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第46話_シアの外出

 シアが言い出したのは、朝食を食べながらだった。


「ねえ、ケンジ。今日、エリナさんと一緒に食堂の視察に行ってもいいかな」


 食堂の視察。


 シアはこれまで、採集と外での情報収集で洞穴の外に出ることはあった。だが食堂という「建物の中に入る」外出は、また少し違う。


『視察というのは』


「先週完成したばかりだから、中を見てみたいって。エリナさんが案内してくれるって言ってた」


「エリナが一緒なのか」


『一緒ならいい。ただし、念話の届く範囲から出るな。500メートル以内だ』


「食堂はすぐ近くだよ。宿屋の隣」


『わかっている。それでも確認しておく』


 シアが少し笑った。「気をつけろよ、って言いたいんでしょ」


 俺は少しの間、黙った。


『気をつけろよ』


────────────────────────────────────


 エリナが来たのは昼前だった。


 記録日ではなかったが、今日はシアの外出に付き合うために来たらしい。


「シアさん、準備はいいですか」


「いつでも」


「では行きましょう。コアも——」エリナが入口の方を向いた。「聞いていますよね。行ってきます」


 俺はシアに念話を入れた。


『エリナに「気をつけて」と伝えてくれ』


「ケンジが気をつけてって言ってます」とシアが伝えた。


「ありがとうございます」エリナが少し笑った。「コアに見送られる外出、初めてです」


 二人が歩き始めた。


 感知の中で、シアの気配が入口から離れていく。10メートル、20メートル、30メートル。まだ届く。


 俺はシアの気配を追いながら、洞穴の防衛配置を確認した。来訪者が数組いる。全員が各層で戦闘中だ。問題ない。シアがいなくても、今は防衛が回る。


────────────────────────────────────


 食堂は入口から200メートルほどの場所にあった。


 念話で聞こえる範囲だ。シアが歩きながら周囲の様子を中継してくれた。


「宿屋の前に人が並んでる。七、八人。今日も混んでるみたい」


『戻ってきた来訪者と入る人が交差しているな』


「あ、そっか。今日から動線の整理が入るって言ってたっけ。看板が立ってる。こっちが入口、こっちが出口って」


 エリナが整理案を実行に移したらしい。


「食堂に入るよ」


『わかった』


 シアの気配が建物の中に入った。俺の感知では建物の外観しかわからないが、念話は届く。


「中、広い。テーブルが八つくらい。もう半分埋まってる」


『昼前から来ているのか』


「修行終わりの人たちじゃないかな。装備が軽いし、みんな疲れた顔してる。でも楽しそう」


 疲れた顔で楽しそう。それがここの修行者の顔だ、と俺は思った。


────────────────────────────────────


 エリナが食堂の主人と話している声が、シアを通じて届いてきた。


「本日もありがとうございます。来週から朝食も始める予定です。修行者さんが増えているので」


「それはいいですね」とエリナが答えた。「コアのマスターもご挨拶をと思って」


「マスター?」


 シアが前に出た。


「シアといいます。鍛錬の迷宮のダンジョンマスターです」


 しばらく沈黙があったらしい。シアが小さく「固まってる」と念話で教えてくれた。


 それから主人の声が聞こえた。


「……え、マスターというのはこちらの方ですか」


「はい」


「先日来ていた冒険者の方が『マスターが挨拶に来た』と言っていて、もっと年配の方かと」


「エルフなので見た目が小さいだけです。実際の年齢はよくわからないんですが」


 また沈黙。それから笑い声が聞こえた。主人の笑い声だ。


「失礼しました。それは大変失礼を。いつもお世話になっています。おかげさまで商売が成り立っています」


────────────────────────────────────


 食堂の主人としばらく話したらしく、シアが戻ってきたときに詳しく教えてくれた。


「主人のゼフって人、おもしろかった。もとは街で食堂をやってたんだけど、月報を読んで思い切ってここに移ってきたって」


『月報を読んで』


「うん。死なないダンジョンの前なら、修行者が集まって食堂の需要があると思ったって。読みが当たった、って言ってた」


 月報が来訪者だけでなく、商人の移住まで呼んだということだ。


「他にも色々聞いた。宿屋の主人は昔ここら辺の村で旅籠をやってた人だって。露店の人たちも、半分くらいは近くの村から毎日通ってるんじゃなくて、近くに引っ越してきてる人もいるって」


『引っ越してきた、か』


「うん。ここに住み始めた人が出てきてる。ゼフさんも今は近くに借家を借りてるって」


 住む人が来た。


 来訪者が来て、商人が来て、商人が住むようになった。町の構成要素が一つずつ増えている。


────────────────────────────────────


 外出の帰り道、シアとエリナが話しているのが念話で届いてきた。


「エリナさん、ここってこれからどうなるんですかね」


「どうなる、というのは」


「もっと大きくなる? もっと人が来る?」


「なると思います。月報の効果はまだ続いているし、Cランクの認定まで上がれば、また来る人の種類が変わる」


「Cランク」


「今はDランクだから、Dランクのパーティが攻略対象として来る。Cランクになれば、Cランクのパーティが来る。もっと強い人たちが修行に来るようになる」


「もっと強い人たちが来ると、ケンジが大変じゃないですかね」


 エリナが笑った気配があった。


「コアが大変、という発想、シアさんらしいですね」


「だって、防衛がんばるの大変じゃないですか。ケンジは一人でやってるし」


「一人、というか——コアとシアさんで、ですよね」


「そうか」シアが少し間を置いた。「そうだね。一人じゃないか」


────────────────────────────────────


 エリナと別れて、シアが洞穴に戻ってきた。


 奥の空間まで来て、いつもの岩壁の前に座った。


「ケンジ」


『お帰り』


「ただいま」シアが少し息をついた。「楽しかった」


『そうか』


「外って、こんなに色々あるんだね。食堂の中、みんな話してた。昨日より今日の方が奥まで行けたとか、あの層が難しかったとか。ここのダンジョンの話をしてた」


『自分たちの話を他人がしているのを聞いた、ということか』


「うん。なんか不思議な感じ。ケンジとここのことを、知らない人たちが楽しそうに話してる」


『悪い話ではなかった?』


「全然。みんな楽しそうだった。次はどこまで行けるか、とか、あの層の攻略どうしようかとか」


 俺はその話を聞きながら、少し前の自分を思った。


 来訪者を「撃退する相手」として見ていた頃と、今では違う。今の俺には、来訪者の会話を「楽しそうだ」と思う感覚がある。


────────────────────────────────────


「ケンジ、今日一つ気になったことがあって」


『何だ』


「食堂にいたとき、一人だけ違う雰囲気の人がいた」


 俺の感知が少し動いた。


『どう違った』


「修行者じゃなかった。装備が修行者の人たちと全然違う。高そうな服を着てて、食事も注文しないで、ただ座って周りを見てた」


『ずっとそこにいたか』


「わたしが入って出るまで、ずっとそこにいた。ゼフさんに何か聞いてた。ここのダンジョンのことを聞いてるみたいだった」


『顔は見たか』


「男。四十代くらいかな。目つきが冷たかった。なんか、ここを値踏みしてる感じがした」


 値踏み。


 俺はその言葉を頭の中に置いた。


 貴族の関係者か、あるいは別の何かか。ゴルムに伝えておいた方がいいかもしれない。


『エリナにも伝えておいてくれ。気になる人物がいたと』


「もう伝えた。帰り道に」


『早い判断だ』


「エリナさんが教えてくれたんだよ。気になることがあったらすぐ伝えて、って」


────────────────────────────────────


 その夜、エリナから念話ではなく、シア経由で情報が届いた。


 今日の人物について、エリナが少し調べてくれたらしい。


「エリナさんから連絡があった。食堂にいた人、宿屋にも泊まってるって。昨日から来ていて、今日で二日目。名前は登録していない、一人で来た、装備はほとんど持っていない」


『戦いに来た者ではない』


「そうだと思う。じゃあ何のために来たんだろう」


『わからない。様子を見る』


「ゴルムさんにも伝えた方がいい?」


『そうしてくれ』


 シアが頷いた。


「わかった。明日ゴルムさんが来たら話す」


 それから少し間を置いて、シアが言った。


「ケンジ、今日外に出て色々あったけど——楽しかったよ。食堂の中が楽しかったし、ゼフさんが面白かったし、来訪者の話を聞けたし」


『よかった』


「でも、戻ってきたときに——ほっとした」


『ここが落ち着くか』


「うん。ここが家だから」


 俺は返事をしなかった。返す必要がなかった。


────────────────────────────────────


 シアが眠りについた後、俺は今日の情報を整理した。


 食堂に来た謎の人物。名前を登録していない。一人。装備がない。来訪者でも商人でもない雰囲気。ここを値踏みするような目。


 コアを狙う者なのか。シアを狙う者なのか。あるいはまったく別の目的なのか。


 判断材料が少なすぎる。


 ただ一つわかることがある。


 今日シアが外に出て、外の世界を見た。そのついでに、こちらが気づいていなかった何かを持って帰ってきた。


 シアが外に出られるようになったことは、防衛の観点から見ると脆弱性だ。だが情報収集の観点から見ると、今日のような発見がある。


 シアは俺の目になる、と昨日言っていた。


 今日、それが機能した。


────────────────────────────────────


 洞穴の外で、来訪者が引き揚げていく足音がした。今夜はこれで最後だろう。宿屋の灯りがまだついている。


 今日シアが行った食堂で、誰かがまだ話しているかもしれない。昨日よりどこまで行けたか、明日はどの層に挑むか。


 その会話の中に、今日の謎の人物がいるかもしれない。


 明日、ゴルムが来る。エリナも来る。情報が集まれば、判断できる。


 今夜はまだ、何もわからない。


 それで今夜は待つしかない。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:244,800P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+13,800P

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:シアが初めて食堂に「外出」。ゼフ(食堂主人)と対面。食堂・宿屋に「住み始めた人」が出てきていることを確認。

新規警戒:食堂に謎の人物。名前登録なし・装備なし・二日滞在中。ここを値踏みするような目つき。エリナ・ゴルムに共有済み。

課題:謎の人物の素性確認。11層以降の拡張計画立案。Bランク対応防衛強化。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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