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第8話_小さな居場所

 念話が開通してから五日が経った。言葉が増えた分だけ、俺はシアのことを少しずつ知るようになった。


 木の実の中でどれが好きでどれが嫌いか。採集に出るときの足音が、天気によって違うこと。眠りが浅い夜は、寝返りの回数が増えること。そういうことがわかるようになった。


 今朝、シアが目を覚ましたとき、首筋を押さえて顔をしかめた。


『どうした』


「首が痛い。石の上で寝てると、たまにこうなる」


 シアはそう言って、首を左右にゆっくり回した。ぼきりと音がした。


「大丈夫。いつものことだから」


 いつものこと、という言葉が、少し引っかかった。


────────────────────────────────────


 シアが採集に出た後、俺は奥の空間を改めて確認した。


 シアが最初に駆け込んできた夜から、二週間以上が経つ。その間、シアが過ごしている場所は何も変わっていない。砂利混じりの石の床。凸凹した壁。水場は作ったが、それだけだ。


 寝床がない。


 俺はなぜ今まで気にしなかったのかを少し考えた。答えはすぐ出た。俺には体がなく、硬さや冷たさの実感がない。石の床がどれほど体に応えるか、身をもって知る手段が俺にはなかった。


 だがシアは毎晩、砂利の上で寝ている。首が「いつもこうなる」と言うくらい、それが続いている。


 できることがある、と気づいた。


 シアが戻ってきたとき、俺は話しかけた。


『ひとつ頼みがある』


「なに?」シアは木の実を水場の横に置いた。


『今日の訓練の前に、この空間を少し整備したい。手伝ってくれ』


「整備?」シアが首を傾けた。「何するの」


『寝床を作る』


 シアがぱちりと目を開いた。


「作れるの?」


『やってみる』


────────────────────────────────────


 まず床からやった。


 奥の空間の床は砂利と岩が混ざっている。砂利の部分は取り除いて岩盤を均した。凸凹を削って、できるだけ平らにする。地形改造の権能は細かい作業が苦手で、大まかな形を変えることはできても、精密な仕上げが難しい。


 そこでシアに頼んだ。


『お前の感知を使って、この辺りの石の硬さが均一になっているか確かめてくれ』


「均一かどうか、感知でわかるの?」


『土の魔法の素質があるなら、岩の質の違いくらいはわかるはずだ。やってみろ』


 シアが目を閉じた。少し経って、「この角の方が少し浮いてる感じ」と言った。


『そこを削る』


「ちょっと待って、わたしもやってみる」


 シアが手を床に当てた。生命魔法の緑がかった光が、ごくかすかに滲んだ。


 土の魔法との組み合わせだ。シアが少し集中すると、手のひら下の石の表面がわずかに均れた。完全ではないが、確かに変わった。


『できた』


「できた。なんか、石が柔らかくなった感じっていうか……柔らかくはないけど、滑らかになった感じ」


『正確な表現だ』


「難しいこと言わないで」


『床が平らになった、でいい』


「それでいい」シアが少し笑った。


 床の均しが終わった。次は寝床そのものだ。


 壁の一角を少し掘り込んで、奥に向かって台のような形を作った。岩盤をくり抜く形だ。幅はシアが横になって余裕のある程度。奥行きは腕を伸ばしても届かない程度。壁に囲まれた形になるので、隙間風が当たりにくくなる。


 シアがそれを見て「お墓みたい」と言った。


『そういう形だが』


「いや冗談。ちょっとそう見えただけ。あ、でも真剣に寝床にするならもう少し天井を高くした方がいいかも。起き上がるとき頭ぶつけそう」


 修正した。二十センチほど高くした。


『どうだ』


「いい感じ。あとこの端を丸くしてほしい。角があると肘が当たりそう」


『どこだ』


「ここ、と、ここ」


 シアが指定した二箇所を丸く削った。


────────────────────────────────────


 午後まで作業が続いた。


 寝床の形が決まると、次は水場を改善した。今まで壁から染み出した水が溜まるだけの、直径三十センチほどの水溜まりだった。それを少し広げて、流れを作った。壁の染み出しを集めて細い水路を作り、奥の空間の端に流す形にした。常に新鮮な水が流れてくるので、水が澱みにくくなる。


『飲む前に確認しろよ』


「うん。これ、水音がするね」


『聞こえるか』


「かすかに。さらさらってする。いい感じ」


 シアが水に手を入れた。冷たい、という顔をして、でも満足そうだった。


 それから壁だ。


 奥の空間の一面に、小さな棚のような窪みをいくつか作った。DP消費なしで岩を削ったものだから、素材は同じ石だ。ただ、何かを置ける場所ができた。シアが採ってきたものや、気に入ったものを置けるように。


 シアが水場の横にあった白い花を取って、その窪みに置いた。


「ここにいると根が張るかな」


『どうだろう。土がないと難しいかもしれない』


「土、明日採ってくる。少しでいいから」


『好きにしろ』


────────────────────────────────────


 夕方になって、シアが外に採集に出た。戻ってきて、食事をして、今日初めて新しい寝床に横になった。


 少しの間、動かなかった。


 天井を見ていた。壁に囲まれた、岩盤をくり抜いた寝床の中から、奥の空間の天井を眺めていた。


「……これがわたしの家か」


 ひとり言の体で言ったが、俺に向けた言葉だとわかった。


『そうだ、好きにしろ』


 シアが天井を見たまま、少し笑った。


「好きにしろって言われても」


『何が不満だ』


「不満じゃない。……うれしい、って言った方が正確かな」


 俺は何も返さなかった。うれしい、という言葉に返す言葉が見当たらなかった、というより、何も言わなくていいと思った。シアはまた天井を見た。


「石の天井って、思ったより悪くないな。木の天井とも、空とも違う。ずっとそこにある感じ」


『岩盤は動かない』


「うん。それがいい」シアが目を閉じた。「安心する」


 俺はゆっくりと光を絞り始めた。いつもの習慣だ。


 シアの鼓動が、眠りに向かって落ち着いていく。今夜は砂利の上ではない。削った岩盤の上に、外で集めてきた草を薄く敷いた上に横になっている。


 壁の棚に置かれた花が、薄い光の中にある。形はわかる。どんな白かは、わからない。


 だが、そこにあることはわかる。


 深夜、入口の外でかすかに音がした。人の気配ではない。だが——何かが、この洞穴を確かめるように、ゆっくりと通り過ぎた。


 また来る。それはわかった。


 俺はゆっくりと、ゴブリンたちに「備えろ」という意志を送った。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:11,440P(変動なし)

配備戦力:ゴブリン×9体 落とし穴×4か所 宝箱×1

本日の収支:±0P(地形改造はDP消費なし)

現在のダンジョン規模:1層 推定ランク:E以下

整備完了:寝床(岩盤削り出し)・水路(流水化)・壁面棚×3


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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