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第38話_賑わい始める

 Dランク認定から十日が経った。


 入口周辺の様子は、もはや「洞穴の前」とは呼べないものになっていた。


 露店が常設化してきた。回復薬を売る店、簡単な食事を出す屋台、装備の応急修理をする鍛冶師。リスポーンで装備を失う者が多いせいで、中古装備を扱う商人も二人に増えた。シアが言うには、近くの村から毎日通ってくる商人もいるらしい。


 マッピング担当の調査員も二人、定期的に来るようになった。1層から5層までの地図はすでに完成し、ギルドに登録されたとシアが報告してきた。6層以降は俺の指示通り、「存在は知らせるが詳細は非公開」のままだ。


 DP残高は順調に積み上がっていた。日々の来訪者収入が安定し、137,800Pまで届いている。


「ねえ、ケンジ」シアが採集から戻ってきて言った。「今日、なんか変な人たちが来てた」


『変な、とは』


「装備の質が今までと違う。Cランクの人たちとも違う雰囲気だった」


────────────────────────────────────


 その日の昼過ぎ、彼らが入ってきた。


 六人パーティだ。これまでの構成とは明らかに違う。揃いの外套を着ている。胸に同じ紋章——剣を中心に円を描いたマーク——が入っている。


 ギルドの証章とは別のものだ。


「組織立った冒険者団のようだ」と俺はシアに念話を送った。


『どこかの傭兵団?』


『あるいは貴族や商会お抱えの戦闘集団かもしれない。動きを見ればわかる』


 一層に踏み込んできた六人は、これまでのどのパーティとも違う動き方をした。


 声を出さない。


 全員が手振りだけで指示を出し合っている。先頭の一人が拳を握ると、全員が即座に止まる。指を二本立てると、二手に分かれる。


 訓練された軍隊の動きだ。


────────────────────────────────────


 ゴブリンを出した。


 六人のうち二人が前に出て、残りが扇状に展開した。ゴブリンが飛びかかると、前衛二人が最小限の動きで処理する。無駄がない。一撃で仕留める。


 落とし穴を起動した。


 六人のうち一人——おそらく斥候役——が即座に気づいて手で合図した。全員が一糸乱れず迂回した。


 俺は少し警戒を強めた。


 これまで来たCランクパーティの五人組とは、また違う種類の手強さだ。あちらは個々の実力と連携で押してくる。今日の六人は、訓練された統制で隙を作らせない。


「シア、お前は5層より奥に下がっていろ」


『わかった』


────────────────────────────────────


 1層から3層までは、十二分で突破された。これまでの最速記録に迫る速さだ。


 4層に入ったところで、初めて声が出た。


「コボルトの巣だ。数を数えろ」


 低い、抑えた声だった。指揮官らしき男だ。


「六体、確認」


「分散させろ。各個撃破だ」


 言葉通り、六人が散開してコボルトを各個撃破していった。連携の質が異常に高い。一体に対して必ず二人がかりで対応し、被害をゼロに抑えている。


 俺は防衛の再計算を始めた。


 このまま行けば、5層のガルムまで大きな消耗なしに到達される。ガルムが万全でも、六人がかりで攻められれば苦戦は免れない。


『ケンジ』シアの念話が届いた。『大丈夫?』


『まだわからない。今日の相手は今までと質が違う』


「強いの?」


『強い。それと、統制が異常だ。個人の力以上に、組織として機能している』


────────────────────────────────────


 5層、ガルムとの戦闘が始まった。


 六人が三方向に分かれた。正面、左、右。ガルムが正面に体を向けると、左右からそれぞれ二人ずつが同時に攻撃を始めた。


 ガルムが片方に注意を向ければ、もう片方が深く切り込む。常に二方向以上からの攻撃を強いられる構造だ。


 これまでのどのパーティより速く、ガルムが押され始めた。


「足を狙え」指揮官が短く言った。


 ガルムの足首に複数の攻撃が集中した。動きが鈍くなった。それでも踏ん張ろうとするガルムに対して、六人は容赦なく攻め続けた。


 十二分。


 これまでの最短記録だった。ガルムがリスポーンで戻された。


「進むぞ」と指揮官が言った。


────────────────────────────────────


 6層に入ってきた。水の層だ。


 六人が水の中に踏み込んだ。動きに迷いがない。誰かが事前に情報を持っていたのか、あるいは即座に対応策を考え出したのか。


「水中では足元を低く保て。波紋に注意」


 指揮官の指示が的確だった。前回シアが工夫した「水底に潜むゴブリン」の戦法に対しても、すぐに対応した。


「足元、何か来る」


 一人が即座に反応して、水底のゴブリンを察知した。先制で攻撃を加えた。


 六層の戦闘は五分で終わった。これまでで最速だ。


 俺は内心で警戒を強めた。


────────────────────────────────────


 7層、炎の層に入ってきた。


 床のトラップを見破る速度も異常だった。指揮官が「熱が違う」と短く言うと、全員が即座にその場所を避けた。


 炎のトラップを起動するタイミングを変えても、彼らの反応速度がそれを上回った。


 俺は次の手を考えた。


 通常の罠の配置パターンでは、この六人には通用しない。組織的な訓練を受けた集団に対して、個別の罠は学習されてしまう。


 ならば——


 俺は7層の天井から、これまで使っていなかった配置で炎を一斉に噴出させた。複数のトラップ床を同時に起動する。一点を避けても、別の場所が連動して発動する。


「複数同時起動だと⁉」


 初めて指揮官の声に焦りが混じった。


 六人のうち一人が炎に巻き込まれた。装備が焼け落ちた。リスポーンで戻された。


「……一人欠けたか」指揮官が静かに言った。「だが進める」


────────────────────────────────────


 残り五人が8層、ループ迷路に入ってきた。


 ここで初めて、彼らの統制が乱れ始めた。


 迷路という性質上、声を出さない手信号での指示では限界がある。分岐のたびに微妙な判断のズレが生じ始めた。


「ここ、さっきの場所と似ている」


「いや、違う。壁の傷の位置が違う」


 迷い始めている。


 俺はコボルト六体を要所に配置し直した。視線誘導の天井の高さを使って、彼らの判断を狂わせ続けた。


 十八分が経過した。


 指揮官が立ち止まった。


「……時間を食いすぎている。消耗品の残量を確認しろ」


「残り三割です」


「撤退を検討する段階か」


 俺はその様子を感知しながら、シアに念話を送った。


『8層が効いている』


『よかった』シアの声に安堵が混じっていた。『あの人たち、本当に強かったから』


『まだ終わっていない』


────────────────────────────────────


 指揮官が最終判断を下した。


「撤退する。今日のところは」


 五人が引き返し始めた。8層、7層、6層、5層——一つずつ層を抜けながら戻っていく。


 1層まで戻ったところで、指揮官が足を止めた。


 洞穴の天井——コアのある方向を見た。


「……お前は、何者だ」


 誰に向けた言葉でもなかった。だが俺は受け取った。


 答える義務はない。ただ、今日の相手の質と覚悟を考えると、何も返さないのも違う気がした。


 俺はシアに念話を入れた。


『何か伝えるべきか』


『伝えたいことがあるなら、わたしが言うよ』


 俺は少し考えた。


『「ここはダンジョンだ。それ以上でもそれ以下でもない」と伝えてくれ』


 シアが出ていって、入口付近で六人に向けてその言葉を伝えた。


 指揮官がしばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「……了解した」


 六人——途中でリスポーンした二人も合流して——が去っていった。


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 六人パーティから得た収入は今までで最大だった。Cランク相当を上回る実力と判断され、収入も比例して大きい。合計で8,200P。


 DP残高:146,000P。


 だが今日の戦闘は、これまでと違う種類の警戒を俺に残した。


 組織立った集団。揃いの紋章。声を出さない指示系統。あれは個人の冒険者パーティではない。どこかの組織に属する戦闘集団だ。


「ケンジ」シアが念話で言った。「あの人たち、何だったんだろうね」


『わからない。ただの強い冒険者団かもしれないし、何かの組織の偵察かもしれない』


「偵察?」


『可能性の一つだ。今日確かなことは、彼らは戦いに来て、強さを試して、撤退した。それだけだ』


「また来るかな」


『来るだろう。だが今日と同じ手は通じない可能性が高い。彼らも学習している』


 シアが少し黙った。


「なんか、世界が広がってる感じがする」


『どういう意味だ』


「最初は奴隷狩りだけだった。それから冒険者が来て、ギルドが来て、今日はもっと別の何かが来た」シアが続けた。「外って、広いんだなって、改めて思った」


 俺も同じことを感じていた。


 転生した当初、俺の世界は半径二十メートルの洞穴だった。今は十層にまで広がり、その外にはギルドがあり、街があり、今日のような組織立った集団もいる。


 世界は確かに広い。


────────────────────────────────────


 その夜、入口付近の賑わいが少し落ち着いた頃、ゴルムが顔を出した。


 シアが対応に出た。


「ゴルムさん、こんな時間に」


「今日来た連中を見た」とゴルムが言った。「揃いの外套だったな」


「知ってるんですか」


「噂程度だが」ゴルムが少し声を落とした。「あの紋章、貴族の私兵団のものに似ている。剣と円——どこの家かまではわからんが、力のある家だ」


 シアが俺に念話で伝えた。俺はその情報を受け取った。


『貴族の私兵団、か』


『ケンジ、まずいことになる?』


『今は判断できない。情報として留めておく』


 シアがゴルムに「ありがとうございます、気をつけます」と伝えた。


「何かあったら、いつでも俺かギルドに言ってくれ」ゴルムが言った。「ここは俺が見つけたダンジョンでもある。放っておけねえからな」


「心強いです」


 ゴルムが少し笑って、夜道を帰っていった。


────────────────────────────────────


 シアが洞穴に戻ってきて、棚の前に座った。


 花、石、認定書。そこに今夜、新しい情報が一つ加わった。目に見える物ではないが、確かに積み重なったものだ。


「ケンジ、今日は色々あったね」


『そうだな』


「強い人たちが来て、ゴルムさんが情報をくれて」シアが少し息をついた。「賑やかになればなるほど、知らないことも増えていく気がする」


『それは正しい』


「怖い?」


 俺は少し考えた。


『警戒はしている。怖い、という感覚とは少し違う』


「わたしは少し怖い」シアが正直に言った。「でも、ケンジがいるから大丈夫だと思う」


『お前も俺がいなくても判断できるようになっている』


「それとこれとは別」シアが笑った。「一緒にいる方がいいに決まってる」


 俺は何も返さなかった。


 洞穴の外では、今夜も静かな賑わいが続いている。露店の灯りが入口に近い場所で揺れている。明日もまた、新しい誰かが来るだろう。


 世界は広い。


 その広さの中で、俺たちはまだ、少しずつ前に進んでいる。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:146,000P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人・機能停止後再生中) コボルト×14体

落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3(7層複数同時起動方式に更新) 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+8,200P(組織的戦闘集団・推定貴族私兵団6名撃退)

現在のダンジョン規模:10層 ランク:D(正式認定済み)

新規警戒:揃いの紋章(剣と円)を持つ統制された戦闘集団が来訪。ゴルムの情報では貴族の私兵団の可能性。8層で時間と消耗品を削り撤退を引き出した。

課題:組織的集団への再戦対策。彼らの素性・再来訪の意図の見極め。マッピング対応の継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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