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第58話_風の層

 12層の拡張コストに届いたのは、翌日の朝だった。


 来訪者からの収入が積み重なって、DP残高が512,200Pを超えた瞬間に俺は確認した。


『シア』


 シアが採集の準備をしていた。


「何?」


『今日、12層を開く。採集から戻ってきたら一緒にやろう』


「本当に? 今日?」


『今日だ。残高が届いた』


「やった」シアが少し嬉しそうな声を出した。「じゃあ早く行って早く帰ってくる」


────────────────────────────────────


 シアが採集から戻ってきたのは、いつもより二十分早かった。


「来た。帰ってきた」


「早かったな」


「走った」


 シアが荷物を下ろしながら水を飲んだ。少し息を切らせていた。


「始められる?」


『始める。512,000P消費する』


「うん」


 俺は権能を行使した。


 512,000P。一気に消費した。


 DP残高:200P。


 また一桁になった。いや、三桁か。どちらにしても、一日で稼げる量とは比べ物にならない少なさだ。


 シアが少し笑った。


「また残高がほぼゼロになった」


『そうだ。ただし今の収入ペースなら一日で数万P戻る』


「慣れてきた。最初にこれを見たときはびっくりしたけど」


 11層の奥に、12層が開いた。


────────────────────────────────────


 新しい空間が掘り開けられる感覚があった。


 12層は11層より広い。横に広がりを持たせた。天井も高くした。「風の層」にするために、空間の容積が必要だ。


 シアが感知を使って確認した。


「……広い。11層より全然広い感じがする」


『そうだ。今回は意図して広くした』


「なんで?」


『風を起こすためだ。空間が広いほど、気流を作りやすい。天井から床への強い下降気流と、壁から壁への横風を組み合わせる』


「それって、どうやって作るの?」


 俺は権能の一部である空気制御機能を確認した。


 これまであまり使ってこなかった権能だ。水の制御は6層で使った。光の制御はコアの発光調節で常に使っている。空気の制御は存在していたが、活用する機会がなかった。


『空気の流れを制御できる権能がある。今まで使っていなかったが、DP消費なしでできる』


「DP消費なし? それは便利」


『地形の形と組み合わせる。12層の形を意図的に設計して、自然に気流が生まれやすい構造にする。それを権能で強化する』


「難しそう」


『試しながら進める。お前も感知で気流の方向を確認しながら手伝ってくれ』


「わかった。まかせて」


────────────────────────────────────


 作業は午後から始まった。


 まず12層の通路の形を決める。


 風の層には直線的な通路が向いている。曲がり角が多いと気流が分散する。だが直線だと来訪者が一直線に通り抜けてしまう。そのバランスをどうとるか。


「ねえ、ケンジ。まっすぐな通路に風を当てると、どうなるの?」


『人間は前から風が来ると歩きにくくなる。特に軽い装備の者は足が浮きそうになる。重い装備の者は動きが鈍くなる』


「じゃあ、通路に入ったら正面から風が吹いてくる形にすると、みんな苦労する?」


『そうだ。ただし問題がある。正面から風が来るなら、下がるときは楽になる。撤退が楽になるということは、消耗してから逃げやすくなるということだ』


「あー、それは困る」シアが考えた。「じゃあ、横から来る風は?」


『横風は方向感覚を乱す。通路の幅が広ければ、体が横に流される。狭ければ壁に押しつけられる』


「両方使えそう」シアが少し楽しそうな声になった。「正面から来る区間と横から来る区間を混ぜる。どっちから来るかわからない状態にする」


『それは面白い。試してみよう』


────────────────────────────────────


 通路の形が決まっていった。


 前半は幅の広い直線通路。正面から下降気流が来る。歩くのが重くなる。コボルトは体が軽いので影響が少ない。人間は体が重い分、動きが鈍くなる。


 後半は複数に分かれた通路。左右から交互に横風が来る。どちらから風が来るかが入ってみるまでわからない。


「この横風の区間、コボルトはどう動く?」


『コボルトも横風に影響は受ける。ただし四足に近い姿勢で動けるので、人間より安定している。横風の中でも壁沿いに素早く動ける』


「じゃあ、横風の中でコボルトが出てきたら、人間は対処しにくいね」


『そうだ。足が流される中で、素早く動くコボルトと戦う。消耗品の消費が増える』


「いい」シアが頷いた気配があった。「そこにコボルトを六体置こう」


────────────────────────────────────


 気流の設定を始めた。


 12層の通路の形が決まったところで、権能で空気の流れを作った。


 前半の下降気流。天井から床に向けて、一定の速さで空気が押し下げられる感覚を作った。頭の上から重力が増したような圧力だ。立っているだけなら問題ないが、動こうとすると抵抗がある。


 シアが感知で確認した。


「……なんか、重い感じがする。下から何かに押さえられてる感じじゃなくて、上から何かが押してくる感じ」


『そうだ。下降気流の感覚だ』


「これ、戦いながらだとかなりしんどいね」


『そうなる。剣を振り上げる動作が重くなる。魔法の詠唱も、息が乱れやすくなる』


「魔法使いが苦手な感じだ」


『弓使いも矢の軌道が変わる。計算が狂う』


「じゃあ、後半の横風区間はコボルトを有利にして、前半の下降気流区間は魔法系と遠距離系を苦手にする。近接系の強い人がいると少し楽かもしれないけど、前後半で性質が違うから、全員がどこかで苦労する」


 俺はシアの分析を確認した。


 正確だった。


『お前の設計の読みが上がっている』


「ケンジと一緒に作ってきたからね」


────────────────────────────────────


 夕方までに12層の骨格が完成した。


 コボルト六体を後半の横風区間に配置した。落とし穴を三か所設けた。前半の下降気流区間の中間地点と、後半の入口付近と、出口手前だ。


 シアが最後に感知で全体を確認した。


「……完成した感じがする」


『まだ細部の調整が残っているが、基本的な形はできた』


「前半の重い感じと、後半の横から来る感じが、全然違う層みたいだった」


『それが「風の層」の特徴だ。一層の中で体験が変わる』


「来た人がびっくりするといいな」


『びっくりするはずだ。気流を使った層は、おそらくこれまでどこにもない』


「ここオリジナルだ」シアが少し得意そうに言った。「わたしが考えたアイデアも入ってる」


『入っている。後半の横風コボルトはお前のアイデアだ』


「ありがとう、採用してくれて」


『いいアイデアだったから採用した。礼を言われるようなことではない』


「でも言いたい」


────────────────────────────────────


 その夜、俺とシアは13層以降の構想を話し合った。


「13層は鏡の層だよね。まだ構想だけだけど」


『そうだ。鏡の素材になる鉱物が洞穴の深部にあるかどうか、探さないといけない。あれば地形改造で鏡面を作れる』


「ないかもしれない?」


『ない場合は別の方法を考える。水の層と光の組み合わせで、視覚的な錯覚を作ることもできる』


「なんか、13層も面白くなりそう。14層以降はまだ何も決めてないね」


『お前に考えてほしい部分がある』


「わたしが?」


『6層から12層まで、お前のアイデアが毎回入っている。13層以降も、お前の発想から始めたい。俺が考えつかないことを、お前は考えてくれる』


 シアが少し間を置いた。


「……そんなこと言ってくれるんだ」


『事実だ』


「ケンジに褒めてもらうと、なんか、ちゃんとやりたくなる」


『それは困る。常にちゃんとやってくれ』


「それはやってるけど」シアが笑った。「さらにちゃんとやりたくなる、ってこと」


────────────────────────────────────


 翌朝、12層に最初の来訪者が入ってきた。


 Cランクの二人組だった。11層を突破して、12層の入口に立った。


 入ってきた瞬間、二人の動きが変わった。


 重くなったのを感じたらしい。下降気流だ。一人が「空気が違う」と言った。もう一人が「重い」と言った。


 それでも進んだ。


 前半を時間をかけて抜けた。後半の横風区間に入った。


 一歩踏み出した瞬間に、右から風が来た。体が左に流れた。


「おっ」と一人が声を上げた。


 コボルトが出てきた。


 体が流されながら、コボルトに対処しなければならない。二人が奮闘した。


 一人がリスポーンした。


 もう一人が出口手前の落とし穴に落ちた。リスポーンした。


 二人とも入口に戻ってきた。


────────────────────────────────────


 外で二人が話しているのを、シアが聞いていた。


「ケンジ、聞いてたかな」


『聞いていた』


「二人が言ってた。あの層、面白いって。しかも死ねないから何度でも試せるって」


『想定通りの反応だ』


「また来るって言ってた。今度は重い装備の人を連れてきて風に対抗するって」


 重い装備で対抗する。下降気流には重い方が抵抗できる。ただし重い装備は横風で安定する半面、コボルトへの反応が鈍くなる。


『そうなると、今度は後半の横風コボルトがより機能する』


「なんか、来る人に合わせて難しさが変わる仕組みになってる」


『そういう設計にした。全員が同じ苦労をするのではなく、来た者の得意不得意によって難しい部分が変わる』


「ケンジってやっぱり頭いいね」


『お前が横風コボルトのアイデアを出してくれたから機能した』


「二人で頭いいんだ」とシアが笑った。


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 12層開設の費用512,000Pを消費したが、今日の来訪者収入で残高は急速に回復していた。


 DP残高:74,600P。


 12層が新しく開いたことで、来訪者の滞在時間が増えた。12層を試したい者が増えれば、一日あたりの収入も増える。この傾向はしばらく続くはずだ。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日は疲れた。でも楽しかった」


『疲れる種類の楽しさだ』


「それが一番好き」シアが言った。「疲れたって思うときは、何かができた、ってときだから」


 俺は少しその言葉を頭の中に置いた。


 疲れたときは何かができたとき。


 前の世界でも、そういう疲れはあったかもしれない。ただ前の世界では、疲れた後に残るものの感覚があまりなかった。今は残る。12層が残った。シアのアイデアが形になった。来訪者が「面白い」と言って帰った。


『今日もよくやった』


「ありがとう。ケンジも」


『俺はいつもここにいる』


「それが一番安心する」


 シアが静かになった。


 12層が今日、初めて機能した。


 明日また来訪者が来る。また挑む。また何かが積み重なる。


 13層の構想は、まだ始まっていない。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:74,600P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×20体(12層専属6体追加)

落とし穴×20か所(12層に3追加) 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+86,400P(12層開設日・来訪者急増) 12層拡張:-512,000P

現在のダンジョン規模:12層 ランク:C(正式認定済み)

確定事項:12層「風の層」完成(前半:下降気流区間・後半:横風+コボルト区間)。初日に二人組来訪・二人ともリスポーン。「面白い・また来る」の反応を確認。

課題:13層拡張の積み立て再開(コスト1,024,000P・大幅増)。13層「鏡の層」の設計開始。14層以降はシアのアイデアから構築予定。


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続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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