第70話_協力の層
18層のコストは32,768,000Pだった。
シアがその数字を聞いて、少し間を置いた。
「……大きいね」
『大きい。ただし今の収入ペースから計算すると、四ヶ月から五ヶ月で届く』
「長い。でも、設計を練る時間は十分ある」
『そうだ。今回は特に時間をかけてもいいと思う。「協力しないといけない層」の設計は、これまでと発想が根本的に違う。慌てると中途半端になる』
「うん。じっくり考える」
そうして始まった設計の話し合いは、四ヶ月半にわたって続いた。
────────────────────────────────────
最初の週、シアが発想の核を語った。
「一人では解けない仕掛け、って言ったけど、どうすれば「一人では解けない」を実現できるか、難しくて」
『具体的にどこが難しい』
「たとえば扉を二人で同時に押さないと開かない、とか。でもそれって、一人が何度も押せばいいじゃん、って思う人が出てくる。本当に「同時じゃないといけない」状況を作らないといけない』
俺はその問いを頭の中で転がした。
同時でないといけない状況。一人が何度も繰り返すことで解決できてしまうなら、「協力」の必然性がない。
『二か所の仕掛けを「同時に」操作する必要がある設計にすれば良い。一人の体は一か所にしかいられない』
「それだ。二か所を同時に押さないといけない仕掛け。一人では絶対に無理だけど、二人いれば解ける』
『さらに言えば、三か所同時なら三人、四か所同時なら四人必要になる。パーティの人数が意味を持つ設計にできる』
「パーティの人数で変わる層!」シアが声を上げた。「六人で来たらもっと大きな仕掛けが解けて、二人で来たら小さな仕掛けしか解けない。でもどちらも突破できる」
────────────────────────────────────
二週目、同時操作の仕掛けの具体的な形が決まった。
通路の特定の場所に「石板」を設ける。石板は三種類だ。水晶の板、鉄の板、木の板。それぞれ触れると微かに光る。
扉は三種類の石板を「同時に」押さないと開かない。水晶・鉄・木の三枚が同時に押されると、扉の機構が動く。一枚でも遅れると扉は開かない。
「同時ってどのくらいの時間差?」とシアが聞いた。
『三秒以内に全部押されれば開く設計にする。厳密な同時でなくていい。ただし一人が押してから走って次の石板に向かっても間に合わない距離に配置する』
「だから最低でも三人必要になる。でも時間差が三秒あるなら、呼吸を合わせれば二人でもできる場合は?」
俺は少し考えた。
『二人用の扉と三人用の扉を別々に作る。二人用は石板が二枚、三人用は三枚。パーティの人数に応じて選べる』
「それいい。少人数で来ても突破できるし、大人数で来るとより大きな扉が開く。大きな扉の先に良いルートがある、みたいな設計にすれば、多く来るインセンティブができる』
────────────────────────────────────
一ヶ月目の終わり、シアが別のアイデアを出してきた。
「石板の操作だけじゃなくて、情報の共有も入れたい」
『情報の共有?』
「16層の印みたいに、壁に何かが書いてある。でも18層は一人が見られる範囲が限られてて、全部の情報を一人で集められない。パーティで分かれて調べないと、全体が見えない』
俺はその発想を展開した。
通路の各所に、部分的な情報が刻まれている。全体の地図の断片、仕掛けのヒントの一部分、石板の位置のヒント。それぞれが一人では見切れない量と配置になっている。パーティで分かれて調べて、再会したときに情報を合わせる。
『それは面白い。ただし実現には注意が必要だ。情報を「分かれて集める」ためには、パーティが安全に分かれられる構造が必要だ。一人でいる間にモンスターに倒されると困る』
「じゃあ、分かれた通路ではモンスターを少なくする。合流地点に集まってから戦闘が始まる設計にする」
『分かれている間は比較的安全。合流したら戦闘が激しくなる。協力して戦うことの意味が増す』
────────────────────────────────────
三ヶ月目、設計が大きく進んだ。
18層の構成が固まった。
入口から最初の区間は「分散調査区間」だ。通路が四方向に分かれる。各方向にヒントが刻まれている。パーティがそれぞれの方向に散って情報を集める。モンスターはほとんどいない。
中央の合流地点で、集めた情報を照合する。石板の位置と組み合わせを確認する。
次の「同時操作区間」で、石板を同時に押して扉を開ける。ここでパーティの連携が必要になる。大きな扉を開けるには、全員の協力が必要だ。
最後の「協力戦闘区間」。これまでの層で最も強いモンスター構成だ。ただし、分かれて戦うのではなく、全員が一か所に集まって戦う。連携することで有利になる仕掛けがある。
「協力戦闘区間の仕掛けって何?」とシアが聞いた。
『モンスターが特定のパターンで動く。そのパターンに気づいた者が仲間に伝えて、全員がそれに合わせて動くと、モンスターの弱点が露出する。気づいても一人では活かせない。全員に伝えて、全員が同じタイミングで動く必要がある』
「声で伝えながら戦う、か。本物のパーティプレイだ』
────────────────────────────────────
コストに届いた朝、シアが感知を向けながら言った。
「今回の拡張、楽しみかな。怖いかな」
『どちらだ』
「両方。こんなに複雑な設計を実際に形にできるか、不安もある。でも設計通りに動いたら、絶対面白い』
『形にするのは俺の仕事だ。設計はお前がした』
「二人の仕事だよ」
32,768,000P。消費した。
18層が開いた。
これまでで最も広い空洞が掘り開けられる感覚があった。分散調査区間のために、四方向に広がる通路が必要だからだ。
シアが感知で確認した。
「……広い。すごく広い。方向が多くて、複雑な感じがする」
『分散調査区間が中心だ。四方向に分かれるために、空間を広く取った』
「ここを一人で感知してるだけで迷いそうになる」
『俺には全体が見えている。ただしここに来た者には見えない。それが設計の出発点だ』
────────────────────────────────────
作業は一週間かかった。
分散調査区間の通路を整えた。四方向の通路それぞれに、ヒントを刻んだ。石板の位置を示す断片的な情報、扉の組み合わせのヒント、合流地点への矢印。それぞれが単体では意味をなさず、四方向全部を合わせると全体が見えてくる設計だ。
シアが各方向の通路を感知しながら確認した。
「このヒント、一方向だけ見ても何のことかわからない。でも四方向全部合わせると、石板の組み合わせが読めてくる」
『そうだ。一人で全方向を確認しようとすると時間がかかりすぎて、合流地点で仲間を長く待たせることになる。分担した方が速い』
「どのくらいの人数を想定してる?」
『三人から六人が理想だ。二人でも不可能ではないが、情報収集の負担が大きくなる。七人以上は多すぎて、同時操作区間での連携が複雑になる』
「なるほど。標準的なパーティの人数を想定してるんだね』
────────────────────────────────────
同時操作区間の石板を設置した。
二人用の扉に石板を二枚。三人用に三枚。四人用に四枚。五人以上のパーティには専用の大扉があって、石板が五枚必要だ。
大扉の先に何があるか、シアが聞いた。
「大扉の先、何か特別なものを置く?」
『宝箱を一つ。今のダンジョンで最も良い素材を入れる』
「どんな素材?」
『17層の力の道を突破したモンスターから採れる素材を貯めてある。魔力が高い。換金価値がある。五人以上でないと開けられない扉の先にしか置かない』
「大人数で来る動機ができる。いい。ライオスさんたちが六人で来たとき、大扉が開けられる」
『そうなる』
「ライオスさんたちが来たとき、この扉を開けるの楽しみだな」
────────────────────────────────────
一週間の作業が終わって、18層が完成した。
シアが全体を最終確認した。
「……でき上がった。今まで作った中で一番時間がかかった」
『四ヶ月半の設計と一週間の工事だ』
「設計の方が長いんだね」シアが少し笑った。「作るより考える時間の方が長い層になった」
『それがこの層の性質だ。来た者も「どう協力するか」を考える時間が長くなる。考えてから動く層だ』
「なるほど。考える設計は、考える体験を生む」
シアが感知を緩めた。
「ケンジ、今日の設計の話し合い、全部で何回になったんだろう」
『数えていないが、多かった』
「何回でも話せた。設計の話をしてると、ケンジと同じ方向を向いてる感じがする」
『そうだな』
「好きだよ、その感じ』
────────────────────────────────────
翌日、最初の来訪者が18層に入った。
五人パーティだった。17層を突破してきた者たちだ。
入口の広い空間に立って、四方向に分かれた通路を見た。
「分かれる?」と一人が言った。
「分かれた方がいいと思う」とリーダー格が言った。「各方向に何かある。一人ずつ調べて中央に戻ろう」
五人が四方向に散った。一人が一方向を担当し、もう一人が別の方向を担当する形になった。一人が中央で待機した。
各自が通路を進んで、ヒントを見た。
「何かが書いてある」「この記号、意味がわかるか?」「石板の位置か?」
五分後、全員が中央に戻ってきた。
「情報を合わせよう」
五人が持ち帰った情報を照合した。石板が五か所にあることがわかった。大扉が開けられる人数だ。
「全員で同時に押す。タイミングを合わせるぞ」
────────────────────────────────────
五人が石板の位置に散った。
「せーの」
五枚の石板が同時に押された。大扉が開いた。
外から見ていたシアが念話を入れてきた。
『ケンジ、扉開いた?』
『開いた。大扉だ。五人で開けた』
「やった」
五人が大扉をくぐった。宝箱があった。
「宝箱だ」
「開けよう」
宝箱の中に高品質の素材が入っていた。五人が歓声を上げた声が、洞穴の奥まで届いてきた。
協力戦闘区間で、五人が最強のモンスター構成と向き合った。リーダーがパターンに気づいた。仲間に伝えた。全員が同じタイミングで動いた。弱点が露出した。
突破した。
────────────────────────────────────
外に出てきた五人をシアが迎えた。念話で後から教えてくれた。
『五人が言ってた。今まで来た中で一番楽しかった、って』
『楽しかった、か』
『うん。強い弱いじゃなくて、一緒にやった感じがあった、って。ここが初めてそういうダンジョンになった、って言ってた』
一緒にやった感じ。
シアが設計で目指したのはまさにそれだった。一人の強さではなく、複数人が組み合わさることで生まれる何か。
『お前の設計が正確に機能した』
「聞いてた?」と念話でシアが返してきた。
『聞いていた』
『嬉しいって言っていい?』
『言っていい』
「嬉しい」シアが静かに言った。「本当に嬉しい」
────────────────────────────────────
夜、シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、今日一番好きだった瞬間は、大扉が開いたとき」
『俺も感知していた。五人の石板が同時に押されたとき、扉の機構が動いた』
「あの瞬間を作れた。五人が協力して、初めて開く扉。それを設計できた』
シアが少し間を置いた。
「次の層って、何にしようか。19層」
『まだ考えていない。お前は?』
「今日初めて考えた。来た人が「完成させる」層にしたい」
『完成させる、とは』
「17層が選択、18層が協力だったから、19層は「完成」にしたい。来た人が何かを作ったり、集めたり、完成させることで突破できる層。謎解きや戦闘じゃなくて、創造が突破の方法になる』
「来た人が何かを「生み出す」層か」
俺はその発想を受け取った。
創造の層。ここまで来たことがない発想だ。
『また一緒に考えよう』
「うん。また一緒に」
シアが静かになった。
18層が今日完成した。五人が協力して大扉を開けた。「一緒にやった感じ」があった、と言って帰った。
19層の構想が今夜生まれた。
────────────────────────────────────
*
DP残高:2,318,400P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) オーガ×1体(17層) コボルト×52体 協力戦闘区間専属モンスター×4体(18層)
落とし穴×38か所(18層に3追加) 毒ガストラップ×6(18層に1追加) 火炎トラップ×5 魔法陣トラップ×1 宝箱×2(18層大扉の先に1追加)
本日の収支:+403,800P 18層拡張:-32,768,000P
現在のダンジョン規模:18層 ランク:C(正式認定済み)
確定事項:18層「協力の層」完成(分散調査・同時操作・協力戦闘の三区間構成)。初日の五人組が大扉を開けて突破。「一緒にやった感じがあった」という反応。19層「創造の層」の構想が始まった。
────────────────────────────────────
続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。
次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




