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第55話_Cランク達成

 ギルドの調査員が来たのは、翌週の火曜日だった。


 ハロルドより上位の担当者だと聞いていた。実際に来たのは、四十代後半の男だった。ハロルドと違って無口で、笑わない。ノートではなく小さな水晶板を持っていた。魔法的な記録装置らしかった。


 エリナが同行してきた。


「ワーレン調査官です。ギルド本部からの派遣で、Cランク格上げの最終確認を担当されます」とエリナが紹介した。


 ワーレンがシアを見た。


「あなたがマスターですか」


「そうです」


「コアと念話が通じる、というのは本当ですか」


「本当です。今も繋がっています」


 ワーレンが少し眉を上げた。それ以外の表情は変わらなかった。


「中を見せてください。8層まで」


────────────────────────────────────


 ワーレンが1層から順に進んだ。


 エリナが記録の補助をした。シアが案内した。


 ワーレンは戦闘をしなかった。ゴブリンが出てきた瞬間に、水晶板を向けた。魔法的に記録している。


「通路の幅、高さ、トラップの配置、モンスターの種別と強化段階、全て記録します」とワーレンが言った。「戦闘はしません。ただし、モンスターが攻撃してくる場合は?」


「コアに指示を出します」とシアが言った。「調査中は攻撃しないよう」


 シアが念話を入れた。


『ケンジ、ワーレン調査官の調査中はゴブリンとコボルトを引いてくれる?』


『わかった。ただし各層の配置は見せる。トラップも見せる。それだけだ』


 シアがワーレンに伝えた。


「モンスターは引きますが、配置は見ていただけます。トラップも確認できます」


「それで十分です」ワーレンが頷いた。


────────────────────────────────────


 調査は四時間かかった。


 1層から8層まで、ワーレンは全てを記録した。落とし穴の深さ、トラップ板の設置パターン、コボルトの潜伏位置、6層の水深、8層のループ構造。何も見逃さなかった。


 8層から戻ってきたとき、ワーレンは初めて少し表情を変えた。


「8層のループ、誰が設計しましたか」


「マスターです」とシアが答えた。


「コアではなく」


「わたしが考えて、コアが作りました」


 ワーレンがシアを見た。


「エルフのマスターが迷路を設計した」


「はい」


「……珍しい」ワーレンが水晶板に何か記録した。「Bランクパーティが28分かかったというのは、記録で読みました。現物を見て納得しました」


────────────────────────────────────


 調査が終わって、ワーレンが岩場に腰を下ろした。


 エリナとシアが向かいに座った。


「コアに確認したいことがあります」とワーレンが言った。


「どうぞ」


「このダンジョンの目的は何ですか」


 シアが念話で確認した。


『ケンジ、目的って何て答える?』


 俺は少し考えた。


 目的。


 最初は生き延びることだった。シアが来てからは守ることだった。今は——来た者が強くなって帰れる場所を守ることだ。そしてその先に、人型になることがある。


『来た者が何かを持って帰れる場所であること。それを守ること。そのための迷宮を作り続けること』


 シアがワーレンに伝えた。


 ワーレンがまた何か記録した。それから言った。


「もう一つ。コアはこのダンジョンを今後どうしたいですか」


『強くしたい。今は10層だが、20層まで拡張する。来る者が限界まで挑める場所にする。不死の権能がある限り、来た者は死なない。だから、誰でも本気で挑める場所にする』


 シアが伝えた。


 ワーレンが水晶板を閉じた。


「確認は以上です」


────────────────────────────────────


 ワーレンが立ち上がった。


「ギルド本部に報告します。Cランク格上げの条件は満たしている、という所見で提出します。正式な認定は本部の承認後、早ければ来週中に出ます」


「ありがとうございます」とシアが言った。


「一つ個人的な感想を言ってもいいですか」


「どうぞ」


「私はこの仕事を二十年やっています。百を超えるダンジョンを調査してきた」ワーレンが入口の方を向いた。「コアが目的を持ち、マスターが設計を担い、ギルドと協力関係にある。そういうダンジョンは初めてです」


「変なダンジョンですか」とシアが聞いた。エリナが以前言った言葉だ。


「変ではない」ワーレンが首を振った。「ただし、前例がない」


 それだけ言って、ワーレンはエリナと一緒に去っていった。


────────────────────────────────────


 エリナが翌日、認定書を持ってきた。


「本部の承認が昨夜のうちに下りました。Cランク認定です」


 シアがエリナから封筒を受け取った。開けた。紙を取り出した。


 読んだ。


「……Cランク認定、鍛錬の迷宮」


『確認した』と俺は念話を入れた。


「来た」とシアが言った。


「来ましたね」とエリナが笑った。


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


『来た、という実感がある』


『EランクからCランクまで来た』


『そうだ。お前がここに来てから、ここまで来た』


 シアが少し間を置いた。


『そう言ってくれるとなんか泣きたくなる』


『泣くな。先はまだある』


『わかってる。でも少しだけ』


────────────────────────────────────


 エリナが帰った後、シアが認定書を棚に立てかけた。


 花、石、Dランクの認定書、そしてCランクの認定書。棚が賑やかになった。


「Dランクのもまだ置いとく?」とシアが聞いた。


『置いておいていい。通過点だが、通ったことは事実だ』


「うん」シアが頷いた。「全部残す。全部大事だから」


 俺はその言葉を受け取った。


 全部大事。Eランク達成の日も、Dランクの日も、今日も。それぞれに積み重なってきたものがある。消えていない。棚の上に形として残っている。


「ねえ、ケンジ」


『何だ』


「Cランクになったら、次は何をする?」


『11層を作る。それが先決だ』


「もう始められる?」


『今の残高を確認する。391,200P……いや、今日の収入を足すと400,000Pを超えた。11層のコストは256,000Pだ。今日動ける』


「今日?」


『今日だ』


────────────────────────────────────


 その午後、11層の拡張を始めた。


 256,000P消費。DP残高が一気に下がった。


 DP残高:155,600P。


 また少ない状態に戻ったが、今はそれで構わない。


 11層が開いた。


 10層の奥に新しい空間が掘り開けられる感覚があった。9層から10層に広がったときと同じ感覚だ。空洞ができる。何もない。これから作る場所だ。


 シアが感知を使って確認した。


「広い。10層より少し広い感じがする」


『11層は余裕を持って作った。20層まで拡張するつもりで、各層のコストを計算し直した』


「どんな層にするの?」


 俺は少し考えた。


 11層から20層。10層分。シアが6〜10層を設計した。11層からも、シアのアイデアを使いたい。


『今夜、また設計の議論をしよう』


「うん」シアが少し嬉しそうな気配があった。「楽しみ」


────────────────────────────────────


 夜になって、俺とシアは設計の話を始めた。


「11層って何にする?」


『まず今の10層の問題点を考える。ガルムが10層の番人で、コアへの最後の壁だ。だが蒼炎の四人に倒された。11層以降はガルムより先の防衛になる。コアへの道をさらに長くする』


「ガルムは10層のままにする?」


『10層のままだ。ただし11層以降に別の番人が必要になる。コストの問題がある』


「11層から20層、全部で10層分。どんな層を作りたい?」


 俺は構想を整理した。


『幾つか考えがある。11層は「試練の層」にしたい。これまでの層を全部体験した者が来る前提で、組み合わせた仕掛けを作る。水と炎を同じ層に入れるとか、迷路と暗闇を組み合わせるとか』


「水と炎を一緒に?」とシアが興味深そうに言った。


『蒸気が出る。視界が悪くなる。炎のトラップが水で消えると思って安心したら、別の炎が来る』


「それ面白い。でも、来た人が混乱しすぎない?」


『混乱は想定内だ。死なないから、何度でも試せる』


「そうか。死なないから何度でも試せる、か。ここの一番の強みだね」


────────────────────────────────────


 設計の議論は深夜まで続いた。


 12層は「風の層」。上から下への強い気流が通る。体が軽い者と重い者で動きが変わる。コボルトには影響が少ない。


 13層は「鏡の層」。壁に反射する特殊な素材を使って、視覚的な錯覚を作る。


「鏡ってDPで作れるの?」とシアが聞いた。


『作れるかどうか試してみる。素材として鉱物の類似物があれば、地形改造で実現できるかもしれない』


「チャレンジだね」


『そうだ。14層以降はまだ決めていない。お前のアイデアも聞きたい』


「わたしも考える」シアが少し間を置いた。「ケンジと一緒に作るのが好き。設計の話をしてると、あ、わたしここにいるんだなって思う」


 俺はその言葉を少しの間、頭の中に置いた。


『ここにいる、か』


「うん。ケンジと一緒に作ってる、ここにいる、っていう感覚」


『俺も同じだ。お前と話しながら作ると、ここが俺たちの場所だという感覚がある』


「そうそう、それ」シアが笑った。「それが好き」


────────────────────────────────────


 深夜、シアが眠りについた。


 俺は今夜の積み重ねを確認した。


 Cランク認定を受けた。11層の拡張を始めた。12層以降の構想を始めた。


 Eランクになったのがどれくらい前か。あのとき、ここには4層と数体のゴブリンがあるだけだった。今は11層まで広がり、蒼炎というBランクのパーティを撃退した。


 変わった。確かに変わった。


 だが変わったのは規模だけではない。


 来訪者と「対等」に向き合うようになった。ゴルムとエリナという信頼できる人間ができた。シアが設計者として育った。ワーレンに「前例がない」と言わせた。


 DP残高:169,800P。


 12層の拡張コストは512,000P。まだ遠い。だが今の収入ペースなら、来月には12層に着手できる。


 ライオスがまた来ると言った。


 来るだろう。蒼炎がCランクの迷宮に来る。前回より準備してくる。俺たちも準備している。そのたびに強くなる。


 その先に、20層がある。Bランクの認定がある。Aランクがある。そしてずっと先に、1,000,000Pがある。


 今夜、Cランクになった。


 これからが、本番だ。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:169,800P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×17か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+34,200P(Cランク認定日・来訪者急増) 11層拡張:-256,000P

現在のダンジョン規模:11層(12〜20層は拡張計画中) ランク:C(正式認定済み)

確定事項:ギルド本部によるCランク正式認定完了。11層拡張開始。12層「風の層」・13層「鏡の層」の構想決定。



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続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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