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第59話_研究者との対話

 12層が好評だった。


 開設から三日で、「12層が面白い」という話が広まった。風の層という通称がついた。「風の層に挑んだ」「重い装備で来たら後半が楽になった代わりに前半がきつかった」「横風の中でコボルトに囲まれた」。来訪者が外でそういう話をするようになった。


 その結果、12層を目当てに来る来訪者が増えた。


 一日の来訪者数が五十組を超えた日もあった。


 DP残高の回復が想定より速かった。12層開設から一週間で、残高が580,000Pまで回復した。


 そういう忙しい毎日の中で、フォルクが戻ってきた。


────────────────────────────────────


 フォルクというのは、56話で来た王国魔道具研究院の研究者の名前だ。


 今日は前回と違った。手帳だけでなく、大きな鞄を持っていた。書類が入っているらしく、重そうだった。


 シアが入口で迎えた。


「フォルクさん、また来てくれたんですね」


「はい。前回の観察結果を研究院に報告したところ、正式な調査申請を出すよう指示されました」フォルクが書類の束を取り出した。「このダンジョンのコアの特性について、もう少し詳しく調べさせていただきたいんですが」


「どんなことを調べたいですか」


「主に三点です」フォルクが紙を開いた。「一つ目、不死の権能の仕組み。来訪者がどのように入口に戻されるのか。二つ目、コアの意志の性質。どのように判断し、どのように権能を行使するのか。三つ目、マスターとコアの接続の仕組み」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた。少し待ってくれと伝えてくれ。考える時間が必要だ』


────────────────────────────────────


 俺は少し時間をかけて考えた。


 フォルクが求めている情報。不死の権能の仕組み。コアの意志の性質。マスターとコアの接続。


 これらのどこまでを開示するか。


 まず、不死の権能の仕組みについて。これはギルドにも報告されている事実だ。「来訪者が入口に戻される」という現象は公式に確認されている。ただし「どうやって戻るのか」という仕組みは、俺自身も完全にはわかっていない。権能として機能しているが、内部の動作原理は把握していない。


 次に、コアの意志の性質。これは開示の判断が難しい。「意志がある」という事実はすでに知られている。ただし「前の世界から転生した人間の意識が宿っている」という事実は、まだ誰にも伝えていない。フォルクに話すべきか。


 三つ目、マスターとの接続の仕組み。シアとの念話については、すでにギルドの記録に「念話で通信可能」とある。ただし、その具体的な仕組みは話していない。


『シア、少し話し合いたい。フォルクに少し待ってもらえるか』


『わかった。お茶でも出しながら待ってもらう』


────────────────────────────────────


 シアがフォルクに「少し確認があります。お待ちください」と伝えて、洞穴の入口に近い岩場に案内した。


『考えた。フォルクに話せることと話せないことを整理する』


「うん、聞く」


『不死の権能の仕組みについては、観察できる現象は話せる。来訪者の魔力を吸収して入口に転送するという現象だ。ただし内部の動作原理は「俺にもわからない」と正直に言う』


「それは本当のことだね」


『コアの意志については——「意志がある」「判断して動く」という事実は話せる。ただし「前の世界から来た人間の意識だ」という事実は今は話さない』


「どうして?」


『タイミングがある。今話すには、まだフォルクとの信頼関係が薄い。王国の研究院がその情報をどう扱うか、まだわからない』


「わかった。それは黙っておく」


『マスターとの接続については、「生命魔法と特殊な契約によるもの」という説明にする。技術的に正確ではないかもしれないが、嘘でもない』


「なるほど。それでいこう」


────────────────────────────────────


 シアがフォルクのところに戻った。


「コアと話し合いました。お答えできることと、まだお答えできないことがあります」


「それは構いません。開示できる範囲で結構です」フォルクが手帳を開いた。「では不死の権能から聞かせてください」


「来訪者が戦闘不能になると、コアがその方の魔力を吸収します。そして入口付近に転送します。転送の際に装備と残存魔力が消えます。これが観察できる現象です。内部でどんな仕組みが動いているかは、コア自身も詳しくはわからないと言っています」


「コア自身もわからない?」フォルクが少し驚いた顔をした。


「はい。権能として機能していることはわかります。でも仕組みの詳細は把握していない、と」


フォルクがそれを書き留めた。


「興味深いですね。権能を「使える」が「どうやって動いているかはわからない」。人間が魔法を使えるが、魔法の根本原理をわかっていないのと似た状況かもしれない」


────────────────────────────────────


「次にコアの意志について聞かせてください」フォルクが続けた。


「コアは判断し、意志を持ち、権能を行使します。ただし、どこから来た意志かは——」シアが少し間を置いた。「今はまだ詳しくお話しする段階ではないと言っています」


「そうですか」フォルクが頷いた。「では現在確認できる範囲で。コアはいつから意志を持っていたのですか」


「ここに生まれた最初から、です」


「最初から、か」フォルクが書いた。「通常のダンジョンコアは、成長する過程で意志が生まれると言われています。ところがここは最初から意志があった。それは非常に特殊な事例です」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、最初から意志があったって、フォルクさんが驚いてる』


『そうだな。転生した瞬間から俺はここにいたからだ。でも、それは話さなくていい』


『わかった』


「最初から意志があったことについて、コアは何か教えてくれますか?」とフォルクが続けた。


「自分でも最初から意志があった理由はわからないと言っています」とシアが答えた。「ただそれが事実だ、と」


────────────────────────────────────


「マスターとコアの接続について聞かせてください」


「シアさんの生命魔法と、コアとの特殊な契約によるものです。具体的には、シアさんがコアに手を触れたとき、互いに認識し合い、接続が確立されました」


「そのとき何が起きたか、もう少し詳しく教えてもらえますか」


 シアが俺に確認した。


『接続の瞬間について、話してもいい?』


『話せる。ただし、なぜ俺がシアを守ろうとしたかは今は話さなくていい』


「あのとき、コアが接続を受け入れた感覚があったと言っています。シアが手を当てて、何かを宣言したとき、コアの側でも応答があった。その瞬間から接続が確立された」


フォルクが熱心に書き込んでいた。


「コアが接続を「受け入れた」。つまり受動的ではなく、能動的に応答したということですね」


「そうです」


「これは重要な点です」フォルクが少し興奮した様子で言った。「ダンジョンコアがマスターを「選ぶ」という観察事例は、これまで理論上の話でした。実際に確認されたのは——」フォルクが少し考えた。「私の知る限り、初めてです」


────────────────────────────────────


 フォルクとの対話はその後も続いた。


 12層の風の層についても聞かれた。


「あの層の気流は、自然に発生したものではないですよね」


「コアが権能で空気の流れを制御しています」とシアが答えた。


「そしてあの設計は——どちらが考えたのですか」


「二人で考えました」


「二人で」フォルクが書きながら言った。「コアとマスターが共同設計している」


「はい。わたしがアイデアを出して、コアが作ります」


「それはまた特殊な事例ですね」フォルクが手帳から顔を上げた。「通常のダンジョンは、コアが一方的に設計します。マスターが関与することはない。ここはコアとマスターが対等に設計に関わっている」


「対等かどうかはわかりませんが」シアが少し笑った。「一緒にやっています」


 フォルクが少し表情を緩めた。


「いいダンジョンですね、ここは」


────────────────────────────────────


 フォルクが書類を整えながら言った。


「一つお願いがあります。研究院として、定期的にここに来て観察させてもらえますか。強制ではありません。コアとシアさんの同意があれば、という条件で」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、どう思う?』


 俺は少し考えた。


 フォルクの来訪を定期的に受け入れること。そのメリットとデメリット。


 メリット。王国の研究院との関係ができる。王国上層部からの保護が期待できる。研究院がここに関わっていれば、違法な干渉がやりにくくなる。


 デメリット。定期的な観察は情報が流出するリスクがある。研究院の意図が本当に純粋な学術的興味かどうか、まだわからない。


 ただし今日の対話を通じて、フォルクという人物の誠実さは感じた。踏み込んでくる質問があっても、「今は話せない」という答えを受け入れた。強引に引き出そうとしなかった。


『受け入れる。月に一回、事前連絡の上で来ていただく形で』


 シアがフォルクに伝えた。


「コアが受け入れると言っています。月に一回、事前に連絡をいただく形でお願いします」


「ありがとうございます」フォルクが頭を下げた。「条件を守ります」


────────────────────────────────────


 フォルクが帰った後、シアが戻ってきた。


「ケンジ、どうだった?」


『有益な対話だった。フォルクは信用できる人間だと思う』


「わたしも同じ。なんか、本当に知りたいだけっていう感じがした。利用しようとか、そういうんじゃなくて」


『そうだな。それに——』


「それに?」


『フォルクが言った「コアがマスターを選ぶ」という話が、正確だった。俺はシアを守ろうと思ってから接続した。意図的に選んだ』


「そうなんだ」シアが少し間を置いた。「ケンジが選んでくれたんだ」


『そうだ』


「……なんか、嬉しい。今更だけど」


『今更ではない。今日初めて言葉にしたことだ』


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 今日も来訪者が多く、収入は安定していた。


 DP残高:651,200P。


 13層の拡張コストは1,024,000Pだ。今の残高ではまだ足りないが、今のペースなら二週間から三週間で届く。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日フォルクさんに話しながら、ここのことを外側から見た感じがした」


『どういう意味だ』


「コアとマスターが共同設計している、って言われて。自分たちがやってることを、外からそう見てる人がいるんだなって。なんか、新鮮だった」


『そうか』


「共同設計、って言葉、気に入った。わたしとケンジで共同設計して、ここを作ってきた」


『そうだ』


「これからも共同設計を続けよう」


 俺は少し間を置いてから答えた。


『そうしよう』


 シアが満足そうに笑った気配があった。


「よし。じゃあ明日から13層の構想を真剣に考える。おやすみ、ケンジ」


『おやすみ、シア』


 シアの鼓動が落ち着いていく。


 今日は新しい関係が一つ生まれた。フォルクとの月次の観察。王国の研究院との繋がりが始まった。


 そしてもう一つ。


 「コアがマスターを選んだ」という事実を、今日初めてシアに伝えた。シアは「嬉しい」と言った。


 遅すぎたかもしれない。だが今日言えた。


 それで十分だった。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:651,200P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×20体

落とし穴×20か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+70,600P

現在のダンジョン規模:12層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:王国魔道具研究院・フォルク研究員との正式な対話実施。月一回の定期観察を受け入れた。「コアがマスターを選んだ」事実をシアに初めて言葉で伝えた。

課題:13層拡張まであと約372,800P(二〜三週間で到達見込み)。13層「鏡の層」の設計開始。フォルクとの定期観察体制の整備。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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