第57話_蒼炎再び
Cランク認定から二週間が経った。
外の賑わいは56話のピークから少し落ち着いた。それでも一日平均三十組前後が来るようになった。Dランク時代の最高水準が今の日常になっていた。
DP残高は積み上がっていた。
12層の拡張コストは512,000P。今の残高は404,600P。あと110,000P弱で届く。来週か再来週には動けるはずだ。
エリナが整備した層内ルールが機能していた。来訪者への案内看板が立ち、前進中パーティへの追い越し禁止が徹底され始めた。トラブルはまだゼロではないが、56話の日より確実に減っていた。
そういう朝に、シアが念話を入れてきた。
『ケンジ、ゴルムさんから連絡があった。ライオスさんたちが今日来るって』
────────────────────────────────────
『いつ来る』
『午後。準備があるって言ってたから、昼過ぎくらいじゃないかって』
俺は全層の配置を確認した。
前回の蒼炎との戦闘から約一ヶ月が経っている。その間に変わったこと。11層が追加された。ガルムが三段階強化から四段階に上げてある。9層の炎トラップを増やした。8層のループ迷路に新しいルートを一本追加した。
変わっていないこと。ライオスの実力と六人の連携は落ちていないどころか、上がっている可能性がある。
『シア、今日はどこで待機する?』
『ケンジはどこにいてほしい?』
『5層より奥に下がっていてくれ。前回同様だ』
『わかった。でも一つだけ聞いていい?』
『何だ』
『今日、わたしの権能が必要になりそう?』
『11層は新しい層だ。何が有効かまだわからない。必要になったら念話する』
『わかった。準備しておく』
────────────────────────────────────
ゴルムが正午過ぎに来た。
「ライオスから連絡があった。今日はCランクの迷宮として来る、と言っていた」
「Cランクの迷宮として、か」とシアが繰り返した。
「前回と気持ちが違う、ということだ。前回はDランクの迷宮を試しに来た。今日は格が上がったところに来る。本気の攻略気分で来る」
「ガルムが四段階強化になってるって知ってるのかな」
「知らないだろう。それがこちらの手だ」ゴルムが顎髭を撫でた。「俺は今日、外の整理に回る。ライオスたちが来ても混乱しないよう、来訪者の動線を整理しておく」
「ありがとうございます」
ゴルムが入口前の広場の方へ歩いていった。
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ』
『何だ』
『今日も大丈夫?』
『大丈夫だ』
『じゃあわたしも大丈夫』
────────────────────────────────────
蒼炎が来たのは、午後二時頃だった。
六人。前回と同じメンバーだ。全員の装備が前回より整っている。消耗品の量が増えている。準備してきた、ということが動き方の余裕から見えた。
入口前でライオスが立ち止まった。
「シア、コアは聞いているか」
「はい」
「今日はCランクの迷宮に来た。前回より深く行く。覚悟してくれ」
シアが俺に確認した。
『ケンジ、何か言う?』
『歓迎する、と。そして今日は前回と違う、と』
シアがライオスに伝えた。
「コアが言っています。歓迎します。そして今日は前回と違うそうです」
「そうだろうな」ライオスが笑った。「それでいい。こちらも前回と違う」
六人が入口を通った。
────────────────────────────────────
1層の戦闘が始まった。
前回より速かった。蒼炎はこの配置を知っている。落とし穴の位置も、ゴブリンの出方も、把握している。五分で1層を突破した。
2層も同様だ。強化オークとの戦い方を前回で学んでいる。七分で突破した。
3層。シアが前回より密にした植物が広がっている。
ライオスが踏み込んで、立ち止まった。
「密になった」
「前回より手が入っている」と魔法使いが言った。
「ここのダンジョンは毎回変わる」ライオスが少し笑った。「それが面白い。前回と同じ攻略が通じない」
3層の突破まで十九分かかった。前回より三分短い。学習の効果だ。だがコボルトの奇襲が二回通った。消耗品が使われた。
────────────────────────────────────
4層、5層、6層と進んでいった。
各層での消耗のペースは前回より速い。消耗品を惜しまずに使っている。深層に向けての体力温存よりも、各層での確実な突破を優先している作戦に見えた。
6層の水場で、弓使いが水底から来るゴブリンを今日は見切った。前回はここで一度足を取られた。今日は来る前に矢を放った。
「学んでいる」と俺はシアに念話した。
『そうだね。でも6層を抜けるのに消耗品を三つ使ってた』
『そうだ。前回の6層での消耗は七つだった。今日は三つに減った。ただし前回は6層の前に消耗品をあまり使っていなかった。今日は4層からペースを上げている。合計の消耗量は大きい』
『なるほど。各層で削って、後半に残させない作戦だね』
『そうだ』
────────────────────────────────────
7層の炎の層。
俺は今日、トラップ床の配置を前回とまた変えていた。前回踏まれなかった場所に新しく仕込んだ。
ライオスが前回踏んだ場所を避けながら進んだ。
今日の新しいトラップに踏み込んだ。炎が上がった。
ライオスが「来た」と言って跳んだ。直撃を避けた。だが天井からの二発目が来た。
「今日の7層は難易度が上がっている」と魔法使いが言った。
「全層でそうだ」とライオスが言った。「このダンジョンは俺たちを見ている。前回どこで消耗品を使ったか、どこで苦戦したか、全部見て対策してきた」
「学習するダンジョン」と弓使いが言った。
「ああ」ライオスが炎の中を進みながら言った。「だから面白い」
────────────────────────────────────
8層のループ迷路に入ってきた。
今日の8層は前回と構造が一部変わっている。俺が追加した新しいルートがある。以前の出口につながるルートが一本増えた。つまり正解が二つある迷路になった。
だが新しいルートには途中にコボルト四体が潜んでいる。
ライオスたちは前回の経験からマッピングをやめて感覚で進む作戦を取るかもしれない。それを見越して、正解ルートを増やしながら各所に待ち伏せを仕込んだ。
ライオスが分岐で立ち止まった。
「前回と違う」
「確かに」と魔法使いが言った。「一本増えている気がします」
「増やしてきた。こちらを惑わせるためか、あるいは誘い込むためか」
「どちらもあり得ます」
ライオスが短い剣士に向いた。「お前は感知に優れている。どっちを選ぶ」
短剣使いがしばらく黙った。それから「右」と言った。
右は新しいルートだった。コボルトが待っている。
────────────────────────────────────
右ルートに入ってきた。
六人が進んだ。
コボルトが四体、一斉に飛び出した。
蒼炎の反応は速かった。前衛二人がすぐに盾を出した。後衛が展開した。
だが今日の俺は追加の手を打っていた。
コボルトが飛び出したと同時に、俺は右ルートの床の落とし穴を一か所起動した。コボルトに注意が向いた一瞬を狙った。
短剣使いの一人が落ちた。
リスポーンが発動した。
残り五人。
五人でコボルト四体を対処した。
「油断した」とライオスが言った。「落とし穴と同時に出してきた。連動させている」
「学習速度が早い」と魔法使いが言った。
「俺たちも上がっているが、向こうも上がっている」ライオスが右ルートの出口を見た。「でも出口は見えた。進む」
────────────────────────────────────
9層に入ってきた。
暗闇の層。俺はコアの光を完全に絞った。
今日の9層は前回と一か所変えていた。コボルトの配置を変えただけではない。炎トラップの数を増やした。前回は魔法使いが炎を灯したところに炎トラップを仕込んだ。今日は魔法使いが灯す前に別の場所にもトラップを仕込んだ。
光がない状態でのトラップは、視認できない。踏むまでわからない。
「暗い」と誰かが言った。
「炎を灯す前に、床を確認しろ」とライオスが言った。「前回ここで弓使いがリスポーンした。今日は変わっているはずだ」
五人が慎重に進んだ。
魔法使いが炎の球を小さく灯した。最小限の光で周囲を確認しながら進む作戦だ。
一歩ずつ確認した。
それでも踏んだ。光が小さかったので、床の微妙な変化を見切れなかった。
魔法使いがリスポーンした。
残り四人。
────────────────────────────────────
10層に入ってきた。
四人。ガルムが奥に立っている。
今日のガルムは四段階強化だ。前回の三段階より体格がさらに大きい。体表の硬化がさらに増している。
ライオスがガルムを見た。
「大きくなった」
「強化段階が上がっています」と魔法使いが言った。
「知っていた。そういうことができるダンジョンだ」ライオスが大剣を抜いた。「四人でやれる範囲でやる。無理なら引く」
四人がガルムに向かった。
ガルムとの戦闘が始まった。
────────────────────────────────────
今日のガルムは前回より手強かった。
四段階強化の効果は明確だった。前回は三段階で二十三分持ちこたえた。今日はどうなるか。
ライオスの攻撃がガルムの体表に入った。弾かれた。前回と違う。入ったが、深さが足りなかった。
「硬い」とライオスが言った。「前より硬い」
「四段階はここまで変わるのか」と短剣使いが言った。
「削れる。時間がかかるが、削れる」ライオスが言った。「全員で行く」
四人が全力で当たった。魔法使いが炎を連発した。弓使いが間隔を詰めた。短剣使いが低い位置から傷口を狙い続けた。ライオスが正面から圧力をかけた。
二十分が経過した。
ガルムが倒れなかった。
前回より遅い。四段階強化の効果が出ていた。
三十分が経過した。
ようやくガルムの動きが鈍くなった。
三十五分。ガルムが倒れた。
────────────────────────────────────
ガルムがリスポーンで戻された。
四人が立っていた。全員、消耗品が残り少ない。
ライオスが奥を見た。
コアへの道がある。
「消耗品があとどのくらいある」
「私は残り二つです」と魔法使いが言った。
「俺は回復薬が一本だけ」と短剣使いが言った。
ライオスが少し間を置いた。
「引き上げる」
今日も同じ判断だった。
「11層はどこだ」と弓使いが言った。「前回より深くなったはず」
「11層まで来た」とライオスが言った。「10層でガルムを倒した。十分だ。今日はここまで」
四人が引き返し始めた。
────────────────────────────────────
全員が外に出た。
リスポーンした二人と合流して六人が揃った。
シアが出てきた。
「今日もありがとうございました」
「こちらこそ」ライオスが少し息をついた。「ガルムが強くなっていた」
「四段階にしました」
「それは聞いていなかった」ライオスが少し笑った。「次来るときはもっと準備する」
「お待ちしています」
「コアに伝えてくれ」ライオスが入口の方を向いた。「今日の10層まで来られたのは、ここが死なないダンジョンだからだ。消耗品を使い果たしながら10層まで来られた。普通のダンジョンなら途中で死んでいる。それがここの価値だ」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、聞いてた?』
『聞いていた。ライオスに礼を言ってくれ。そして——また来てくれと』
シアが伝えた。
ライオスが笑った。今日一番の笑いだった。
「またくる。必ず来る」
────────────────────────────────────
夜、DP収支を確認した。
蒼炎の来訪と他の来訪者を合わせて、今日も過去最高水準に近い収入だった。
DP残高:483,200P。
12層の拡張コストまで、あと28,800P。明日か明後日には届く。
シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、今日のガルム、三十五分持ちこたえた」
『そうだ。四段階強化の効果が出た』
「前回が二十三分だったから、十二分伸びた」
『その分、俺たちが積み重ねた成果だ』
「ライオスさん、また来るって言った」
『来る。次は今日より準備してくる』
「でもわたしたちも準備する」
『そうだ。次に来るまでに、12層が完成していれば、新しい戦場で戦える』
「楽しみだね」
俺は少し考えた。
楽しみ、という感覚が自分にあるかどうか。
ある、と思った。
『そうだな。楽しみだ』
シアが少し驚いたような気配があった。
「ケンジが楽しみって言った」
『言った』
「珍しい。でも嬉しい」
シアが静かになった。鼓動が落ち着いていく。眠りに向かっていく。
洞穴の外では今夜も灯りがある。蒼炎が帰っていった。明日、また来訪者が来る。
12層まで、あと少し。
────────────────────────────────────
*
DP残高:483,200P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・四段階強化) コボルト×14体
落とし穴×17か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3(9層増強済み) 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+56,800P(蒼炎来訪+通常来訪者)
現在のダンジョン規模:11層 ランク:C(正式認定済み)
確定事項:蒼炎(ライオス率いる六人)が再来訪。10層でガルムを35分かけて撃退(前回23分→今回35分・四段階強化の成果)。蒼炎は消耗品を使い果たして撤退。「また来る」と宣言。12層拡張まで残り約28,800P。
課題:12層拡張(明日か明後日に着手可能)。ライオス次回来訪への備え。来訪者数の安定的な管理継続。
────────────────────────────────────
続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。
次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




