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第42話_修行場として_前編

 ギルドの告知から二週間が経った。


 来訪者の構成が、はっきりと変わった。


 以前は「噂を確かめに来た」者が多かった。挑戦して、死ななくて、驚いて帰る。そういうサイクルだった。今は違う。「修行しに来た」者が来る。リスポーンしても諦めない。装備が消えても戻ってくる。何度も何度も繰り返す。


 この場所が道場だと理解した上で来ている。


 一日あたりの来訪者数は安定して二十組前後になった。DP収入が以前の三倍近くに跳ね上がった。


 DP残高が一日ごとに積み上がっていった。


────────────────────────────────────


 ある朝、俺は一人の来訪者を注目して見ていた。


 昨日も来た男だ。昨日初めて来て、1層で何度もリスポーンしながら、最後に2層への入口まで辿り着いた。今日はその続きをしに来た。


 男は昨日と同じ装備で来ていた。最低限の防具と剣一本。高価なものではない。だが今日の立ち方が昨日と少し違う。重心が低い。昨日より落ち着いている。


 俺はゴブリンを通常通りの配置で出した。


 男が一体目と向き合った。昨日と同じ相手だ。だが動き方が違った。昨日は正面から打ち合っていた。今日は半歩引いて、ゴブリンの攻撃を誘ってから入っている。


 昨日の失敗を、一晩で修正してきた。


 三体目を倒したところで、男が2層に入った。強化オークと対面した。無謀にも正面から向かった。十秒で吹き飛ばされた。


 リスポーンで入口に戻ってきた。


 すぐに入口を引き返した。また来た。


────────────────────────────────────


 シアが採集から戻ってきて、入口付近の様子を見た。


「今日も多いね」


『昨日より増えている』


「あの人、また来てる」シアが何かに気づいた様子で言った。「昨日も一日中ここにいた人だ」


『見ていた。今日で何十回目かになる』


「何十回も」シアが少し目を細めた。「本当に強くなりたいんだね」


『そういうことだ』


「ここで、強くなれてるのかな」


『今日と昨日で、ゴブリンへの対処が変わっていた。一晩で改善した』


 シアが少し間を置いた。


「……ケンジって、ちゃんと一人一人見てるんだね」


『全員の動きが感知に入ってくる。見ないわけにはいかない』


「全員。今日だけで何人いるの」


『今この瞬間、洞穴の中に十四人いる』


 シアが驚いた顔をした。「同時に十四人も?」


『層が分かれているから、同じ場所にいるわけではない。1層に六人、2層に四人、3層に三人、4層に一人』


「なんか、本当に迷宮になってきた」


────────────────────────────────────


 昼前、エリナが来た。


 今日は記録の日ではなかったが、顔を出した。


「シアさん、少しいいですか」


「どうぞ」


「来訪者数の記録を見ていたら、一人の方が連続で来ているのが気になって」エリナがノートを開いた。「昨日二十三回来訪、今日現在で十七回。これ、同じ方ですよね」


「そうです。今日もいます」


「体は大丈夫なんでしょうか。リスポーンにはかなりの魔力消耗が伴うはずで、何十回も繰り返すと体に負担が——」


 俺はシアに念話を入れた。


『エリナの懸念は正しい。俺も見ていた。その男の魔力消耗が累積している可能性がある』


「ケンジが言ってます。魔力の累積消耗を確認する必要があるかもしれないって」


 エリナが表情を引き締めた。


「そうですね。ギルドとして、利用者の安全管理を考える必要があります」


 二人がその男のところへ行った。


 しばらく話し合いが続いた。男は最初、余計なお世話だという顔をしていた。だがエリナが「ギルドとしての安全確認です」と言うと、渋々応じた。


 その日の残りの修行を切り上げて、近くの宿で休んでもらうことになった。


────────────────────────────────────


 夕方、エリナが一つ提案をしてきた。


「修行目的の来訪者が増えてきたので、利用のガイドラインを作ってもいいですか。一日の最大修行回数の目安とか、体調が悪い時は入らないでほしいとか。コアとシアさんの同意を得た上でギルド名義で告知する形なんですが」


 シアが俺に確認した。


『どう思う?』


 俺は少し考えた。来訪者の安全管理はこちらにとっても利益がある。過剰な消耗で倒れる者が出れば、このダンジョンの評判に影響する。エリナが管理側として動いてくれるなら、俺の負担が減る。


『賛成だ。内容はエリナに任せる。ただし最終確認はシアを通じてとってくれ』


 シアがエリナに伝えた。


「コアが賛成しています。内容の最終確認はここを通してほしいって」


「わかりました」エリナが頷いた。「では来週中に草案を持ってきます」


 エリナが帰る前に言った。「シアさん、さっきの男の人のこと、教えてもらえて助かりました」


「エリナさんが気づいたんですよ。わたしじゃなくて」


「でもコアが確認してくれたから判断できた」エリナが少し笑った。「三者でうまく連携できてる気がします、最近」


────────────────────────────────────


 来訪者が修行目的に変わって、もう一つ俺が気づいたことがある。


 来訪者がここでの体験を話す言葉が変わった。


 以前は「死ななかった」という驚きが中心だった。今は「ここで何ができるようになったか」を話している。


 今日来た女性の冒険者が、外で他の来訪者に話しているのを、シアが聞いてきた。


「あの人、こんなことを言ってたって。『ここに来るまで、剣を三本持って持ち替えながら戦うのが怖くてできなかった。失敗したら死ぬから。でもここで練習したら、死なないから何度でも試せて、今は自然にできるようになった』って」


『武器の持ち替えか』


「細かい技術を、ここで体で覚えたって言ってた。ほかにも、魔法の詠唱を短縮する練習をしてる人もいるって。普通は一度しか使えない手段を、何十回でも使えるから、精度が上がるって」


 死なないから練習できる。練習できるから精度が上がる。精度が上がるから強くなる。


 それが「修行場」というものの本質だった。


 俺はその話を聞きながら、今の洞穴の役割を改めて確認した。


 このダンジョンは、来訪者を殺す場所ではない。来訪者を育てる場所になっている。


────────────────────────────────────


 その翌々日、ゴルムが来た。


 今日は戦いに来たのではなく、話があるらしかった。シアと俺に、情報を伝えに来た。


「先週、街で耳にした話だ」ゴルムが言った。「あの紋章の連中——揃いの外套の六人組——の正体について、少し調べた」


 シアが俺に念話を入れた。


『38話の私兵団の話だ』


『わかっている』


「調べた結果、どうでした?」とシアが聞いた。


「ルーデン王国の地方貴族の家の護衛団らしい。名前は『剣薔薇』——剣と円の中に薔薇が入った紋章で、領主クラスの家が使う規格だ。どの家かまでは特定できなかったが、少なくとも冒険者でも盗賊でもない」


「貴族の護衛団がここに来た理由は」


「おそらく偵察だ」ゴルムが顎髭を撫でた。「Dランクのダンジョンが死なないという話は、王都でも広まっている。力のある家なら、自分たちの護衛を強化したいと考える。ここで戦力を試したか、あるいは利用価値を探ったか」


「それって、また来る可能性がある?」


「ある。ただし次に来るときは、正面から交渉しに来るかもしれない」


────────────────────────────────────


 ゴルムが去った後、シアが奥の空間に戻ってきた。


「ケンジ」


『聞いていた』


「貴族が来るかもしれないって。どうしたらいい」


 俺は少し考えた。


『今すぐどうこうする話ではない。ただ——貴族が交渉に来た場合、シアだけに対応させるのは避けたい。エリナかゴルムに間に入ってもらう形を考えておく』


「わたし、一人で貴族と話すのは確かに難しい」


『できないわけではないが、リスクが高い。エルフの子どもが単独で対応している状況は、相手に「つけ込める」と思わせる可能性がある』


「つけ込まれる、か」シアが少し考えた。「じゃあ、エリナさんに相談する?」


『それがいいと思う。エリナはギルド職員だ。貴族との交渉にはギルドの立場が有効になる場面がある』


「わかった。次にエリナさんが来たとき、話してみる」


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 今日の収入は安定した水準だった。来訪者が増えても、収入は今後しばらくこのペースで続くだろう。


 DP残高:193,600P。


 200,000Pが見えてきた。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ねえ、ケンジ。最近、ここに来る人たちの顔が変わった気がする」


『どういうことだ』


「前は来るたびに驚いた顔してた。死ななかった、変なダンジョンだって感じの顔。今は——慣れてる顔。ここで何をするか、最初から決めて来てる顔」


 俺は少し考えた。


『ここが日常になり始めた、ということかもしれない』


「日常」シアが繰り返した。「鍛錬の迷宮に来ることが、日常になる人がいるってことか」


『そうだ。週に何度も来る者が増えている』


「それって……すごいことだよね、ケンジ」


 俺は少し間を置いた。


『そうかもしれない』


「もっと強く言っていいよ」シアが笑った。「すごいことだよって」


『すごいことだ』


「そう!」シアが笑った。「そうだよ。ここまで来たんだよ」


 シアの笑い声が洞穴に響いた。


────────────────────────────────────


 笑い声が収まって、洞穴が静かになった。


 シアが目を閉じた。


「おやすみ、ケンジ」


『おやすみ、シア』


 鼓動が落ち着いていく。


 洞穴の外では今夜も来訪者の気配がある。修行を終えて宿屋に戻る足音。次に来たときの作戦を話し合う声。


 ここに来ることが日常になっている者がいる。


 俺の洞穴が、誰かの日常になっている。


 転生した当初、俺はここで生き延びることだけを考えていた。それから、シアを守ることを考えた。それから、強くなることを考えた。


 今は——ここに来る者たちが、何かを持って帰ることを考えている。


 その変化が、いつ起きたのかはわからない。


 ただ今夜、確かにそうなっていた。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:193,600P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+12,800P

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

今週の動き:修行目的来訪者の定着化。エリナが利用ガイドライン策定を提案・コア了承。ゴルム情報:38話の私兵団は「剣薔薇」と呼ばれるルーデン王国の地方貴族護衛団と判明。再来訪・交渉の可能性あり。

課題:貴族との接触に備えてエリナ・ゴルムを介した対応体制の整備。シアの露出管理継続。DP200,000P到達が近い。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
会話文に38話ってメタ表現使ってるのはわざとなんだろうか? 34話にも話数が文中に出てきたが地の文だったから軽い違和感で済んだけど、ギャグの雰囲気でもないのに会話文に出てくるのはさすがに違和感が強すぎ…
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