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第41話_不死の検証

 ギルドが動いたのは、エリナが来訪してから一週間後のことだった。


 エリナが「公式検証を行いたい」と申し出てきた。


「ダンジョン内での不死現象を、ギルドとして正式に記録・確認したいんです」とエリナが言った。「今は冒険者の体験談しかない。公式の検証レポートを作れば、ギルドが正式に認定できます」


「どんな方法で検証するんですか」とシアが聞いた。


「ギルドが選んだ検証担当者——私も含めて——が実際にダンジョンに入ります。意図的に戦闘不能状態になる。その後、入口に戻ってくることをギルドの複数の職員が立ち会って記録する」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、どう思う?』


 俺は少し考えた。


 公式検証を受ける意味は大きい。ギルドが認定すれば、「死なないダンジョン」は噂ではなく事実になる。来訪者の質と量がさらに変わる。ただし、検証のために誰かが意図的に戦闘不能になるということは、俺がそれを「受け入れる」という判断をしなければならない。


『受け入れる。ただし検証の際は、俺も協力する形にしたい』


『どういうこと?』


『トラップを通常より緩めて、安全に戦闘不能状態になれるルートを用意する。検証担当者が無駄に苦しむ必要はない』


 シアがエリナに伝えると、エリナが少し驚いた顔をした。


「コアが、検証に協力してくれるんですか」


「そうです。安全なルートを用意するって言ってます」


 エリナがしばらく黙った。


「……本当に、変なダンジョンですね」


────────────────────────────────────


 検証は三日後に行われた。


 ギルドから四人が来た。エリナ、ゴルム、それと記録担当の職員が二人だ。


 俺は1層の落とし穴を一か所だけ残して、他の罠とゴブリンを引いた。安全に、確実に、落とし穴で戦闘不能状態になれるルートだ。


 ゴルムが先頭で入ってきた。


「本当に協力してくれるんだな、コア」


 ゴルムが天井に向かって言った。


 俺はシアに念話を入れた。


『「そうだ」と伝えてくれ』


 シアが外からゴルムに伝えた。ゴルムが少し笑った。


「わかった。信用する」


 ゴルムが通路を進んだ。落とし穴の前まで来た。一瞬足を止めた。それから踏み込んだ。


 どぼり、と音がした。


 俺は不死の権能を起動した。ゴルムの魔力を吸収して、入口へ送り返す。


 十秒後、入口の外にゴルムが現れた。装備なし、魔力なし、ただし完全に生きていた。


 記録担当の二人が慌ててノートに書き込んだ。エリナが時刻を確認した。


「確認しました。ゴルム・ガルドハイム、ダンジョン内で戦闘不能状態になり、入口付近に無事帰還。魔力消耗あり、装備消失あり、生命に問題なし」


「次は俺が入るか?」とゴルムが言った。


「今日はゴルムさん一人で十分です」とエリナが答えた。「記録は揃いました」


────────────────────────────────────


 ギルドの公式発表が出たのは、検証から五日後だった。


 シアが外から持ち帰った情報によれば、ギルドの掲示板に正式な告知が貼り出されたらしい。


「大きく書いてあった。『鍛錬の迷宮——不死現象の正式確認について』って」


『内容は』


「ダンジョン内での戦闘不能状態からの帰還が、ギルド立ち会いのもと正式に確認された。修行目的での利用を推奨する。ただし装備の消失は帯同するため、装備管理には注意されたし——みたいな感じ」


『修行目的での利用を推奨、か』


「うん。ギルドが推奨してる。すごいね」


 俺はその言葉を頭の中で転がした。


 ギルドが推奨する。それは公的な機関が、このダンジョンに「来い」と言ったということだ。噂から始まって、評判になって、調査が入って、認定されて、今度は推奨された。


 積み重なってきた。


────────────────────────────────────


 翌日から、来訪者の質が一段変わった。


 これまでは「噂を聞いて来た」者が多かった。今日からは「ギルドの告知を見て来た」者が来る。意味が違う。前者は半信半疑だ。後者は確信を持って来る。


 一日の来訪者数が、過去最高を更新し続けた。


 十五組。二十組。ある日は二十三組が来た。


 入口付近の賑わいが本格的なものになった。露店が増えた。簡易な宿屋らしき建物が建ち始めた。行商人が定期的に来るようになった。


 シアが採集から戻るたびに外の様子を報告してくれた。


「今日、宿屋の建設が始まった。大工が来てる」


『宿屋が建つか』


「泊まりがけで修行に来る人が増えてるみたい。一日じゃ全部の層を試せないから」


 当然の流れだ。来訪者が長期滞在するなら、宿が必要になる。宿が建てば食事処が来る。食事処が来れば商店が来る。


「ケンジ、ここって本当に町になりそうだね」


『なるかもしれない。なるとすれば、それはここに来る人間が作るものだ』


「でもきっかけはケンジだよ」


『きっかけはシアだ。お前が逃げ込んできた日から始まった』


 シアが少し黙った。


「……そっか」


────────────────────────────────────


 不死の正式確認が出てから、修行目的の来訪者が急増した中で、新しいタイプの来訪者も現れ始めた。


 一人で来る者だ。


 これまでの来訪者はほぼ全員がパーティを組んでいた。ダンジョンは危険だからだ。だが「死なない」と公式に確認されたことで、一人での来訪者が現れ始めた。


 今日来た一人は、二十代前半の男だった。装備は最低限だ。剣一本と簡単な防具。それだけで1層に入ってきた。


 一層のゴブリンに飛びかかられた。抵抗したが、数で押し負けた。三分で戦闘不能になった。


 リスポーンで戻ってきた。


 また入った。また三分で戻ってきた。


 それを十回繰り返した。


 十一回目に入ったとき、ゴブリン一体を倒して、二体目に負けた。


 俺はその様子を見ながら、これが「修行」というものの本質かもしれない、と思った。死なないから失敗できる。失敗できるから繰り返せる。繰り返せるから強くなれる。


 このダンジョンが提供しているのは、戦場ではなく道場だ。


────────────────────────────────────


 夕方、エリナが来た。今日は記録の日だ。


 入口付近の賑わいを見て、エリナが少し目を丸くした。


「……すごいことになってますね」


「毎日増えてる」とシアが言った。


「告知を出した当日から予想してはいましたが、ここまで早いとは」エリナがノートを広げた。「今日の来訪者数、記録します」


 記録をとりながら、エリナがシアに聞いた。


「シアさんは、ここがこんなに人が来る場所になるとは思っていましたか」


 シアが少し考えた。


「思ってなかったです。最初は、わたしが逃げ込んだだけの洞穴だったから」


「今はどう感じていますか」


「なんか、実感がないです。でも——」シアが入口付近を見た。「ここに来る人たちが、何かを得て帰っていくのを見ると、悪くないって思います」


 エリナが書き留めながら頷いた。


「ダンジョンマスターとしての感想ですね」


「そうかな。よくわからないけど」


────────────────────────────────────


 エリナが帰り際に、ゴルムとすれ違った。


 ゴルムが来訪者の様子を眺めながら、シアの横に立った。


「賑やかになったな」


「はい」


「俺が最初に来たとき、ここには露店一つなかった」


「あのときゴルムさんが信用できると言ってくれたから、広まったんだと思います」


「俺はただ事実を言っただけだ」ゴルムが顎髭を撫でた。「そういえば——昨日、ある噂を聞いた」


「どんな噂ですか」


「貴族の間で、このダンジョンの話が出ているらしい。王都の方まで話が届いているとか」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、聞いてた?』


『聞いていた』


『王都まで話が届いてる……』


『情報として覚えておく。今すぐどうこうする話ではない』


「何かありましたか」とゴルムが聞いた。


「コアと話してました」とシアが答えた。「情報として覚えておくって」


「そうか」ゴルムが頷いた。「賢明だ。王都の貴族が関心を持ち始めたなら、そう遠くない将来に何かしら動きがあるかもしれない。備えておいた方がいい」


「備え、というのは」


「情報を集めること。それと——シア、お前が一人でここに立っていることを、外に知られすぎないようにしろ。エルフの子どもが一人でダンジョンのマスターをしていると広まると、色々と面倒な人間が寄ってくる」


────────────────────────────────────


 ゴルムが去った後、シアが洞穴に戻ってきた。


 奥の空間まで来て、いつもの位置に座った。少し表情が硬かった。


「ケンジ」


『何だ』


「ゴルムさんの話、どう思った?」


『正しい指摘だ。賑やかになることと、目立つことは別の話だ』


「わたし、目立ちすぎてる?」


『今のところは問題ない。だが、今後はエリナやゴルムを通じて対応できることは、できるだけそちらに任せるようにした方がいい』


「ケンジが直接対応できれば一番いいんだけど」


『それはまだ遠い話だ』


 シアが少し黙った。


『でも、いつかはできるんだよね』


『100万P届いたら。今の残高からまだかなりある』


「遠いな」


『遠い。でも積み重なっている』


 シアが頷いた。「うん。じゃあ今はわたしが頑張る」


 素直な言い方だった。不満でも諦めでもない。今の役割を引き受ける、というただそれだけの言い方だ。


 俺はその言葉を、洞穴の静けさの中に置いた。


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 今日の来訪者は過去最多に迫る数だった。収入も過去最高水準だ。


 DP残高:167,400P。


 積み上がっている。着実に。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ねえ、ケンジ。今日、ギルドの告知を初めて見た人が来てた。遠くから来た人。三つ隣の街より、もっと遠くから」


『どのくらいの距離だ』


「馬で二日くらいかかる場所らしい。鍛錬の迷宮の話を聞いて来たって言ってた」


 馬で二日。俺の感知は洞穴から500メートルしか届かない。だがその500メートルの外から、はるか遠くまで情報が広がっている。


『そこまで広まったか』


「うん。なんか、本当に広い世界だなって思った」


『広い』


「でも、その人がここまで来てくれた。それが嬉しかった」


 俺は少し考えた。


『俺たちがここで積み上げてきたものが、呼び寄せたということだ』


「そう、かな」


『そうだ』


 シアが少しの間を置いた後、「おやすみ、ケンジ」と言った。


『おやすみ、シア』


 鼓動が落ち着いていく。眠りに入っていく。


 洞穴の外では今夜も灯りがいくつかある。露店が一つ二つ、まだ開いている。宿屋の建設現場が暗い中に輪郭を作っている。


 不死が公式に確認されて、世界の常識が一つ書き換わった。


 それを俺がやった、という実感は今もまだ、うまく言葉にならない。


 ただ確かなことがある。


 馬で二日の距離から、誰かが来た。


 それで今夜は十分だった。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:167,400P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+14,200P(来訪者過去最多水準)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:ギルドによる不死現象の公式確認・発表完了。「修行目的での利用を推奨」という告知が掲示された。来訪者数が急増、宿屋建設開始。王都の貴族間でもこのダンジョンの話題が出ているという情報あり。

課題:シアの露出管理(エリナ・ゴルムを通じた対応の強化)。王都方面からの動きへの備え。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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