第47話_悪意ある侵入者_前編
ゴルムが情報を持ってきたのは、翌朝のことだった。
昨日の謎の男について、一晩かけて調べてきたらしい。
「名前はわからん」とゴルムが言った。「ただ、昨夜宿屋を出ていった。痕跡を残さずに消えた」
「消えた?」とシアが聞いた。
「宿屋の主人が言ってた。夜中に会計を済ませて、荷物を持って出た。どこへ行ったかはわからない」
俺はその情報を頭に入れた。
一晩で消えた。値踏みして、必要な情報を集めて、去った。それは「偵察」の動き方だ。
『ゴルム、その男の装備や話し方から、どういう人間か推測できるか』
シアが念話を伝えた。
「コアからの問いだな」ゴルムが少し考えた。「シアが言ってた通り、装備がなかった。戦闘要員ではない。でも目つきが冷たかったなら、それは命令を受けて動いている者の目だ。自分の意志ではなく、誰かの指示で動いている」
「誰かの指示で」とシアが繰り返した。
「ここ最近、このダンジョンを狙う動きがある、という噂は俺も聞いていた」ゴルムが声を少し落とした。「コアを壊せば、ダンジョンの権利と資産が手に入ると考える連中がいる。死なないダンジョンなら尚更だ」
────────────────────────────────────
「コアを壊す、というのは」とシアが聞いた。声が少し変わっていた。
「ダンジョンコアを物理的に破壊すると、ダンジョンそのものが崩壊する。ただし、法的には禁止されている。ギルドの認定ダンジョンであれば、なおさら手を出せない」ゴルムが続けた。「ただし、やろうとする連中はいる。法の抜け穴を使うか、あるいは法を無視するか」
「今回は、どっちだと思いますか」
「無視する側だろうな」ゴルムが顎髭を撫でた。「偵察を一人で送り込んで、確認して、消えた。準備している」
俺はその言葉を聞きながら、洞穴全体の感知を強化した。
今この瞬間、来訪者が複数いる。全員、普通の修行者だ。だが一人でも「コアを壊す目的」で来た者が混じれば、俺は感知でそれを察知できるか。
できないかもしれない。
動機は感知できない。気配でわかるのは、攻撃意図が明確になってからだ。
『エリナに知らせるか』
シアがゴルムに確認した。
「すでに動いている」とゴルムが言った。「エリナがギルドに報告した。非公式だが、周辺の警戒を強めてもらうよう頼んだ」
────────────────────────────────────
その日の午後は静かだった。
来訪者が来て、修行して、帰った。いつもと同じだ。俺は全員の動きを丁寧に確認した。コアに近づこうとする者はいなかった。
夕方になって、一組が入ってきた。
三人パーティ。Cランク相当の装備だ。俺は通常通り、1層の防衛を起動した。
何かが引っかかった。
引っかかったのは装備の質ではない。動き方だ。
三人は修行者の動き方をしていない。修行者は一層から順番に進む。消耗品がなくなったらリスポーンして戻ってくる。今日の三人は違う。1層の防衛を「攻略」しようとしている。倒しながら進もうとしている。
そしてもう一つ。
三人が動き出してから、全員が声を出していない。
『シア、4層より奥に下がっていろ』
『わかった。でも何か感じた?』
『感じた。普通の来訪者ではない』
────────────────────────────────────
三人は1層を十分で突破した。
速い。修行者の速さではなく、攻略者の速さだ。ゴブリンを倒しながら、トラップを回避しながら、確実に前進している。
2層に入ってきた。強化オークが関所に立った。
三人が散開した。前衛一人が正面に立ち、残り二人が左右に回り込んだ。ここまでは通常の攻略パターンだ。
だが次の動きが違った。
左側に回り込んだ一人が、強化オークではなく壁を見た。通路の壁を見た。コアの方向に壁面を辿るように目を向けた。
そしてポーチから何かを取り出した。
小さな石だ。ただの石ではない。魔法的な術式が刻まれているのが、感知でわかった。それを壁面に当てようとした。
俺は即座に判断した。
これはダンジョンへの干渉だ。
────────────────────────────────────
落とし穴を全力で起動した。
通常の来訪者相手には半分の力で起動する。今日は全力だ。三か所が同時に開いた。左側の一人が落ちた。前衛の一人が止まった。右側の一人が後退した。
ゴブリンを全員2層に集めた。合計五体が一斉に動いた。
前衛の一人がゴブリン三体に囲まれた。右側の一人が二体に挟まれた。
これまでとは違う指示を俺は出した。
リスポーンしても、今日はここに来るな。
不死の権能は来訪者を入口に戻す。だが今日は、入口に戻ってきた者にゴブリンを待機させた。通常は入口付近に戦力は置かない。今日だけは違う。
落とし穴から出てきた一人が入口に向かった。入口付近でゴブリンが待っていた。
戦闘不能になった。リスポーンした。入口付近でまた戦闘不能になった。2回目のリスポーンだ。
装備が消えた。魔力がゼロになった。その状態で動けなくなった。
────────────────────────────────────
2層で残り二人が戦闘を続けていた。
だが今日の俺には余裕がなかった。
シアが念話を入れてきた。
『ケンジ、怒ってる?』
俺は少し考えた。
怒っている、という感覚が正確かどうかわからない。だが今日の三人への対処は、通常の来訪者への対処とは違う種類の判断から来ていた。
これはシアを孤独にさせる可能性のある行為だ。
コアが壊されれば、俺は消える。俺が消えれば、シアはまた一人になる。ここで長い時間をかけて作り上げてきたものが、全部終わる。
それに対する感情は、怒りに近い何かだ。
『怒っている、かもしれない』
『……そっか』シアが少し間を置いた。『でも大丈夫?』
『大丈夫だ』
────────────────────────────────────
2層の残り二人を、俺は通常より時間をかけて追い詰めた。
速く撃退することもできた。だが今日はそうしなかった。二人が今日使った消耗品をすべて使い切るまで、防衛を続けた。落とし穴に落ちて、ゴブリンに囲まれて、毒ガストラップを浴びて、少しずつ追い詰められた。
最終的に二人ともリスポーンした。
入口付近には先に戻っていた一人が、装備もなく、魔力もなく、動けない状態でいた。
三人が外に出た。
三人とも無事だ。死んでいない。怪我もない。ただ装備を失い、魔力を失い、今日持ってきた消耗品をすべて失った。
それが今日の俺の答えだった。
────────────────────────────────────
シアが3層から戻ってきた。
「終わった?」
『終わった。全員外に出た』
「あの石、壁に当てようとしてたやつ——何だったの?」
『コアへの干渉を試みる術式が刻まれていた。壁を経由してコアに干渉する、準備段階の道具だと思われる』
「準備段階」
『完成した道具ではない。壁に当てるだけでは効果がない。複数箇所に設置して、別の術式と組み合わせることで機能する。今日は最初の設置を試みた』
「じゃあ、今日だけで終わらないってこと」
『そうだ』
シアが少し黙った。
「また来る」
『来る。今度はもっと準備をして来る』
シアが岩壁に手を当てた。コアのある方向だ。最初の夜に、シアがそうしたのと同じ動作だ。
「また守るね、ここを」
俺は少しの間、その言葉を受け取った。
────────────────────────────────────
夜、エリナに報告が伝わった。
シアがエリナに念話で——念話はエリナには届かないので、実際には使いに頼んで——今日の出来事を伝えた。
エリナからの返答は、翌朝に届いた。
「昨夜の三人、宿屋には泊まっていなかった。日帰りで来て帰った。昨日の偵察の男とは別の組織かもしれない。ギルドに報告した。警戒レベルを上げた」
別の組織。
俺はその可能性を頭に入れた。一つではないかもしれない。コアを狙う動きが、複数の方向から来ている可能性がある。
『ゴルムにも伝えてくれ』とシアに頼んだ。
「もう伝えた。ゴルムさん、今朝一番に来てた」
『早い』
「心配してる、って言ってた」
ゴルムが心配している。エリナが動いている。シアがここを守ると言った。
俺は今夜の防衛配置を全層で見直した。入口付近に常時ゴブリンを待機させる。コアに近い深層の警戒を強化する。来訪者の動きを今まで以上に注意深く見る。
────────────────────────────────────
シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ」
『何だ』
「今日怒ってたんだよね、本当に」
『そうだと思う』
「わたしのためかな」
『お前のためでもあるし、ここのためでもある。両方だ』
シアが少し間を置いた。
「ありがとう」
『礼を言う必要はない』
「でも言いたい」
俺は返事をしなかった。
洞穴の外では今夜も複数の気配がある。宿屋の灯りがある。食堂はもう閉まっている。普通の夜だ。
だが今日、何かが変わった。
このダンジョンを壊そうとする者が、準備を始めた。
俺も、準備を始める。
────────────────────────────────────
*
DP残高:258,300P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む・入口付近待機増強) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体
落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+13,500P
現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)
確定事項:コア干渉術式を持つ三人組が侵入。2層で全員撃退・消耗品全消費・装備消失。ゴルム・エリナに報告済み。ギルドの警戒レベル引き上げ。
新規警戒:昨日の偵察男と今日の三人組は別組織の可能性。コアを狙う動きが複数方向から来ている可能性あり。全層の防衛配置を強化。
課題:コア干渉術式への対策。複数勢力の動向把握。シアの安全確保の最優先継続。
────────────────────────────────────
続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。
次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




