第74話_新しい日常
Bランク認定から二週間が経った。
入口前の広場は今日も賑やかだった。順番待ちの列が朝から続き、エリナが整備した案内板に沿って来訪者が整然と動いていた。
一週間前に、エリナが層別入場管理を導入した。
6層以降はDランク以上。10層以降はCランク以上。15層以降はBランク以上の証章が必要になった。
シアが最初は「全員を歓迎するという方針から外れる」と気にしていた。だが導入してみると、トラブルが減った。自分の実力に合った層で修行できる環境が整った。
「ケンジ、入場管理、うまくいってると思う?」
『うまくいっている。各層でのリスポーン件数が安定した。以前は上位層に実力以上の者が入って連続リスポーンするケースがあったが、今は減っている』
「来た人が無理をしなくなった、ってこと?」
『無理をするかどうかは本人次第だが、自分の実力範囲で挑める環境になった。それが結果的に満足度を上げている』
「なるほど。エリナさんの判断、正しかったね』
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エリナが今日の記録を持ってきたとき、表情が少し明るかった。
「シアさん、フォルクさんの論文が掲載されました」
「掲載された?」
「はい。王国の学術誌に正式に掲載されました。それで——」エリナが続けた。「論文を読んだ研究者や学者から、複数の問い合わせが来ています。ここを訪問したいという申請が、今週だけで七件届きました」
「七件も」
「はい。国内だけでなく、隣国からも一件来ています。「意志を持つダンジョンコアを実際に確認したい」という内容です」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、どう対応する?』
『受け入れる。ただしフォルクを通じて窓口を一本化してもらう。個別に対応すると際限がなくなる』
「コアが受け入れます。ただしフォルクさんを通じて窓口を一本化してほしいとのことです」とシアがエリナに伝えた。
「それは良い判断です。フォルクさんにも連絡します」
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ゴルムが昼に顔を出した。
「ライオスの動きが見えてきた」
「いつ来る?」とシアが聞いた。
「来週か再来週だ。装備の整備と消耗品の調達を進めているらしい。今回は相当本気で準備しているとのことだ」
「本気って、どのくらい?」
「消耗品を普段の三倍積んでいると聞いた。20層まで届く前提だ」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、消耗品三倍来た』
『そうか。こちらも準備する』
『何かできることある?』
『各層の細部を見直す。来訪者の動きを一週間分分析して、20層まで来た者がどのルートを取るか確認した。その上でガルムの配置と最終区間のモンスター密度を調整する』
「コアが各層の細部を見直すと言っています」とシアがゴルムに伝えた。
「用意周到だな」ゴルムが顎髭を撫でた。「ライオスが来るのを楽しみにしているようだ』
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その夜、シアと21層以降の構想を話した。
「21層って、コストどのくらい?」
『262,144,000Pだ』
「…………」シアが少し黙った。「どのくらいかかる?」
『今の収入ペースで五ヶ月から六ヶ月だ。Bランクになってから来訪者の質が上がっているから、収入も増えている。前より速く届く可能性はある』
「五ヶ月か。20層を作るのに十ヶ月かかったことを思うと、短い気もする」
『収入が増えているからだ。来訪者が増えるほど積み立てが速くなる。それはここが強くなるほど、さらに速くなる構造になっている』
「強くなると速くなる。面白いね。普通は強くなるほど次が大変になりそうなのに』
『ここは来た者が力を使うたびに収入になる。強い者が来るほど収入が増える。Bランクになって来る者が強くなったから、収入も増えた』
「じゃあ、Aランクになったらもっと増える?」
『そうなる』
「じゃあ、Aランクを目指せばいい」シアが当たり前のように言った。「それから特Sランクを目指して、1,000,000Pを貯めて、ケンジが外に出られるようになる』
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「21層って、何にする?」とシアが聞いた。
「もう考えてた?」
『少し。20層が「全部の積み重ねが試される場所」だったから、21層以降は別の方向性にしたい。これまでの設計の思想をさらに深めるのではなく、今まで使わなかった要素を入れたい』
「今まで使わなかった要素って何?」
『時間だ』
「時間?」
『これまでの仕掛けは全て「空間的な設計」だった。どこに何を配置するか、どの順番で何を操作するか。時間の制限は入れていない。21層に「時間制限」の要素を入れたい』
「時間制限。たとえば?」
『入ってから何分以内に突破しないと、仕掛けがリセットされる。台座を押してから三分以内に次の台座を押さないと、最初からやり直し。そういう設計だ』
「時間のプレッシャーが加わる、か」シアが考えた。「死なないダンジョンって、時間を気にしないことが前提だったよね。「何度でも試せる」って。でも時間制限があると、一回一回を大事にしないといけなくなる』
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「一回を大事にする、か」シアが繰り返した。「それって、「修行」より「本番」に近い感じ?」
『そうかもしれない。これまでは失敗しても何度でも試せるから、失敗が気軽だった。時間制限があると、失敗のコストが上がる。より真剣に考えて動くようになる』
「でも、死なないから最悪リスポーンできる。時間制限があって失敗しても、次の挑戦ができる』
『そうだ。死なないから試行錯誤できるという前提は変わらない。ただし一回の重みが増す。リスポーンするたびに時間制限がリセットされるから、最初から積み重ねを作り直す必要がある』
「それが「本番感」を出すんだね。毎回が真剣勝負になる』
『お前の言う通りだ』
「面白い。21層、楽しみになってきた」
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翌日、フォルクが来た。
今日は通常の観察日ではなかった。
「論文への反響を報告しに来ました」とフォルクが言った。
「どんな反響でしたか」とシアが聞いた。
「肯定的なものと懐疑的なものが半々です。肯定的なのは「実在するなら世界初の事例だ」という評価。懐疑的なのは「検証が不十分だ、実際に来て確かめたい」という声です」
「懐疑的な人が来ると、どうなりますか」
「何かを証明しようとして来ます。コアに意志がないことを証明しようとする者も来るかもしれません」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、どう思う?』
『懐疑的な者が来ても構わない。来てコアと話せば、意志があることは自明になる。それで証明になる』
「コアが言っています。来てコアと話せば証明になる、と」とシアがフォルクに伝えた。
フォルクが少し笑った。「コアらしい答えですね。自信がある』
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フォルクが帰った後、シアが少し考え込んだ様子だった。
「ケンジ」
『何だ』
「世界初の事例、って言われた。改めて聞くと、なんか変な感じがする』
『どういう意味だ』
「わたしたちって、普通のことをしてきたつもりだった。洞穴を守って、来た人を迎えて、設計して、積み重ねて。それが「世界初」なんだって言われると、違う見え方がしてくる』
『俺には「世界初かどうか」という感覚は薄い。ただ、お前とここを作ってきたことは、俺にとって普通のことではなかった』
「どういう意味?」
『転生した最初の夜、俺には何もなかった。声もなく、体もなく、感知と権能だけがあった。そこにお前が来て、今のここになった。その経緯は「普通」ではない』
「そうだね」シアが静かに言った。「わたしにとっても普通じゃなかった。逃げて、洞穴に入って、気づいたらマスターになってた。全然普通じゃなかった』
『だが今はここが日常になった』
「うん。普通じゃないことが、日常になった。それが、ここのすごいところかもしれない』
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夕方、シアが採集から戻った。
いつもより少し遠くまで行ったらしく、帰りが遅かった。
「ケンジ、外で面白いものを見た」
『何を見た』
「来訪者の二人組が、広場に座って話してた。聞いてたわけじゃないけど、通り過ぎながら聞こえた。「ここで謎解き層を経験してから、仲間との連携が変わった」って言ってた」
『仲間との連携が変わった』
「そう。謎解きをパーティで解いたり、協力の層で役割分担したり。そういう体験が、ここ以外の冒険でも活きるようになったって。「鍛錬の迷宮は修行場じゃなくて、チームを作る場所だ」って言ってた』
俺はその言葉を受け取った。
チームを作る場所。設計したとき、そこまで意図していなかった。協力の層を作ったとき、来た者の連携が変わるとは考えていなかった。
来た者が設計の意図を超えた体験をしている。
『それは設計していなかった効果だ』
「ケンジが設計しなかった部分を、来た人が作ってくれた、ってことかな』
『そうだな。場所を提供した。使い方は来た者が決めた。その結果として「チームを作る場所」になった』
「なんかいいね。設計の外側に広がった』
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夜になった。
シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、来週か再来週、ライオスさんが来る」
『そうだ』
「今度の戦いって、どうなると思う? ライオスさんたちが20層を突破できると思う?」
『わからない。ただし、突破できる実力があると思っている。問題は消耗品と役割分担と、記憶だ』
「記憶?」
『20層の審問の廊下は、これまでの全層の経験を反映する。ライオスたちは何度もここに来ている。その記憶が廊下を読む力になる。それを使いこなせれば、突破できる』
「じゃあ、また来てくれたことに意味がある」
『そうだ。一度しか来ていない者より、何度も来た者が有利になる。ライオスたちは六度来た。それ全部が今回に活きる』
「六回の記憶か」シアが言った。「わたしも見てきたから、同じだけ覚えてる。でも戦う立場が違う。ライオスさんたちは攻略側で、わたしたちは守る側』
「攻略側と守る側が、同じだけ積み重ねてきた。それが今回の戦いだ』
「面白い対決だね』
『そうだな』
「おやすみ、ケンジ」
『おやすみ、シア』
洞穴の外では今夜も灯りがある。迷宮の里の灯りだ。
来週か再来週、ライオスが来る。20層が初めて試される。
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DP残高:5,106,200P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層) 最終区間専属モンスター×8体(20層)
落とし穴×44か所 毒ガストラップ×7 火炎トラップ×6 魔法陣トラップ×1 宝箱×2
本日の収支:+923,800P
現在のダンジョン規模:20層 ランク:B(正式認定済み)
確定事項:層別入場管理が定着しトラブル減少。フォルクの論文掲載後に研究者・学者からの来訪申請が増加(フォルク経由で窓口一本化)。「迷宮の里」という呼び名が定着。21層「時間制限の層」の構想が始まった。ライオスが来週か再来週に来る見込み。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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