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第51話_Cランクへの戦い_前編

 ゴルムが情報を持ってきたのは、穏やかな午後のことだった。


「Bランクのパーティが来るかもしれない」


 シアが採集から戻ってきたばかりで、木の実を水場の横に置いた手が止まった。


「Bランク」


「ああ」ゴルムが入口前の岩場に腰を下ろした。「街道沿いで噂を聞いた。『鍛錬の迷宮を本格攻略しに行く』と言っているBランクのパーティが一組ある。五人か六人だ」


「本格攻略、というのは」


「Cランクのダンジョンを攻略するために来るわけじゃない。Dランクのここが今どこまで通用するか、力試しに来る、ということだ」ゴルムが続けた。「Bランクは国家に認められた英雄級だ。今のここの配置で、5層以上止められるか微妙だ」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた』


『やばい?』


『やばい、とも言い切れない。ただ今の配置のままでは厳しい』


────────────────────────────────────


 ゴルムが帰った後、俺とシアは作戦会議を始めた。


 まず現状の確認だ。


 今のダンジョンは10層構造だ。プロット上、Cランク達成のためには20層が必要になる。だが今は10層しかない。Bランクのパーティが来れば、10層のガルムを倒して突破し、その先に何もない状態になる可能性がある。


『問題を整理する』


「うん」


『今の10層では、Bランクのパーティを完全に止められない可能性が高い。ただし、相手の目的は「攻略」ではなく「力試し」だ。コアへの到達が目的ではないかもしれない』


「でも、コアのある層まで来たら?」


『10層がコアに最も近い。ただし、コアへの直接のルートは今も守られている。ガルムが倒されても、10層の奥に追加の防衛が必要だ』


「追加の防衛を作る?」


『DPがあれば11層を追加できる。11層への拡張コストは256,000P。今の残高では届かない』


 シアが少し考えた。


「じゃあ今あるもので戦うしかない」


『そうだ。ただし、今あるものをどう使うかで結果が変わる』


────────────────────────────────────


「どうすれば10層で止められる?」とシアが聞いた。


 俺は今の防衛配置を全層で確認した。


 1層から10層まで。各層の戦力、トラップ、シアの権能で作られた仕掛け。


『まず消耗させる戦略が基本だ。BランクのパーティはCランクより強い。1層からの戦闘で消耗品を削る。深層に行くほど消耗品が減る。10層のガルムと向き合う頃には、序盤の実力を出せない状態にしたい』


「消耗させるには、各層で粘らないといけないね」


『そうだ。ただし、俺たちの戦力も消耗する。完璧には止められない。問題は何層まで届かせるか、だ』


「10層まで来ても、コアを守れれば問題ない?」


『コアは10層の最奥だ。10層に入られても、ガルムが守っている限りコアへの道は開かない』


「ガルムが頑張ってくれないといけないね」


『そうだ。ガルムが今まで以上の仕事をする必要がある』


────────────────────────────────────


「ガルムを強化できる?」とシアが聞いた。


 俺は権能を確認した。


 ガルムは現在、二段階強化済みの強化オークだ。さらに強化するには、生成コストの倍を払う必要がある。一段階目は200P、二段階目は400P、三段階目は800Pだ。今のガルムをさらに強化するには800P消費する。


『できる。800P消費する』


「やって」とシアが即答した。


『その前に戦略全体を確認してからにしよう。強化だけでは足りない』


「ごめん、先走った」


『各層の再配置もする。1層のゴブリン数を増やす。3層のシアの植物を密にする。6層の水場の深さを少し増やす。8層のループ迷路に新しいルートを追加する』


「わたしも3層と8層は手伝える」


『頼む。時間は何日くらいある?』


「ゴルムさんが言ってた、来るとしたら週末だって。今日が水曜だから、三日」


『三日で間に合うか。急ぐ』


────────────────────────────────────


 作業はその日の夕方から始まった。


 まずガルムの強化だ。800P消費。ガルムの体格がさらに大きくなった。体表の硬化が増し、動きが少し重くなった代わりに、受けるダメージが減った。


 次にゴブリンの追加生成。五体補充。50P消費。1層の戦力を厚くした。


 シアが3層に取りかかった。植物をさらに密に育てる作業だ。今夜から始めて、三日かけて完成させる予定だ。


「ケンジ、植物ってどのくらい密にすればいい?」


『人間が通路を進む速度を半分にできれば十分だ。ただし俺たちの戦力の動きを妨げないように、通路の中心部は避けてくれ』


「わかった。壁際だけに集める」


 シアが作業に入った。俺は8層のループ構造の調整を始めた。


────────────────────────────────────


 二日目の夜、準備がほぼ整った。


 シアが3層の作業を終えて、疲れた様子で水場のそばに座った。


「3層、かなり密になった。視線が全然通らない場所ができた」


『見ていた。いい仕上がりだ』


「褒めてくれてる」


『事実だ』


「じゃあ素直に受け取る」シアが少し笑った。「ところでケンジ、Bランクのパーティって、どのくらい強いの? 実感がない」


 俺は前に戦ったCランクのパーティを思い出した。女の冒険者が率いた五人組だ。あれでも相当手強かった。


『前に来た女の冒険者のパーティ、覚えているか』


「覚えてる。8層のループで止めた人たち」


『あれがCランクだ。Bランクはそれより一段上になる』


「一段上」シアが少し考えた。「どのくらい違うの?」


『個人の力がまず違う。それと、経験が違う。Cランクまでは実力で戦う。Bランクは戦い方を知っている』


「戦い方を知ってる、か」


『ダンジョンをどう攻略するか、経験から学んでいる。罠の対処、消耗品の使い方、引き際の判断。全部が洗練されている』


「手強いね」


『手強い。ただし』


「ただし?」


『死なないダンジョンだから、消耗品を惜しまず使ってくる。それは両刃の剣だ。使えば使うほど消耗品がなくなる。深層に行くほど後がなくなる』


────────────────────────────────────


 三日目、準備が完了した。


 DP残高の確認をした。


 ガルム強化に800P、ゴブリン補充に50P、8層の追加ループに地形改造(DP消費なし)。合計850P消費。


 DP残高:301,200P。


 初めて300,000Pの大台を超えた。節目の数字だが、今は別のことを考えている。


 来る。


 その日の昼前、エリナが来た。今日は記録日ではなかったが、情報を持ってきていた。


「Bランクのパーティ、今日来る予定です。ゴルムさんから連絡が入りました。六人組で、リーダーは『蒼炎』という名前のパーティのライオスという人物だそうです」


「蒼炎」とシアが繰り返した。


「有名なパーティです。王都でも名前が知られている。ただし——」エリナが少し表情を引き締めた。「好戦的だとも聞きます。引き際の判断は、リーダー次第かもしれません」


────────────────────────────────────


 昼過ぎに来た。


 六人だ。全員の装備が整っている。使い込まれた傷があるが、手入れが行き届いている。各自が得意な武器を持ち、隊列が自然に形成されている。長く一緒に動いてきた証だ。


 先頭に立つのは背の高い男だ。赤い外套を羽織っている。大きな剣を背中に差して、目つきが鋭い。これがライオスか。


 ライオスが入口の前で止まった。


 洞穴の内部を、じっと見た。


 それから笑った。声に出した笑いだった。


「なるほど。確かに違う」


 隣に立つ女が「何が?」と聞いた。


「気配だ。ここには意志がある」ライオスが言った。「ただの洞穴じゃない。待ち受けている」


 シアが入口から出てきた。


「いらっしゃいませ」


 ライオスがシアを見た。


「お前がマスターか」


「そうです」


「小さいな」


「エルフです。見た目は」


 ライオスがもう一度笑った。今度は少し違う種類の笑いだ。


「面白い。——コア、聞いているか?」


 シアが俺に確認した。


『聞いている、と伝えてくれ』


「聞いているそうです」とシアが伝えた。


「そうか」ライオスが洞穴の入口を向いた。「全力でくれ。手加減はいらない。俺たちもそうする」


────────────────────────────────────


 六人が入口を通った。


 俺は全層の感知を最大にした。来訪者が何人いても対応できるよう、配置を最終確認した。


 1層の戦闘が始まった。


 ライオスが先頭で通路に踏み込んだ。ゴブリンが飛びかかった。


 ライオスが大剣を抜かなかった。拳だった。


 ゴブリン一体が壁に叩きつけられた。次の一体が来た。今度は大剣が動いた。薙ぎ払いで二体が同時に吹き飛んだ。


 速い。


 力が違う。今まで来たCランクのパーティとは、何かが根本的に違う。重さが違う。圧が違う。


 ゴブリン三体が追加で飛びかかった。ライオスが半歩下がった。全員を引きつけて、後衛の弓使いが矢を放った。三体が落ちた。


 1層突破まで、七分。


────────────────────────────────────


 二層に入ってきた。


 強化オークが関所に立った。


 ライオスが立ち止まった。


「お前か」


 強化オークが唸った。


「久しぶりに見た。強化個体だ」ライオスが大剣を両手で持った。「かかってこい」


 強化オークが前に出た。ライオスが一歩引いた。引いた距離を計算して、踏み込んだ。


 大剣が強化オークの腕に入った。


 強化オークが反撃した。ライオスが盾を出さずに、体を回転させて避けた。


 後衛が動いた。魔法使いが炎を放った。短剣使いが側面から入った。


 八分。強化オークが倒れた。


 シアが念話を入れた。


『ケンジ、2層が突破された』


『わかっている。3層が本番だ』


『植物、機能するかな』


『これからわかる』


────────────────────────────────────


 六人が3層に踏み込んだ。


 密に育てたシアの植物が通路の視線を切った。ライオスが足を止めた。


「……変わった」


 後衛の一人が「植物が増えている。前回の情報と違う」と言った。


 前回の情報、という言葉が気になった。偵察情報を持ってきている。事前に誰かから話を聞いていた。


 それでも植物の変化には対応が必要だった。


 ライオスが前に出た。慎重になった。視線が切られる分、奇襲の可能性を警戒している。


 シアが待機させていたコボルトが植物の陰から飛び出した。


 ライオスが反応した。大剣を半回転させて、コボルトを弾いた。


 だが二体目が死角から来た。


 ライオスの腕に噛みついた。ライオスが低く唸った。腕を振った。コボルトが離れた。


「なかなかやる」


 ライオスの声が少し変わった。


 今日初めて、「手強い」と思わせた瞬間だった。


────────────────────────────────────


 3層の戦闘が続いている。


 六人は崩れない。一体倒されても、別の者がフォローに入る。消耗品を使いながら進んでいく。


 俺はシアに念話を入れた。


『シア、今日はよくやった』


『3層、まだ続いてるよ?』


『続いている。ただし、今日の進捗を見ながら次の対策を考えたい。今日の戦闘が終わったら、また議論しよう』


『わかった。負けないでよ、ケンジ』


『負けるつもりはない』


 3層の奥で、ライオスが立ち止まった。


 振り返って洞穴の天井を見た。コアの方向だ。


「コア、まだいるか」


 シアが念話を確認した。


『聞いている、と』


「そうか」ライオスが前を向いた。「いい迷宮だ。本気でかかれる」


 そして4層に向かって歩き出した。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:301,200P

配備戦力:ゴブリン×17体(強化2含む・1層増強済み) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・三段階強化済み) コボルト×14体

落とし穴×17か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:±0P(戦闘継続中)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:Bランクパーティ「蒼炎」リーダー・ライオスを含む六人が来訪。1・2層を突破し3層戦闘中。ガルム三段階強化完了。シアの植物が3層で初めてBランク相手に有効な機能を果たした。

課題:3〜10層での消耗戦が続く。ガルムがBランク相手にどこまで持ちこたえられるか。コアへの道を死守。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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