表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/83

第44話_修行場として_後編

 利用ガイドラインが掲示されてから、来訪者の動きが変わった。


 以前はリスポーンを繰り返すことへの遠慮があった。何度も戻ってきて申し訳ない、という空気だ。ガイドラインで「推奨修行回数」が明示されると、その遠慮が消えた。ここは修行するための場所だ、と来訪者が理解した。


 一日に十回リスポーンする者が珍しくなくなった。


 中には週三日通う常連が現れ始めた。ゴルムが「顔なじみが増えてきた」と言っていた。シアも外で何人かと挨拶を交わすようになっていた。


 来訪者が顔なじみになる。


 俺にはその意味がゆっくりと届いた。ここが「立ち寄る場所」から「通う場所」に変わった。


────────────────────────────────────


 その日の朝、シアが採集から戻ってきてすぐに言った。


「ゴルムさんが来てる。今日は修行じゃなくて話があるって」


 ゴルムが入口前の岩場に座っていた。酒の入った水筒を持っていた。朝から飲んでいるのか、それとも昨夜の残りか。


「マスター殿、少し話していいか」


「どうぞ」とシアが岩場に座った。


「ここ最近、来訪者の顔ぶれが変わってきた。気づいているか」


「何人か知った顔が増えたのはわかります」


「それだけじゃない」ゴルムが水筒を置いた。「腕の立つ連中が来るようになった。FランクEランクの初心者だけじゃなく、CランクBランクが定期的に顔を出すようになってきた」


 俺はそれを感知していた。確かに最近、一層を素通りして深層まで届く来訪者が増えている。


「それはいいことですか」とシアが聞いた。


「いいことだ。ただし——」ゴルムが顎髭を撫でた。「いいことには、それだけの重みが伴う」


────────────────────────────────────


「重み、とは」


「Bランクが来るようになると、Bランクに対応した防衛が必要になる。今の配置で十分か」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


 俺は少し考えた。今の防衛力でBランクに対応できるか。正直なところ、余裕がある状況ではない。10層のガルムがいる。だが8層のループ迷路を素通りできる実力者が来れば、現状では厳しい。


『ゴルムの言う通りだ。現状では上限に近い』


 シアがゴルムに伝えた。


「コアが言ってます。現状では上限に近い、と」


「正直なダンジョンだな」ゴルムが少し笑った。「強化の予定はあるか」


「DPが貯まれば」


「今どのくらいだ」


 シアが俺に確認した。


『伝えていい。あと少しで200,000Pになる』


「200,000Pに近い数字です」


 ゴルムが少し表情を動かした。「それだけあれば次の拡張ができるな」


「はい。もう少ししたら動けます」


────────────────────────────────────


 ゴルムが帰った後、シアが念話を入れてきた。


『ケンジ、次の拡張ってCランクに向けた強化?』


『そうなる。Cランクのダンジョン基準は10〜20層だ。今は10層止まりだから、早ければ11〜15層の拡張を考える時期だ』


『でも一気には難しいよね』


『難しい。一層追加するコストは前回より高い。慎重に積み上げていく』


『わかった。じゃあ今は貯める時期だ』


 シアが淡々と言った。


 最初の頃のシアなら「遠いなあ」と言っていたかもしれない。今は「貯める時期だ」と言う。目の前の課題に対して、感情的な反応より先に実務的な判断が出てくるようになっている。


 俺はそれを静かに、確かめていた。


────────────────────────────────────


 その夜、DP残高が200,000Pを超えた。


 200,012P。


 特別な権能が解放されるわけではない。節目の数字が通過しただけだ。だが俺はしばらく、その数字を見ていた。


 転生したとき、最初の残高は10,000Pだった。


 それが200,000Pになった。


 一日あたりの収入が1桁だった頃がある。シアが来る前、野生の魔物を撃退して50P、100Pを積み重ねていた時期だ。今は一日に10,000Pを超える日が珍しくない。


 変わった。


『シア』


 シアはまだ起きていた。水場のそばで草の手入れをしていた。


『何?』


『200,000Pを超えた』


 シアが少し間を置いた。


『……200,000P』


『そうだ』


『最初は10,000Pだったんだよね』


『そうだ。転生した日に確認した数字だ』


 シアがまた少し黙った。


『わたし、来たときはDPって何かも知らなかった』


『そうだったな』


『ケンジに教えてもらって、少しずつわかって、今は200,000Pが何を意味するかわかる』シアが草を一本置いた。『なんか、不思議だね』


『何が』


『全部が繋がってる感じ。最初の夜と今が、同じ場所で続いてる』


────────────────────────────────────


 翌日、いつもより少し早い時間にエリナが来た。


 顔が明るかった。何かいい知らせを持ってきた顔だ。


「シアさん、いい話があります」


「どんな話ですか」


「ギルドから連絡が来ました。来月、このダンジョンに関する記事を冒険者ギルドの月報に掲載したいと。全国のギルドに配布される冊子です」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた。全国配布の冊子に載る、ということか』


『すごいことだよね』


『大きな話だ』


「コアも驚いてます」とシアがエリナに言った。


「そうでしょうね」エリナが少し嬉しそうに言った。「記事の内容は、不死現象の確認と修行場としての活用事例です。コアの存在については、『意志を持つダンジョン』という表現にとどめて、詳細は書きません。シアさんについては名前だけ、エルフのダンジョンマスターとして」


「それで問題ありません」


「あと——」エリナが続けた。「記事の中で、シアさんのコメントを一つ入れたいんですが、よろしいですか」


「コメント?」


「ここのダンジョンマスターとして、来訪者に向けて一言。短くていいです」


 シアが少し考えた。それから俺に念話を入れた。


『ケンジ、何て言おう』


────────────────────────────────────


 俺も少し考えた。


 全国に配布される冊子に載る言葉だ。来訪者に向けたメッセージ。このダンジョンが何であるかを、一言で表す言葉。


『お前が思うことを言えばいい。俺の言葉ではなく、お前の言葉で』


『わたしの言葉』


『そうだ』


 シアがしばらく黙った。エリナが待っていた。


 それからシアが言った。


「『ここで死にません。だから、限界まで挑んでください』」


 エリナがノートに書き留めた。繰り返した。「ここで死にません。だから、限界まで挑んでください」


「これがここのダンジョンの全部だと思うので」とシアが言った。


「いい言葉ですね」エリナが頷いた。「そのまま使います」


────────────────────────────────────


 エリナが帰った後、シアが洞穴に戻ってきた。


「ケンジ」


『何だ』


「わたし、いい言葉が出てきてよかった」


『いい言葉だった』


「ケンジの言葉みたいだって思った」


『どういう意味だ』


「ケンジが考えそうなこと。無駄がなくて、でも大事なことが入ってる感じ」


 俺は少し考えた。


 シアが俺の言葉に似た言葉を、自分の言葉として言えるようになっている。それは俺が教えたからではない。一緒に過ごしてきた時間の中で、自然にそうなった。


『一緒にいた時間が長いからかもしれない』


「それって、いいことだよね」


『悪いことではない』


「そういう言い方をするんだね」シアが少し笑った。「ケンジ」


『何だ』


「いいことだよ。ちゃんと言っていい」


 俺は少しの間、黙った。


『……いいことだ』


「うん」シアが満足そうに言った。「そうだよ」


────────────────────────────────────


 夕方、また一人で来た若い冒険者がいた。


 昨日も来ていた顔だ。今日で三日連続だ。1層で何度もリスポーンしながら、少しずつ先へ進もうとしている。今日初めて2層の入口まで到達した。強化オークを見上げて、少し立ち止まって、また1層に引き返した。


 無謀に突っ込まなかった。


 自分の今の力を把握した上で、引き返すことを選んだ。


 俺はその判断を、静かに見ていた。


 三日で少し賢くなった。


 ここに来るたびに、何かが変わっている。それが「修行場」というものの本質だ。負けても死なない。だから何度でも挑める。挑むたびに何かを学べる。


 このダンジョンが提供しているのは、戦場ではなく経験だ。


────────────────────────────────────


 夜になった。


 DP収支を確認した。今日も安定した収入があった。


 DP残高:213,600P。


 来月には月報が出る。全国の冒険者ギルドに「鍛錬の迷宮」という名前と、「ここで死にません。だから、限界まで挑んでください」というシアの言葉が届く。


 どこまで広がるかはわからない。


 だが今日まで来た。それは確かだ。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ、明日宿屋が完成するって言ってた。入口の前の」


『そうか』


「できたら見に行ってもいい?」


『採集のついでなら構わない』


「うん」シアが少し間を置いた。「なんか、ここが町になっていくの、毎日少しずつ見てる感じがする。ケンジは見えてる?」


『感知で変化はわかる。詳しいことはお前が教えてくれる』


「じゃあわたしが目になるね」


『前からそうだ』


 シアが笑った。それから静かになった。


 洞穴の外では工事の音が続いていた。明日、宿屋が完成する。人が泊まるようになる。泊まった者がまた来る。その繰り返しが積み重なって、いつか町になる。


 その過程を、シアが目になって俺に伝えてくれる。


 それで十分だった。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:213,600P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+15,200P(修行目的来訪者・過去最高水準が続く)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:DP200,000P通過。ギルド月報への掲載決定(全国配布)。シアのコメント「ここで死にません。だから、限界まで挑んでください」が掲載予定。宿屋が明日完成予定。

課題:11層以降の拡張計画の立案開始。Bランク対応の防衛強化。ギルド月報掲載後の来訪者増加への備え。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ