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第34話_評判

 何かが変わり始めたのは、33話の戦闘から五日後のことだった。


 入口付近の気配の種類が変わった。


 これまでの来訪者は「来て、挑んで、帰る」という動きをしていた。今日は違う。来て、挑まずに、入口付近でしばらくいる。観察している。話し合っている。それから帰る。


 一組ではない。その日だけで三組がそういう動きをした。


 シアが採集から戻ってきて言った。


「ケンジ、外が賑やかになってきた」


『感知している。挑まずに見ていく者が増えた』


「話しかけられた。二人組の冒険者に」


『何を聞かれた』


「『このダンジョンは本当に死なないのか』って。それと『中はどうなっている』って。それと——」シアが少し間を置いた。「『ダンジョンマスターと話したことはあるか』って」


『何と答えた』


「全部本当のことを言った。死なないのは本当だ、中は複雑になっている、ダンジョンマスターとは話したことがある。ただし詳細は言わなかった」


『正しい対応だ』


「でも、なんか……皆が知りたそうだった。本物かどうか確かめたくて来てる感じ。戦いに来てるというより」


────────────────────────────────────


 その翌日から、来訪者の数がさらに増えた。


 朝から夕方まで、入口付近に誰かがいる状態が続いた。挑む者もいれば、外から眺めるだけの者もいる。冒険者だけではなく、商人らしき気配もあった。宿屋や露店を考えているのかもしれない、とシアが言った。


「外に小屋でも建てたいんじゃないかな。道具屋とか回復薬屋とか」


『需要があるなら自然に生まれる』


「ダンジョン前の町、みたいになるのかな」


『時間がかかるが、そういう方向には向かうだろう』


 シアが少し考えた。


「なんか不思議だね。最初はわたしが逃げ込んできた洞穴だったのに、今は人が集まってきてる」


 俺も同じことを思っていた。


 一年半ほど前、俺はここに転生した。洞穴一層。ゴブリン五体。落とし穴三か所。誰も来ない、何もない場所だった。シアが逃げ込んできて、奴隷狩りを撃退して、念話が開通して、層が増えて、来訪者が来るようになって——


 今日は入口の外に十人以上の気配がある。


『変わった、ということだ』


「変えたんだよ。ケンジとわたしで」


────────────────────────────────────


 三日後、シアがいつもより遠くまで採集に出た。


 念話の有効距離、五百メートルぎりぎりまで行ったらしい。帰ってきたとき、いつもより多くの情報を持ち帰った。


「街道沿いの旅籠屋に泊まってた冒険者たちが話してた。このダンジョンのことを」


『何を話していた』


「鍛錬の迷宮っていう名前が、もう定着してるみたい。知らない人がいないくらいには広まってるって」シアが荷物を下ろしながら続けた。「それと——ギルドがDランク認定の審査を始めたって話が出てた。正式な話じゃないかもしれないけど、そういう噂があるって」


 Dランク認定の審査。


 予想していたより早い。Cランクパーティの三度目の撃退から一週間も経っていない。だがギルドはすでに動いていた。ハロルドが予備調査に来た時点で、ある程度の情報は集まっていたのだろう。三度目の報告が最後の決め手になったか。


『ギルドが動き始めたなら、そう遠くない』


「Dランクになったら、何が変わるの」


『来る冒険者の質が上がる。より強い挑戦者が来る。それに伴ってDP収入が増える。ギルドとの公式な関係が生まれる』


「ギルドとの公式な関係、か」シアが少し考えた。「ハロルドさんが正式に来る感じ?」


『おそらくそうなる』


「会うの、緊張するな」


『前回うまく対応できた』


「あれは予備調査だったから。正式な調査はもっと詳しく聞かれると思う」


 俺はシアが正しいと思った。ハロルドは次回、もっと踏み込んだことを聞いてくる。ダンジョンマスターの素性、目的、今後の方針。答えられることと答えられないことの整理が、あらためて必要になる。


────────────────────────────────────


 その夜、シアと話し合いをした。


「ねえ、ケンジ。ハロルドさんに聞かれたとき、わたしがエルフだって言っていい?」


 前回も同じ問いが出た。俺は「隠すより先に言う方がいい」と答えた。


『前回と同じ答えだ。言っていい。ただし「迷い子」という身分については言わなくていい』


「でも見た目でエルフだってわかる。耳があるから」


『それは隠せない。だからこそ先に言う。隠そうとする人間は後ろめたいことがある人間に見える』


「うん、そうだよね」シアが頷いた。「わたし、別に後ろめたいことはないし」


『ここのダンジョンマスターだ。それが全てだ』


「わかった」シアが少し笑った。「言い方、練習しておく」


『何を言う予定だ』


「えっと——『わたしはシア。ここのダンジョンマスターです』みたいな感じかな」


『悪くない。それだけでいい』


「ケンジのこと、聞かれたら?」


 俺は少し考えた。


『「コアに宿った意志がある。このダンジョンの主だ」と言っていい。それ以上は聞かれてから考える』


「コアに宿った意志」シアが繰り返した。「なんかかっこいい言い方だね」


『事実を言っているだけだ』


「それがかっこいいって言ってるの」


────────────────────────────────────


 翌々日、シアがまた外で情報を集めてきた。


 今日は少し表情が違った。帰ってきた瞬間に、俺は感知で気づいた。興奮しているのか、驚いているのか、その中間か。


「ケンジ、聞いて」


『何があった』


「このダンジョンの話、もう近隣の村だけじゃなくて、もっと遠くまで広まってるみたい。三つ先の街からわざわざ来た人がいた。話しかけてきた冒険者が言ってた」


 三つ先の街。


 シアに地理を教えてもらいながら計算した。ここから最寄りの集落まで歩いて半日。次の集落まで一日。三つ先の街となると、二日以上の距離になる。そこから「死なないダンジョンがある」という噂を聞いてわざわざ来た。


『どんな人だった』


「若い冒険者。Eランクかな。話し方から。でも目が真剣だった。本当に強くなりたいって感じの目」


『修行目的か』


「うん。死なないダンジョンなら限界まで追い込める、って言ってた。その言葉、聞いたことある気がする」


『誰かが話したものが広まっていく』


「そうだね」シアが少し嬉しそうに笑った。「最初にそういう人が来たの、どのくらい前だっけ」


『不死の権能を取得してから二ヶ月ほどだ』


「二ヶ月でここまで広まったんだ」


────────────────────────────────────


 その日の午後、入口付近が今までで一番賑やかになった。


 数えると十五人以上の気配があった。挑む者、観察する者、話し合う者。少なくとも四組の冒険者パーティが入口付近にいて、それぞれ別々の理由でここにいる。


 シアが感知を使って確認した。


「すごいね。こんなに集まってる」


『この一ヶ月で一番多い』


「ケンジ」


『何だ』


「すごいね、ケンジ」


 俺は少し考えた。


『俺たちがやったんだろ』


 シアが少し間を置いた。


「……うん」


 静かな返事だった。否定でも謙遜でもない。ただ、そうだね、という受け取り方だった。


「俺たちがやったんだ」


 シアが繰り返した。今度は少し声の質が違った。自分に言い聞かせているような、確かめているような声だった。


 洞穴に逃げ込んできた子が、今はここのダンジョンマスターだ。水の層を設計した。迷路に凹凸を仕込んだ。外に出て情報を集めた。ギルドの調査員に対応した。


 俺は石だ。声もない。体もない。洞穴の外に出られない。


 だがここまで来た。シアと一緒に、ここまで来た。


────────────────────────────────────


 夕方になって、人が引き始めた。


 十五人が八人になり、五人になり、やがて誰もいなくなった。


 シアが今日の採集の残りを食べながら言った。


「明日も来るかな、あんなに」


『来ると思う。むしろ増える』


「増える?」


『来た者が話す。話を聞いた者がまた来る。その繰り返しだ。今日が一番多かったのではなく、今日が始まりかもしれない』


 シアが少し考えた。


「……準備、できてるかな。そんなに来ても」


『防衛は今の配置で対応できる。問題があれば調整する』


「ダンジョンの防衛だけじゃなくて」シアが続けた。「ギルドが来たときの対応とか、外の人と話すこととか。わたし、一人でやれるかな」


 俺は少しの間を置いた。


『一人ではない』


 シアが顔を上げた。


『俺がいる。念話で繋がっている。外に出たとき、感知の届く範囲なら一緒にいる』


「……うん」シアが少し笑った。「そうだった。忘れてた」


『忘れるな』


「忘れないよ」


────────────────────────────────────


 夜になった。


 DP収支を確認した。今日は戦闘が七件あった。挑んで撃退された者もいれば、途中でリスポーンして戻った者もいる。


 DP残高:61,450P。


 9層の拡張まで、あと64,000P。まだ遠い。だが着実に積み上がっている。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ねえ、ケンジ。Dランクになったら、また何かが変わる?」


『変わる。来る者の種類がさらに変わる。Cランク以上の冒険者が本格的に来るようになる』


「強い人が来るんだね」


『今日来ていた若い冒険者のような者も、一年後には力をつけてまた来るかもしれない』


「この場所で強くなって、また来るんだ」シアがしばらく考えた。「なんか……いいな、それ」


 俺は少し考えた。


 いい、という言葉が正確かどうかはわからない。ただ——悪くない、とは思った。強くなろうとする者が来て、戦って、戻って、また来る。そのたびにこちらも強くなる。


 俺には体がない。外に出られない。声がない。


 だがここには人が来る。シアがいる。そして確かに、何かが積み重なっている。


「おやすみ、ケンジ」


『おやすみ、シア』


 シアの鼓動が眠りに向かって落ち着いていく。


 洞穴の外は静かになった。昼間の賑やかさが嘘のように、今は誰もいない。


 だが明日になれば、また来る。


 そしていつか、Dランクになる。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:61,450P

配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×9体(8層専属6体含む)

落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+9,260P(来訪者複数・戦闘7件)

現在のダンジョン規模:8層 推定ランク:E→D(認定審査中)

外部情報:三つ先の街まで噂が広まっていることをシアが確認。ギルドのDランク認定審査が開始されたという噂あり。入口付近に同日15人以上が集まった(過去最多)。

課題:ギルド正式来訪への対応準備継続。9層拡張まであと約64,000P。来訪者増加に伴う防衛負荷の管理。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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