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第65話_鍛錬の迷宮現在

 15層が定着するまで、今回は三日しかかからなかった。


 14層の「総合層」が定着するのに二週間かかったのと比べると、格段に速い。


 理由はシンプルだった。


「謎解きがある」という話が広まるのが速かったからだ。


 シアが外で来訪者の会話を聞いて報告してくれた。


「「扉が開いた瞬間が気持ちよかった」って話が、もう広まってる。あと「光の仕掛けに気づいたときの快感」って言い方してる人もいた」


『感情的な反応が口コミになりやすい』


「そうだね。困るだけじゃなくて、解けた瞬間があるから話したくなる」


 15層を目指して来る者が、開設三日目で全来訪者の三割を超えた。


────────────────────────────────────


 エリナが今月の記録をまとめながら言った。


「来訪者の目的別比率が変わってきました」


 エリナが数字を読み上げた。修行目的が五割。攻略目的が三割。観察・研究目的が一割。その他が一割。


「攻略目的が増えていますね。これは15層の謎解き要素が引き寄せているかもしれません。謎解きがある層は、「攻略する」という目的意識が明確になりやすい」


「そうですね」とシアが頷いた。「ここって最初は「死なないから修行できる」場所だったけど、今は「謎を解きたい」「層を突破したい」って気持ちで来る人も増えてる」


「来訪の動機が多様化している、ということですね」


 エリナが書き留めた。それからシアに向いた。


「シアさん、最近どうですか。個人的に、という意味で」


────────────────────────────────────


 シアが少し考えた。


「最近、忙しい。でも、嫌な忙しさじゃない」


「どんな忙しさですか」


「来訪者の対応、フォルクさんの対応、ゴルムさんとの情報共有、エリナさんの記録への協力、ケンジとの設計議論。全部同時進行で」


「それは確かに多い」エリナが少し申し訳なさそうに言った。「私たちが増やしている部分もありますね」


「いいんです」シアが言った。「最初は何もなかったから。追われるのが嫌なんじゃなくて、追われるほどのことが生まれたのが嬉しい」


 エリナが少し表情を変えた。


「……マスターらしい言い方ですね」


「マスターらしい?」


「ここを管理する者として、という意味です。状況を主体的に捉えている」


────────────────────────────────────


 ゴルムがその日の夕方に来た。


「王国使節について、続報がある」


 シアが俺に念話を入れた。


『聞く』


「正式な使節団の派遣が決まったらしい。来月の初旬に来る予定だ。三人組で、外交担当の官僚が一人、ギルドの連絡役が一人、フォルクの研究院からの同行者が一人」


「来月の初旬か」とシアが言った。


「準備する時間はある」ゴルムが続けた。「俺とエリナが間に立てる。ただし——シア、お前が最終的に話す立場になる。コアの言葉を伝えるのはお前だ」


「わかっています」


「緊張するか?」


「します」シアが正直に言った。「でも、ヴァルトさんとの交渉もできたし、フォルクさんともうまく話せた。慣れてきたと思う」


「それでいい」ゴルムが頷いた。「俺が外交担当の官僚の情報を事前に集めておく。どんな人間かわかれば、対応しやすくなる」


────────────────────────────────────


 その夜、俺とシアは久しぶりに「振り返り」の話をした。


「ケンジ、ここまで来たね」とシアが言った。


『15層まで来た』


「15層、って数字だけじゃなくて。最初と比べて、何もかも変わった」


『最初は1層だった。落とし穴が三か所。ゴブリンが五体』


「わたしが逃げ込んできた夜だ。あの夜のこと、覚えてる?」


『覚えている。追手が外から声を上げた。コア解体師を連れてくると言った』


「あのとき怖かった」シアが言った。「でもケンジがいたから、どうにかなると思えた」


『それはこちらの台詞だ。お前が来なければ、今のここはなかった』


「どういう意味?」


『一人だったら、守る理由が違った。コアを守ることが目的だった。お前が来てから、守る対象が増えた。守りたいものが増えると、強くなれる』


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 シアが少し間を置いた。


「ケンジが強くなりたかったのは、わたしのため?」


『一つの理由ではない。来訪者が来るようになって、ここを続ける理由が増えた。エリナが来て、ゴルムが来て、フォルクが来て。それぞれに理由が増えた』


「でも最初の理由はわたし?」


 俺は少し考えた。


『最初に動いた理由は——お前が「壊させない」と言ったときだ。あの夜、俺の中で何かが決まった』


「そうなんだ」シアが静かに言った。「そのことは知らなかった」


『今まで言わなかったからな』


「なんで今言ったの?」


『振り返っていたから』


 シアがしばらく黙った。


「……ありがとう、ケンジ。今言ってくれて」


『こちらこそ、あの夜来てくれて』


────────────────────────────────────


 翌日、フォルクが月次観察に来た。


 今月は15層完成後の初めての観察だった。


「15層の仕掛けについて、詳しく教えてもらえますか」とフォルクが言った。「観察できる範囲で」


「第一区間、第二区間、第三区間の三構成です」とシアが説明した。「鍵石を探して扉を開けて、光の仕掛けを解く。全部頭を使う仕掛けです」


「頭を使う層を作ったのですね」フォルクが書き留めた。「これまでは体を試す層が多かったが、今回は思考を試す層か。設計の思想が変わっている」


「わたしが「困らせるだけじゃなくて喜ばせたい」と言い出したんです」


「マスターが言い出した?」


「はい。来た人が「解けた」って感じる瞬間が欲しかった」


 フォルクが書くのを止めた。


「それは——ダンジョン設計の思想として非常に高度な発想です。来訪者の「内的体験」を設計する、という考え方は、学術的にも最近議論されていることです」


「学術的に?」


「はい。単に「強い敵を配置する」「罠を置く」という発想を超えて、「来訪者がどう感じるか」を設計することを「体験設計」と呼ぶ研究があります。マスターは独自にそこに至ったわけですね」


────────────────────────────────────


 フォルクが帰り際に言った。


「王国使節の件、私も同行します。同行者として研究院から私が選ばれました」


「フォルクさんが来てくれるんですか」とシアが少し安堵した顔をした。


「はい。知らない顔ばかりより、一人でも知っている顔がいた方がいいかと思い、志願しました」


「ありがとうございます」


「外交担当の官僚はベルマン卿という方です。年配で堅物だと評判ですが、誠実な人物だとも聞きます。私がフォローできる部分はします」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた。フォルクが来るなら心強い』


『うん。少し安心した』


────────────────────────────────────


 16層以降の構想を、少しずつ考え始めていた。


 16層のコストは8,192,000P。今の収入ペースで二ヶ月ほどかかる。それだけ時間がある。


 シアに聞いた。


『16層、何か思いついたか』


「少し。まだぼんやりだけど」


『聞かせてくれ』


「15層が「気づきの層」だったから、16層は「記憶の層」にしたい」


『記憶の層』


「来るたびに配置が変わる、じゃなくて——配置は変わらないけど、前に来たときに覚えていないと意味がない仕掛け。「前回ここで何が起きたか」を覚えていると有利になる」


 俺はその発想を展開した。


『前回の来訪の記憶を使う設計か。面白い。ただし初めて来た者は不利になるが』


「一回目は探索。二回目からが本番。そういう層」


『繰り返し来ることで深まる層、ということか。死なないダンジョンならではの設計だ。一回来て終わりではない』


「うん。何度も来てくれるから、何度来ても価値がある場所にしたい」


────────────────────────────────────


 俺はその発想を受け取りながら、少し先のことを考えた。


 16層、17層、18層、19層、20層。Bランク達成には20層が必要だ。各層のコストがどんどん上がる。来訪者収入が増えているとはいえ、時間はかかる。


 一方で、来訪者は増え続けている。フォルクとの関係が深まっている。王国使節が来月来る。


 外との関係が広がっている。


 転生した最初の夜、半径二十メートルの洞穴しか感知できなかった。今は15層。外には宿屋と食堂がある。ギルドが来る。王国が来る。


 変わった。


 確かに変わった。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、来月、王国使節が来る」


『そうだ』


「緊張する」


『する。でも準備できる時間がある』


「エリナさんもいる。ゴルムさんもいる。フォルクさんも来る」


『そうだ』


「ケンジもいる」


『いる。常にいる』


「それが一番安心する」シアが静かに言った。「それが一番わかってる言葉なのに、毎回なんか嬉しくなる」


『毎回言っていいぞ』


「じゃあ言う。ケンジがいると安心する」


『聞いた』


 シアが笑った。それから静かになった。


 洞穴の外では今夜も灯りがある。来月、王国使節が来る。その先に、さらに多くのことが積み重なっていく。


 15層まで来た。


 その先は、またシアと一緒に考える。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:1,058,200P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×44体

落とし穴×29か所 毒ガストラップ×4 火炎トラップ×5 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+343,800P(15層定着・安定収入)

現在のダンジョン規模:15層 ランク:C(正式認定済み)

今週の変化:15層が三日で定着。攻略目的の来訪者が全体の三割超。フォルクが月次観察で「体験設計」という学術的概念との一致を指摘。王国使節団(ベルマン卿・ギルド連絡役・フォルク)が来月初旬に来訪予定確定。

課題:16層拡張まであと約7,133,800P(二ヶ月弱で到達見込み)。16層「記憶の層」の設計(シアが構想中)。王国使節来訪への準備(エリナ・ゴルム・フォルクと連携)。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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