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第73話_激流ふたたび

 Bランク認定から三日で、外の様子が変わった。


 Cランク認定のときと同じ流れだった。ただし今回は速さが違った。


 一日目、来訪者数が三割増えた。


 二日目、五割増えた。


 三日目、倍になった。


 シアが採集から戻るたびに報告してくれた。


「ケンジ、今日も増えてる。順番待ちが入口の外まで出てる」


『感知している。今日は七十組を超えた』


「七十組。Cランクのときが五十組で「すごい」って言ってたのに」


『Bランクになると来る者の種類が変わる。Cランクのときは「Cランクの迷宮に来た」という動機だった。今回は「Bランクのダンジョンがある」という別格の話になる』


「Bランクって、そんなに違うの?」


『国内に存在するBランクダンジョンは少ない。ここがBランクになったことは、そういう意味を持つ』


────────────────────────────────────


 エリナが今日の記録を持ってきた。顔が少し疲れていた。


「シアさん、今日の来訪者数、過去最高を大幅に更新しました」


「七十組ですよね」


「七十三組です」エリナが数字を確認しながら言った。「層内でのトラブルも増えています。上位ランクの冒険者と修行目的の来訪者が同じ層にいて、動線が交差する場面が出てきました」


「対策は?」


「層ごとの入場管理を強化します。1層から5層は引き続き全員開放。6層以降はDランク以上、10層以降はCランク以上、15層以降はBランク以上の証章が必要な形を検討しています」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


『エリナの案は合理的だ。ただし来た者全員を歓迎するというこれまでの方針からは外れる。しばらく様子を見てから判断してもいい』


「コアはもう少し様子を見てから判断したいと言っています」とシアがエリナに伝えた。


「わかりました。では今週は現状維持で、来週また確認します」


────────────────────────────────────


 ゴルムが夕方に来た。


 いつもの水筒を持って、入口前の岩場に座った。


「賑やかになったな」


「はい」とシアが言った。


「Bランクになると、来るのが冒険者だけじゃなくなる。今日も見た。商人が三人、学者らしき人間が二人、それと——」ゴルムが少し声を落とした。「貴族の従者が一人、遠くから観察していた」


「貴族の従者」


「ラングフォルト家ではない。別の家だ。紋章を確認した。中部の伯爵家の色だ」


『シア、ゴルムに「情報を蓄積してくれ。今すぐ動く必要はない」と伝えてくれ』


「コアが情報を蓄積してくれと言っています。今すぐ動く必要はないと」


「了解した」ゴルムが頷いた。「ただし、今回は王国との協定がある。従者が何かしようとすれば、協定の範囲で対応できる。以前より状況は良い」


『そうだな』


────────────────────────────────────


 シアが翌日、久しぶりに少し遠くまで外出した。


 エリナに付き合ってもらって、入口から七百メートルほど離れた場所まで行った。念話の届く限界に近い距離だ。


 戻ってきたシアが言った。


「ケンジ、すごいことになってた」


「どんな?」


「入口から街道に向かう道の両側に、建物が増えてた。一年前はただの森の道だったのに、今は宿屋が三軒、食堂が二軒、道具屋が一軒、それと……小さな広場みたいなのができてた」


『広場?』


「来訪者が休憩したり、情報交換したりする場所。誰かが整備したらしい。石畳が敷いてあって、屋根のある椅子がある」


『誰が作ったんだ』


「エリナさんが言ってた。近所の村の人たちが自発的に作ったって。来訪者が増えて商売になるから、整備しようと動いたって」


 俺はその話を聞きながら、転生した最初の夜を思い出した。


 半径二十メートルの洞穴。ゴブリン五体。落とし穴三か所。それだけだった場所が、今は七百メートル先まで人の営みが広がっている。


────────────────────────────────────


 シアが続けて言った。


「ケンジ知ってた?ここ、名前がついてた」


『鍛錬の迷宮は知っている』


「それじゃなくて、この場所全体に。「迷宮の里」って呼んでる人がいるって。エリナさんが教えてくれた』


 迷宮の里。


ダンジョンだけでなく、その周辺の地域全体を指す名前だ。宿屋も、食堂も、広場も、来訪者も、全部含めた場所の名前。


『いつからだ』


「わからないけど、自然にそう呼ばれるようになったって。誰かが名づけたんじゃなくて、来た人たちがいつの間にかそう言い始めたって』


『そうか』


「いい名前だと思う。ダンジョンだけじゃなくて、周りも含めた場所になってる。里になった』


────────────────────────────────────


 フォルクが月次観察に来た日、少し長い話になった。


「Bランクになりましたね」とフォルクが言った。


「はい」とシアが答えた。


「研究院として、正式な長期観察の申請を出しました。これまでの月一回から、週一回に増やしていただきたいのですが」


「増やすことについて、コアはどう思いますか」とシアが念話で確認した。


『週一回は受け入れられる。ただし調査の内容について、毎回事前に連絡してほしい。何を調べるつもりかを教えてもらってから対応する』


 シアがフォルクに伝えた。


「コアが週一回を受け入れます。ただし毎回の調査内容を事前に連絡してほしいとのことです」


「もちろんです」フォルクが頷いた。「それは当然の条件です」


 フォルクが書類を広げた。


「一つ報告があります。このダンジョンについての研究論文を、王国の学術誌に投稿しました。「意志を持つダンジョンコアとマスターの共同設計に関する事例研究」というタイトルです」


────────────────────────────────────


「論文」とシアが少し驚いた顔をした。


「はい。内容はこれまでの観察記録と、コアとマスターの共同設計の事例をまとめたものです。コアの素性については「転生的存在の可能性」という仮説として書きましたが、具体的な記述は避けました」


「それは……どんな反応があった?」


「まだ掲載前ですが、査読者から「実在するとすれば世界初の事例」という評価が届いています。掲載されれば、王国の学術界で広く読まれることになります」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、論文になった。世界に知られるかもしれない』


『そうなるかもしれない』


『どう思う?』


俺は少し考えた。


『知られることで守られることもある。王国の協定と同じ論理だ。学術的に認知されれば、違法な干渉がさらに難しくなる』


「コアが言っています。知られることで守られることもある、と」とシアがフォルクに伝えた。


「コアらしい現実的な考え方ですね」フォルクが少し笑った。「私も同じことを考えて投稿しました」


────────────────────────────────────


 フォルクが帰った後、シアが棚の前に立った。


 花、石、Dランク、Cランク、Bランクの認定書。それらを一つずつ見た。


「ケンジ」


『何だ』


「今日、外で「迷宮の里」って聞いて、論文になるって聞いて、なんか、実感がわいてきた」


『何の実感だ』


「ここが、本当に存在してる場所になったって。ケンジとわたしだけが知ってる場所じゃなくて、外の人も知ってて、名前がついて、論文に書かれるくらい意味がある場所になった』


『そうだな』


「最初はわたしが逃げ込んできた洞穴だったのに。今は「迷宮の里」になってる』


『お前が来てから変わった』


「ケンジがいたから変わった。どちらが来なくても、今のここはなかった」


 俺は返事をしなかった。


 シアの言ったことは正しい。俺一人でもシア一人でも、今のここにはなれなかった。


────────────────────────────────────


 翌日の夕方、ゴルムがライオスからの返事を持ってきた。


「ライオスから連絡があった」


「なんて?」とシアが聞いた。


「「行く。準備が整い次第すぐに行く。楽しみにしている」とのことだ」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた』


『楽しみにしてるって言ってくれた』


『こちらも楽しみにしていると伝えてくれ』


「コアも楽しみにしていると言っています」とシアがゴルムに伝えた。


 ゴルムが少し目を細めた。


「コアが楽しみにしている、か。ライオスが聞いたら喜ぶだろうな」


────────────────────────────────────


 夜、シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、ライオスさんがまた来る」


『そうだ』


「今度は20層まで来る。「全部の積み重ねが試される層」って、ライオスさんたちに試されるんだ』


『そうなる。ライオスたちはここの全ての層を経験してきた。20層の審問の廊下で、それが活きる』


「ライオスさんたちが突破できると思う?」


俺は少し考えた。


『わからない。ただし、突破できる実力はあると思っている。問題は消耗品をどう使うか、役割分担をどう組むか、そしてどれだけ全層の記憶を持ってきているか、だ』


「ドキドキする」シアが言った。「負けたくない気持ちと、突破してほしい気持ちが両方ある」


『俺も同じだ』


「それって珍しい。両方あるって』


『ライオスが「全力でくれ」と言い続けてくれたから。全力で戦って、それでも突破されたなら、俺たちも十分やったということだ』


「そういう考え方もあるんだ」シアが静かに言った。「ケンジって、以前より来た人のことを考えてるよね』


『お前に影響された』


「またそれ言ってくれた」シアが笑った。「ありがとう。おやすみ、ケンジ』


『おやすみ、シア』


 洞穴の外では今夜も灯りがある。迷宮の里、という名前がついた場所の灯りだ。


 ライオスがもうすぐ来る。20層が初めて試される日が来る。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:4,182,400P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層) 最終区間専属モンスター×8体(20層)

落とし穴×44か所 毒ガストラップ×7 火炎トラップ×6 魔法陣トラップ×1 宝箱×2

本日の収支:+762,800P

現在のダンジョン規模:20層 ランク:B(正式認定済み)

確定事項:Bランク認定後三日で来訪者数が倍に。入口から七百メートル先まで宿屋・食堂・広場が広がり「迷宮の里」と呼ばれ始めた。フォルクが学術論文を投稿(王国学術誌掲載予定)。ライオスから「準備が整い次第来る」という返事が届いた。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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