第50話_節目の対話
事件が一段落したのは、五日後のことだった。
ギルドの調査が進み、七人組の証章を手配した仲介業者が特定された。業者はギルドの圧力に屈して、依頼の詳細を話した。
依頼主はラングフォルト辺境伯家の家令だった。辺境伯本人ではなく、下の者が独断で動いた可能性が高い、というのがエリナの見立てだった。
ギルドからラングフォルト家に公式の問い合わせが入った。家令は処分された。
再度の来訪はなかった。
エリナが報告してくれたのは、晴れた朝のことだった。
「一応、これで一段落です。ただし」エリナが続けた。「依頼主が家令の独断だったとしても、辺境伯家がこのダンジョンに関心を持っていることは変わりません。また何かある可能性はゼロではない」
「わかっています」とシアが言った。
「ゴルムさんと私は引き続き目を光らせます。シアさんは何かあれば即連絡を」
「はい」
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ゴルムが昼に来た。
いつもの水筒を持って、入口前の岩場に座った。
「終わったな」とゴルムが言った。
「ゴルムさんがたくさん動いてくれたおかげです」
「俺はここが好きだからな」ゴルムが水筒の蓋を開けた。「コアも一言くらい言えるか」
シアが俺に確認した。
『ゴルムに何か伝えるか?』
俺は少し考えた。
『「助かった。ありがとう」と伝えてくれ』
シアが伝えた。
ゴルムが少し黙った。それから小さく笑った。
「コアに礼を言われるのは二回目だな。慣れないな」
「慣れてもらえると嬉しいです」とシアが言った。
「慣れたら終わりだ」ゴルムが水筒を傾けた。「慣れないうちは、まだここが特別ってことだ」
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その夜、洞穴は静かだった。
来訪者が引き揚げ、宿屋の灯りが落ち始めた頃、シアが水場のそばに座っていた。
いつもより遅くまで起きていた。眠れないわけではなさそうだが、何かを考えている気配だ。
『何を考えている』
「色々」
『具体的には』
シアが少し笑った。
「聞くんだ」
『聞かなければよかったか』
「ううん、聞いてよかった」シアが水面を見た。「今週のこと、考えてた。コアを取られそうになって、ゴルムさんとエリナさんが動いてくれて、終わった。それで——」
『それで』
「ケンジって、今どう思ってる? 全部終わって」
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俺は少し考えた。
終わった、という感覚はある。だが終わった後に何が残ったかを確認する時間が、今日まであまりなかった。
『安堵がある。それと——今週起きたことで、改めて確認できたことがある』
「何を確認できた?」
『俺には体がない。外に出られない。洞穴の外で何かが起きたとき、感知が届かない範囲のことには対処できない。その制約は今週、よく見えた』
「そうだね」シアが頷いた。「ゴルムさんたちがいなかったら、もっと大変だったかもしれない」
『そうだ。俺だけでは足りない部分がある』
「でも足りない部分をゴルムさんとエリナさんが補ってくれた」
『そうだ。それは今週知ったことではなく、確認したことだ。二人がいてくれることの意味を、改めて』
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シアがしばらく黙った。
水面を見ていた。たまに指先で水を触っていた。
「ねえ、ケンジ」
『何だ』
「人型になれたら、何がしたい?」
俺は少し止まった。
この問いは以前にも出てきたことがある。だが今日のシアの聞き方は、以前と少し違う温度だった。以前は「人型になれたら?」という漠然とした問いだった。今日は——何かを確かめようとしている問いに聞こえた。
『なぜ今日その話をするんだ』
「今週のことがあったから」シアが水面から顔を上げた。「ケンジが外に出られたら、今週みたいなことになったとき、どうしただろうって思って」
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俺は少し考えた。
人型になれたら何がしたいか。
DP残高を確認した。276,250P。目標の1,000,000Pまで、まだ七十万P以上ある。今のペースなら数年かかる。
数年後のことを考える。
『お前を外で守れるようになりたい』
シアが動きを止めた。
「外で、守る」
『今は洞穴の中しか守れない。お前が外に出ると、俺の感知から外れる。念話の範囲を出ると、声も届かなくなる。人型になれば——お前の隣に立てる。外でも』
シアがしばらく何も言わなかった。
水面が静かに揺れていた。
「それだけ?」とシアが聞いた。
『他にもある。来訪者と直接話せるようになる。ゴルムやエリナと顔を合わせて話せる。外交ができる。今はシアを通じてしかできないことが、直接できるようになる』
「それは全部、このダンジョンのためだね」
『そうだ』
「ケンジ自身のためには?」
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その問いは少し違う角度から来た。
俺自身のため。
ダンジョンのため、シアのため、来訪者のためではなく。俺が、俺として何をしたいか。
前の世界を思い出した。
三十五歳。過労で死んだ。最後の記憶はオフィスのデスクだ。誰かのそばにいたわけではない。誰かと話したわけでもない。一人で画面を見ていた。
転生してから今日まで、俺はずっと「誰かのそば」にいた。シアのそばに。感知の中に。声は届いても、体はない。触れることも、顔を見ることも、隣に立つこともできなかった。
『前の世界で死んだとき、最後は一人だった』
シアが静かに聞いていた。
『誰かのそばで死にたかった、という後悔が、なかったわけではない。転生してから、それを意識したことが何度かある』
「それが今は」
『今はシアがいる。俺のそばに。俺もシアのそばにいる。ただし、体がない。人型になれば——ちゃんとそばにいられる。声だけじゃなく』
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シアが少し間を置いた。
「……それ、ちゃんと言ってくれてよかった」
『珍しいか』
「珍しい。ケンジが自分のために何かしたいって言うのは」
『お前が聞いたから答えた』
「じゃあこれからも聞く」シアが少し笑った。「もっと色々聞かせて」
『答えられることと答えられないことがある』
「それはそうだよ。でも、答えてくれるだけで嬉しい」
シアが水場から少し離れて、寝床の方に向かった。
「おやすみ、ケンジ」
『おやすみ、シア』
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シアが眠りについた後、俺はしばらく今夜の話を反芻していた。
人型になれたら何がしたいか。
答えはいくつかあった。シアを外で守りたい。来訪者と話したい。ゴルムとエリナに顔を見せたい。
そして——ちゃんとそばにいたい。
それが今夜初めて言葉になった。
言葉になる前から、ずっとそこにあったのかもしれない。転生した最初の夜から、シアが来た夜から、念話が開通した夜から。いつもそこにあって、言葉にならないまま続いていたものだ。
あと七十万P以上ある。
遠い。
だが今夜、その遠さが少しだけ変わった気がした。ただ積み重なっていくだけの数字ではなく、その先に何があるかが、少しはっきり見えた。
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DP残高を確認した。
276,250P。
一日あたりの収入ペースが安定していれば、三年以内に届く可能性がある。三年。長い。だが転生してから今日まで来た時間を思えば、届かない数字ではない。
洞穴の外では宿屋の灯りがもう消えていた。食堂も閉まっている。入口付近は静かだ。
修行場として定着した。ギルドに認定された。ゴルムとエリナが来てくれた。今週の事件を乗り越えた。
積み重なってきた。
その先に、人型がある。体がある。声がある。隣に立てる場所がある。
今夜はそれで十分だった。
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翌朝、シアが目を覚ますなり念話を入れてきた。
『ケンジ、昨日の話、もう一回聞いていい?』
『何を』
『人型になったら、お前を外で守れるようになりたい、って言ってたやつ』
『聞いた』
『もう一回言って』
俺は少し考えた。
『お前を外で守れるようになりたい』
シアが笑う気配があった。
『うん。それ、好き』
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DP残高:289,600P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体
落とし穴×17か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+13,350P
現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)
確定事項:ラングフォルト辺境伯家の家令が独断で動いた件がギルド調査で一段落。エリナの来訪は当面の間継続。今夜の対話で賢司が「人型になったらお前を外で守りたい」という言葉を初めて直接シアに伝えた。
課題:11層以降の拡張計画立案。Bランク対応防衛強化。人型形成まで残り約710,000P。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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