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第62話_積み重なる日々

 14層が定着するまで、二週間かかった。


 最初の一週間は、来訪者が14層の前で引き返すことが多かった。13層まで来て疲弊した状態で14層の水を見て、「今日はここまで」と判断する者が多かったからだ。


 それは予想の範囲内だった。


 二週目から変わり始めた。


 「14層を攻略したい」という目的で来る者が現れた。1層から順番に進むのではなく、14層を最終目標として来る。消耗品を13層まで温存して、14層に全力を出す。そういう来訪スタイルが生まれた。


 シアがその変化を外で観察して報告してくれた。


「最近、入口で準備を確認してから入る人が増えた。消耗品の数を数えてる。14層のために取っておく用と、それまでの層用に分けてるみたい」


『来る前から戦略を立てている』


「みんな本気で攻略しようとしてる。嬉しいね」


────────────────────────────────────


 エリナが新しい記録帳を持ってきた。


「来訪者の目的別の記録を始めました」エリナがノートを開いた。「修行目的、攻略目的、観察目的、研究目的。最近は目的が分かれてきたので」


「研究目的もいるんですか」とシアが聞いた。


「フォルクさんの来訪が知れ渡って、王国の学者や研究者が観察目的で来るようになっています。戦いに来るのではなく、ダンジョンの仕組みを見に来る」


「それは歓迎していいんですよね、ケンジ?」


 シアが念話で確認した。


『観察は歓迎する。コアへの干渉がなければ問題ない』


「コアが歓迎していると言っています」とシアがエリナに伝えた。


「ありがとうございます」エリナが書き留めた。「それと——一つ相談があります。来訪者数がさらに増えていて、入口付近の広場が手狭になってきました。広場を少し拡張するか、あるいは案内所のような建物を建てるか、検討しています」


────────────────────────────────────


 シアが俺に確認した。


『どう思う?』


 俺は少し考えた。


 入口付近は洞穴の外だ。俺の感知範囲内だが、地形改造の権能の対象は洞穴の内部が主だ。外の土地を整備するには来訪者や商人が動く必要がある。


『エリナとゴルムに任せる。外の整備は俺にはできないが、方針として歓迎する。必要なら洞穴の入口付近の壁面を削って、もう少し広げることはできる』


「コアが外の整備は歓迎するそうです。入口付近の壁面を削って広げることもできるとのことで」


「それは助かります」エリナが頷いた。「ゴルムさんと相談して、来週中に案を出します」


 エリナが帰った後、シアが言った。


「なんか、ここって最初の頃と全然違う場所になってきた」


『そうだな』


「最初は洞穴だったのに。今は入口に案内所ができそうで、宿屋もあって、食堂もあって」


『人が来る場所になった』


「ケンジのおかげだよ」


『俺たちのおかげだ』


────────────────────────────────────


 ゴルムがある日の昼に来た。


 いつもの水筒を持って、岩場に座った。


「シア、一つ情報がある」


「何ですか」


「王国から使節が来るかもしれない、という話を聞いた。ここのダンジョンについて、王国として正式に把握したいという動きがあるらしい」


「使節、ですか」シアが少し緊張した様子で言った。


「まだ確定ではない。ただ、フォルクの研究院からの報告が王国上層部に届いていることは確かだ。CランクのダンジョンがあってDPが増加している、コアに意志がある、死なないという特殊な権能がある——そういう情報が積み重なれば、王国が公式に関わろうとするのは自然な流れだ」


『シア、ゴルムに伝えてくれ。来るなら受け入れる。ただしギルドとゴルムを通じた形式でお願いしたい、と』


 シアがゴルムに伝えた。


「コアが受け入れる、と言ったか」ゴルムが少し笑った。「落ち着いているな」


「ケンジはいつも落ち着いてる」とシアが言った。


────────────────────────────────────


 その夜、俺とシアは15層以降の展望を話した。


「15層って、コスト4,096,000Pだよね。それに届くのどのくらいかかる?」


 俺は計算した。


 今の収入ペースで日次収入が約150,000P前後。4,096,000Pに届くには、単純計算で二十七日ほどかかる。ただしライオスが来たり、特別な来訪者があれば収入が増える。


『一ヶ月弱だ。ただし早まる可能性もある』


「一ヶ月か。長いね」


『14層のときも一ヶ月かかった。その間に設計を練った。15層も同じだ』


「じゃあ一ヶ月で設計を考える。でも正直まだ何も思いついてない」


『今すぐ思いつかなくていい。今日思いついたことを言ってくれ』


「今日思いついたこと」シアが少し考えた。「14層を作ったとき、各層の要素を組み合わせた。じゃあ15層は——組み合わせじゃなくて、全く新しい何かがいい気がする。今まで使ってない要素」


『今まで使っていない要素』


「重力、とか。床と天井が入れ替わる感じの仕掛けとか」


 俺はその発想を頭の中で転がした。


『重力の操作。面白いが、実現するにはDP消費が大きくなる可能性がある』


「現実的じゃないかな」


『方向性は面白い。完全な重力操作でなくても、傾斜を急にするとか、段差を使って移動を制限するとか、似た効果は出せる』


「そっちの方が現実的だね」シアが頷いた。「もう少し考える。一ヶ月あるから」


────────────────────────────────────


 フォルクが月一回の観察に来た日のことも書いておく。


 今月は14層の完成後、初めての観察だった。


 フォルクは14層に入ることはしなかった。入口から少し覗いて、水の音と気流の変化を確認して、記録した。


「今月の変化は大きいですね」フォルクが言った。「14層まで拡張した。しかも水、炎、暗闇、風、鏡の全要素を一層に組み込んだ。この設計はどちらが?」


「わたしが考えて、コアが作りました」とシアが答えた。


「マスターが主導の設計ですか」フォルクが書いた。「興味深い。コアが一方的に設計するダンジョンは多いですが、マスターが設計を主導するのは非常に珍しい」


「わたしのアイデアをケンジが形にしてくれる感じです。どちらが主導というより、一緒に作る感じ」


「共同設計、ということですね」フォルクが以前と同じ言葉を使った。「今月の報告書にも書かせてもらいます。マスターの設計貢献度が増している、と」


────────────────────────────────────


 フォルクが帰り際に一つ付け加えた。


「一つお伝えしておきたいことがあります。王国の研究院として、このダンジョンへの正式な調査チームの派遣を検討しています。私一人ではなく、複数の研究者が来る可能性があります」


「複数人でも問題ありません」とシアが言った。それからすぐに俺に確認した。


『ケンジ、本当に問題ない?』


『問題ない。ただしコアへの干渉を試みる者がいれば即退場を求める、という条件を明記してほしい』


「コアが言っています。コアへの干渉を試みる者は退場を求める、という条件を明記していただきたいと」


「わかりました。研究院の内規に盛り込みます」フォルクが頷いた。「それは当然の条件です」


 フォルクが去った後、シアが言った。


「フォルクさん、毎回礼儀正しいよね。他の人と違う。なんか、こっちを対等に扱ってくれてる感じがする」


『そうだな。研究者として「知りたい」という純粋な動機で来ている人間はそういう接し方になる』


「ケンジと話すときみたいな感じ、かな」


『俺とは違う』


「どこが?」


『フォルクは知りたいから来る。俺はここにいるから話す。来る動機が違う』


「なんか、哲学みたいだ」シアが笑った。


────────────────────────────────────


 ある夜、俺は久しぶりに全層の感知を丁寧にやり直した。


 1層から14層まで。


 1層。最初にシアが逃げ込んできた夜に作った落とし穴がある。当時は三か所だった。今は17か所ある。ゴブリンが5体だった。今は12体いる。


 3層。シアが植物を育てている層だ。今では壁一面に緑が広がっている。水場があって、棚があって、シアの日常の痕跡がある。


 6層。シアが設計した水の層。「水中に潜んでいるゴブリン」という発想から始まった。


 8層。シアが設計に関わった迷路。「ループ構造」というアイデアがシアから出た。


 12層。風の層。「正面から来る区間と横から来る区間を混ぜる」がシアのアイデアだった。


 13層。鏡の層。「鏡の角度をずらして映る位置を変える」というシアの発想から生まれた。


 14層。総合層。全部シアのアイデアが骨格になっている。


────────────────────────────────────


 俺は感知しながら、少し考えた。


 転生してここに来たとき、俺には体がなかった。声もなかった。感知と権能だけがあった。


 今も体はない。声もない。


 だが今は、シアがいる。シアが目になって、耳になって、外の世界を教えてくれる。フォルクが来て、俺の仕組みを記録してくれる。エリナが外を整備してくれる。ゴルムが守ってくれる。


 一人でここにいたときと、今では違う。


 一人ではない、という感覚が、今夜はいつもより強くあった。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日何を考えてた?」


『全層を感知していた。ここまで来たな、と思っていた』


「来たね。本当に」


『14層まで来た。DP残高も積み上がっている。来訪者が毎日来る。エリナとゴルムとフォルクがいる』


「そして、ライオスさんがまた来る」とシアが言った。


『そうだ』


「来週か再来週、って言ってたよね、ゴルムさんが」


『聞いていた。14層が完成したら来ると言っていたらしい』


「楽しみだね」


『今度は13層と14層が新しい戦場になる。前回より深く来るかもしれない』


「負けないでよ、ケンジ」


『負けるつもりはない』


「じゃあ大丈夫だ」


 シアが静かになった。


 来週か再来週、ライオスが来る。


 14層が待っている。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:621,800P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×36体

落とし穴×26か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×5 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+232,400P(14層定着・安定収入)

現在のダンジョン規模:14層 ランク:C(正式認定済み)

今週の変化:入口付近の広場拡張・案内所建設の計画が動き出した。王国使節来訪の可能性をゴルムが情報収集中。フォルクが月次観察を継続・王国研究院からの調査チーム派遣を検討中。

課題:15層拡張まであと約3,474,200P(約三週間で到達見込み)。ライオスの再来訪への備え(14層が新たな戦場になる)。王国使節への対応準備。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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