第76話_蒼炎六たび
ライオスが来たのは、木曜日の朝だった。
俺は夜明けの前から感知を高めていた。いつ来てもおかしくなかったから。
シアも早く起きていた。採集に出ようとしたとき、念話が届いた。
『来た』
シアが荷物を置いた。
「来た?」
『今入口に向かっている。六人だ』
「早い。朝一番で来たんだ」
『準備が整って、待てなかったのかもしれない』
シアが入口の方へ歩いた。
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ライオスが入口前に立っていた。
六人全員の装備が重かった。消耗品の入った袋が、普段より大きい。弓使いは矢筒を三本持っていた。魔法使いの杖に新しい術式が刻まれているのが、感知でわかった。
ライオスがシアを見た。
「来た」
「お待ちしていました」
「コアが呼んでくれた。来ないわけがない」ライオスが入口を向いた。「コア、聞いているか」
『聞いている、と伝えてくれ』
「聞いているそうです」とシアが伝えた。
「今日は全力で行く。20層まで行く」
シアが念話を確認した。
『こちらも全力でいく』
「コアも全力でいくと言っています」
ライオスが少し笑った。
「それでいい。では始める」
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1層から始まった。
蒼炎の動きは、最初から違った。
これまでの五回で積み上げた学習が、今日は全て出ていた。落とし穴の位置を全員が把握している。ゴブリンの出方を予測して先手を取る。消耗品を一切使わず、一層を三分で突破した。
2層も同様だった。強化オークとの戦い方が完成に近い。六分。消耗品なし。
3層から9層は、各層の特性を完全に把握した上での動きだった。
3層のシアの植物。今日は植物に沿って進むのではなく、植物の密度から敵の位置を読んでいた。
6層の水場。水底に潜むゴブリンを、今日は入る前に弓で射た。水面に浮かんできたゴブリンを確認してから入場した。
8層のループ迷路。前回でルートを覚えたライオスが、迷わず正解を選んだ。
9層の暗闇。炎を最大限に灯しながら、今日はコボルトの微光に振り回されなかった。「微光が見えたとき、実際の位置はその後方にある」という法則を理解していた。
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10層のガルムとの戦闘が今日で最速だった。
二十一分。
四段階強化のガルムを、二十一分で倒した。
六人全員の役割が完全に噛み合っていた。ライオスが正面から圧力をかけ、魔法使いがガルムの体表の薄い部分を狙い続け、弓使いが首筋に矢を当て続け、短剣使い二人が側面から傷口を広げ、後衛が消耗品を的確に配分した。
一人もリスポーンせずに、ガルムを倒した。
ガルムがリスポーンで戻された後、俺はシアに念話を入れた。
『ここまで来た。ガルムを誰もリスポーンせずに倒した。これはこれまでなかった』
『全力で来てる』
『そうだ。11層以降も消耗品を温存している。今日の蒼炎は違う』
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11層から19層まで、着実に進んだ。
11〜14層は速かった。各層の仕掛けを体で覚えていた。
15層の謎解きは、今日が最速だった。鍵石の位置が変わっていたが、壁を注意深く見ながら確認した。「温かい石を探す」という手順を迷わず実行した。
16層の記憶の層。今日の蒼炎は印を覚えていた。最初の分岐で、ライオスが壁を一瞥して言った。「丸だ。右だ」。迷わず正解ルートを選んだ。
17層の選択の層。ライオスは今日、力の門を選んだ。知の門は以前に来た短剣使いの一人が経験していた。「知の門の情報は持っている。今日は力で突破する」という判断だった。
18層の協力の層。六人の連携が、初来訪の五人パーティより遥かに速かった。分散調査を四分で終え、大扉を八分で開けた。協力戦闘区間も、全員の役割が明確だった。
19層の創造の層。素材石の収集と台座の操作は、記憶の層で覚えた印の知識を使って七分で解いた。壁への刻みも、16層と19層の知識を組み合わせて正しい模様を一発で刻んだ。
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19層を突破した蒼炎が、20層の入口に立った。
全員揃っていた。一人のリスポーンもなかった。消耗品の残量も、今日は十分に残っている。
これが今日の蒼炎の本当の意味だった。
20層のために全てを温存してきた。
ライオスが入口の前で止まった。
「ここか」
「そうです」とシアが念話から伝えてきた。俺は「そうだ」と返した。
「広い」と弓使いが言った。「これまでの層と違う。審問の廊下、という感じがする」
「実際にそういう名前の区間がある」と魔法使いが言った。「論文で読んだ。各層の経験が反映される廊下だ』
論文を読んでいた。フォルクの論文だ。
「では行こう」とライオスが言った。
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審問の廊下に入ってきた。
六人が壁を見た。
印が並んでいた。丸、三角、四角、波、星。各層に対応する印が壁の高さに刻まれていた。
「読める」と魔法使いが言った。「6層から15層まで全部の印が見える」
「全部の層を経験してきたからだ」とライオスが言った。
「これが設計の意図だ。多く来た者が全部読める』
「では前に進もう。廊下が次の区間への道を示している」
六人が廊下を進んだ。
俺は廊下の印を確認しながら、蒼炎の来歴を確認した。六回来ている。6層から19層まで、全ての層を経験している。廊下の全ての印が反応するはずだ。
廊下の最奥に、扉があった。
扉が静かに開いた。
全層を経験した者にだけ開く扉だった。
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三つ巴の広間に入ってきた。
広い。これまでの層より明らかに広い空間だ。三つの台座が三角形を描くように配置されている。壁にヒントが刻まれている。そしてモンスターが待機している。
今日の広間のモンスター構成は、これまでで最強だ。強化された個体を複数配置した。単純に強いだけでなく、台座の操作を妨害する動きをするよう設計した。
「台座を三つ同時に押す必要がある」と魔法使いが即座に言った。
「どう分担する」
「三人が台座、三人が戦闘のカバーだ」とライオスが言った。「俺と短剣使いの二人が台座。弓使いと魔法使いが残り一つの台座。後衛二人がモンスターを引き付ける」
「ただし台座を押している間は動けない。モンスターに当たったら手が離れる」
「だからカバーが必要だ。いくぞ」
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戦闘が始まった。
最初の試みは失敗した。
三人が台座に手をかけた瞬間、モンスターが台座に向かって突進した。魔法使いの台座を担当していた弓使いが体当たりを受けて転んだ。台座から手が離れた。機構がリセットされた。
「もう一度だ」とライオスが言った。
二回目。今度はカバーの二人がモンスターの動きを先読みして位置を取った。台座に向かう動きをモンスターが見せた瞬間に、前に出て食い止めた。
三つが同時に押された。
広間の壁が動いた。次の区間への扉が開いた。
「開いた」と誰かが言った。
消耗品が三本使われた。それでも全員立っていた。
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刻みの間に入ってきた。
柔らかい壁面が前にあった。
「刻む場所だ」と魔法使いが言った。「ヒントを確認する」
壁のヒントを読み始めた。
16層と19層の知識が必要な組み合わせだ。魔法使いが両方の記憶を持っていた。
「丸と線の組み合わせ。丸が先で、その下に線が来る。縦に並べる形だ」
魔法使いが壁に剣の先端を当てた。刻み始めた。丸を刻んだ。その下に線を刻んだ。
扉が動いた。
「一発で開いた」と弓使いが言った。
「記憶があれば一発だ」と魔法使いが答えた。「ここまで来た意味がある」
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最終の壁が前にあった。
六人がその前に立った。
最強のモンスター構成が待っていた。
これまでの全層で消耗した状態で、ここに来る設計だ。消耗品がどれだけ残っているかが、最終的な突破を左右する。
ライオスが全員の状態を確認した。
「消耗品の残量を報告しろ」
「回復薬が三本」と弓使いが言った。
「攻撃系が二つ」と短剣使いが言った。
「防護系が一つ、炎の術式が四本残っている」と魔法使いが言った。
ライオスが少し間を置いた。
「十分だ。行ける」
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最終の壁の戦闘が始まった。
モンスターが八体。それぞれが異なる種類だ。ゴブリン、コボルト、オーガ、強化オーク。それに20層専用の個体が四体。俺が設計した、これまでのどの層にも出てこなかった強さを持つ個体だ。
蒼炎が散開した。
ライオスが前衛に出た。大剣を両手で持った。「俺が引き付ける。崩すな」
短剣使い二人が側面に回った。弓使いが後方から矢を放ち続けた。魔法使いが炎の術式を使った。
激しい戦闘が続いた。
十分が経過した。
一人が倒れた。リスポーンした。
残り五人。
十五分が経過した。
八体のうち四体が倒れた。残り四体。
もう一人がリスポーンした。
残り四人。
ライオスが踏ん張った。体に傷を受けながら、下がらなかった。
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二十分が経過した。
残り四体が二体になった。
蒼炎の四人が追い詰めた。
最後の二体が倒れた。
最終の壁が突破された。
四人が立っていた。ライオス、弓使い、魔法使い、短剣使いの一人。二人はリスポーンで入口に戻っていた。
最終の壁の先に——扉があった。
20層の出口だ。
ライオスが扉を見た。
「……あった」
誰も喋らなかった。
ライオスが扉に手をかけた。
開いた。
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四人が出口を通り抜けた。
20層を突破した。
シアが念話を入れてきた。
『ケンジ、突破された』
『そうだ』
『どう思う?』
俺は少し間を置いた。
『良かった』
『負けたのに?』
『負けたが、良かった。ライオスが六回来て、全部の経験を持ち寄って、全員の力で突破した。それは正しい突破だ』
『正しい突破、か』
『設計した通りに使ってもらえた。審問の廊下で全層の印が開いた。刻みの間で記憶が使われた。協力戦闘で役割分担が機能した。全部が繋がった』
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外で六人が合流した。リスポーンした二人も含めて揃った。
シアが出てきた。
「突破しましたね」
「した」ライオスが息を整えながら言った。声が少し変わっていた。「長かった」
「六回来てくれましたね」
「六回来て、初めて突破できた」ライオスが入口の方を向いた。「コア、聞いているか」
『聞いている』
「ありがとう。全力でいてくれた。それがあったから突破できた」
シアが伝えた。俺は少し間を置いた。
『こちらこそ。六回来てくれた。その全てがここを作った』
シアが伝えた。
ライオスが黙った。
少しして、ゆっくりと頷いた。
「またくる。21層が完成したら」
「お待ちしています」とシアが言った。
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夜、シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、負けたのに嬉しそうだね」
『嬉しいというより、満足に近い』
「どういう意味?」
『設計した通りのことが起きた。記憶が使われた。協力が機能した。全層の経験が繋がった。それを見られた。それが満足だ』
「ケンジって、来た人が設計を正しく使ってくれると嬉しいんだね」
『そうかもしれない』
「職人さんみたい。作ったものが正しく使われることが一番の報酬、みたいな」
俺はその言葉を受け取った。
職人。前の世界で俺はエンジニアだった。システムを作って、それが正しく動くことが仕事の報酬だった。
今も同じだ。形が変わっただけで、本質は変わっていない。
『そうかもしれない』
「おやすみ、ケンジ」
『おやすみ、シア』
鼓動が落ち着いていく。
今日、20層が初めて突破された。ライオスが六回来た全ての記憶を持ち寄って突破した。
21層の設計が、また始まる。
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DP残高:7,261,800P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層) 最終区間専属モンスター×8体(20層)
落とし穴×44か所 毒ガストラップ×7 火炎トラップ×6 魔法陣トラップ×1 宝箱×2
本日の収支:+1,077,800P
現在のダンジョン規模:20層 ランク:B(正式認定済み)
確定事項:蒼炎(ライオス率いる六人)が六度目の来訪で20層を初突破。審問の廊下・三つ巴の広間・刻みの間・最終の壁の全区間を突破。四人(うちリスポーン二人)で出口を通過。「21層が完成したらまた来る」と宣言。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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