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第77話_時間の層

 蒼炎が20層を突破してから、三日で外の話題が変わった。


 「Bランクのパーティが20層を突破した」という情報が広まった。


 シアが外で聞いてきた話によると、来訪者の間で二種類の反応が出ているらしかった。


「「すごい」って驚く人と、「じゃあ自分たちも20層を目指せる」って燃える人に分かれてる」


『どちらが多い』


「燃える人の方が多い気がする。あとは「どうやって突破したか」って情報を集めようとしてる人たちがいた。「審問の廊下に全層の印が出た」って話が広まってる」


『ライオスたちが話したのか』


「そうみたい。「全層を経験してきた者が有利だ」って。だから「15層以降を攻略してから20層に来い」って言ってる人もいたって」


 来た者が次の来訪者にアドバイスをしている。ここが単なる修行場ではなく、情報が蓄積される場所になっている。


────────────────────────────────────


 21層の設計議論は、積み立てと並行して進んだ。


 コストは262,144,000P。今の収入ペースで五ヶ月弱の見通しだった。


 シアが最初の週に言った。


「時間制限の層、って言ったけど、どういう形にするかをもっと具体的に考えたい」


『どこから考えたい』


「時間制限がある、って来た人がどう感じるか、から考えたい。プレッシャーがある。焦る。でも焦ると判断が鈍る。じゃあ、焦ることが逆効果になる設計にしたい」


『焦ることが逆効果になる』


「冷静に動けば解ける。焦って動くと失敗する。でも時間はある。だから「焦らなければ間に合う」という設計にしたい。来た人が「焦るな」って自分に言い聞かせながら進む層」


 俺はその発想を転がした。


 焦らなければ間に合う設計。それは単純に「時間を与える」だけではない。焦った行動が具体的なペナルティを生む仕掛けが必要だ。


『たとえば、素早く動くとトラップが発動する設計にする。速く動くほど罠にかかりやすい。ゆっくり慎重に動けば、トラップを踏まない』


「それだ」シアが声を上げた。「速さに罠がある。遅さに安全がある。でも時間制限があるから、遅すぎてもいけない。「適切なペースを保つ」ことが求められる」


────────────────────────────────────


 二ヶ月目、具体的な仕掛けが固まった。


 21層は三つの区間で構成される。


 第一区間は「速度感知の通路」だ。床に感知石が埋め込まれている。来た者が歩くペースを感知して、一定以上の速度で踏むとトラップが発動する。


 シアが確認した。


「感知石って、どうやって作る?」


『18層で使った仕掛けの応用だ。石板に触れると光る素材を変形させて、床に埋め込む。ただし今回は触れるのではなく、踏む圧力と速度を感知させる。力学的な仕掛けだ』


「DP消費なしで作れる?」


『一部はDP消費が必要だが、構造の大半は地形改造でできる。設計に時間がかかるが、コストは抑えられる』


「なるほど。それで第一区間は「ゆっくり進む」が正解の区間だ」


『そうだ。ただし時間制限があるから、ゆっくりすぎると時間切れになる。「ちょうどいいペース」を体得することが突破の鍵だ』


────────────────────────────────────


 第二区間は「砂時計の間」だった。


「砂時計ってどういうこと?」とシアが聞いた。


『部屋の中央に大きな砂時計を置く。砂が落ちきる前に扉を開けなければならない。扉を開けるためには、部屋の四隅にある仕掛けを操作する必要がある。ただし仕掛けを操作するには一定の時間がかかる』


「砂時計が実物として置いてある?」


『置く。来た者が目で確認できる。砂が落ちるのを見ながら、焦らずに仕掛けを操作しなければならない』


「視覚的な時間のプレッシャーだ。砂時計を見るほど焦る。でも焦ったら第一区間と同じで失敗する』


『そうだ。「見るな、動け」と「ちゃんと確認して動け」が矛盾する。どちらが正しいかを判断できるかどうかが問われる』


「難しい」シアが少し唸った。「でも面白い。それが正しく判断できたときの達成感、あると思う」


────────────────────────────────────


 第三区間は「逆転の間」だった。


「逆転?」


『ここだけ時間の発想が逆になる。制限時間内に突破するのではなく、できるだけ長く生き残ることが求められる区間だ』


「え? 長く粘る?」


『そうだ。第三区間は強力なモンスターが次々に出てくる。来た者はそれを相手にしながら、一定時間以上生き残ると、扉が開く。時間制限の「制限」ではなく「目標時間」に変わる』


「時間制限が、「それまでに」から「それだけ」に変わるんだ」シアが少し考えた。「来た人が「あ、今度は逆だ」って気づく瞬間がある。設計の意図が変わったと気づいた瞬間の驚き』


『それが15層の「解けた瞬間」に近い体験になると思っている』


「気づきの快感を、逆転という形で出すんだね。いい』


────────────────────────────────────


 コストに届いたのは五ヶ月後の朝だった。


 前回と同じく、シアが採集から戻る前に届いた。


 シアが戻ってきた瞬間に念話を入れた。


『届いた』


「開く?」


『開く』


 262,144,000P。消費した。


 21層が開いた。


 シアが感知で確認した。


「……静かな感じがする。他の層と違う空気だ」


『時間の設計は、静けさと緊張が共存する空間になるはずだ。急いではいけないが、止まってもいけない。その緊張感が空気に出ているかもしれない』


「感知でそれがわかる、ってことは、来た人も雰囲気で感じるんだね」


『そうなると思う』


────────────────────────────────────


 工事は十日間かかった。


 第一区間の感知石の埋め込みに、最も時間がかかった。


 床の素材を選び、感知石を均等に配置し、トラップとの連動を設計した。感知石が発動したときに何が起きるか——床の一部が開いて落とし穴になる仕掛けにした。


「速く踏んだら穴に落ちる?」とシアが確認した。


『そうだ。落とし穴の深さは浅い。傷は負わないが、最初の地点に戻る。タイムロスになる』


「死なないし傷も負わないけど、やり直しになる。それがペナルティか」


『そうだ。死ぬよりも、やり直しの方が来た者には辛いかもしれない。時間が惜しいから』


「確かに。時間制限がある状況でのやり直しは、きつい」


────────────────────────────────────


 砂時計は特別な素材で作った。


 17層の力の道で倒したオーガから採れる骨の素材を使った。大きく、重く、存在感がある。砂の代わりに光る粉を使った。落ちていく光が、視覚的に時間を示す。


「砂時計、きれい」とシアが感知で確認しながら言った。「光が落ちていく感じが、時間が減っていく感覚を強くしてくれそう』


『それが意図だ。来た者が砂時計を見るほど焦る。焦るほど第一区間と同じミスを犯しやすくなる。落ち着いて動くことが求められる』


「来た人が自分と戦う層だね。外からの敵じゃなくて、自分の焦りと戦う」


『そうだ。今まで「設計した仕掛け」と戦う層だった。21層は「自分の状態」と戦う層にしたかった』


「それ、一番難しいかもしれない」シアが言った。「自分の焦りに勝てるかどうかって、実力とは別の何かだから』


────────────────────────────────────


 第三区間のモンスター配置に、シアが意見を出した。


「逆転の間、モンスターが強すぎると、時間前にリスポーンしてしまう。目標時間まで生き残れないと逆転にならない。強さのバランスが大事だと思う」


『そうだ。今の設計では、一人でも生き残れる強さに調整している。全員倒されなければ、目標時間に到達できる設計だ』


「一人でも生き残る、か。それは協力が重要になるね。誰かが時間を稼いでいる間に、別の人が回復するとか」


『18層の協力と似た構造になる。ただし18層は「仕掛けを操作する協力」で、21層は「生き残る協力」だ』


「同じ協力でも質が違う。積み重ねの上に新しい形の協力が来てる」


 俺はシアの言葉を受け取った。


 積み重ねの上に新しい形。設計がここまで来て、来た者の体験が積み重なって、それを前提に新しい設計ができる。


────────────────────────────────────


 十日目の夕方、21層が完成した。


 シアが最終確認をした。


「……三つの区間が全部、雰囲気が違う。第一区間は緊張してる感じ。第二区間は視覚的な圧力がある感じ。第三区間は逆に解放感がある感じ」


『逆転の間は「逃げ続ける」状況だから、それまでの緊張が少し変わる。ただし緊張がなくなるわけではない。生き残ることへの緊張だ』


「来た人が三回、違う種類の緊張を経験する。一つの層で三種類の感情を感じる設計だ」


『そうなると思う』


「面白い層ができた」シアが静かに言った。「ケンジ、ありがとう」


『礼を言われることではない。一緒に作った』


「ありがとう、は一緒に作ってくれたことへのありがとうだよ」


────────────────────────────────────


 翌日、最初の来訪者が21層に入った。


 Bランクの三人組だった。20層まで何度も来ている者たちだ。


 第一区間に踏み込んだ瞬間、先頭が「何かある」と言った。


「床が変だ。感知が拾う」


「石が埋まっている」


「踏んだら何が起きる?」


「ゆっくり踏んでみろ」と別の一人が言った。


 ゆっくり踏んだ。何も起きなかった。


「速く踏んだら?」


「試してみる」


 速く踏んだ。床が開いた。穴に落ちた。


「やり直しだ」と穴の外から声が聞こえた。「速く踏んだら落とし穴になる。ゆっくり進め」


 三人が慎重に、ゆっくりとしたペースで進んだ。


 時間が経過した。


「急ぎたい。でも急いだら落ちる」


「ちょうどいいペースを保て」


────────────────────────────────────


 第二区間に入った。


 砂時計が光を落としていた。


「砂時計だ。光が落ちている」


「時間制限がある。急げ」


「急ぐな」と一人が言った。「第一区間と同じだ。急いだら失敗する可能性がある」


「でも砂が落ちきったら?」


「それは確認するしかない」


 三人が仕掛けを操作し始めた。焦らず、しかし確実に動いた。


 砂が七割ほど落ちたところで、四つの仕掛けが全部操作された。


 扉が開いた。


「間に合った」


────────────────────────────────────


 第三区間に入った。


 モンスターが現れた。


「戦うか」


「どのくらい戦えばいい?」


「条件がわからない。来た人のことを考えると……目標があるはず」


 三人が戦い続けた。


 三分が経過した。


 五分が経過した。


 七分が経過した。


 扉が動いた。


「開いた。時間を稼げばよかったのか」と一人が言った。


「そうだ。逆転の間だ。突破するのではなく、生き残ることが目的だった」


「気づいた」と別の一人が言った。「これが設計の意図だ。前の区間と逆の発想だ」


────────────────────────────────────


 三人が外に出た。


 シアが迎えた。念話で後から教えてくれた。


『ケンジ、三人が言ってた。逆転の間に気づいたとき、「あ、そうか」って声が出た、って。「設計の発想が変わった瞬間がわかった」って』


『それが設計した瞬間だ』


『設計した瞬間?』


『来た者が設計の意図を理解した瞬間が、設計した側にとっての達成だ』


「なるほど」とシアが念話で返してきた。「来た人が「わかった」と思った瞬間に、設計が完成するんだ。完成は作り終えたときじゃなくて、使われたときだ』


『お前はいいことを言う』


「ケンジに言われると本当にいいことな気がしてくる」


────────────────────────────────────


 夜、シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、21層ができた。22層以降はどうなる?」


『22層のコストは524,288,000Pだ。今の収入ペースで半年かかる』


「半年。その間に設計を考える」


『そうだ。22層以降は、Aランク達成に向けた最後の拡張区間になる。25層までが目標だ』


「25層まで。それでAランクになる?」


『なる。その後にAランク以上の来訪者が増えて、収入がさらに増える。1,000,000Pが見えてくる』


「1,000,000P、来るかな」


『来る』


「断言した」


『積み重ねがある。来ないはずがない』


「じゃあわたしも信じる」シアが少し間を置いた。「ケンジが外に出られる日、楽しみにしてる』


『俺も』


「それが一番の楽しみだ。おやすみ、ケンジ』


『おやすみ、シア』


 洞穴の外では今夜も灯りがある。迷宮の里の灯りだ。21層が今日完成した。来た者が「設計の意図がわかった」と言って帰った。


 22層の設計が、また始まる。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:8,476,600P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層) 最終区間専属モンスター×8体(20層) 速度感知守護モンスター×6体(21層)

落とし穴×47か所(21層に3追加) 毒ガストラップ×8(21層に1追加) 火炎トラップ×6 魔法陣トラップ×1 宝箱×2 砂時計×1(21層専用)

本日の収支:+1,214,800P 21層拡張:-262,144,000P

現在のダンジョン規模:21層 ランク:B(正式認定済み)

確定事項:21層「時間の層」完成(速度感知通路・砂時計の間・逆転の間の三区間構成)。初日のBランク三人組が突破。「逆転の間で設計の意図がわかった」という反応。22層以降の拡張でAランク達成が目標(25層まで)。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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