第36話_調査隊の来訪
ゴルムが「死なないダンジョン」の噂を初めて聞いたのは、宿屋の食堂でのことだった。
隣のテーブルで若い冒険者が興奮した様子で話していた。「本当に死ななかった。穴に落ちて気づいたら入口にいた」「装備は全部なくなってたけど生きてた」「絶対また行く」。
ゴルムは黙って酒を飲みながら聞いていた。
嘘くさい、というのが最初の感想だった。
冒険者歴二十年のゴルムは、ダンジョンで死んだ仲間を何人も見てきた。死ぬときは死ぬ。それがダンジョンというものだ。死なない、などということがあるはずがない。
だが噂は繰り返された。一人ではない。一週間の間に、三人の冒険者から同じような話を聞いた。
ゴルムは自分のジョッキを置いた。
「……確かめに行くか」
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三人のパーティだ。
ゴルムと、長年組んでいる二人——人間の剣士ケイとエルフの弓使いファナだ。ケイは実直で頑固、ファナは口数が少なく正確な射手。この三人で随分長いことやってきた。
街道を外れて森の中の道を進むと、予想より早く人の気配があった。
「おい、ゴルム。人が多いな」とケイが言った。
確かに多かった。ダンジョンの前にこれほど人が集まっているのは珍しい。露店まで出ている。飯を売っている屋台が一つ。武器の手入れをしてやっている鍛冶師らしき者も一人。
入口の前には、今も三組のパーティが順番を待っていた。
「……本当にあるんだな」ゴルムは呟いた。
「噂は本当だったな」とファナが言った。口数の少ないファナが口を開くのは、確かめる価値があると判断したときだ。
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入口付近でしばらく様子を見ていると、小柄な人影が洞穴から出てきた。
エルフだ。
銀色の髪に長い耳。年齢は見た目では測れないが、体格は小さい。子どものように見えるが、動き方が違う。落ち着いている。周囲を把握している目だ。
「いらっしゃいませ」
エルフが声をかけてきた。ゴルムたちに向けて、だ。
「あんたが、ここのマスターか」とゴルムは聞いた。
「そうです」エルフが頷いた。「シアといいます。ゴルム様たちは挑戦に来られましたか?」
名前を知っている。ゴルムは少し眉を動かした。
「聞いてたのか?」
「ギルドの方から聞いていました。Dランクの方々が来られると」
なるほど。事前連絡が入っていたのか。整然としている。ただの精霊の巣とは違う運営がされているようだ、とゴルムは思った。
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シアと少し話した。
死なないというのは本当か、という問いには「本当です」と答えた。嘘をついている顔ではなかった。
ダンジョンマスターとはどういう存在か、という問いには「このダンジョンのコアに宿った意志と契約しています」と答えた。
「コアに意志がある、ということか」
「はい」
「……それは珍しい」
「そうみたいですね」シアが少し笑った。「でも、話し合いができる相手です。害意はありません」
ゴルムはその言葉を頭の中で転がした。
ダンジョンコアに意志がある。話し合いができる。死なせない。
一つ一つは信じられない話だが、組み合わさると一定の筋が通る。意志があるダンジョンなら、来訪者を殺す必要もないと判断することができる。
「入っていいか」
「どうぞ」シアが頷いた。「頑張ってください」
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一層に足を踏み入れた瞬間、雰囲気が変わった。
ゴルムは二十年の経験でそれを感じた。通路の空気が違う。温度が少し低い。薄い光が奥から差している。コアの光だろう。自然の洞穴とは明らかに違う、整備された感覚がある。
「……作られている」とゴルムは呟いた。
「何がだ」とケイが聞いた。
「全部だ。この通路の幅、天井の高さ、光の入り方。全部計算されてる」
ケイが首を傾けた。「そういうもんじゃないのか、ダンジョンってのは」
「違う。普通のダンジョンはもっと不規則だ。自然に広がった空洞を使うか、魔物が掘った穴だ。ここは違う。誰かが設計している」
ファナが無言で弓を構えた。ゴブリンの気配を感じたらしい。
次の瞬間、左右の壁の影からゴブリンが飛び出した。三体。動きが統制されている。バラバラではなく、挟み込む角度で来る。
「やっぱり意志がある」とゴルムは盾を構えながら言った。
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一層の戦闘はゴルムたちにとって難しくなかった。
Dランクのパーティだ。ゴブリン相手に後れを取るほど落ちてはいない。だがゴルムは戦いながら、ずっとダンジョンの構造を観察していた。
落とし穴の位置。通路の分岐のタイミング。ゴブリンが出てくる角度。全部に意図がある。行き当たりばったりではない。「ここに来た者がこう動く」という予測に基づいて配置されている。
これを作ったのは何者だ。
二層に入った。
通路の奥に、大型のモンスターが立っていた。強化オークだ。体格が通常より一回り大きい。だが特筆すべきはその立ち方だ。通路を塞ぐように、体全体で壁を作っている。ここから先は通さない、という意志が動きに出ている。
「関所だな」とゴルムは言った。
「どういう意味だ」
「番人だ。この先を守るために置いてある。ただのモンスターじゃない、役割がある」
ケイが短く笑った。「ダンジョンが番人を持つのか」
「このダンジョンはそういうところだ」
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二層の強化オークとの戦闘は手強かった。
正面から力で押し込もうとすると、ケイが弾き飛ばされた。壁に叩きつけられて、一瞬動きが止まった。ファナの矢が入ったが、動きを止めるには至らない。
ゴルムが盾を前に出して圧力をかけながら、じりじりと位置を変えた。左に回り込んで、強化オークの側面に入る。ケイが立て直して正面に出た。ファナが後方から矢を放ち続ける。
十八分かかった。
強化オークが膝をついた。次の瞬間、オークの姿が消えた。リスポーンで入口に戻ったのか——いや、違う。これはモンスターだ。リスポーンするのは人間だけではないのか。
「……消えた」とケイが言った。
「ここのダンジョンのルールだ」とゴルムは答えた。「よくわからんが、ここの主のやり方に従うしかない」
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三層に入ったとき、ゴルムは足を止めた。
壁際に植物が生えていた。
ダンジョンの内部に、植物が。洞穴の壁に沿って、つる性の何かが伸びている。床の近くには小さな草が根を張っている。光のほとんど届かない場所で育っている植物だ。
「魔法で育てている」とファナが言った。「生命魔法の気配がある」
「誰がだ」
「マスターだろう」
ゴルムは水場を見た。壁から染み出した水が流れている。その横に、小さな棚のような窪みが岩に彫られている。棚の上に、白い石と小さな花が置いてあった。
誰かが、ここで暮らしている。
戦うためだけの場所ではない。生活している場所だ。
「……なるほど」ゴルムは低く言った。「シアというエルフが、ここで暮らしているのか」
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三層の奥でゴブリンの集団に囲まれた。
数が多い。五体が一斉に飛びかかってきた。ゴルムが盾で二体を弾き、ケイが一体を斬り、ファナが二体に矢を放った。
だが側面からコボルトが来た。気配を読んでいたが、タイミングが予想より速かった。ケイの右腕に噛みついた。ケイが叫び声を上げながらコボルトを引き剥がした。
その隙に別のゴブリンが腹部に飛びかかった。
ケイが倒れた。
俺は叫んだ——と同時に、ケイの姿が消えた。
次の瞬間、入口の方向から声が聞こえた。「痛ってえ!」というケイの声だ。生きている。装備はないが、生きている。
ゴルムは立ったまま、しばらく何も言えなかった。
「……本当に、死ななかった」
ファナが静かに言った。「本当だったな」
「ああ」
二十年間、仲間が死んでいくのを見てきた。死ぬときは死ぬ。それが当たり前だと思っていた。
ここでは違う。
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ゴルムとファナは引き返した。
入口の外でケイが待っていた。裸に近い姿で、頭を抱えて座っている。
「装備が全部消えた……俺の剣が……」
「生きてるならいい」とゴルムは言った。
「生きてるけど剣がない!」
「また稼いで買え。命より高い剣はない」
ケイが口をとがらせた。「ドワーフはいいよな、装備は体に生えてるみたいなもんだから」
「失礼なことを言うな」
シアが入口から顔を出した。手に何かを持っている。毛布だった。
「よかったら」とシアが言った。「少し寒いでしょう」
ケイが毛布を受け取った。「……ありがとよ。なんか、気が利くな」
「ここで死ぬような目に遭わせてしまいましたから」
「死ぬような目には遭ったけど、死ななかったけどな」とケイが笑った。
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その夜、三人は近くの宿に泊まった。
食事をしながら、ゴルムは今日のことを整理した。
「このダンジョンは、普通じゃない」
「それは分かった」とケイが言った。「死ななかった」
「それだけじゃない」ゴルムは酒を一口飲んだ。「設計されてる。意志を持って作られてる。三層に人が住んでる。マスターが挨拶に来た。来訪者に毛布を渡した」
「確かに変だな」
「変じゃない。考えて動いてる。何かの目的がある」
ファナが口を開いた。「ギルドに報告すべきだな」
「ああ」ゴルムは頷いた。「ただの強いダンジョンじゃない。これはギルドが関わるべき案件だ」
「どう報告する」とケイが聞いた。
ゴルムは少し考えた。
「事実をそのまま言う。死ななかった。設計されていた。マスターがいた。話せた。それだけだ」
「それで伝わるか」
「伝わらなければ、また来て確かめてもらえばいい」
ゴルムは酒を置いた。
「俺はまた来る」
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翌朝、ゴルムは一人で入口に戻った。
ケイとファナは街に先に発たせた。報告の準備がある。自分は少しここを見ておきたかった。
入口の前に立った。
朝の光の中で、洞穴の入口はただの岩の口に見える。だがその中に何かがある。意志がある。設計がある。生活がある。
シアが出てきた。
「また来てくださったんですか」
「少し見ておきたかった」とゴルムは言った。「ギルドに報告する前に」
「そうですか」
「一つ聞いていいか」
「はい」
「コアの意志——こいつはお前のことを、どう思ってる」
シアが少し間を置いた。
「……守ろうとしてくれています」とシアが言った。「ずっと、そうしてくれています」
ゴルムはその答えを聞いて、なるほど、と思った。
意志があるダンジョンが、マスターを守ろうとしている。だから来訪者を殺さない。殺してしまうとマスターが悲しむから。そういうことかもしれない。
「わかった」とゴルムは言った。「俺はギルドにちゃんと伝える。ここは変なダンジョンだが、信用できる場所だって」
シアが少し目を細めた。
「ありがとうございます」
「また来る。次はもっと奥まで行く」
「待っています」
ゴルムは踵を返した。街道の方へ歩き出した。
背中に、洞穴の気配を感じた。
見ている、という気配だ。敵意ではない。ただ、送り出している。
やっぱり変なダンジョンだ、とゴルムは思った。だが変なことは悪いことではない。
二十年間、普通のダンジョンを潜ってきた。普通じゃないものを見たのは、久しぶりだった。
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(賢司視点)
DP残高:122,400P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×2体(2層関所・5層) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体
落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+2,600P(Dランク相当×3撃退・ゴルムパーティ含む)
現在のダンジョン規模:10層 推定ランク:D(正式認定書発行待ち)
新規:ゴルム(Dランク冒険者・ドワーフ)が来訪。3層まで到達・仲間がリスポーンを体験。「また来る」と言って去った。ギルドへの報告を約束した。
確認事項:外からこのダンジョンは「設計されている・意志がある・話せる・マスターが住んでいる」と認識されている。ゴルムは「信用できる場所」と評価した。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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