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第75話_ゴルムの申し出

 ゴルムがいつもと違う顔で来たのは、穏やかな昼過ぎのことだった。


 いつもは水筒を持って岩場に座る。今日も座ったが、水筒を出さなかった。シアの顔を正面から見た。


「シア、一つ話がある」


「どうぞ」


「俺に、ここの専任管理者をやらせてくれないか」


 シアが少し驚いた顔をした。


「専任管理者、というのは」


「今は週に五日ここに来ている。入口の整理、来訪者への対応、情報収集。それを、正式な役職として引き受けたい。冒険者の仕事は辞める」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた。続きを聞く』


────────────────────────────────────


「冒険者を辞める、というのは」とシアが聞いた。


「俺は五十二になる」ゴルムが言った。「ドワーフの寿命からすればまだ若いが、冒険者としての体は限界が近い。Dランクのままで終わりだ。引退を考えていた」


「それで、ここに来るようになったんですか。最初に来たとき」


「ああ。引退前に面白いダンジョンを一つ見ておこうと思っていた。それがここだった」ゴルムが少し間を置いた。「面白いどころじゃなかった。コアに意志があって、マスターがいて、死なない。来るたびに変わる。気づいたらここに通い続けていた」


「ゴルムさんにとって、ここはどういう場所ですか」


 ゴルムがしばらく考えた。


「居場所だ。冒険者を辞めた後の居場所が見つかった気がしている。ここで役に立てるなら、それが俺の次の仕事だ」


────────────────────────────────────


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


 俺は少し考えた。


 ゴルムはこれまで非公式にここを支えてくれていた。入口の整理、情報収集、貴族の干渉への対応、ライオスへの伝言。全て自発的にやってくれた。


 それを正式な役職にする。デメリットはほとんどない。ゴルムが毎日いることで、外側の管理が確実になる。


 ただし一つだけ確認したいことがある。


『ゴルムに聞いてほしい。報酬はどうするつもりか、と』


 シアがゴルムに伝えた。


「コアが報酬についてどう考えているか聞いています」


「報酬か」ゴルムが少し考えた。「ここの収入から適切に出してもらえれば十分だ。金額はエリナと相談する。ただし俺がここに来る一番の動機は金ではない」


「何ですか」


「面白いから、だ。ここにいると毎日何かが起きる。それが好きだ」


────────────────────────────────────


 シアが念話で俺に確認した。


『ケンジ、受け入れる?』


『受け入れる。ゴルムはここに必要な人間だ。正式な形にすることで、お互いに動きやすくなる』


「コアが受け入れると言っています」とシアがゴルムに伝えた。「ここに必要な人間だ、と』


 ゴルムが少し表情を動かした。


「コアにそう言われると、らしくなくて照れるな」


「ゴルムさんが照れるの、珍しい」とシアが言った。


「俺だって照れることくらいある」ゴルムが咳払いをした。「では正式に。専任管理者として、ここの外側の運営全般を担当する。来訪者の整理、情報収集、外交的な対応の補助。エリナやフォルクとも連携する」


「よろしくお願いします」とシアが頭を下げた。


「こちらこそだ」


────────────────────────────────────


 翌日、エリナが来たときにゴルムの話をした。


「ゴルムさんが専任管理者になるんですね」エリナが言った。


「はい。コアも私も歓迎しています」


「私としても助かります」エリナがノートを見た。「実はここ最近、来訪者数の増加に伴って、私一人では対応しきれない場面が増えていました。ゴルムさんがいてくれると、役割分担ができます」


「どんな役割分担になりますか」


「私がギルドとの連絡、記録管理、来訪者への案内を担当する。ゴルムさんが外部情報の収集、来訪者トラブルへの対応、外交的な場面の補助を担当する。フォルクさんが研究観察と学術的な問い合わせの窓口を担当する」


「三人で分担するんですね」


「四人ですよ」エリナが言った。「シアさんが一番重要な役割を担っています。コアとの念話で、全ての判断の最終窓口になっている」


────────────────────────────────────


 シアが少し驚いた様子だった。


「わたしが一番重要、ですか」


「そうですよ。コアの意志を外に伝えるのはシアさんだけです。エリナもゴルムさんもフォルクさんも、コアと直接話せない。シアさんが間にいるから、全部が機能している」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた』


『わたしが一番重要、って』


『エリナの言う通りだ。俺の言葉を外に伝えられるのはお前だけだ』


『そっか。改めて言われると、なんか責任を感じる』


『それだけの信頼があるということだ』


 シアがエリナに向き直った。


「ありがとうございます。頑張ります」


「頑張らなくていいです」エリナが少し笑った。「いつも通りにしていれば十分です。シアさんはいつも通りにしているだけで、十分すぎるくらいやっています」


────────────────────────────────────


 ゴルムが専任管理者として最初の仕事をしたのは、翌朝だった。


 来訪者の一組が、層別入場管理のルールを知らずに10層以降に入ろうとした。証章の確認ができていなかった。


 以前なら混乱していた場面だ。


 ゴルムが静かに前に出て、事情を説明した。


「10層以降はCランク以上の証章が必要だ。証章をお持ちでなければ、今日は9層まででお願いします」


「知らなかった。どこかに書いてあったのか?」


「入口の案内板に記載しています。ただし見落とすこともある。次回はご確認いただければ」


 来訪者が引き返した。トラブルにはならなかった。


 シアがその場面を見ていた。


「ゴルムさん、うまいね」


「慣れた」ゴルムが短く言った。「冒険者として色んな人間と関わってきた。怒っている人間の対処は経験がある』


「冒険者の経験がここで活きてる」


「活きてなかったら困る。二十年やってきたんだ」


────────────────────────────────────


 その週の後半、フォルクが来た。


 観察ではなく、相談があって来た様子だった。


「研究者の来訪申請について、整理をしたいと思っています」とフォルクが言った。


「どう整理するんですか」とシアが聞いた。


「来訪申請が増えているので、審査基準を作りたいんです。誰でも来られるわけにはいかない。コアへの干渉を試みる可能性がある者を事前に排除する基準が必要です」


「どんな基準を考えていますか」


「三点です。一つ目、王国または隣国の認定機関に所属していること。二つ目、目的が学術的観察に限定されていること。三つ目、私が事前に審査すること。この三点を満たす者のみを案内します」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


『良い基準だ。フォルクに任せる』


「コアが任せると言っています」


「ありがとうございます」フォルクが頷いた。「これで研究者の来訪を安全に管理できます」


────────────────────────────────────


 四人の体制が整った夜、シアが奥の空間で棚を眺めていた。


「ケンジ」


『何だ』


「ここって、最初はわたしとケンジだけだったのに、今はゴルムさんもエリナさんもフォルクさんもいる」


『そうだな』


「それぞれ、最初は来訪者として来た人たちだよね。ゴルムさんは修行しに来て、エリナさんは担当として来て、フォルクさんは研究しに来て。気づいたら、みんながここの一部になってた」


『ここが人を引き寄せた、ということだ』


「ケンジが作ったダンジョンが、人を引き寄せた」


『俺たちが作ったダンジョンだ』


 シアが少し笑った。


「そうだね。また言ってくれた」


『事実だ』


「わかってる。でも言ってくれるたびに嬉しい」


────────────────────────────────────


 翌日、ゴルムから情報が届いた。


「ライオスが今週中に来る」


「今週中に」とシアが言った。


「準備が整ったとのことだ。六人全員で来る。消耗品は通常の三倍以上積んできた。20層突破を目標にしている、と言っていた」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いた?』


『聞いた』


『今週中だ』


『そうだ。準備を最終確認する』


「最終確認って、まだやることがある?」


『細部だ。20層の各区間のモンスター密度、審問の廊下の印の配置。ライオスたちが六回来て蓄えた記憶と、今の設計が最大限に噛み合うように調整したい』


「ケンジ、楽しみにしてる?」


俺は少し考えた。


『楽しみにしている』


「素直に言えた」とシアが言った。「最近、そういうの上手くなってきた』


『お前に慣らされた』


「それはいいことだと思う」シアが笑った。「おやすみ、ケンジ」


『おやすみ、シア』


 今週中にライオスが来る。


 ゴルムが専任管理者として今日から正式に動き始めた。エリナ、フォルク、ゴルム、シアの四人体制が整った。


 全ての準備が整っている。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:6,184,000P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層) 最終区間専属モンスター×8体(20層)

落とし穴×44か所 毒ガストラップ×7 火炎トラップ×6 魔法陣トラップ×1 宝箱×2

本日の収支:+1,077,800P

現在のダンジョン規模:20層 ランク:B(正式認定済み)

確定事項:ゴルムが専任管理者として正式就任。エリナ・フォルク・ゴルム・シアの四人体制が確立。フォルクが研究者来訪の審査基準を設定。ライオスが今週中に来訪予定。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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