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第61話_総合層

 14層の拡張コストは2,048,000Pだった。


 これまでの拡張コストとは桁が違う。


 13層が1,024,000P。12層が512,000P。11層が256,000P。各層で倍になっていく。


 今の収入ペースで2,048,000Pに届くには、約一ヶ月かかる計算だった。


 シアはその一ヶ月を、設計の準備に使った。


────────────────────────────────────


 設計の話し合いは何度も繰り返された。


 最初の週、シアが言った。


「各層の要素を全部入れる、って言ったけど、実際にどうすれば「全部入れた」になるか難しくて」


『どこが難しい』


「水と炎を同時に入れると、どっちかが弱くなる。迷路と暗闇を組み合わせると、そもそも迷路が見えないから意味がなくなる。全部を活かすのが難しい」


『それは正しい観察だ。同時に入れると干渉する要素がある』


「じゃあどうする?」


『「全部を同時に」ではなく「全部を順番に」という発想はどうか。14層の中に複数のゾーンを作る。最初のゾーンは水、次は炎、次は迷路……というように、一つの層の中でゾーンが変わっていく』


「一つの層の中で複数の顔がある、ってこと?」


『そうだ。ただし、ゾーンとゾーンの境界に仕掛けを作る。次のゾーンに入る前に、消耗品を使わせる状況を作る』


────────────────────────────────────


 二週目、シアがさらにアイデアを出してきた。


「ゾーンの順番って、固定にする? それとも変えられる?」


『変えることはできる。ただし来訪者には順番がわからない形にしたい。次に何が来るか予測できないようにする』


「ランダムにする?」


『ランダムではなく、俺が意図的に変える。同じパーティが二回来たとき、二回目は一回目と順番が違う。だから「前回はこの順番だった」という情報が使えない』


「それ、すごく嫌だと思う」シアが笑った。「来た人が怒らない?」


『怒る人もいる。ただし「変わるから攻略し甲斐がある」という層にしたい。ライオスが言っていた。変わるから面白い、と』


「ライオスさんが来たとき、一番試したい層だね、14層は」


────────────────────────────────────


 三週目、細部の設計が固まってきた。


 14層のゾーン構成が決まった。


 第一ゾーン:水の区間。6層と同じ原理だが、水深が深い。膝ではなく腰まで浸かる深さだ。移動が大幅に制限される。


 第二ゾーン:炎の区間。7層と同じトラップ床だが、今回は天井のトラップ密度を上げた。炎の網の中を通り抜ける感覚になる。


 第三ゾーン:暗闇の区間。9層と同じ原理。ただし今回は光を完全に消すだけでなく、壁面に鏡を一部配置している。暗闇の中で鏡があっても映らない。だがコボルトの動きが微かに光を反射する素材を纏っている——という仕掛けを入れた。


 第四ゾーン:風の区間。12層と同じ原理だが、今回は下降気流と横風が交互に変わる。どちらが来るかわからない。


 そして第五ゾーン:最終区間。ここだけは鏡が多く配置されている。13層の技術を応用した。


────────────────────────────────────


 シアが第三ゾーンについて質問した。


「暗闇の中でコボルトが光を反射する素材を纏う、って言ったけど、それってコボルトが見えやすくなるってこと?」


『一見そう思える。でも光が微かすぎて、どこにいるかわかりにくい。点滅するような感じで、方向がわかりにくい』


「つまり、見えてるのに見えにくい?」


『そうだ。完全に見えないより、かすかに見えている方が混乱する。どこに注意を向けていいかわからなくなる』


「怖い」シアが言った。「でも面白い。コボルトに光を反射させる素材って、どうやってつける?」


『微光石という鉱物が洞穴の深部にある。それをコボルトの体に擦り込むことで付着させる』


「コボルト、嫌がらないかな」


『嫌がらない。本能的な部分はDPで制御している』


「そっか。ちょっとかわいそうだけど」シアが少し笑った。「でも仕事だから」


────────────────────────────────────


 一ヶ月が経って、DP残高が2,048,000Pを超えた。


 その日の朝、シアが言った。


「今日、開く?」


『今日だ』


「やった」


 2,048,000P消費。


 DP残高:残高確認——240,600P。


 今回は前ほど残高が激減しなかった。一ヶ月で蓄積したDP残高が2,048,000Pを大きく上回っていたからだ。


 14層が開いた。


 これまでの層と規模が違った。一層分の空間として、これまで最大の広さだ。ゾーンごとに性質の異なる区間を持つ設計のため、横幅が広い。


 シアが感知で確認した。


「……広い。すごく広い。前の層より全然広い感じ」


『ゾーンが五つある分、縦に長い構造になっている』


「全部のゾーン、感知できる?」


『できる。ただし今は骨格だけだ。各ゾーンの設備を整えるのはこれからだ』


────────────────────────────────────


 作業は三日間続いた。


 第一ゾーンに水を張った。腰まで届く深さだ。6層より深い。


 第二ゾーンにトラップ床を配置した。天井にも炎のトラップを増やした。


 第三ゾーンにコボルト八体を配置した。微光石を体に付着させた。シアが「ごめんね」と言いながら一体一体に微光石を擦り込んだ。


「本当にかわいそう」


『仕事だ』


「わかってるけど。でも、苦手なことを言い訳にしないようにする。ごめんね、頑張ってくれてありがとう、って両方言う」


 コボルトが唸った。


「……なんか返事した?」


『気のせいだと思う』


「そうだよね。でもなんか、伝わった気がした」


────────────────────────────────────


 第四ゾーンに気流を設定した。今回は下降気流と横風が交互に切り替わる。切り替えタイミングは俺が制御する。一定のリズムではなく、ランダムに近い間隔で変える。


 第五ゾーンは鏡の配置だ。13層で使った技術を応用した。今回は鏡の数を十二か所に増やした。角度も複雑にした。右を向くと左の鏡に映る。前を向くと後ろの鏡に映る。鏡の連鎖で自分が複数いるように見える空間を作った。


 シアが感知で確認した。


「……第五ゾーン、感知でも少し変な感じがする。鏡の層と似てるけど、もっと密だ」


『鏡の数が13層の二倍近い。反射の連鎖が複雑になっている』


「感知でこれだと、目で見たら相当混乱する」


『そうなる。最後のゾーンで来訪者の判断力を最大限に乱したい。ここまで来た者が最後で崩れる設計だ』


────────────────────────────────────


 三日目の夕方、14層が完成した。


 シアが全体を感知で最終確認した。


「完成した感じがする。ケンジ、これ、本当に全部入ってるね」


『水、炎、暗闇、風、鏡。五つのゾーン全部だ』


「わたしが最初に言った「全部組み合わせる」が形になった」


『お前のアイデアが実現した』


「ケンジが形にしてくれたんだよ。わたしは言うだけで」


『言うだけでいい。言葉がなければ形にできない』


 シアが少し間を置いた。


「……ありがとう。そういうふうに言ってくれると、また言いたくなる」


『またアイデアを出してくれ。15層以降も一緒に作る』


「うん。でも15層のアイデアはまだない。しばらく14層を見ながら考える」


────────────────────────────────────


 翌日、14層に最初の来訪者が入った。


 Cランクの五人組だった。13層まで突破してきた経験豊富なパーティだ。


 14層に入った瞬間、先頭の一人が「水か」と言った。


「また水の層か」と別の一人が言った。


「でも前回の6層より深い」と三人目が言った。


 腰まで水に浸かりながら進んだ。第二ゾーンに入った瞬間、炎が上がった。


「炎に変わった?」と誰かが言った。


「合わせてきた。水の後に炎」


「消耗品を使いながら進んだ。水の抵抗と炎の熱で、第二ゾーンまでで消耗品が四つ使われた。


 第三ゾーンに入って暗闇になった。


「暗い」


「光を出す」


 炎の魔法を灯した瞬間、コボルトの微光が見えた。


「……あれ、何?」


「光ってる何かがいる」


「コボルト? でも変な光り方だ」


 混乱が始まった。


 五分後、一人がリスポーンした。


────────────────────────────────────


 四人が第四ゾーンに入った。


 気流が来た。下降気流だ。重くなった。


「また風か」


「前回は一方向だったが、今回は?」


 今度は横風に切り替わった。体が流された。


「変わった。方向が変わった」


「いつ変わるかわからない」


 一人が体のバランスを崩した。リスポーンした。


 残り三人で第五ゾーンに入った。


 鏡だった。


「……自分が何人もいる」


「どっちが本物の通路だ」


「方向感覚がわからなくなる」


 三人がしばらく止まった。


 それから一人がリスポーンした。


 二人が残った。


 二人は最後の出口まで辿り着いた。14層を突破した。


────────────────────────────────────


 外でシアが二人と話していた。念話で後から教えてくれた。


『ケンジ、二人が言ってた。今まで来た中で一番難しかったって』


『そうか』


『一番難しかったけど、一番やり甲斐があったって』


 俺はその言葉を聞いて、少し間を置いた。


 一番難しくて、一番やり甲斐があった。


 それがシアの「総合層」の設計意図だった。シアは「全部の層で苦手なものが来る」と言った。全員がどこかで苦労する。その苦労が「やり甲斐」として機能した。


『お前の設計通りの反応だ』


「本当に?」とシアが嬉しそうに念話を入れてきた。


『本当だ』


「やった。また来るって言ってた。今度は準備してきて全部突破してみたいって」


『来てもらえばいい。次はゾーンの順番を変える』


「それを聞いたら怒るかな」


『怒るかもしれない。でもライオスのように「変わるから面白い」と思う者もいる』


「そうだね」シアが笑った。「怒った人も、また来てくれるといいな」


────────────────────────────────────


 その夜、DP収支を確認した。


 14層開設から初日の収入は過去最高水準だった。複数のパーティが挑んで、多くがリスポーンした。リスポーン一件ごとにDP収入がある。14層の難易度が高いほど、収入が増える。


 DP残高:389,400P。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日の14層、わたしが設計した部分が機能した」


『機能した。三つのゾーンで来訪者が混乱した』


「嬉しい。でも、一番嬉しかったのは——ケンジが「お前の設計通り」って言ってくれたことだ」


『事実だ』


「でも、ケンジが言ってくれるのが嬉しいんだよ。事実かどうかじゃなくて」


 俺は返事をしなかった。


 シアの言いたいことは理解できた。事実であることと、言葉にしてもらうことは、別の意味を持つ。


 その区別が俺にはまだうまくできていないが、シアが教えてくれているうちに少しずつわかってきている気がした。


『また言う機会があれば言う』


「うん。それでいい」


 シアが静かになった。


 14層が今日完成した。シアが一ヶ月かけて構想した層だ。次は15層だ。15層以降のアイデアはまだない。


 だがまた一緒に考えるだろう。


 それが今のここのやり方だ。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:389,400P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×36体(14層専属8体・微光石付加)

落とし穴×26か所(14層に3追加) 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×5(14層に2追加) 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+149,000P(14層開設日・過去最高) 14層拡張:-2,048,000P

現在のダンジョン規模:14層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:14層「総合層」完成(水・炎・暗闇・風・鏡の五ゾーン構成)。初日に五人組が挑戦、二人突破・三人リスポーン。「一番難しくて一番やり甲斐があった」という反応を確認。

課題:15層以降の拡張計画(コスト4,096,000P・大幅増)。ライオスの再来訪への備え継続。14層のゾーン順を定期的に変える運用開始。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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