第35話_Dランク達成
9層の拡張に64,000Pが必要だった。
34話の時点での残高が61,450P。あと2,550P。今のペースなら二、三日で届く。
届いた。
三日後の朝、DP残高が64,010Pを超えた瞬間に、俺は9層を開いた。
64,000P消費。残高:10P。
一桁になった。
シアが感知で確認して、しばらく黙った。
「……残高、10Pになった?」
『そうだ』
「ケンジ、大丈夫?」
『拡張は予定通りだ。問題ない』
「問題ないって言えるの、すごいね」
『今のペースなら一日で数千P回収できる。10Pは今夜には消えている』
シアが少し笑った。「そっか。じゃあ大丈夫だ」
その夜、残高は6,200Pになっていた。シアの言う通り、大丈夫だった。
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9層は暗闇の層だ。
コア光を完全に絞った空間。入ってくる者に対して、俺は光を一切出さない。完全な暗黒の中で、コボルト八体が待っている。
設置しながら、シアが感知で確認した。
「本当に何も見えない。感知でわかるけど、目では全然」
『コボルトは暗闇でも動ける。人間は動けない』
「真っ暗の中でコボルトに囲まれるの、怖いだろうなあ」シアが少し考えた。「でも死なないから耐えられる。限界まで追い込まれる体験ができる」
『修行として価値がある』
「うん。こういう層、他のダンジョンにはないと思う」
そうかもしれない。不死の権能がなければ、真っ暗闇で限界まで追い込む層など作れない。来訪者が本当に死んでしまうからだ。このダンジョンだからこそできる設計だった。
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9層の整備が終わったのは、拡張から四日後だった。
DP残高は少しずつ回復していた。9層整備の費用(コボルト追加・落とし穴設置)を差し引いても、日々の来訪者収入で積み上がっている。
残高が128,000Pを超えた朝、俺は10層を開いた。
128,000P消費。残高:約8,400P。
また一桁に近い数字になった。だが今回はシアは驚かなかった。
「また残高がなくなった」
『10層だ。これで完成する』
「完成、か」シアが静かに言った。「1層から10層まで」
俺も同じことを思った。
1層。奴隷狩りを撃退するために作った洞穴。ゴブリンと落とし穴しかなかった。それが今、10層になった。水の層、炎の層、迷路、暗闇。シアが設計したものが三層ある。俺では思いつかなかった発想だ。
『ガルムを10層に移動させる』
「うん。10層の番人として」
『5層は別の配置を考える。ガルムが抜けた穴は大きい』
「また強化オークを作る?」
『いずれは。今は残高が回復するのを待つ』
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ガルムを10層に移動させた日の夜、シアが珍しく遅くまで起きていた。
水場のそばに座って、棚の石を手の中で転がしていた。誕生日に俺が置いた、水辺の石だ。
「ねえ、ケンジ」
『何だ』
「10層ができたら、Dランクになれると思う?」
『条件は満たした。あとはギルドの認定を待つだけだ』
「ハロルドさん、来るかな」
『来ると思う。来週か再来週か』
「緊張する」
『前回うまくやった』
「今回は正式な調査だから」シアが石を握った。「いっぱい聞かれると思う」
『俺がそばにいる』
「……うん」
シアが石を棚に戻した。それから目を閉じた。
「おやすみ、ケンジ」
『おやすみ、シア』
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ハロルドが来たのは、10層を完成させてから十日後だった。
今回は一人ではなかった。
三人だ。ハロルドと、もう二人。一人は若い女性で、ギルドの証章を付けている。記録係だろうか、ノートを持っている。もう一人は中年の男で、ベテランの冒険者らしき装備をしている。安全確認のための同行者か。
三人が入口付近で立ち止まった。ハロルドが周囲を見渡した。
シアが入口から出た。
「ハロルドさん、またお会いしましたね」
「シア殿、お久しぶりです」ハロルドが少し驚いた様子で言った。「今日来るとお伝えしていませんでしたが、わかっておられた?」
「そろそろかなと思っていました」シアが答えた。「どうぞ、立ち話もなんですから」
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シアが三人を入口付近の広い場所に案内した。洞穴の外、入口前の平らな岩場だ。
ハロルドが切り出した。
「今日は正式な調査で参りました。ギルドとして、このダンジョンのDランク認定審査を行います。いくつか確認させていただいてよいですか」
「はい」とシアが答えた。
「まず——ダンジョンマスターがおられると前回お聞きしましたが、今日もそのように理解してよろしいでしょうか」
「はい。います」
「コアとの念話でやり取りしておられる?」
「今もしています」
ハロルドが少し間を置いた。記録係の女性がノートに書き込んでいる。
「ダンジョンマスターから、何かギルドにお伝えしたいことはありますか」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、何か言う?』
俺は考えた。ここで伝えておくべきことは何か。敵対しないこと。話ができること。このダンジョンが意図的に設計されていること。
『こう伝えてくれ。「このダンジョンは来訪者を歓迎している。死なせるつもりはない。話し合いができる相手だ」と』
シアが声に出した。
ハロルドが長い沈黙の後、言った。
「……話し合いができる相手、と」
「はい」
「前回も歓迎すると言っていただきました。今日もそういうことでしょうか」
「そういうことです」
ハロルドがノートを取り出して何か書いた。記録係の女性も書いている。二人とも黙ったまま書いていた。
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次にハロルドは中の調査を申し出た。
「前回は入口付近まで見させていただきました。今回は正式調査ですので、もう少し奥まで確認させていただけますか。危険なことはしません。観察だけです」
シアが俺に念話で確認した。
『どこまで見せる?』
『3層まで。4層以降はまだ早い』
シアがハロルドに答えた。「3層までなら。ただし戦闘はしないでください」
「もちろんです」
三人が1層に入ってきた。
俺はゴブリンを出さなかった。落とし穴も起動しなかった。ただ観察させた。ハロルドが壁を見ながら進んでいく。記録係が天井の高さや通路の幅を書き留めている。中年の男がトラップの位置を確認している。
2層に入った。強化オークが通路の奥に立っている。三人がそれを見た。
「大型の強化モンスターですね」とハロルドが言った。「これが2層の番人ですか」
シアが「そうです」と答えた。
「Dランクダンジョンに相当する戦力です」とハロルドが続けた。「前回の報告でも確認されていましたが、改めて認識しました」
3層まで案内した。シアの草木が壁沿いに育っている。水場が流れている。ハロルドが少し足を止めて、草木を見た。
「……ここで誰かが生活しているのですか」
「はい。私が」とシアが答えた。
「ダンジョンの中で?」
「ここが私の家です」
ハロルドがまた何かを書いた。
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三人が外に出た。
ハロルドがシアに向き直った。
「確認させていただきたいことがもう一つあります。シア殿はエルフでいらっしゃいますね」
「はい」シアが静かに答えた。「エルフです。このダンジョンのマスターです」
ハロルドが少し考えた。
「エルフのダンジョンマスターというのは、ギルドでも前例を把握していません。ただし——」ハロルドが続けた。「それが問題だとは思っておりません。このダンジョンが「死なせない」という実績を積んでいることは、複数の冒険者からの報告で確認されています」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」ハロルドが少し表情を緩めた。「正直に申し上げると、私はこのダンジョンが好きです。話ができるダンジョンというのは、初めて見ました」
シアが俺に念話を入れた。
『ケンジ、聞いた?』
『聞いた』
『なんか、嬉しいね』
俺は少し考えた。嬉しい、という感覚が正確かどうかはわからない。だが——悪くなかった。
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ハロルドが最後に言った。
「本日の調査をもって、ギルドとしてこのダンジョンのDランク認定を申請します。正式な認定書の発行には一週間ほどかかりますが、実質的な審査は今日で完了です」
シアが少し息を吸った。
「……Dランク、になるんですか」
「なります」ハロルドが頷いた。「おめでとうございます、シア殿」
シアが俺に念話を入れた。声ではなく念話だった。
『ケンジ』
『聞いている』
『Dランクになった』
『なった』
少し間があった。
『……なんか、実感がない』
『そうか』
『でも、なった』
『そうだ』
シアがハロルドに向き直って、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」ハロルドが言った。「また来ます。今度はもう少しゆっくり話しましょう」
三人が来た道を戻っていった。足音が遠ざかって、やがて聞こえなくなった。
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シアが洞穴に戻ってきた。
奥の空間まで来て、岩壁の前に座った。いつもの位置だ。しばらく何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
少しの間、洞穴が静かだった。
それからシアが言った。
「ねえ、ケンジ」
『何だ』
「Dランクになったね」
『なった』
「Eランクになったときのこと、覚えてる?」
『覚えている』
「あのときわたし、まだまだこれからだよって言った」
『言った』
「本当に、これからだったんだね」シアが少し笑った。「CランクもBランクも、その先もある」
『百万Pまで』
「遠い」
『遠い』
「でも——来るよ」
俺は少しの間、その言葉を洞穴の静けさの中に置いた。
Eランクのとき、シアは同じことを言った。届いた。Dランクになった。次はCランクだ。その次はBランク。Aランク。Sランク。特Sランク。百万P。
一つずつ、積み重ねれば来る。
そう思えるようになったのは、いつ頃からだろう。転生してすぐの頃は、生き延びることだけを考えていた。シアが来てからは、シアを守ることを考えた。今は——その先を、二人で考えている。
『そうだな。来る』
シアが目を閉じた。
「今日はちょっと疲れた。緊張したから」
『よくやった』
「褒めてくれてる?」
『今日は本当にそう思っている』
シアが笑った。それから静かになった。
鼓動が落ち着いていく。今日は昼間から動いていたから、眠りが早いかもしれない。
俺はゆっくりと光を絞った。
10層。Dランク。DP残高は今夜の時点で約120,000Pになっていた。
フェーズ2が終わった。
明日から、新しいフェーズが始まる。
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DP残高:119,800P
配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク×1体(5層・ガルム移動後の補充) 強化オーク【ガルム】×1体(10層番人) コボルト×14体(9層専属8体・8層専属6体含む)
落とし穴×15か所 毒ガストラップ×3 火炎トラップ×3 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+通常来訪者収入
現在のダンジョン規模:10層 推定ランク:D(ギルド認定審査完了・正式認定書は一週間後)
確定事項:ハロルドによる正式調査完了。Dランク認定が実質確定。「話し合いができるダンジョン」として記録された。
次フェーズ:フェーズ3「発見と繁栄」へ。Dランクダンジョンとして正式稼働。より強い来訪者・ギルドとの本格的な関係・シアの外交対応の本格化が見込まれる。
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これにて第二章完結になります。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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