第45話_町の誕生
宿屋が完成した朝、シアは真っ先に見に行った。
採集の前に入口から出て、できたばかりの建物の前に立った。俺の感知の届く範囲ぎりぎりだ。シアの立っている位置が、念話でわかる。
『どんな建物だ』
「木造で、二階建て。窓が四つある。看板が出てる。『鍛錬の宿・石の門』って書いてある」
石の門。
このダンジョンの入口が岩でできているから、そう名付けたのだろう。俺のコアが「石」であることと、無関係でもない。
「中に入ってみてもいい?」
『入口付近にいればいい。中まで入る必要はない』
「わかった。でも外から見るだけでもすごいよ。ちゃんとした建物だ」
ちゃんとした建物。
シアが来た最初の夜、俺の洞穴には水場と砂利の床しかなかった。今は洞穴の外に宿屋がある。
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宿屋が開業した翌日から、来訪者の滞在形態が変わった。
日帰りで来て帰る者に加えて、数日単位で泊まり込む者が現れた。朝から晩まで修行して、宿に戻って休んで、また翌朝来る。本格的な合宿修行だ。
シアがその様子を外で観察して、夕方に報告してくれた。
「今日、宿から来た人が七人いた。昨日からの泊まりらしい。朝一番で来て、夕方まで修行して、また宿に戻っていった」
『七人か』
「エリナさんが言ってた。月報が出てから、予約が入り始めたって。週末は満室になりそうって」
月報。先週全国に配布された冊子だ。シアのコメント「ここで死にません。だから、限界まで挑んでください」が全国の冒険者ギルドに届いた。
その効果が、もう出始めている。
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宿屋の開業から三日後、また別の動きが起きた。
シアが採集から戻ってきて、少し興奮した様子で言った。
「ケンジ、大工が来てる。宿屋の隣に、また建物を建てようとしてる」
『何を建てる』
「聞いてきた。食堂だって。修行で体力を使う人が多いから、食事処の需要があるって、宿屋の人が話してた」
食堂が来る。
宿屋の隣に食堂。食堂が来れば、食材を売る商人が来る。商人が来れば道が整備される。道が整備されれば、もっと遠くから人が来やすくなる。
俺はその連鎖を頭の中で展開した。
「ケンジ」
『何だ』
「人間って、集まるんだね」
『そうだな』
「集まったら、もっと集まる」
『その通りだ』
「なんかすごい」シアが少し間を置いた。「わたし、人が集まる場所にいたことがなかったから、なんか不思議な感じがする」
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食堂の建設が始まってすぐ、エリナが来た。今日は通常の来訪日ではなかったが、話があるらしかった。
「シアさん、少し相談があります」
エリナが来訪者の記録帳を開いた。
「月報が出てから、来訪者数が三割増えました。このまま増え続けると、入口付近の混雑が問題になる可能性があります」
「混雑、というのは」
「来訪者が同時に入れる層には限りがある。1層に十人以上が入ると、後から来た人が待たなければならない状況が生まれます。それと——」エリナが別のページを開いた。「リスポーンで戻ってきた方と、これから入る方がぶつかることもある。動線の整理が必要かもしれません」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、どう思う?』
俺は少し考えた。エリナの指摘は正しい。感知で確認しても、1層の通路が混雑する時間帯が増えている。リスポーンで入口付近に戻ってきた者と、入ろうとしている者が交差する場面もある。
『エリナに任せていい。入口付近の運営はギルドが動いてくれる方が効率がいい』
シアがエリナに伝えた。「コアがエリナさんに任せると言ってます」
「ありがとうございます」エリナが頷いた。「では来週までに整理案を持ってきます。看板の設置と、リスポーン後の回復エリアを入口付近に設けることを考えています」
「回復エリア?」
「リスポーンしたばかりの方は魔力がゼロです。そのまま再入場しようとするのは体に負担があります。少し休める場所があるといい」
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翌日、シアが採集に出た。
戻ってきたとき、少し表情が違った。
「ケンジ」
『どうした』
「外で話しかけられた。修行に来た人に。剣士の人で、三十代くらいの。二日前から来てるって言ってた」
『何を話した』
「ここのダンジョン、すごくいいって言ってた。死なないから、怖かった技を初めて試せたって。ずっと死ぬのが怖くて使えなかった剣技があって、ここで二十回試して、やっと使えるようになったって」
『二十回か』
「うん。それで——」シアが少し間を置いた。「その人がわたしに聞いたんだ。あなたはここのマスターですか、って」
『何と答えた』
「そうですって言った。そしたら頭を下げてくれた。ありがとうございますって。あなたのダンジョンのおかげで強くなれましたって」
俺は少しの間、その話を保留した。
「なんか、そうされると、どう反応したらいいかわからなくて」
『感謝された、ということだ』
「そうなんだけど。なんか、嬉しいけど、なんかこう——」
『うまく言えないか』
「うん。うまく言えない」
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俺も同じことを感じた、と言えたかもしれない。
来訪者が感謝をする。感謝を受け取る。それが何を意味するかは、俺にも正確な言葉がなかった。
転生してから今日まで、俺は来訪者を「撃退する相手」として扱ってきた。シアを守るために、コアを守るために、戦闘不能にして追い返す。それがダンジョンの仕事だった。
今は違う。
来訪者が来る。戦う。強くなる。感謝して帰る。また来る。
俺のダンジョンが、誰かの成長の場所になっている。
『感謝されたとき、お前はどうした』
「ありがとうございます、また来てくださいって言った」
『それで正解だ』
「そう?」
『ここに来る人が強くなって帰る。それがここの目的になった。感謝はその結果だ』
シアが少し考えた。
「最初はそんな目的じゃなかったよね。コアを守るためだったよね」
『そうだった』
「変わったね」
『変わった』
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その週の終わり、エリナが整理案を持ってきた。
入口前の広場を整理する。リスポーン後の回復スペースを設ける。入場を待つための順番待ちの仕組みを作る。簡単な案内板を設置する。
「コアに確認したいことがあります」エリナがシアに言った。
「どうぞ」
「入口付近の地面を少し均してもいいですか。でこぼこしていて、リスポーンで戻ってきた方が転ぶことがある」
シアが俺に確認した。
『地形改造はDP消費なしでできる。入口外側の範囲なら問題ない。ただし、洞穴の内部には手をつけないでくれ』
シアがエリナに伝えた。
「外側なら問題ないって。洞穴の中は変えないでほしいと」
「わかりました。外側だけ整地します」エリナがノートに書き留めた。「あと一つ、提案があります」
「何ですか」
「簡単な受付の仕組みを作りませんか。シアさんが毎日ここにいて、来訪者の対応をしていますよね。それを少し仕組み化して——名前の記録、注意事項の説明、利用ガイドラインの配布。ギルドとして人を一人置く形にもできますが、マスターとして直接対応したい、ということであれば——」
シアが俺に確認した。
『どうする?』
俺は少し考えた。シアが直接対応していることは、このダンジョンの個性の一部だ。エルフのマスターが入口で来訪者を迎える。それが「鍛錬の迷宮」という場所の顔になっている。それを仕組み化することで失われるものもある。
だが同時に、シアに負担をかけすぎることも避けたい。
『シアが決めていい。お前の話だ』
『わたしが?』
『そうだ。お前がどうしたいか、という話だ』
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シアがエリナに向き直った。
「ギルドから人を置く形は今はまだいいです。わたしが対応します。ただ——エリナさんに来訪日を増やしてもらえますか。週二回じゃなくて、週三回か四回。困ったときにすぐ相談できる人がいる方が、わたしは安心できる」
エリナが少し表情を動かした。
「……そういう形がいいんですね」
「はい」
「わかりました」エリナが頷いた。「週四回に増やします。私も、正直ここに来るのが好きなので」
「好き?」
「変なダンジョンで、変なマスターがいて、変なコアが話しかけてくる」エリナが少し笑った。「でも、来るたびに何か新しいことがある。担当になってよかったと思ってます」
シアが少し照れた様子で「ありがとうございます」と言った。
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夜、DP収支を確認した。
DP残高:231,000P。
一日で17,400P増えた。過去最高の収入日だった。月報効果が続いている。
俺はDP残高を確認しながら、今日一日を振り返った。
宿屋に続いて食堂が建ち始めた。エリナが入口付近の整理を提案した。シアが来訪者から感謝された。受付の形をどうするか、シアが自分で決めた。エリナの来訪が週四回に増えた。
一日の中に、それだけのことが起きた。
転生した日、俺は石だった。洞穴と、ゴブリンと、落とし穴しかなかった。
今は宿屋がある。食堂が建ちかけている。ギルドの担当者が週四回来る。来訪者が頭を下げて帰っていく。
俺が変えたのか。シアが変えたのか。来訪者が変えたのか。エリナが変えたのか。ゴルムが変えたのか。
たぶん全員だ。
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シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、今日感謝されたこと、まだ少しもやもやしてる」
『どういう意味だ』
「感謝されたのは嬉しかった。でも、わたしが何かをしてあげたって感じがあまりしなくて。ただここにいただけで、その人が強くなってくれた」
『それがここの役割だ』
「役割、か」
『場所を提供した。安全を担保した。来る者を受け入れた。それだけで十分だ』
「それだけでいいの?」
『十分だと思う。何かをしてあげようとして動いたわけではなくても、結果として誰かの役に立った。それは小さくない』
シアがしばらく黙った。
「ケンジって、たまにそういうこと言うね」
『どういうことだ』
「なんか、励ましてくれてる感じの言葉」
『事実を言っているだけだ』
「それが励ましてくれてる、って言ってるんだよ」
シアが笑った。それから静かになった。
鼓動が落ち着いていく。眠りに向かっていく。
洞穴の外では宿屋の灯りがある。食堂の建設現場は暗い。明日また工事が始まる。
人間ってのは集まるもんだな、と俺は思った。
シアが言ったように、集まったらもっと集まる。ここはもう、来た者が誰かに話して、その誰かがまた来る、という流れの中にある。
その流れを止める理由が、今のところ俺にはない。
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翌朝、シアが出かける前に言った。
「ケンジ、今日もエリナさんが来る?」
『記録日ではないが、来るかもしれない』
「来たら、一緒に食堂の工事を見に行ってもいいかな」
『感知の届く範囲なら構わない』
「うん」シアが少し嬉しそうにした。「エリナさん、一緒にいると色々教えてくれる。建物の建て方とか、商売の仕組みとか、知らないことばっかりだから面白い」
『外の知識を持っているからな』
「ケンジが知らないこと、エリナさんが知ってることが多い。逆も多いけど」
『そうだな』
「だから、二人でケンジを支えられる気がする」
俺は少し考えた。
二人でケンジを支える。シアがそう言った。
俺を「支える」という発想は、今まで誰かが持ったことがなかった。俺はダンジョンコアで、全ての判断をする側だ。シアは守られる側だ。エリナは外から関わる側だ。
だがシアは「支える」と言った。
『それは頼もしい』
「うん」シアが当たり前のように言った。「任せて」
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DP残高:231,000P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体
落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+17,400P(月報効果・過去最高)
現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)
確定事項:宿屋開業・食堂建設開始。エリナが入口付近の整理・回復スペース設置を提案、コア了承。エリナの来訪が週4回に増加。シアが感謝される体験をした。
課題:11層以降の拡張計画立案。Bランク対応防衛強化。入口付近の整地・動線整備(エリナ主導)。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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