第43話_修行場として_中編
エリナが利用ガイドラインの草案を持ってきたのは、翌週の火曜日だった。
紙一枚にまとめられていた。
シアが受け取って読んだ。それを俺に念話で内容を伝えてくれた。
一日あたりの推奨修行回数。魔力消耗が激しいため、連続してリスポーンを繰り返す場合は間に30分以上の休憩を挟むこと。体調不良の場合は入場を見合わせること。装備消失は本人の責任であること。ダンジョン内での他者への故意の妨害は禁止。
『簡潔でいい』と俺はシアに伝えた。
『エリナに追加してほしい項目は?』
俺は少し考えた。
『一つだけ。コアへの干渉を試みる行為は即刻退場とする、という項目を加えてくれ』
シアがエリナに伝えた。
「コアへの干渉禁止は追加します」とエリナが頷いた。「当然の項目ですね。これで完成版として告知します」
「ありがとうございます」とシアが言った。
「こちらこそ。コアも確認してくれてありがとうございます」
エリナがシアの横を向いた。向いた先はコアの方向だ。直接見えるわけではないが、エリナは今、俺に向かって礼を言っていた。
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その翌日、剣薔薇が来た。
今度は六人ではなく三人だった。前回と同じ揃いの外套、同じ紋章。ただし動きが違う。前回は「戦いに来た」動きだった。今日は違う。荷物を持っている。書類らしきものを抱えている一人がいる。
「交渉だ」と俺はシアに念話を入れた。
『わかった。エリナさんを呼ぶ?』
『呼べ。今すぐ』
シアが念話でエリナに連絡を取ろうとした。念話はエリナには届かない。シアが入口から出て、露店の一つに声をかけた。エリナへの伝言を頼んだ。
それからシアが三人の前に立った。
「いらっしゃいませ。前回もお越しでしたね」
三人の中心に立った男が少し目を細めた。前回の指揮官だ。
「あなたが、ここのマスターですか」
「そうです」
「少し話させていただいてもよろしいでしょうか。ここの——コアの意志を持った存在と、交渉がしたい」
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エリナが十分後に現れた。
息を切らせながら来た。来訪者数の記録をとっている最中だったらしく、ノートを抱えていた。
「シアさん、状況は?」
「貴族護衛団の方たちです。交渉したいと言っています」
エリナが三人を見た。三人がエリナを見た。
「ギルド職員のエリナです」とエリナが言った。「このダンジョンの担当をしています。交渉の場にはギルドとして立ち会わせてもらえますか」
指揮官がしばらく沈黙した。それから「構いません」と言った。
四人が岩場に腰を下ろした。シアが斜め後ろに立っている。俺はシアとの念話を通じて全部を聞いている。
「改めて自己紹介を」と指揮官が言った。「私はヴァルト。ルーデン王国、ラングフォルト辺境伯家の護衛隊長をしています」
「ラングフォルト家」とエリナが書き留めた。「辺境伯というのは相当な位の方ですね」
「そうです。その辺境伯閣下が、このダンジョンについて関心を持っておられます」
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「関心、というのは」とシアが聞いた。
「二つあります」とヴァルトが言った。「一つ目は、我が家の護衛団員の訓練場として利用させていただきたい。死なずに限界まで戦える場所は、護衛の訓練に最適です。前回来訪した際に、そのことを確信しました」
シアが俺に念話を確認した。
『どう答える?』
『修行目的での利用は現在誰でも歓迎している。特別扱いはしない。同じ条件でどうぞ、と伝えろ』
シアがヴァルトに伝えた。
「一般の利用者と同じ条件であれば歓迎します」
「そこは問題ありません。二つ目が本題です」ヴァルトが書類を出した。「辺境伯閣下は、このダンジョンを……辺境伯家の管轄下に置くことを打診したいとのことです」
沈黙があった。
エリナが先に口を開いた。「それはギルドの認定ダンジョンへの干渉になる可能性があります。ギルドとして一言申し上げると——」
「存じています」とヴァルトが遮った。「だからこそ今日はあくまで打診として来ました。強制ではありません」
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シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、どうする?』
俺は少し時間をかけて考えた。
貴族の管轄下に入る。それが何を意味するか。まず、自由度が下がる。来訪者の制限、収益の分配、運営方針への干渉。俺の判断でダンジョンを動かせる範囲が狭まる。
一方で、保護という面がある。Eランクのときに奴隷狩りに脅かされたような状況は、貴族の庇護があれば防ぎやすくなる。シアへの脅威も減る。
だが——今はエリナがいる。ギルドがいる。ゴルムがいる。
今の状況で、貴族の管轄下に入る必要があるか。
『断る。ただし、敵対するわけではない、という姿勢で』
『わかった』
シアがヴァルトに向き直った。
「今のところ、管轄下に入る意思はありません」
「理由を聞かせていただけますか」
「ここはコアの意志によって動いています。外部の管轄下に入ることで、その自由が制限されるのを避けたいと考えています」シアが続けた。「ただし、ラングフォルト家の方々がここで修行されることは、他の来訪者と同じ条件で歓迎します」
ヴァルトが少し表情を動かした。
「……コアが直接そう判断したということですか」
「そうです」
「コアは今、ここにいますか」
「常にいます」
ヴァルトが入口の方を見た。しばらく沈黙した。
「わかりました。今回の打診は取り下げます。ただし、将来的に改めてお話しする機会をいただけますか」
「その際もギルドを通じてお願いします」とエリナが口を挟んだ。「正式な交渉はギルドが立ち会う形が適切です」
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三人が帰った後、エリナがシアに言った。
「うまく対応しましたね」
「ケンジが判断してくれたんです」
「でも言葉にしたのはシアさんです。あの場でコアと念話しながら、相手に伝える言葉を選んでいた」
シアが少し考えた。
「……うまくできていたかな」
「できていました」エリナがノートを閉じた。「私が感心したのは、断り方です。敵対せず、でも明確に断った。それは難しいことです」
「ケンジが言ったんです。敵対するわけではない、という姿勢で、って」
「コアがそういう判断ができることも、すごいことですよ」
シアが俺に念話を入れた。
『褒められてる』
『聞こえていた』
『なんか言う?』
『いい』
『なんで』
『照れているわけではないが、言語化が難しい』
シアが念話の中でくすりと笑った気配があった。
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ゴルムが夕方に立ち寄った。今日のことを外で聞いていたらしい。
「剣薔薇が来たと聞いた。どうだった」
「断りました」とシアが言った。「管轄下に入る打診を」
「そうか」ゴルムが頷いた。「正解だ。今の段階で特定の貴族の傘下に入ると、他の家から干渉を受けやすくなる。中立を保つ方がいい」
「エリナさんもいてくれたので、助かりました」
「ギルドが立ち会っていたなら向こうも強くは出られない。エリナを呼んだのは誰だ」
「シアさんです」とエリナが言った。「的確な判断でした」
ゴルムが少し笑った。「だんだんやるようになってきたな、マスター殿」
シアが少し照れた顔をした。
「まだコアに頼りっぱなしです」
「それでいい」とゴルムが言った。「頼れる相手がいるなら使え。一人で抱えるのが偉いわけじゃない」
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その夜、来訪者が帰り終わった後の静かな時間に、俺は今日一日を整理した。
ガイドラインが完成した。管轄下への打診を断った。エリナとゴルムが機能した。
一つ一つは小さな出来事だ。だがつなげて見ると、このダンジョンの外交的な立ち位置が少しずつ固まってきている。
ギルドと協力する。特定の権力に属さない。来訪者に等しく開かれている。
それが今の方針だ。
シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ、今日疲れた?」
『俺には疲れがあまりない』
「あまり、ってことはちょっとはある」
『……今日は少しあるかもしれない』
「じゃあ一緒に休もう」
『お前と俺では休み方が違う』
「それはそうだけど」シアが少し笑った。「でも同じ夜にいるんだから、一緒でしょ」
俺は返事をしなかった。
シアの言い方は正確ではないが、間違ってもいない気がした。
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DP残高を確認した。
198,400P。
あと1,600Pで200,000Pに届く。
修行場として定着したことで、来訪者の数も収入も安定した。この水準が続けば、次の節目まで遠くない。
シアが眠りに入った。鼓動が落ち着いている。今日は色々あったが、最後は穏やかに眠りについた。
洞穴の外では宿屋の工事の音がある。日中だけではなく、夜も作業が続いているらしい。それだけ急いで建てたい者がいるということだ。
町になる。
その言葉が、少しずつ現実味を帯びてきている。
俺にはまだ体がない。外に出られない。だがここから、それを見ていることができる。
シアと一緒に。
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DP残高:198,400P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体
落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+4,800P(通常来訪者複数・交渉対応のため戦闘件数少)
現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)
確定事項:利用ガイドライン完成・告知へ。ラングフォルト辺境伯家の管轄打診を断った。ギルドとの中立的な関係を維持する方針が固まった。
課題:DP200,000P到達が近い(あと1,600P)。貴族側の再接触に備えた体制の継続。シアの露出管理継続。宿屋建設進行中——入口周辺の整備が加速している。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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