからなかった。
落とし穴に落ちた二人は入口まで引きずり出した。残る四人は走って逃げた。全員が外に出た。
足音が遠ざかる。鳥の声が戻ってくる。
俺はDP収支を確認した。E相当六人、各50Pで300P。強化ゴブリン二体の生成に使った40Pを差し引いて、今日の純増は260P。
DP残高:11,700P。
それから、シアに念話を送った。
『よくやった』
シアが奥の空間の壁際から出てきた。落とし穴の縁を少し覗いてから、上を向いた。岩盤の、コアのある方向を。
「ちゃんとできた」
『見ていた』
「ちょっと早かったかな。もう少し入ってきてから開けた方がよかった?」
俺は落ちた位置を確認した。通路から踏み込んだ直後、奥の空間の入口ぎりぎりのあたりだ。もう少し引きつけても良かったかもしれないが、問題はなかった。
『あれで十分だ』
「よかった」シアが少し息を吐いた。「緊張した。ケンジの指示を待たずに動いていいって言われたから、本当に一人で判断しないといけなくて」
『その判断が合っていた』
「それだけ?」
『それだけだ』
シアが少し笑った。笑いながら壁に背を預けた。そのまま床にゆっくりと座り込んだ。緊張が抜けていく感じが、接続を通じて伝わってくる。
「なんか、疲れた」
『戦闘は体力より神経を使う。最初はそういうものだ』
「ケンジは慣れてる?」
『慣れた、とは少し違う。ただ、感情の処理が速くなった』
「どういう違い?」
『慣れというのは感じなくなることだ。俺は今でも感知の中で何かが起きれば反応する。ただ、その反応が判断の邪魔をしなくなった』
シアがしばらく考えた。
「なんか、かっこいいこと言った」
『事実を言っただけだ』
「それがかっこいいって言ってるの」
俺は何も返さなかった。返す言葉が思い浮かばなかった、というより、返さなくていいと思った。シアが笑ったまま天井を見ていた。
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夕方の採集に出る前に、シアが言った。
「さっきの人たち、外套の男の仲間じゃないんだよね」
『おそらく別の組織だ』
「じゃあ、まだ来るかもしれない。外套の男とは別に」
『そういうことだ』
シアが少し考えた。拗ねる様子でも怖がる様子でもなく、ただ状況を整理している顔だった。
「じゃあ訓練、続けないと」
『そうだな』
「ケンジが強化ゴブリンを作っておいてくれたの、今日効いた?」
『三番の穴の手前で二人が止まったのはゴブリンが追いついてきたせいだ。強化の分、速かった』
「事前にやっといてよかったってことか」シアが立ち上がった。「ケンジって、意外と先読みするんだね」
『仕事柄の習慣だ』
「仕事って、前の仕事?」
『そうだ』
「どんな仕事してたの」
聞いてくるとは思っていなかった。少しの間、どう答えるかを考えた。
『システムを作って、維持する仕事だ。何かが壊れる前に手を打つことが多かった』
「今と同じじゃない」
言われてみれば、そうだった。
『まあ、そうかもしれない』
シアが笑って、採集に出て行った。
俺は洞穴の静けさの中で、その言葉をもう一度繰り返した。
今と同じ。
転生してからずっと、以前とは違う仕事をしていると思っていた。でも俺がやっていることは結局、何かが壊れる前に手を打ち、壊れたら直し、守るべきものを守ることだ。
やり方が変わっただけで、本質は変わっていないのかもしれない。
シアの足音が感知の外に消えた。
戻ってくることがわかっていても、消えた瞬間は少し静かになる。それも、最初の頃から変わっていなかった。
シアが戻ってきた。木の実をいつもより少なめに持っている。
『ねえ、ケンジ』念話の声が少しだけ低かった。『外でさ、変なものを見つけた』
変なもの。
俺は聞き返した。
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DP残高:11,700P
配備戦力:ゴブリン×9体(強化×2含む) 落とし穴×4か所 宝箱×1
本日の収支:+300P(侵入者×6撃退) 強化生成:-40P 純増:+260P
現在のダンジョン規模:1層 推定ランク:E以下
今日の成果:シア、戦闘中の権能行使に初めて成功(奥の空間落とし穴の独立判断起動)
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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