表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/83

第33話_Dランクへの道後編

 翌朝から、8層の仕上げを始めた。


 シアが感知を使いながら、通路の形を細かく指示してくる。俺が地形を削り、シアが確認して修正を出す。この作業が一日半続いた。


「ここ、もう少し右に曲げてほしい。左に曲げると正面から見通せる」


『どのくらいだ』


「30センチくらい。人間の視野角から外れるくらい」


 俺は通路を削った。


「うん、それ。あと天井をここだけ低くしてほしい。急に低くなると視線が下に向く」


『何のためだ』


「視線が下に向いた瞬間に横から出る」


 俺はシアの意図を理解した。視線誘導だ。天井の高さで相手の注意を操作して、コボルトの奇襲を通す。


『コボルトを四体、この角の奥に潜ませる』


「もう二体追加してほしい。六体の方が圧がある」


『消耗品のコストが上がる』


「でも迷路で六体に囲まれる恐怖の方が値打ちがある。死なないんだから、試せるじゃない」


 俺は少し考えた。正論だ。このダンジョンは死なない。来訪者が消耗品を切らして六体のコボルトに囲まれても、最終的にはリスポーンで入口に戻るだけだ。その体験が「鍛錬の迷宮」の評判をさらに高める。


『六体にする』


────────────────────────────────────


 8層が完成したのは、二日目の夕方だった。


 シアが感知で全体を確認した。目を閉じて、しばらく黙っていた。


「……なんか、迷子になる感じがする。ちゃんと感知してるのに」


『それが正解だ』


「感知してても迷子感があるの、面白いね。実際に歩いてる人はもっと混乱するよ」


『意図通りだ』


 シアが目を開けた。


「ねえ、ケンジ。8層ができたら、今のダンジョンってDランクの条件に届いてる?」


 俺はランク基準を確認した。Dランク:5〜10層・Cランク4名での攻略が可能な水準。


『届いている。ただしギルドの正式な認定には、実際にCランクパーティが攻略に来て、それをギルドが確認する必要がある』


「あの五人組が来るたびに、ギルドに報告してるよね、たぶん」


『そう思う。三度目の来訪と撃退が記録されれば、ギルド側の基準を満たす可能性が高い』


「じゃあ……次が勝負だ」


 シアがそう言った。俺も同じことを思っていた。


────────────────────────────────────


 三日後の朝、五人が来た。


 入口の気配を感知した瞬間に、俺はすぐわかった。今日の五人は前回と空気が違う。迷いがない。来る前に十分議論してきた、という気配だ。


『シア』


『わかってる。もう下がってる』


 シアがすでに5層まで下がっていた。俺が言う前に動いていた。


 今日はよく準備してきた相手だ。こちらも全力でいく。


────────────────────────────────────


 1層と2層は前回より速く突破された。


 1層が八分。2層が十一分。どちらも前回の記録を更新した。消耗品の使い方が洗練されていた。無駄がない。ゴブリンへの対処に迷いがなく、強化オークとの戦闘を素早く終わらせた。


 3層、4層も同様だ。15分足らずで5層の入口に立った。


 ガルムが前に出た。


 今日のガルムは前回と違う立ち方をしていた。通路の中央ではなく、やや右寄りに立っている。左の壁沿いに挟み込もうとする相手に対して、右から体当たりをかけられる位置だ。俺が昨日調整した配置だ。


 女が止まった。


「……配置が変わってる」


 魔法使いが「学習している」と言った。


 女が少し笑った気配があった。「だから面白い」


────────────────────────────────────


 ガルムとの戦闘は三十二分かかった。


 前回より長かった。配置の変更が効いた部分もあったし、五人の連携が前回よりさらに洗練されていた部分もあった。最終的には倒されたが、五人の消耗は今日が最も大きかった。


 5層突破後、五人が6層の入口で立ち止まった。


 水の音がする。


「水の層だ」と魔法使いが言った。「三度目だから配置は把握している。ただし前回と同じとは限らない」


「学習してるから」と女が返した。「違う場所から来ると思え」


 俺は今日、6層の配置を前回と変えていた。ゴブリンを天井側ではなく、今度は水底近くに潜ませてある。水面の波紋ではなく、足に当たる感触で存在に気づく位置だ。


 五人が慎重に6層に入ってきた。


 足元を確認しながら進む。水面を見ている。天井を見ている。だが水底は見ていない。


 ゴブリンが足首に噛みついた。


 短剣使いの一人が声を上げた。水中で体勢が崩れた。もう一体が飛びかかった。


 六分の戦闘の末、6層を突破された。


 だが消耗品をここで二つ使わせた。


────────────────────────────────────


 7層に入ってきた。


 炎の層だ。前回、弓使いがリスポーンした層だ。五人はトラップ床の位置を前回の記憶で把握している。だが今日、俺はトラップ床の一部を動かしていた。前回踏んだ場所は安全にして、前回避けた場所に新たに仕掛けた。


 女が先頭で進んだ。前回踏まれなかった場所を選んで歩いている。


 そこが今日のトラップ床だった。


 炎が噴き上がった。女が盾で防いだ。直撃は避けた。だが熱で動きが一瞬止まった。天井から二発目が来た。


 女が盾を上に向けた。二発目を受けた。盾が赤くなった。


 女はリスポーンしなかった。ぎりぎりで耐えた。


 だが消耗品をここでさらに使った。


 7層を突破した。


────────────────────────────────────


 8層の入口に五人が立った。


 今日初めて、8層が戦場になる。


 俺はシアに念話を入れた。


『8層まで来た』


『うん。感知でわかる』


『今日が最初の検証だ』


『……怖い?』


 俺は少し考えた。


『怖い、という感覚が正確かどうかわからない。ただ、結果が見えない』


『わたしは怖い』シアが言った。『でも、やってきたことが機能するか見てみたい、も同時にある』


『同じだ』


 五人が8層に入ってきた。


────────────────────────────────────


 最初の分岐で、五人が止まった。


 左と右、二本の通路がある。魔法使いがノートを取り出した。前回の記録を確認しようとした。


「8層のマッピングデータはない」と弓使いが言った。「今日が初めてだ」


 女が左を選んだ。


 左の通路は行き止まりだ。ただし行き止まりまで六十メートルある。途中にコボルトが二体潜んでいる。


 五人が進んだ。コボルトが出た。対処した。行き止まりに当たった。引き返してきた。


 最初の分岐まで戻って、今度は右だ。


 右の通路は——また分岐している。


「……また分岐か」


 三本に分かれている。魔法使いがノートに書き始めた。マッピングしながら進む気だ。


 だが8層はその時間を奪う設計になっている。


 コボルトが出る。対処する。また分岐。コボルトが出る。対処する。行き止まり。引き返す。また分岐。


 十五分が過ぎた。


 五人がまた同じ場所に戻ってきた。


「……ここ、通った」と短剣使いが言った。


「確認した。この壁、前と微妙に形が違う」と魔法使いが返した。


 シアが壁面に微妙な凹凸の変化を入れておいた部分だ。「同じ場所に見えるけど少し違う」という仕掛けだ。魔法使いはそれを察知した。


「ループ構造だ」と魔法使いが言った。「意図的に作られたループだ」


 女が立ち止まった。「抜けられるか」


「時間と消耗品があれば。ただし——」魔法使いが全員の状態を見渡した。「今日の残りのリソースで、この迷路を抜けてその先に何があるかわからない状態で進むのは」


 沈黙があった。


────────────────────────────────────


 女が決断した。


「引き上げる」


 二人が頷いた。短剣使いの一人が「もう少し行けるんじゃないか」と言ったが、女は「次にする」と静かに言った。


 五人が8層から引き返してきた。7層、6層、5層、4層、3層、2層、1層。全ての層を抜けて、入口から外へ出た。


 外で立ち止まった気配がした。


 長い沈黙があった。それから女の声が聞こえた。内容は届かない。だが気配でわかる。今日の攻略の話をしている。そして——ギルドへの報告の話をしている。


 シアが5層から3層に戻ってきた。


『終わった?』


『引き上げた。8層のループで時間と消耗品を削って、撤退させた』


 短い沈黙があった。


『……機能した』


『機能した』


 またしばらく静かだった。


『ケンジ』


『何だ』


『ループ迷路、うまくいったね』


『シアが設計した』


「わかってる」と声に出してシアが言った。「でも、ケンジが作ってくれた」


 俺は何も返さなかった。返す必要がなかった。


────────────────────────────────────


 DP収支を確認した。


 Cランク相当五名から4,050P。今日の損耗は比較的少なかった。コボルトが三体機能停止した程度だ。再生成コストを差し引いた純増は3,600Pほど。


 DP残高:52,190P。


 それよりも大事な数字がある。


 今日で、Cランクパーティとの交戦が三度になった。三度とも撃退した。


 プロット上の条件が整った。


 俺はシアに念話を送った。


『今日の戦闘で、Dランク認定の実績条件が揃ったと思う』


 シアが少し間を置いた。


『Dランクになるってこと?』


『正式認定にはギルドの手続きが必要だ。だが今日の五人がギルドに報告すれば、審査が動き始める。ハロルドとのやり取りもある。おそらく遠くない』


「遠くない、か」シアが小さく呟いた。「ねえ、ケンジ」


『何だ』


「Eランクになったとき、わたしが『まだまだこれからだよ』って言ったの、覚えてる?」


 覚えていた。あのときシアは元気よくそう言った。俺は「そうだな」と答えた。


『覚えている』


「あのときから、ずいぶん来たね」


 来た。確かに来た。


 一層と落とし穴三か所だったダンジョンが、今は8層になった。水の層、炎の層、ループ迷路。シアが設計した層が機能した。Cランクパーティが三度来て、三度撃退した。


 それだけのことが、積み重なった。


『そうだな』


「次はDランクだ」シアが言った。「その次はCランク。その先も、ずっと続く」


『百万Pまで』


「遠いね」


『遠い』


「でも、来るよ」


 俺は少しの間、その言葉を洞穴の空気の中に置いた。


 来る。シアはそう言った。根拠のある確信かどうかは、俺にはわからない。だが——


 3層の壁際に、シアが育てた草が根を張っている。6層に水が満ちている。8層のループ通路が、今日初めて敵を迷わせた。


 それを積み上げてきたのは、俺とシアだ。


 来る。そうかもしれない。


────────────────────────────────────


 夜、シアが眠りにつく前に言った。


「ケンジ」


『何だ』


「今日、頑張ったね」


『お前もだ』


「8層、よかったと思う?」


『よかった』


「褒めてくれてる?」


『事実を言っている』


 シアが笑った。それからしばらくして、静かになった。鼓動が眠りに向かって落ち着いていく。


 洞穴の外では今夜も気配がある。明日も来訪者が来るだろう。そしてどこかでギルドの認定が動き始める。


 鍛錬の迷宮。


 その名前が、少し先の未来に正式なものになる。


 今夜はまだ、その手前だ。


 だが確実に、そこに向かっている。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:52,190P

配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×9体(8層専属6体含む)

落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2(トラップ床配置変更済み) 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+4,050P(Cランク相当×5撃退) 損耗再生成:-450P 純増:+3,600P

現在のダンジョン規模:8層(完成)

確定事項:Cランクパーティとの交戦が三度・三度とも撃退。Dランク認定の実績条件が整った。8層ループ迷路が初めて機能し撤退を引き出した。

次フェーズ:ギルドによるDランク正式認定手続きが動き始める見込み。9〜10層の拡張継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ