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第53話_Cランクへの戦い_後編

 ガルムと四人の戦闘が始まってから、十分が経った。


 ガルムは持ちこたえていた。


 だが追い詰められていた。


 ライオスの大剣が何度も入っていた。三段階強化の硬化した体表が、それでもじわじわと削られていた。魔法使いの炎がガルムの動きを鈍らせていた。短剣使いが速い動きで傷口を広げていた。弓使いが後方から矢を放ち続けていた。


 四人の連携は崩れなかった。


 それがガルムとの戦いで最も手強い部分だった。一人一人は前の層で消耗している。だが連携の質が落ちない。体力は削れても、動き方の精度が落ちない。


 これがBランクの実力だった。


────────────────────────────────────


 十五分が経過した。


 ガルムの動きが鈍くなった。


 それでも倒れなかった。


 三段階強化の効果がここに来て出ていた。通常の強化オークなら十分で終わっていた戦闘が、十五分続いている。


 だがもう限界が近かった。


 俺は判断した。


 今のDP残高で、魔法陣トラップを使えるか。一基残っている。500P消費。使えば四人の動きを一瞬止められる。ガルムが倒される前に、四人の消耗を増やせる。


 使う、と判断した。


 10層の通路の中間点に設置してある魔法陣トラップを起動した。


 閃光と衝撃波が走った。


 四人が一斉に後退した。ライオスが盾を出した。直撃は受けたが倒れなかった。魔法使いが壁に背をついた。短剣使いが膝をついた。弓使いが矢を落とした。


 その隙に、ガルムが一歩前に出た。


────────────────────────────────────


 ガルムが前に出た。


 膝をついていた短剣使いに向かって。


 短剣使いが立ち上がろうとした。間に合わなかった。


 リスポーンが発動した。


 短剣使いが入口に戻された。


 残り三人。


 ライオスが大剣を持ち直した。


「……まだいける」


「消耗品があと少しです」と魔法使いが言った。


「使い切る。ここまで来て引けるか」


 弓使いが矢を一本だけ残して射った。「最後の矢でした」と言った。


「剣に持ち替えろ」


「はい」


 三人がガルムに向かった。


────────────────────────────────────


 残り三人対ガルム。


 ガルムは傷を受けながらも立っていた。体表の一部が剥がれていた。動きが明らかに鈍くなっていた。それでも倒れなかった。


 ライオスがガルムの正面に立った。


 大剣を両手で握った。構えた。


 ガルムも構えた。


 二つが向き合って、しばらく動かなかった。


 俺は感知でその場面を見ていた。


 ガルムはモンスターだ。意志を持たない。俺の制御に従って動く。だが今この瞬間、ガルムがどこまで持ちこたえるかは、俺の意志だけではなかった。


 三段階強化した体の限界がどこにあるか。それがガルムの「答え」になる。


 ライオスが踏み込んだ。


────────────────────────────────────


 二十三分が経過した。


 ガルムが倒れた。


 ライオスの大剣がガルムの胴に入った。魔法使いが最後の炎を放った。弓使いが剣を入れた。三方向からの同時攻撃だった。


 ガルムがリスポーンで入口に戻された。


 10層の通路が静かになった。


 三人が立っていた。全員、消耗品を使い果たしていた。ライオスの外套が焦げていた。魔法使いが膝に手をついていた。弓使いが壁を背にして息を整えていた。


 その先に、コアへの道がある。


 俺は待った。


────────────────────────────────────


 ライオスが前を見た。


 コアへの道は続いている。だが三人の状態で、その先に何があるかわからないまま進むことの意味を、ライオスは計算しているはずだ。


 一分間、ライオスは動かなかった。


 それからライオスが大剣を背中に戻した。


「引き上げる」


「え、ここまで来て?」と弓使いが言った。


「三人だ。消耗品がない。コアが何層まであるかわからない。これ以上は博打になる」ライオスが静かに言った。「博打は好きじゃない」


 魔法使いが頷いた。「正しい判断です」


「それにまだ来られる」ライオスが後ろを向いた。「またくればいい」


────────────────────────────────────


 三人が10層から引き返し始めた。


 9層、8層、7層、6層。各層を戻るたびに、俺はゴブリンを追わせなかった。撤退する者を追う意味はない。消耗させることが目的ではなく、コアを守ることが目的だ。目的は達成された。


 5層、4層、3層、2層、1層。


 三人が入口から外に出た。


 外でリスポーンした三人と合流した。六人が揃った。


 シアが入口から出てきた。


「お疲れ様でした」


 ライオスがシアを見た。息はまだ乱れていた。だが目が笑っていた。


「負けた」とライオスが言った。


「コアまで届きませんでしたね」


「届かなかった。あの番人が最後まで立っていた。倒したのに」


「また立ちます」とシアが言った。


「知っている」ライオスが少し笑った。「だから来る価値がある」


────────────────────────────────────


 エリナが飛んできた。今日の記録を取るために来ていたが、戦闘が長引いたので外で待っていたらしい。


「皆さん、お怪我はありませんか」


「装備が傷んだ。それだけだ」とライオスが言った。


「回復薬はここで少し補充できますが」


「ありがたい。もらう」


 エリナが回復薬を手配している間、ライオスがシアの横に立った。


「マスター、一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「コアと今話せるか」


 シアが俺に確認した。


『話す』


「話せます」


「今日の9層、炎のトラップを追加していた。前回の情報と違う配置だった。あれは今日のために準備したか」


 シアが念話を入れた。


『なんと答える?』


『そのままでいい。そうだと伝えてくれ』


「そうです。お越しになると聞いて、準備しました」とシアが言った。


 ライオスが少し間を置いた。


「コアに訊く。俺たちがまた来ることを、許可するか」


────────────────────────────────────


 俺は少し考えた。


 ライオスが「許可するか」と聞いた。


 これまでどの来訪者も、許可を求めてきた者はいなかった。来訪者は来る。来たら俺が対処する。それだけだった。


 ライオスは違った。


 来てもいいかと聞いている。このダンジョンを「相手」として扱っている。


『歓迎すると伝えてくれ。また来てくれ』


 シアがライオスに伝えた。


 ライオスが小さく頷いた。


「そうか。ならまた来る」


「次はもっと準備してくると思いますが」とシアが言った。


「もちろんだ」ライオスが笑った。「お前たちも準備してくるんだろう?」


「します」


「そうでなければ面白くない」


 ライオスが振り返った。仲間の五人に声をかけた。


「帰るぞ。今夜中に次の作戦を立てる」


────────────────────────────────────


 六人が去った後、シアが洞穴に戻ってきた。


 奥の空間まで来て、岩壁の前に座った。


「ケンジ」


『何だ』


「今日、すごかった」


『ガルムが二十三分持ちこたえた。想定より長かった』


「三段階強化が効いたね」


『そうだ。ただし倒された。コアへの道は守れたが、ガルムは再生成が必要になる』


「ガルムって、何回倒されても戻ってくるんだね」


『戻ってくる。それがここのルールだ』


 シアが少し間を置いた。


「ライオスさんって、なんか好きかも。変な感じがしないから」


『変な感じがしない、か』


「うん。来てもいいかって聞いてくれた。なんか、対等な感じがした」


 俺はその言葉を頭に入れた。


 対等。来訪者とダンジョンが対等に向き合う。それはこれまでなかった関係だった。倒す側と守る側。撃退する側と突破しようとする側。そういう図式だった。


 ライオスは違った。


『対等、という感覚は正しいかもしれない』


「じゃあ、また来てくれるの嬉しいね」


『来るたびに俺たちも強くなる。それで十分だ』


────────────────────────────────────


 DP収支を確認した。


 今日の収入を計算した。Bランク六名の撃退で相当の収入になった。リスポーンが三件発生した分も含めて、今日の収入は過去最高水準だ。


 DP残高:325,800P。


 魔法陣トラップの消費分(500P)、ガルム再生成(350P)、その他の消耗品の補充を引いても、大幅なプラスだ。


 シアが念話を入れた。


『ケンジ、今日のこと、エリナさんとゴルムさんに報告する?』


『エリナはここにいた。ゴルムには伝えてくれ。蒼炎というBランクのパーティが来た。10層まで到達したが撃退した。また来ると言った。その旨を』


『わかった。あとで伝える』


 シアが少し間を置いた。


『ねえ、ケンジ。Cランク達成まで、あとどのくらい?』


 俺はプロット上の条件を確認した。Cランクのダンジョン条件は10〜20層。今は10層だ。あと10層分の拡張と、それに見合った戦力が必要になる。


『20層まで拡張する必要がある。今の残高から計算すると、拡張コストだけで数十万P追加で必要だ。来訪者収入が安定していれば、数ヶ月の話になる』


『数ヶ月か』


『今のペースなら、そう遠くない』


「そうだね」とシアが声に出して言った。「ライオスさんがまた来てくれるなら、そのたびに収入も増える」


『そうなる』


「じゃあ早く来てくれればいいね」


 俺は返事をしなかった。


 だが同じことを思っていた。


────────────────────────────────────


 夜、シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、今日一番よかったのは何?」


『ガルムが持ちこたえたこと。次はコアへの道を一層増やせることだ』


「それだけ?」


『あとは——ライオスが「また来る」と言ったこと』


「なんで?」


『強い相手が繰り返し来れば、繰り返し強くなれる。それがここの仕組みだ。修行に来る冒険者だけでなく、本気の挑戦者が来ることで俺たちも前に進む』


「そっか」シアが少し考えた。「ケンジって、強くなることが好き?」


『好き、という感覚かどうかはわからない。ただ、今より先に進めることは悪くない』


「それが好きってことだよ」


 俺は返事をしなかった。


 シアが笑ってから、静かになった。


 鼓動が落ち着いていく。眠りに向かっていく。


 洞穴の外では宿屋の灯りがある。明日もまた、来訪者が来る。修行者が来て、強い挑戦者が来て、そのたびに何かが積み重なっていく。


 Cランクまで、数ヶ月。


 蒼炎がまた来るまで、どれくらいか。


 どちらが先になるかはわからない。


 だが今夜、俺たちは確かに一歩前に進んだ。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:325,800P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む・補充済み) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・再生成済み) コボルト×14体

落とし穴×17か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1(消費→補充済み) 宝箱×1

本日の収支:+25,150P(Bランク相当6名撃退・過去最高)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:蒼炎(Bランク・ライオス率いる六人組)が10層まで到達。ガルムが23分持ちこたえてコアへの道を守り切った。蒼炎は撤退し「また来る」と宣言。ライオスが「来てもいいか」と聞いた最初の来訪者となった。

次フェーズ:Cランク達成に向けて11〜20層の拡張開始。蒼炎の再来訪に備えた防衛強化継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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