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第60話_鏡の層

 13層の拡張コストに届いたのは、三週間後のことだった。


 その間に起きたことをまとめる。


 来訪者が安定して増え続けた。12層「風の層」の評判が口コミで広がり、遠方から来る者が増えた。一日最高で六十一組という記録も出た。


 ゴルムが入口の整理役として定着した。週に五日は顔を出す。エリナは毎日来ている。フォルクが月一回の観察で来訪し、フォルクの来訪日前後は研究院の関係者らしき人間が周囲をうろつくことが増えた。


 ライオスはまだ来ていない。「準備が整ったら来る」という言葉を信じて待っている。


 そしてDP残高が1,024,000Pを超えた朝、俺は13層を開いた。


────────────────────────────────────


 1,024,000P消費した。


 DP残高:残高確認——34,600P。


 また三桁台になった。


 シアが感知で13層の空洞を確認した。


「開いた」


『そうだ』


「13層、前から楽しみにしてた。鏡の層だよね。鏡って作れた?」


 俺は事前に調べておいたことを伝えた。


『12層を掘り進めた際に、深部の岩盤に珍しい鉱物の層が見つかった。成分が水晶に近く、研磨すれば反射率が高くなる素材だ。13層の拡張でその層に届いた』


「本当に? じゃあ本物の鏡が作れる?」


『試してみないとわからない。ただし可能性はある。地形改造で鉱物を削り出して、表面を均すことはできる。それが鏡になるかどうかは今日試す』


「今日試すの楽しみ」シアが少し嬉しそうな声になった。「わたしも手伝う?」


『手伝ってくれ。感知で鉱物の質を確認しながら進めてほしい。土の魔法の感覚で鉱物の硬さや均質さを見てくれると助かる』


────────────────────────────────────


 作業は昼前から始まった。


 まず13層の鉱物層を確認した。俺が地形改造で少し削ってみると、内側が微かに光った。光を受けると反射する。反射率はそこそこあるが、表面が粗いと乱反射して「映る」鏡にはならない。


 シアが感知を使って確認した。


「この辺り、質が均質な部分と、少しムラがある部分がある」


『どの辺が均質だ』


「左側の壁が一番安定してる感じ。右側は少し密度が違う場所がある」


 左側の壁を選んだ。地形改造で表面を均していく。粗さを取り除いて、できるだけ平らにする。


 三十分かけて一面の壁を整えた。


 コアの光を向けた。


「……光ってる」とシアが言った。「映ってる。ぼんやりだけど、ちゃんと映ってる」


『反射している。もう少し均せば、もっとはっきり映るはずだ』


────────────────────────────────────


 さらに一時間の作業で、左壁の一部が本格的な鏡面になった。


 シアが前に立った。


「……自分が映ってる。ダンジョンの中で鏡に映るの、初めて」


『どう見える』


「当たり前のことを言うけど、ちゃんとわたしがいた」シアが少し笑った。「これで設計に使えそう?」


『使える。ただし一枚の鏡だけでは視覚的な錯覚には弱い。複数の角度に鏡面を配置することで、反射が連鎖して空間が歪んで見える効果を作りたい』


「複数の鏡が向き合うと、無限に映るやつ?」


『そうだ。来訪者が自分の姿が複数見えて、どれが本物の通路かわからなくなる』


「それ怖い」シアが少し考えた。「でも死なないから試せる」


『そうだ。12層と同じ発想だ。怖くても死なないから限界まで試せる。それがここの価値だ』


────────────────────────────────────


 設計の議論が本格的に始まった。


「鏡の配置って、どうすればいい? 全部の壁を鏡にする?」


『全部鏡にすると、来訪者が方向感覚を完全に失う。それは面白いが、出口が見つからなくて長時間滞在することになる。消耗品を使い果たしてリスポーンが続発する』


「それは困るの?」


『困らない。ただし、何が面白くて何がただ辛いか、の設計が大事だ。全部鏡は「ただ辛い」になりやすい』


「じゃあ、どうする?」


『通路の特定の場所だけ鏡にする。鏡の前を通るとき、自分の姿と重なるような幻惑効果がある。モンスターが鏡に映っているとき、どこから来るかわからない。だが出口は鏡ではない通路の先にある。頑張れば抜けられる設計にする』


「鏡がヒントにも罠にもなる感じ」


『そうだ。鏡に映る影がモンスターの予告になることもある。ただし鏡の角度によっては違う方向から見えるので、予告が逆に混乱を招くこともある』


────────────────────────────────────


 シアがしばらく考えた。


「ねえ、ケンジ。一個アイデアがある」


『言ってくれ』


「鏡の前に来ると、自分の姿が映るよね。でも、鏡の少し先にコボルトを配置しておくと、来た人が鏡を見たとき、自分とコボルトが一緒に映る。後ろにいると思って振り返ると、実は前にいる——みたいな錯覚は作れる?」


 俺はその発想を展開した。


 鏡面の角度を調整することで、特定の場所に立った人間が見る映像を制御できる。コボルトが鏡に映るとき、実際の位置より後方に見えるよう鏡の角度を調整する。来訪者が後ろを警戒している隙に、正面のコボルトが飛びかかる。


『それはできる。鏡の角度を計算して、映る位置をずらす』


「面白くなってきた」シアが声を上げた。「後ろだと思って振り返ったら正面から来る、っていうのは絶対驚く」


『ただし来訪者が慣れてきたとき、「この鏡は映る位置がずれている」と気づく可能性がある』


「それはどうする?」


『一部の鏡は正確に映す。一部はずれた位置に映す。どちらか区別できないようにする』


「難しいけど面白い。ケンジと一緒だとアイデアが広がる」


────────────────────────────────────


 作業は夕方まで続いた。


 13層の骨格が完成した。


 通路は二本に分かれている。左通路は鏡面が多く、視覚的な錯覚が強い。右通路は鏡面が少ないが、コボルトの密度が高い。来訪者はどちらに進むか選べる。どちらにも別の種類の困難がある。


 鏡面の配置は七か所。角度が全部異なる。正確に映すもの、ずれた位置に映すもの、部分的に映すものが混在している。


 コボルトは八体。鏡の近くに四体、通路の曲がり角に四体。


 シアが全体を感知で確認した。


「……なんか、入るのが怖い感じがする。感知してても」


『感知は物体の位置を把握する。ただし鏡に映った物体と実物の区別が、感知では難しい場合がある』


「え、そうなの?」


『鏡の素材が魔力を微弱に反射する性質があるため、感知上でも少し歪む。俺には洞穴全体の感知があるから大丈夫だが、シアが感知すると若干の誤差が出るかもしれない』


「つまりわたしも少し混乱する?」


『少し』


「それはずるい」シアが笑った。「でも面白い。来た人も感知を使う人がいると思うけど、感知でも混乱するなら余計にびっくりする」


────────────────────────────────────


 翌日、13層に最初の来訪者が入った。


 Cランクの三人組だった。12層の風の層を突破して、13層の入口に立った。


 入ってきた瞬間、三人が立ち止まった。


「……鏡?」と一人が言った。


「壁が光っている」と別の一人が言った。


「どっちに進む?」とリーダー格が言った。


 三人が左通路と右通路を見比べた。


「右の方が見通しがいい」


「でも左の方が短そう」


 左通路に入った。


 最初の鏡面の前で止まった。自分たちが映っている。


「後ろに何かいる」と一人が叫んだ。


 振り返った。何もいない。


「鏡の角度がずれている」ともう一人が言った。「映る位置が実際と違う」


「気をつけろ」


 その警戒の隙に、正面の曲がり角からコボルトが出た。


 一人がリスポーンした。


────────────────────────────────────


 残り二人が進んだ。


 今度は慎重に鏡を確認しながら進んだ。鏡に映る位置と実際の位置を確かめながら。


 次の鏡の前でまた立ち止まった。


「この鏡は正確に映している」


「さっきのは違った。鏡によって違う」


「全部確かめながら進まないといけない」


 時間がかかった。確認しながら進む作業が続いた。


 十分後、出口が見えた。


「あった」


「ここまで来たら出口だな」


 出口手前の落とし穴が開いた。


 一人が落ちた。リスポーンした。


 残り一人が出口を通った。13層を突破した。


────────────────────────────────────


 シアが外でリスポーンした二人と話していた。念話で後で教えてくれた。


『ケンジ、二人が言ってた。鏡の層、面白かったって。混乱したけど、慣れたら攻略できる感じがするって』


『慣れたら攻略できる、か』


『でも「鏡の角度を全部覚えたら来る」って言ってた』


『それは想定内だ。ただし次に来るまでに角度を少し変える』


「鏡の角度を変えられるの?」


『地形改造の範囲内だ。DP消費なしで少しずつ調整できる』


「毎回変えたら、角度を覚えても意味がなくなる」


『そういうことだ』


「それは来た人が怒らない?」


『怒る人もいるかもしれない。ただし、変わるから来る価値がある、という者もいる。ライオスがそうだ。変わるから面白いと言っていた』


「確かに」シアが笑った。「変わるダンジョン、って評判になればいいね」


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 13層開設の費用1,024,000Pを消費したが、今日の来訪者収入で少し回復していた。


 DP残高:118,400P。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、13層が完成した。今日一日で達成感があった」


『そうだな』


「次は14層だね。わたしが中心にアイデアを出す番だって言ってたから、考えてた」


『何か思いついたか』


「一個だけ。まだぼんやりしてるけど」


『聞かせてくれ』


「今まで作った層って、みんな「何か一つ」が特徴だよね。水、炎、迷路、暗闇、風、鏡。でも14層は、全部を少しずつ組み合わせた層にしたい」


 俺はその発想を頭の中で転がした。


『全部の要素を組み合わせる、か』


「各層の「難しさ」を薄く混ぜて、どの層で得意だった人も困る場所にする。どこかで必ず苦手なものに当たる」


『それは——面白い』


「本当に?」


『一つの特徴に特化した攻略が通じない層になる。全層を攻略してきた人間に対して、全部の経験を総合しないと通れない場所だ』


「総合問題みたいな感じ」シアが言った。「学校で習ってないけど、そういうのがあるってエリナさんから聞いた」


『なるほど。14層は「総合層」か。設計の詳細はまた一緒に考えよう』


「うん。楽しみにしてる」


 シアが静かになった。鼓動が落ち着いていく。


 13層が今日完成した。次は14層だ。


 シアが「全部を組み合わせた層」を考えてきた。それはこれまでの全ての積み重ねを前提にした発想だ。6層から13層まで作ってきたシアだからこそ出てくるアイデアだ。


 共同設計、とフォルクが言った言葉が今夜改めて意味を持った気がした。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:118,400P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×28体(13層専属8体追加)

落とし穴×23か所(13層に3追加) 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+83,800P(13層開設日・来訪者急増) 13層拡張:-1,024,000P

現在のダンジョン規模:13層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:13層「鏡の層」完成(鏡面7か所・コボルト8体・左右2ルート構成)。鏡の角度を定期的に変える「変化する層」として運用開始。初日に来訪者がリスポーンしながら「面白い・また来る」の反応。

課題:14層「総合層」の設計(シアが中心となってアイデアを出す予定)。14層拡張コスト2,048,000Pの積み立て開始。ライオスの再来訪への備え継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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