第33話_Dランクへの道後編
翌朝から、8層の仕上げを始めた。
シアが感知を使いながら、通路の形を細かく指示してくる。俺が地形を削り、シアが確認して修正を出す。この作業が一日半続いた。
「ここ、もう少し右に曲げてほしい。左に曲げると正面から見通せる」
『どのくらいだ』
「30センチくらい。人間の視野角から外れるくらい」
俺は通路を削った。
「うん、それ。あと天井をここだけ低くしてほしい。急に低くなると視線が下に向く」
『何のためだ』
「視線が下に向いた瞬間に横から出る」
俺はシアの意図を理解した。視線誘導だ。天井の高さで相手の注意を操作して、コボルトの奇襲を通す。
『コボルトを四体、この角の奥に潜ませる』
「もう二体追加してほしい。六体の方が圧がある」
『消耗品のコストが上がる』
「でも迷路で六体に囲まれる恐怖の方が値打ちがある。死なないんだから、試せるじゃない」
俺は少し考えた。正論だ。このダンジョンは死なない。来訪者が消耗品を切らして六体のコボルトに囲まれても、最終的にはリスポーンで入口に戻るだけだ。その体験が「鍛錬の迷宮」の評判をさらに高める。
『六体にする』
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8層が完成したのは、二日目の夕方だった。
シアが感知で全体を確認した。目を閉じて、しばらく黙っていた。
「……なんか、迷子になる感じがする。ちゃんと感知してるのに」
『それが正解だ』
「感知してても迷子感があるの、面白いね。実際に歩いてる人はもっと混乱するよ」
『意図通りだ』
シアが目を開けた。
「ねえ、ケンジ。8層ができたら、今のダンジョンってDランクの条件に届いてる?」
俺はランク基準を確認した。Dランク:5〜10層・Cランク4名での攻略が可能な水準。
『届いている。ただしギルドの正式な認定には、実際にCランクパーティが攻略に来て、それをギルドが確認する必要がある』
「あの五人組が来るたびに、ギルドに報告してるよね、たぶん」
『そう思う。三度目の来訪と撃退が記録されれば、ギルド側の基準を満たす可能性が高い』
「じゃあ……次が勝負だ」
シアがそう言った。俺も同じことを思っていた。
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三日後の朝、五人が来た。
入口の気配を感知した瞬間に、俺はすぐわかった。今日の五人は前回と空気が違う。迷いがない。来る前に十分議論してきた、という気配だ。
『シア』
『わかってる。もう下がってる』
シアがすでに5層まで下がっていた。俺が言う前に動いていた。
今日はよく準備してきた相手だ。こちらも全力でいく。
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1層と2層は前回より速く突破された。
1層が八分。2層が十一分。どちらも前回の記録を更新した。消耗品の使い方が洗練されていた。無駄がない。ゴブリンへの対処に迷いがなく、強化オークとの戦闘を素早く終わらせた。
3層、4層も同様だ。15分足らずで5層の入口に立った。
ガルムが前に出た。
今日のガルムは前回と違う立ち方をしていた。通路の中央ではなく、やや右寄りに立っている。左の壁沿いに挟み込もうとする相手に対して、右から体当たりをかけられる位置だ。俺が昨日調整した配置だ。
女が止まった。
「……配置が変わってる」
魔法使いが「学習している」と言った。
女が少し笑った気配があった。「だから面白い」
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ガルムとの戦闘は三十二分かかった。
前回より長かった。配置の変更が効いた部分もあったし、五人の連携が前回よりさらに洗練されていた部分もあった。最終的には倒されたが、五人の消耗は今日が最も大きかった。
5層突破後、五人が6層の入口で立ち止まった。
水の音がする。
「水の層だ」と魔法使いが言った。「三度目だから配置は把握している。ただし前回と同じとは限らない」
「学習してるから」と女が返した。「違う場所から来ると思え」
俺は今日、6層の配置を前回と変えていた。ゴブリンを天井側ではなく、今度は水底近くに潜ませてある。水面の波紋ではなく、足に当たる感触で存在に気づく位置だ。
五人が慎重に6層に入ってきた。
足元を確認しながら進む。水面を見ている。天井を見ている。だが水底は見ていない。
ゴブリンが足首に噛みついた。
短剣使いの一人が声を上げた。水中で体勢が崩れた。もう一体が飛びかかった。
六分の戦闘の末、6層を突破された。
だが消耗品をここで二つ使わせた。
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7層に入ってきた。
炎の層だ。前回、弓使いがリスポーンした層だ。五人はトラップ床の位置を前回の記憶で把握している。だが今日、俺はトラップ床の一部を動かしていた。前回踏んだ場所は安全にして、前回避けた場所に新たに仕掛けた。
女が先頭で進んだ。前回踏まれなかった場所を選んで歩いている。
そこが今日のトラップ床だった。
炎が噴き上がった。女が盾で防いだ。直撃は避けた。だが熱で動きが一瞬止まった。天井から二発目が来た。
女が盾を上に向けた。二発目を受けた。盾が赤くなった。
女はリスポーンしなかった。ぎりぎりで耐えた。
だが消耗品をここでさらに使った。
7層を突破した。
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8層の入口に五人が立った。
今日初めて、8層が戦場になる。
俺はシアに念話を入れた。
『8層まで来た』
『うん。感知でわかる』
『今日が最初の検証だ』
『……怖い?』
俺は少し考えた。
『怖い、という感覚が正確かどうかわからない。ただ、結果が見えない』
『わたしは怖い』シアが言った。『でも、やってきたことが機能するか見てみたい、も同時にある』
『同じだ』
五人が8層に入ってきた。
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最初の分岐で、五人が止まった。
左と右、二本の通路がある。魔法使いがノートを取り出した。前回の記録を確認しようとした。
「8層のマッピングデータはない」と弓使いが言った。「今日が初めてだ」
女が左を選んだ。
左の通路は行き止まりだ。ただし行き止まりまで六十メートルある。途中にコボルトが二体潜んでいる。
五人が進んだ。コボルトが出た。対処した。行き止まりに当たった。引き返してきた。
最初の分岐まで戻って、今度は右だ。
右の通路は——また分岐している。
「……また分岐か」
三本に分かれている。魔法使いがノートに書き始めた。マッピングしながら進む気だ。
だが8層はその時間を奪う設計になっている。
コボルトが出る。対処する。また分岐。コボルトが出る。対処する。行き止まり。引き返す。また分岐。
十五分が過ぎた。
五人がまた同じ場所に戻ってきた。
「……ここ、通った」と短剣使いが言った。
「確認した。この壁、前と微妙に形が違う」と魔法使いが返した。
シアが壁面に微妙な凹凸の変化を入れておいた部分だ。「同じ場所に見えるけど少し違う」という仕掛けだ。魔法使いはそれを察知した。
「ループ構造だ」と魔法使いが言った。「意図的に作られたループだ」
女が立ち止まった。「抜けられるか」
「時間と消耗品があれば。ただし——」魔法使いが全員の状態を見渡した。「今日の残りのリソースで、この迷路を抜けてその先に何があるかわからない状態で進むのは」
沈黙があった。
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女が決断した。
「引き上げる」
二人が頷いた。短剣使いの一人が「もう少し行けるんじゃないか」と言ったが、女は「次にする」と静かに言った。
五人が8層から引き返してきた。7層、6層、5層、4層、3層、2層、1層。全ての層を抜けて、入口から外へ出た。
外で立ち止まった気配がした。
長い沈黙があった。それから女の声が聞こえた。内容は届かない。だが気配でわかる。今日の攻略の話をしている。そして——ギルドへの報告の話をしている。
シアが5層から3層に戻ってきた。
『終わった?』
『引き上げた。8層のループで時間と消耗品を削って、撤退させた』
短い沈黙があった。
『……機能した』
『機能した』
またしばらく静かだった。
『ケンジ』
『何だ』
『ループ迷路、うまくいったね』
『シアが設計した』
「わかってる」と声に出してシアが言った。「でも、ケンジが作ってくれた」
俺は何も返さなかった。返す必要がなかった。
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DP収支を確認した。
Cランク相当五名から4,050P。今日の損耗は比較的少なかった。コボルトが三体機能停止した程度だ。再生成コストを差し引いた純増は3,600Pほど。
DP残高:52,190P。
それよりも大事な数字がある。
今日で、Cランクパーティとの交戦が三度になった。三度とも撃退した。
プロット上の条件が整った。
俺はシアに念話を送った。
『今日の戦闘で、Dランク認定の実績条件が揃ったと思う』
シアが少し間を置いた。
『Dランクになるってこと?』
『正式認定にはギルドの手続きが必要だ。だが今日の五人がギルドに報告すれば、審査が動き始める。ハロルドとのやり取りもある。おそらく遠くない』
「遠くない、か」シアが小さく呟いた。「ねえ、ケンジ」
『何だ』
「Eランクになったとき、わたしが『まだまだこれからだよ』って言ったの、覚えてる?」
覚えていた。あのときシアは元気よくそう言った。俺は「そうだな」と答えた。
『覚えている』
「あのときから、ずいぶん来たね」
来た。確かに来た。
一層と落とし穴三か所だったダンジョンが、今は8層になった。水の層、炎の層、ループ迷路。シアが設計した層が機能した。Cランクパーティが三度来て、三度撃退した。
それだけのことが、積み重なった。
『そうだな』
「次はDランクだ」シアが言った。「その次はCランク。その先も、ずっと続く」
『百万Pまで』
「遠いね」
『遠い』
「でも、来るよ」
俺は少しの間、その言葉を洞穴の空気の中に置いた。
来る。シアはそう言った。根拠のある確信かどうかは、俺にはわからない。だが——
3層の壁際に、シアが育てた草が根を張っている。6層に水が満ちている。8層のループ通路が、今日初めて敵を迷わせた。
それを積み上げてきたのは、俺とシアだ。
来る。そうかもしれない。
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夜、シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ」
『何だ』
「今日、頑張ったね」
『お前もだ』
「8層、よかったと思う?」
『よかった』
「褒めてくれてる?」
『事実を言っている』
シアが笑った。それからしばらくして、静かになった。鼓動が眠りに向かって落ち着いていく。
洞穴の外では今夜も気配がある。明日も来訪者が来るだろう。そしてどこかでギルドの認定が動き始める。
鍛錬の迷宮。
その名前が、少し先の未来に正式なものになる。
今夜はまだ、その手前だ。
だが確実に、そこに向かっている。
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DP残高:52,190P
配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×9体(8層専属6体含む)
落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2(トラップ床配置変更済み) 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+4,050P(Cランク相当×5撃退) 損耗再生成:-450P 純増:+3,600P
現在のダンジョン規模:8層(完成)
確定事項:Cランクパーティとの交戦が三度・三度とも撃退。Dランク認定の実績条件が整った。8層ループ迷路が初めて機能し撤退を引き出した。
次フェーズ:ギルドによるDランク正式認定手続きが動き始める見込み。9〜10層の拡張継続。
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