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第71話_創造の層

 19層のコストは65,536,000Pだった。


 その数字をシアに伝えたとき、シアはしばらく黙った。


「……どのくらいかかる?」


『今の収入ペースで七ヶ月から八ヶ月だ』


「長い」


『長い。ただし20層のコストはさらにその倍になる。19層の積み立てと並行して、20層以降の準備もある』


「それを聞くと、気が遠くなる」


『俺も正直に言えば、遠い、と思っている』


「ケンジが「遠い」って言うのは珍しい」


『事実だから言う』


 シアが少し笑った。


「でも、来るよ。いつも来てた。今回も来る」


『そうだな』


────────────────────────────────────


 七ヶ月間、設計の話し合いは深まった。


 シアの最初のアイデアは「来た人が何かを作ることで突破する層」だった。戦闘でも謎解きでも協力でもなく、創造が突破の手段になる。


 その発想を具体化するための議論が長かった。


「何を作るのかが難しくて」と初月、シアが言った。


『たとえば?』


「ダンジョンの素材を組み合わせて道具を作る。作った道具で扉を開ける。そういうことを考えてたけど、「道具を作る」がどういう行為になるのかがわからなくて』


『来た者がどう行動するかを先に考えよう。手を動かす? 素材を集める? 組み合わせる?』


「手を動かすのは難しい。来た人は戦士が多いから、細かい作業が得意じゃない。でも、素材を集めて特定の場所に置く、くらいなら誰でもできる』


俺はその方向性を受け取った。


 素材を集めて置く。それが「創造」になるかどうかは、仕掛け次第だ。


────────────────────────────────────


 二ヶ月目、具体的な仕掛けの形が決まった。


 19層の各所に「素材石」が散在している。色が違う石が複数種類ある。赤、青、黄、緑の四色だ。


 通路の要所に台座がある。台座には色の刻印がある。特定の色の素材石を台座に乗せると、仕掛けが動く。


「台座に正しい色の石を乗せる、か」とシアが言った。「それだけだと単純すぎる気がして」


『そこで組み合わせを導入する。台座には一色だけでなく、複数色の刻印がある。赤と青の刻印がある台座には、赤の石と青の石を両方乗せる必要がある。順番も関係する』


「順番が関係する?」


『赤を先に乗せてから青を乗せる台座と、青を先に乗せてから赤を乗せる台座がある。順番を間違えると台座がリセットされる』


「どうやって正しい順番を知る?」


『壁の刻印にヒントがある。16層の印と同じ発想だ。来た者がヒントを読んで、自分で順番を判断する』


────────────────────────────────────


 三ヶ月目、「何を創造するか」という核心に近づいた。


「素材を置いて扉を開ける、って「創造」って言えるかな」とシアが疑問を出した。「なんか、ただの操作な気がして』


 俺もその懸念は持っていた。


『「創造」の感覚を出すには、来た者が「自分が作った」という感触を持てる設計が必要だ。単なる操作と「作る」の違いは何だと思う』


「形が変わること? 何かが生まれること?」シアが考えた。「たとえば絵を描くと、何もなかったところに何かが生まれる。それが「作った」感じ』


『壁に何かを刻む、という発想はどうだ。素材石を使って、壁に模様を作る。その模様が正しければ扉が開く』


「壁に書く!」シアが声を上げた。「来た人が壁に模様を刻む。それが鍵になる。でも正しい模様って、どうやって知る?」


『ヒントが別の場所にある。来た者がヒントを読んで、それを壁に再現する。再現することが「創造」になる』


────────────────────────────────────


 四ヶ月目、「刻む」という行為の設計が深まった。


「刻む道具って、来た人が持ってる普通の武器でできる?」


『できる。岩は素材として柔らかい部分を選べば、剣の先端で刻める程度にできる。地形改造の権能を使えば、刻みやすい素材の壁面を作れる』


「じゃあ来た人は自分の武器で壁に模様を刻む。その模様がヒントと合致すれば、扉が開く』


『ただし間違えた模様を刻んでも、消すことができる。何度でも試せる。死なないダンジョンだから、失敗しても刻み直せる』


「何度でも試せる、って大事だね。創造って、試行錯誤が伴うから。一発で正解しなきゃいけないなら、「創造」じゃなくて「正答」になる』


 俺はその言葉を受け取った。


 試行錯誤が創造だ。シアが言ったことは正確だった。


────────────────────────────────────


 七ヶ月を過ぎた頃、コストに届いた。


 65,536,000P。消費した。


 19層が開いた。


 シアが感知で確認した。


「……ここの空間、少し質感が違う気がする。他の層と違う感じ』


『刻みやすい素材の壁面を意図的に配置したからだ。触れると他の層より少し柔らかい』


「来た人が気づく?」


『気づく者は気づく。武器で触れて確かめる者もいるだろう。それ自体が探索の一部になる』


────────────────────────────────────


 作業は九日間かかった。これまでで最長の工事期間だった。


 素材石の配置から始めた。四色の石を各所に散らす。赤が五か所、青が四か所、黄が三か所、緑が二か所。数が少ない色ほど希少で、それを要求する台座は難易度が高い仕掛けに使う。


 台座を七か所設けた。各台座に色と順番の刻印を入れた。


 壁のヒントを刻んだ。今回のヒントは複雑だ。直接答えを示すのではなく、パターンを示す。パターンから自分で答えを導く必要がある。


「ヒント、難しくない?」とシアが確認しながら聞いた。


『少し難しい。ただし時間をかければわかる。焦らずに読めば答えが出る設計にした』


「焦ってると読めない、って、戦闘の中だと焦りやすい」


『そうだ。だからこの層のモンスター配置は、ヒントを読んでいる時間を守れる構造にした。ヒントがある場所の近辺はモンスターが少ない。台座の周辺も少ない。戦闘は素材石を集める区間に集中させる』


「なるほど。集める間は戦って、読む時間と刻む時間は安全に確保できる』


────────────────────────────────────


 刻める壁面を慎重に選んだ。


 柔らかい素材の壁面を、扉の前に作った。扉を開けるには、この壁に正しい模様を刻む必要がある。模様は三種類の組み合わせだ。丸、線、角。組み合わせによって意味が変わる。ヒントに従って正しい組み合わせを刻むと、扉が反応する。


 シアが感知で確認した。


「壁面、ここだけ感触が違う。柔らかい感じがする』


『刻みやすい素材にした』


「来た人が気づくかな。ただの壁と違うって」


『武器で触れた瞬間にわかる。手応えが違う。それが「ここに刻む」というヒントになる』


「手応えで気づく、か。体で感じるヒントだ』


「それも設計の一部だ」


────────────────────────────────────


 九日目の夕方、19層が完成した。


 シアが全体を感知で確認した。


「……今まで作った層の中で、一番「生きている」感じがする」


『どういう意味だ』


「他の層は静かだけど、この層は何かを待ってる感じがする。来た人が来て、刻んで、動かして、初めて完成するような』


 俺はその感覚を受け取った。


 来た者によって完成する層。刻む前の壁には何もない。来た者が模様を入れて、初めて扉が動く。来た者が参加することで、この層が活きる。


『お前の言う通りだ。この層は来た者なしでは完成しない』


「それが「創造の層」の本当の意味かもしれない。ダンジョンが作って、来た人が完成させる』


────────────────────────────────────


 翌日、最初の来訪者が入った。


 Bランクの四人パーティだった。


 19層に踏み込んで、最初の区間で素材石を見つけた。


「赤い石がある」と一人が言った。


「拾えるか?」


 素材石は地面から拾い上げられる設計にしてある。拾った者が持ち歩ける。


「拾えた」


「色が違う石が他にもある。集めよう」


 四人が素材石を集めながら進んだ。モンスターと戦いながら集める区間だ。台座を見つけた。刻印を確認した。


「赤と青の刻印がある。順番は?」


「壁にヒントがあるかもしれない」


 一人が壁を調べ始めた。ヒントを見つけた。


「模様がある。読めるか?」


「少し待って」


────────────────────────────────────


 ヒントを読むのに時間がかかった。パターンを理解するまで、五分かかった。


「わかった。赤を先に乗せて、青を後にする」


 台座に石を乗せた。仕掛けが動いた。


「動いた!」


 次の台座へ。今度は黄と赤と青の三色の組み合わせだ。順番のヒントを探した。


 一人が壁に武器の先端を当てた。


「ここ、柔らかい」


「刻める?」


「刻める。なんか、刻んでほしい感じがする壁だ」


「ヒントを読んで、ここに何かを刻むのか?」


 四人が考えた。ヒントを照合した。模様の意味を解読した。


「丸と線を組み合わせた模様を刻む。丸が先で線が後だ」


 壁に模様を刻んだ。


 扉が動いた。


「開いた」と四人が声を上げた。


────────────────────────────────────


 外でシアが四人を迎えた。念話で後から教えてくれた。


『ケンジ、四人が言ってた。壁に刻んで扉が開いたとき、すごく驚いた、って。自分たちが何かを「作った」感じがした、って』


『そうか』


『「こんな体験ができるダンジョンは他にない」って言ってた』


 他にない。


 当然だ。この設計は俺とシアが七ヶ月かけて作り上げたものだ。誰かが真似できる類のものではない。


『シア、お前の設計が機能した』


「聞いてた」と念話でシアが返してきた。「壁に刻んで扉が開いた、って言ってくれた。来た人が「作った」感じがした、って。それがずっと目指してたことだ」


『そうだ』


「嬉しいを通り越して、なんか、安堵した感じがある」


『安堵?』


「七ヶ月間、ちゃんと形になるか不安だった。設計は面白いと思ってたけど、実際に来た人がそう感じてくれるかわからなかった。だから安堵した」


────────────────────────────────────


 夜、シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、19層ができた。次は20層だ」


『そうだ。20層がBランク達成の条件になる』


「20層って、何にしようか」


『今夜決めなくていい。積み立てに時間がかかる。また一緒に考えよう』


「うん。でも一個だけ言っていい?」


『言ってくれ』


「20層は、これまで全部の積み重ねで辿り着ける層にしたい。困らせる、理解、記憶、選択、協力、創造。全部経験してきた人だけが、本当の意味で突破できる層。来た人の全部が試される場所』


 俺はその言葉を受け取った。


 全部の積み重ね。15層からここまで、一つずつ体験してきた者が辿り着く。そういう最終層。


『それは良い。20層がそういう場所になれば、ここに来た全ての体験が意味を持つ』


「そう。ここに来た全部が繋がる場所。20層がそれになれば、Bランクになる意味がある』


 シアが静かになった。


 19層が今日完成した。来た者が壁に刻んで、扉を開けた。「作った」感じがした、と言った。


 20層の構想が今夜生まれた。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:2,843,200P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層) 素材守護モンスター×6体(19層)

落とし穴×41か所(19層に3追加) 毒ガストラップ×6 火炎トラップ×5 魔法陣トラップ×1 宝箱×2

本日の収支:+524,800P 19層拡張:-65,536,000P

現在のダンジョン規模:19層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:19層「創造の層」完成(素材収集・台座操作・壁への刻み込みの三工程)。初日の四人組が壁に刻んで扉を開けた。「自分たちが何かを作った感じ」という反応。20層「全ての積み重ねが試される最終層」の構想開始。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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