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第40話_秘密の共有

 エリナは約束通り、週に二回来た。


 来るたびに記録をとった。来訪者の数、リスポーン発生件数、消耗品の消費傾向。ノートにびっしり書き込んで、ギルドへの報告書をまとめていく。仕事は速い。俺が感知で把握しているデータとほぼ同じ数字を、外側から集めてきていた。


 三回目の来訪あたりから、エリナとシアの会話が変わり始めた。


 最初は業務的な確認だけだった。それが少しずつ、雑談が混じるようになった。


「この辺の森、魔物が多いですね。採集のとき怖くないですか」


「慣れました。ケンジが念話で知らせてくれるので」


「あ、念話の範囲ってどのくらいなんですか」


「500メートルくらいです。最近少し伸びてきた気がします」


 そういう会話だ。業務の延長でもあるし、個人的な興味でもある。エリナはその境界線を上手く扱っていた。


────────────────────────────────────


 五回目の来訪の日、雨が降った。


 エリナが傘を持って現れた。シアは雨の中でも採集に出ようとしていたところだった。


「今日は雨ですよ。採集、危なくないですか」


「少しくらいなら大丈夫です」


「傘、使いますか」エリナが自分の傘を差し出した。


 シアが少し驚いた顔をした。


「いいんですか」


「私は屋根のある場所で記録作業をしますから。シアさんの方が必要でしょう」


 シアが傘を受け取った。


 俺はその場面を感知しながら、何も言わなかった。言う必要がなかった。


 シアが採集から戻ってきたとき、傘を返しながら言った。


「ありがとうございました。びっくりしました」


「何がですか」


「なんか、気遣ってもらえるとは思ってなくて」


 エリナが少し表情を動かした。


「ここに一人でいるんですよね。私が気を遣わなくて誰が遣うんですか」


 シアがしばらく黙った。


「……ケンジがいます」


「念話で、ですよね」


「はい。でも十分です」


 エリナがノートを閉じた。


「十分、か。——そうですね、そうなんでしょうね」


────────────────────────────────────


 七回目の来訪の日、小さな事件があった。


 来訪者の一人——若い冒険者——がリスポーンで入口に戻ってきた際、装備がすべて消えた状態で混乱して暴れた。エリナが対応に出た。


「落ち着いてください。装備はダンジョン内で回収できます。ギルドで手続きをすれば——」


「うるさい! こんなダンジョン、聞いてなかった。死ぬかと思ったじゃないか!」


「死にませんでした。それがここのダンジョンです」


「だから変だって言ってるんだ!」


 男が声を荒げた。


 シアが前に出た。


「すみません」とシアが静かに言った。「不安にさせてしまいました。でも、ここで死ぬことはありません。装備については——」


「お前こそ誰だ! 子どもじゃないか!」


 シアが少しだけ立ち止まった。それからもう一度、同じ調子で言った。


「ここのダンジョンマスターです。ご不満の点があれば聞かせてください」


 男が黙った。


 エリナが横から「ギルドとしても補償の手続きをお手伝いします」と続けた。二人の対応が噛み合って、男がようやく落ち着いた。


 男が去った後、エリナがシアの横に立った。


「……慣れてますね」


「そうでもないです。でも、ここのことはわたしが一番知ってるので」


「ダンジョンマスターとして」


「はい」


────────────────────────────────────


 その日の帰り際、エリナがシアに言った。


「一つ聞いていいですか。前から気になっていたことで」


「どうぞ」


「念話って、今も繋がっているんですか。常時」


「はい。今もケンジが聞いてます」


 エリナが少し間を置いた。


「……コアが、ですよね」


「はい」


「コアは、今どう思ってますか」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、エリナさんが聞いてる。何か言う?』


 俺は少し考えた。


 エリナはここで七回、真摯に仕事をした。シアに傘を貸した。クレームの対応に出た。踏み込まない判断ができる人間だと確認した。


 もう少し話してもいい頃合いだ。


『「よく来てくれている。信用できると思っている」と伝えてくれ』


 シアがエリナに伝えた。


 エリナが長い沈黙の後、言った。


「……コアが、私のことを評価しているということですか」


「そういうことです」


「ダンジョンコアが——人間を、信用できると判断する」


 エリナがノートを持ったまま、動かなくなった。


────────────────────────────────────


 エリナが顔を上げた。


「シアさん、一つお願いがあります」


「何ですか」


「今日、少し時間をもらえますか。記録作業の後で。——コアのことを、もっと教えてほしいんです」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、どうする?』


 俺は少し考えた。今日が一つの分岐点だ。ここで話せば、エリナはこのダンジョンの本質に近づく。話さなければ、業務的な関係のままで留まれる。


 だが——エリナはすでに「変なダンジョン」だと知っている。知った上で来ている。踏み込まない礼儀を守りながら、でも本当のことを知りたがっている。


 それは誠実な態度だ。


『話していい。ただし、話す内容は俺が確認する。シアが話した後に念話で確認をとれ』


『わかった』


────────────────────────────────────


 岩場に二人で座った。


 エリナがノートをしまった。仕事の顔ではなく、個人の顔だ。


「コアって、どんな存在なんですか。私たちギルドの人間が習う知識では、ダンジョンコアは魔力の集積体で、意志はないとされているんですが」


「ケンジは違います」とシアが言った。「ちゃんと考えて、判断して、わたしと話します」


「ケンジ、というのが」


「コアの名前です。本人がそう名乗りました」


 エリナがペンを取り出した。それから止めた。「記録していいですか」


 シアが俺に確認した。


『記録はOK。ただしギルドの公式記録に全部載せるかどうかは、後でエリナさんと確認したい』


 シアが伝えた。エリナが頷いた。「公式記録への記載は確認してから。それでいいです」


────────────────────────────────────


 シアが話し始めた。


 ケンジが転生した存在であること——これは「前の世界から来た」という言い方に留めた。詳細は省いた。コアとして目覚めたこと。洞穴に誰かが来ることを知って、最初から守ろうとしていたこと。シアが逃げ込んできたこと。念話が開通したこと。


 ダンジョンが今の形になるまでの過程を、シアはゆっくりと話した。


 エリナはほとんど黙って聞いていた。ときどき確認の質問を挟んだ。「その時点でのダンジョンの規模は」「念話が開通したのはマスター登録と同時ですか」。質問が的確だ。話の本質を外さない。


 シアが一段落させた後、エリナが口を開いた。


「——コアは、最初からシアさんを守ろうとしていたんですね」


「はい」


「シアさんが来る前から、洞穴を守っていた。来てからは、シアさんも含めて守っている」


「そうです」


 エリナがしばらく考えた。


「コアは——保護者みたいな存在なんですね。シアさんの」


 シアが少し表情を動かした。


「……そう、だと思います。わたしも、そう思ってます」


────────────────────────────────────


 エリナが静かに言った。


「私、この仕事を五年やっています。ダンジョンの担当になったのは三年前から。色んなダンジョンを見てきました。危険なもの、安全なもの、攻略困難なもの。でも——」


 エリナが入口の方を見た。


「コアが誰かを守ろうとしているダンジョンは、初めてです」


 シアが俺に念話を入れた。


『ケンジ、エリナさんが言ってる』


『聞こえている』


『何か言う?』


 俺は少し考えた。


『「それは正確な理解だ。ありがとう」と伝えてくれ』


 シアが伝えた。


 エリナが目を細めた。


「コアが直接、お礼を言っている」


「はい」


「——すごいな」エリナが小さく呟いた。「本当に、すごいダンジョンだ」


────────────────────────────────────


 その後、エリナが一つ提案をした。


「ギルドへの公式報告では、『コアに意志あり・ダンジョンマスターと念話で通信可能』という既存の記録を維持します。コアの素性や経緯については、当面は非公開にします」


「それでいいんですか」とシアが聞いた。


「私の判断ではそれが適切です。公式記録に全部書くと、変な興味を持つ人間が来る可能性がある。今の段階ではまだ早い」


 シアが俺に確認した。


『ケンジ、どう思う?』


『適切な判断だ。エリナに感謝を伝えてくれ』


 シアが伝えた。


 エリナが少し笑った。「コアに感謝されるのは初めてです」


「エリナさん」とシアが言った。


「はい」


「友達になれますか。わたし、同じくらいの年の——」シアが少し考えた。「エルフの年齢換算は難しいんですが、気持ち的に近い感じの人と話したことが、あまりなかったので」


 エリナが少し間を置いた。


「私でよければ」とエリナが言った。「こちらこそ、お願いします」


────────────────────────────────────


 エリナが帰った後、シアが洞穴に戻ってきた。


 奥の空間まで来て、岩壁の前に座った。


「ケンジ」


『何だ』


「今日、エリナさんに話した。怒った?」


『怒っていない。適切なタイミングだった』


「よかった」シアが少し息をついた。「でも、話しながらずっとドキドキしてた。どこまで話していいか、ケンジに確認しながらじゃないと判断できなかった」


『それでいい。今日みたいに確認しながら話す形が、当面は正しい』


「うん」シアが頷いた。「エリナさん、友達になってくれた」


『聞こえていた』


「嬉しかった」


 シアがそれだけ言った。


 俺は何も返さなかった。返さなくていい、と思った。


 シアが外で誰かと「友達になりたい」と言い、相手が応じた。それは俺が関与できる範囲の外の話だ。俺にできるのは、そういうことが起きる場所を守り続けることだけだ。


 それが今夜は、少し重たく、そして悪くなく感じられた。


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 今日は通常の来訪者が数組。DP残高は153,200Pまで増えた。


 数字を確認しながら、俺は今日のことを整理した。


 エリナがコアの存在を知った。ただし素性の詳細は伏せた。エリナはその判断を「適切」として受け入れた上で、情報管理を申し出た。


 シアが「友達になれますか」と聞いた。


 これはシアが自分で動いた。俺が勧めたわけではない。シアが判断して、エリナに声をかけた。


 転生した当初、この子は壁際で膝を抱えていた。今は、自分から友達を作ろうとしている。


 それだけのことだが——積み重なってきたものが、今日一つの形になった。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ねえ、ケンジ。エリナさん、また来週来るって言ってた」


『そうだろうな』


「次も話せるかな」


『話せる。お前は今日うまくやった』


「ケンジに言われると安心する」


 俺は返事をしなかった。


 シアの鼓動がゆっくり落ち着いていく。今日は少し興奮していたせいか、眠りに入るまで少し時間がかかった。


 洞穴の外では露店の灯りが一つ、また消えた。


 明日、エリナはいない。来週に来る。その間に、また来訪者が来て、戦闘があって、DP残高が動く。


 それが続いていく。


 その中に今日、新しい繋がりが一つ増えた。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:153,200P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+2,400P(通常来訪者複数)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

確定事項:エリナにコアの存在・シアとの念話・ダンジョンの経緯を部分的に開示。エリナは「コアに意志あり・保護者的存在」と理解した。公式記録への詳細記載は当面非公開で合意。シアとエリナが友人関係を結んだ。

課題:エリナへの情報開示を段階的に進める方針継続。組織的戦闘集団の素性調査継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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