第10話_二人の作戦会議
昨夜からずっと、俺の意識の一部はDP計算に向いていた。DP残高11,700P。今のペースなら動けるが、情報が足りない。
だがもう一部は、シアが帰り際に言った「変なもの」という言葉にひっかかり続けていた。
朝になってシアが目を覚ました。
『昨日見たやつ、教えてくれるか』
『うん。実は行商人とすれ違って——』
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採集から戻ってきたシアが、水場の横に腰を下ろした。
「何から話す?」
『数字から入る。今のDP残高は11,700P。毎日100P前後の収入を維持できるなら、一ヶ月で3,000P増える計算だ』
「3,000P……多いの? 少ないの?」
『今の規模なら多い方だ。ただし二層目追加するだけで1,000P使う。大きく動こうとすると足が速い』
シアが指を折って何か数えた。「十一回増やせる、今すぐ」
『それがそうじゃない。三層目以降は必要なDP倍々に増えていくんだ。それに戦力の維持と増強にも使う。予備を残しておく必要もある』
「予備?」
『想定外の出費に備える。システム運用の基本だ』
シアが少し笑った。「ケンジってたまに難しい言い方するね」
『習慣だ』
「わかった。それで、今日聞きたいのは外のことでしょ」
『そうだ。冒険者というのがどういう存在で、ダンジョンというのがこの世界でどう扱われているか、お前が知っていることを全部教えてくれ』
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シアが少し考えてから、話し始めた。
「冒険者っていうのは、ギルドに登録して依頼を受けてお金を稼ぐ人たちのこと。ランクがあって、一番下がGで、上がSまで。Sランクはほとんどいない。わたしが実際に見たことがあるのはせいぜいCランクくらいまで」
俺は整理しながら聞いた。
「ダンジョンに潜るのも仕事の一つ。ダンジョンの中のモンスターから出てくる魔石とか、素材とか、宝箱の中身を持ち帰って売る。ダンジョンが深ければ深いほど、出てくるものの価値も上がる。だからダンジョンのランクが高いほど冒険者には美味しい」
『ダンジョンにもランクがあるのか?』
「うん。たぶん冒険者ギルドが決めてる。E以下からSランクとか特Sとかまであるって聞いたことがある。何層あるかとか、モンスターの強さとかで決まるらしい。Eランクのダンジョンなら三層から五層くらい? 詳しくは知らないけど」
俺はその基準を自分の現状に当てはめた。今の洞穴は一層。ランクはE以下にも届いていない。
『ダンジョンに入った冒険者はどうなる。死ぬか』
「死ぬよ。普通は」
普通は。その言い方が少し引っかかった。
「ダンジョンで死んだらそれまでで、ギルドが遺品を引き取るかどうかの話になる。だから危ないダンジョンには腕の立つ人しか入れないし、低いランクのダンジョンでも初心者が死ぬことはよくある話らしい」
『それが普通なのか』
「普通。むしろダンジョン潜りって基本的に命がけの仕事だから、稼ぎがいい。死ぬかもしれないから、成功報酬が大きい」
俺はその事実を一度、静かに飲み込んだ。
人が入ってきて、死んでいく。それが世界の常識だ。つまり俺の洞穴に入ってくる者も、運が悪ければ死ぬことを前提に考えている。今まで来た奴隷狩りたちはともかく、そのうち普通の冒険者が来るとしたら、同じことになる。
『一つ確認したいことがある』
「なに?」
俺は権能の一覧の中に、ずっと前から存在している項目を確認した。コストは50,000P。今の残高の四倍以上だ。
『俺の権能の中に、ダンジョン内不死というものがある。ダンジョンで死んだ者を入口に送り返す力だ。それを使えば、ここで冒険者が死ぬことはなくなる』
シアが目を丸くした。
「そんな権能があるの」
『ある。ただし5万P必要だ。今すぐは使えない』
「5万……」シアが天井を見た。「いつ届く?」
『今のペースで収入が続けば、数ヶ月から半年というところだ。ただし他の出費があれば遅れる』
シアがしばらく黙って考えた。
「それ、取った方がいい?」
『まだわからない。ただ、お前が言った話と組み合わせると、意味がある気がしている』
「どういう意味?」
『死なないダンジョンというのが珍しいなら、それだけで他と差別化できる。修行目的で来る冒険者は、死ぬリスクなしに限界まで戦える場所を求めるかもしれない』
シアがぱちりと目を開いた。「それ、すごいかも」
『まだ先の話だ。今は覚えておくだけでいい』
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話は続いた。
シアが教えてくれたことを、俺は一つずつ整理した。
冒険者ギルドはダンジョンのランク認定も行うらしい。認定されると地図に載り、公式の採掘場所として管理される。そうなれば不法な奴隷狩りの連中が堂々と入り込むことへの抑止力にもなる。
「ダンジョンマスターって、ギルドに届け出できるの?」シアが言った。
『わからない。そういう制度があるかどうかも知らない』
「わたしも聞いたことない。ケンジみたいにちゃんと意思のあるダンジョンって、普通じゃないと思う」
『俺もそう思っている』
「外套の男が言ってた。意志がある、って」
そうだ。あの男が言っていた。統制されている、意志がある、マスターがいる、と。それを見抜くだけの知識を持っていた。ということは、世界のどこかにはその知識が存在する。
『知っている人間がいる、ということだ。少数かもしれないが』
「怖いね」
『怖いが、情報として持っておく価値がある』
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昼を過ぎた頃、二人の話し合いの結論がだいたい出た。
まず当面の目標として、層を増やすことを決めた。今の一層構造では防衛の奥行きがなさすぎる。二層にするだけで状況が変わる。コストは1,000P。今すぐ出せる。
その後、少しずつ戦力を増やしながらDP収入を増やしていく。外から見てEランクのダンジョンと認識されるくらいの規模になれば、冒険者が来るようになる。冒険者が来れば収入が安定する。収入が安定すれば、不死の権能に向けた積み立てもできる。
それが長期の筋道だ。
『まとめると、今日中に二層目の拡張をする。その後は収入ペースを落とさないよう防衛を維持しながら、機会を見て層を追加していく』
「わかった。手伝えることがあれば言って」
『ある。二層の形を決めるとき、お前の意見を聞く。一層目と違う仕掛けにしたい』
「わたしが?」シアが少し驚いた顔をした。「デザインするの?」
『外の世界を知っているのはお前だ。どういう地形が冒険者を困らせるか、どういう罠が有効かは、俺よりお前の方がわかることがある』
シアが少し考えてから、真剣な顔になった。「やってみる」
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夕方になって、シアが採集に出た。
俺はシアの足音が消えてから、今日の話し合いを振り返った。
シアが外の世界について持っている知識は、俺が持っていないものばかりだった。冒険者の行動原理。ダンジョンの扱われ方。ギルドという組織の存在。人が死ぬことへの感覚。どれも俺が転生してから独力では得られなかった情報だ。
シアはこの洞穴に逃げ込んできた、追われていた子どもだ。戦力としての価値はまだ発展途上で、権能の精度も俺の方が上だ。
だが情報という点では、今日だけでも俺の判断に確実に影響を与えた。
それは素直に、助かる、と思った。
感情的な意味ではなく、実用的な意味で。
シアが戻ってきた。手に木の実と、それから小さな石を持っていた。
「綺麗な石があったから持ってきた。ケンジにあげる」
石ころを「あげる」と言われても、俺には受け取る手がない。
『どこに置く』
「壁の棚に。花の隣」
『好きにしろ』
シアが棚に石を置いた。それから少し後ろに下がって、花と石を並べて眺めた。
「いい感じ」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。俺には色がわからないから、判断ができない。
でもそこにあることはわかる。
シアが置いたものが、少しずつ増えていた。
そのとき、入口の方向で気配が動いた。
人間の足音ではない。重い。複数。
俺は感知を絞った。
オークだ。
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DP残高:11,700P(変動なし・会議のみ)
配備戦力:ゴブリン×9体(強化×2含む) 落とし穴×4か所 宝箱×1
本日の収支:±0P
現在のダンジョン規模:1層 推定ランク:E以下
決定事項:近日中に二層目拡張(1,000P)/不死の権能(50,000P)を長期目標として認識
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