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第67話_王国使節の来訪

 来訪の朝、シアはいつもより早く起きた。


 採集には出なかった。水場で顔を洗って、棚の前に立った。花、石、Dランクの認定書、Cランクの認定書。それらをしばらく見てから、静かに深呼吸をした。


「緊張してる」と念話が届いた。


『わかっている』


「ケンジも緊張してる?」


『俺には緊張という感覚が正確かどうかわからない。ただ、今日は注意を高めている』


「それが緊張だよ」


 シアが少し笑った。それから入口の方を向いた。


「来たらすぐわかる?」


『感知している。今のところ気配はない。来たら伝える』


「わかった。待つ」


────────────────────────────────────


 使節団が来たのは、昼前だった。


 三人。先頭を歩くのは六十代と思われる男だ。背が高く、背筋が伸びている。黒い外套に、胸元に王国の紋章がついている。歩き方が緩まない。目的を持って動く者の歩き方だ。


 後ろにギルドの証章をつけた中年の女性が続く。書類を抱えている。それからフォルクが来た。フォルクだけが、入口の前で少し表情を緩めた。


 シアが出てきた。


「ようこそいらっしゃいました」


 先頭の男が立ち止まった。


「あなたがダンジョンマスターですか」


「はい。シアといいます」


 男がシアを上から下まで見た。値踏みするのではなく、確認する目だった。


「ベルマンと申します。王国外交省の者です。今日はこのダンジョンについて、正式にお話を聞かせていただきたい」


「よろしくお願いします」


────────────────────────────────────


 岩場に四人が座った。シアとベルマン、ギルドの連絡役であるマリナという女性、そしてフォルクだ。


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、始まる』


『聞いている。何かあれば念話する』


「まず確認させてください」ベルマンが言った。「このダンジョンにはコアがあり、そのコアに意志がある。マスターはコアと念話で通信できる。これは正しいですか」


「正しいです」とシアが答えた。


「コアは今もここにいる?」


「常にいます。今も聞いています」


「コアに直接問いたいことがあります。シアさんを通じて」


「どうぞ」


 ベルマンがシアを見た。


「コアはなぜ来訪者を死なせないのですか」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、どう答える?』


 俺は少し考えてから答えた。


『死なせたくないから、だ。理由はそれだけだ』


 シアがベルマンに伝えた。


「死なせたくないから、とのことです」


「それだけですか」


「それだけだそうです」


 ベルマンがしばらく黙った。


────────────────────────────────────


「もう一つ」とベルマンが続けた。「コアはこのダンジョンで何を目指していますか」


『来た者が強くなって帰れる場所を作ること。そしてその場所を守り続けること。それが今の目標だ』


 シアが伝えた。


「守り続ける、とは」


「外からの脅威から守る、ということです。コアの権能と、周りの協力者たちとで」


「協力者とは、ギルドとゴルム・ガルドハイム殿とフォルク研究員のことですか」


「そうです」


「なるほど」ベルマンが書類を見た。「来訪者数、収益、ギルドとの協力関係、研究院との連携。全て把握しています。このダンジョンは現時点でCランクですが、実態はそれを超えている」


 マリナが補足した。「ギルドの評価では、戦力的にはBランク相当に達しつつあります」


────────────────────────────────────


 ベルマンが少し間を置いた。


 そして言った。


「王国として、このダンジョンを保護管理の対象にしたいと思っています」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、保護管理の対象、って聞いた?』


『聞いた。続きを聞く』


「保護管理、というのはどういう意味ですか」とシアが聞いた。


「王国がこのダンジョンの安全を保証します。違法な干渉から守る。その代わりに、王国の施設として登録する形になります」


「王国の施設として登録すると、どうなりますか」


「運営の報告義務が生じます。収益の一部が王国への納付対象になります。ただし、日常の運営は現状通りで構いません」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、どうする?』


────────────────────────────────────


 俺は少し時間をかけて考えた。


 王国の施設として登録する。違法な干渉からの保護は魅力がある。ラングフォルト家の件のようなことへの抑止力になる。


 だが収益の一部が王国への納付になる。報告義務が生じる。それはDP蓄積の速度に影響する。


 それ以上に気になるのは「王国の施設」という言葉だ。施設として登録されれば、将来的に王国の方針が変わったとき、こちらの自由度が制限される可能性がある。


 今はギルドとの関係がある。エリナが間に立っている。ゴルムがいる。フォルクがいる。


 今の状態で十分だ。


『断る。ただし、関係を閉じるのではない。今のギルドとの関係と同様に、王国とも協力する姿勢は持つ。ただし施設登録は今は受け入れられない』


「コアが言っています」とシアがベルマンに向き直った。「施設登録は今は受け入れられないそうです。ただし、王国と協力する姿勢は持っていると」


「理由を聞かせていただけますか」


「自由度が制限されることへの懸念です。今のギルドとの関係のように、互いに尊重する形で関わりたい」


────────────────────────────────────


 ベルマンが少し眉を動かした。


「コアが自ら判断したのですか」


「はい。今も念話で話しています」


「興味深い」ベルマンが少し体勢を変えた。「コアに聞きます。王国が信頼できない、ということですか」


『信頼できないとは言っていない。ただし関係は対等でありたい。王国の施設になると対等ではなくなる』


 シアが伝えた。


「対等でありたい、とのことです。施設になると対等ではなくなると」


 ベルマンが黙った。


 フォルクが口を開いた。


「ベルマン卿、コアは前回の干渉未遂のことを覚えています。あのときも、力で抑え込もうとした側に対して、毅然と対応しました。今回も同じです。関係を閉じているのではなく、条件を言っている」


「フォルク研究員、それは」


「コアの立場を説明しました。私は研究者ですが、ここと長い付き合いがあります」


────────────────────────────────────


 ベルマンがまた少し考えた。


「では、こういう提案はどうですか」ベルマンが言った。「施設登録ではなく、王国との協定という形はどうでしょう。施設ではなく、対等な協力関係として文書化する。干渉への保護は提供します。収益への納付は求めません。ただし、重大な事態が起きた場合に王国へ通知する義務だけ持っていただく」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、今度の提案はどう思う?』


 俺は考えた。


 施設ではなく協定。対等な立場。収益への干渉なし。通知義務だけ。


 これは前の提案とは違う。対等性が保たれている。ギルドとの関係と同じ構造だ。


『受け入れられる。ただし協定の内容はエリナを通じてギルドにも共有してほしい。三者が同じ認識を持つ形にしたい』


 シアがベルマンに伝えた。


「受け入れられる、とのことです。ただしギルドにも内容を共有していただきたいと」


「それは当然です」ベルマンが頷いた。「ギルドの連絡役もここに来ています。三者で共有します」


────────────────────────────────────


 話し合いはさらに一時間続いた。


 協定の骨子が決まった。


 王国はこのダンジョンへの違法な干渉を禁じ、第三者からの違法行為があった場合に王国として対応する。ダンジョン側は重大な事態の発生時に王国へ通知する。それだけだ。


 マリナが文書を作成した。フォルクが内容を確認した。シアが俺に最終確認をとった。


『問題ない』


「コアも問題ないと言っています」


「では、締結とします」ベルマンが立ち上がった。「シアさん、最後に一つ言わせてください」


「はい」


「今日、コアを通じて会話しながら、一つ確信しました」


「何をですか」


「このダンジョンは生きている。ただの魔物の巣でも、権能の集積体でもない。意志があって、判断がある。そういうものが世界にあるということを、王国として正式に認識した、ということです」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた』


『何か言う?』


『「ありがとう」と伝えてくれ』


「コアがありがとう、と言っています」とシアが伝えた。


 ベルマンが少し表情を緩めた。


「こちらこそ、来て良かったです」


────────────────────────────────────


 三人が帰った後、シアが洞穴に戻ってきた。


 奥の空間まで来て、岩壁の前に座った。いつもの位置だ。


「終わった」


『終わった。よくやった』


「緊張した。でも、終わってみると——思ったよりうまくいった」


『最初の施設登録の提案を断ったとき、声が震えなかった』


「震えそうだったけど」シアが少し笑った。「ケンジが念話で判断してくれたから、言うことだけに集中できた」


『シアが言葉を選んでくれた。俺の判断をそのまま伝えるのではなく、ベルマンに伝わる言い方に変えていた』


「そうかな。なんとなくで言ってたけど」


『なんとなくで正しい言い方ができるようになった、ということだ』


 シアがしばらく黙った。


「ケンジ、ここまで来たね」


『そうだな』


「Eランクのときは、来た人を追い返すのに必死だった。今日は王国と協定を結んだ」


『そうだ』


「なんか、信じられない」シアが静かに言った。「でも、本当のことだ」


────────────────────────────────────


 夜になって、エリナとゴルムが来た。


 今日の報告を受けに来たらしい。


「協定が締結されたと聞きました」とエリナが言った。


「はい」


「内容はマリナさんから連絡が入っていました。干渉禁止と重大事態の通知義務だけ。これは良い条件です」


「ケンジが判断してくれました」


「シアさんが伝えてくれたんですよ」エリナが言った。「コアの判断を、相手に届く言葉で」


 ゴルムが腕を組んだ。


「王国と協定を結んだということは、今後の違法な動きへの抑止力が増す。ラングフォルト家の件のような動きは、王国として対処しなければならない立場になる」


「そうです」とエリナが頷いた。「実質的な保護が生まれた」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた。うまくいった』


『うん。うまくいった』


────────────────────────────────────


 エリナとゴルムが帰った後、洞穴が静かになった。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日一番嬉しかったのは、ベルマンさんが「このダンジョンは生きている」って言ってくれたこと」


『そうだな』


「ケンジが生きてる、って言われた気がして」


『正確には、俺のことだけではない。ここ全体のことだ。お前も含めて』


「うん。でも、ケンジが生きてる、って改めて思えた」


 俺は少しの間、その言葉を受け取った。


 生きている、という言葉。


 体はない。声はない。外には出られない。だが、意志がある。判断がある。シアがいる。守りたいものがある。


 それが「生きている」ということかどうか、俺には正確にはわからない。


 ただ今夜、ベルマンがそう言った。


 それで十分だった。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:1,395,600P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×44体

落とし穴×29か所 毒ガストラップ×4 火炎トラップ×5 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+83,200P

現在のダンジョン規模:15層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:王国外交省ベルマン卿との交渉完了。「王国施設」への登録を断り、「対等な協定」として締結。違法干渉への王国の保護と、重大事態の通知義務のみ。エリナ・ゴルムへの共有完了。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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